老人と狼、時空の歪みに飛ばされる

  【lost kingdom】のボードゲームが製作されたのは、今から五百年も前に遡るという。

  三角形の盤上の中心にあった金の王様の像が盤上の下に消え、謎の男の駒が出現し、偽りながらも本物の王だと語った後、中心地に謎の男の駒が立った。

  盤上にはA陣地の狼と共に、B陣地の狼も盤上の下になくなった。A陣地には大人の男性の駒、子供の少年と少女が残り、レリフのB陣地は少年の駒が残っている。

  塀のカラスは二十一から八羽になった。それから金の王様の駒が消え、中心地にいるのはフードを被った謎の男の駒に変わったのだ。

  そしてフードを被った謎の男のカードを挿入すると、ボタンがついた一人の女性の駒が出現し、妃と王国の事情を語ったのち狼の駒が出現する。

  中心地から謎の男に近いのはA陣地にいる少年、ワシが持っている駒だ。ちなみに持ち手のカードは、王様のカード、カラスのカードと少女のカードが残っている。

  ──これで、謎解きやクリアはできるのかの……?

  そしてボードゲームに興じる中、狼がやってきて、盤上からヒロの匂いがすると狼が言ったのだ。

  「狼よ、それは双子のポルコの匂いじゃないのかね?」

  「いや違う。ポルコじゃなくて、ヒロの匂いだ。間違いない」

  とのことだ。狼が間違いないというなら、間違いないのだろう。

  「お次はあたしの番だけど……こんな展開は初めてだから、慎重にしなくちゃね」

  レリフはどの駒を動かすかじっくり考えている。その間にも周囲のギャラリーはやかましい。

  「王様のカードをいれてみたらどうなんだ?」

  「狼のカードをいれるのがいいんじゃないか?」

  「狼のカードを入れたら、ろくなことが起きやしんだろ!」

  「適当にカラスボタンを押せばいいんじゃない?」

  「いや、それじゃ駄目だろ」

  等とざわついている。最早対決とは違う空気になっている。ギャラリーと同じく、この後の展開が非常に気になってしまう。

  「あきらさん……って言ったわよね、貴方ならどうする?」

  不意にレリフから声が掛かる。

  ──どうすると、言われてもなぁ……

  もう一度盤上を見る。

  レリフが使用したフードを被った謎の男が出現し、ボタンを押してから変わった。次にも変わると思い、こちらも同じカードを挿入して、今度は女性と狼が出現する。それからレリフの手持ちのカードを見遣る。

  ──狼のカード、王様のカード、少年のカード……

  盤上から消えた本物の王は、どうなったのか。

  「王様のカードをいれてみたらどうだ? 偽りの王の行方が気になるだろう」

  「そうよね、いれてみるわ」

  レリフは盤上の挿入口に差し込んでいく。すると盤上が赤色に光り、先程の金の王様が再び盤上に出現する。出現場所は三角形の角だ。

  「またボタンがついてるわね」

  レリフは金の王様の駒の頭の上についたボタンを指先で軽く押す。しかし、金の王様の駒は沈黙したままだ。

  「今回はないのかの」

  刹那、盤上から『カチリ』という音が響き、三角形の盤上がA陣地とB陣地の二つに分かれるように割れていく。するとその下には、黒い四角い小さな箱が埋まっている。

  「なにかしら、これ」

  レリフは慎重に箱を手に取る。

  「その箱から、ヒロの匂いがする!」

  狼は机に前足を載っけて告げる。

  「ヒロの匂いが、箱から……?」

  「じゃあ、開けるわよ」

  レリフが箱を開くと、そこには小さな金のロケットペンダントが入っていた。

  「もしかして、これが宝なのかしら?」

  レリフは爪の先でロケットペンダントを開けていく。

  「何があった?」

  「写真と、チップが入っているわ。ほら……」

  レリフがこちらに[[rb:翳 > かざ]]して見せてくれる。

  ロケットペンダントの中には双子の赤ん坊を抱えたヒメカの古びた写真と、小さな四角形のチップが入っている。

  ──この双子の赤ん坊は……ヒロとポルコだの。

  しかし【lost kingdom】は、 五百年前に製作された物だという。

  「ポルコ、なにか覚えがあるか?」

  「ううん、何も……」

  ポルコは首を振る。

  ──赤ん坊の頃の記憶があるのは、五歳までと聞くしな。いや、五歳よりも、無い場合もほとんどだ、無理もない。

  「このチップは、何だろうな?」

  「もしかしたら、このボードゲームに差し込める物じゃないかしら?」

  「なるほど。じゃあ、探してみるか」

  レリフと共に二つに分かれた陣地から小さな挿入口がないかを探してみるが、盤上には挿入口は無かった。

  「無いわね……」

  「ここにないなら、塀かの?」

  だが塀を見てみるも、挿入口らしき物はない。ボードゲームではない、別の物に使う物なのか……?

  「やっぱり、無いわね。このゲームがまだクリアされてないから、無いのかしら?」

  「その線もあるな。じゃあ、続けよう」

  次はワシの番だ。

  王様のカードを使うと陣地が開き、底から小さな箱が出現した。とあれば、ワシが持ってる王様のカードを使ってみるのがいいのか? いやそれとも、塀にいるカラスを押すのがいいのか。

  「あきら、王様のカードをもう一回入れてみたらどうかな?」

  ポルコが横から助言する。

  「そうだの。やってみるか」

  王様のカードをA陣地の挿入口から挿入する。再び盤上が金色に光り、盤上は元通りになる。すると三角形の中心地に立つ、フードを被った謎の男の場所から小さな円柱の台が上がり、挿入口が開く。

  「やったな!」

  「ふむ。とんとん拍子だの……」

  まるで誘導されているようだ。何か開いてはいけない物を、開いてしまうことにはならないだろうか?

  「ポルコ、このチップを差し込んでも問題ないか?」

  「どうして?」

  「これはワシだけではない、もしかしたら、この王国全体に関わる秘密が表に出てしまうかもしれんぞ。とはいっても、これはワシの予想だ。しかし、もしもということがある。もしそうなったとしても、ポルコは構わないのかの?」

  ポルコは王子といえど、まだ十歳の少年だ。十歳の少年にもしも、何かとんでもない物が見えてしまうことになるなら、もしもこの王国や、この島を揺るがす真相が表に出てしまうというのなら、仕舞ったままにしておいたほうがいい。

  人は知らなくても存外、生きていけるし、やっていける。何なら知らないままのほうがいい時だってある。

  「うーん……」

  ポルコは両腕を組み、首を捻る。

  「ふふっ。あきらさんは知りたくないのかしら?」

  レリフは挑発的な顔を向けてくる。こっちの胸中を見透かしているのか、笑っている。

  「そう煽らんでおくれ」

  「好奇心を隠すと、後々、気になって眠れなくなるものよ?」

  不眠は体に毒だしねと言い添える。

  ──全く、年寄りをおちょくりおって……。

  とはいえ、レリフの言う通りで否定できない。このままでは後々気になってしまう。しかしここは、ポルコの意思が大事だ。

  そんな中、狼が口を開く。

  「あきら、俺は気になるぞ」

  狼は尻尾を振り、「美味しい食べ物があるなら気になる」と告げる。

  「美味しい食べ物はまずないだろう」

  「何だ、そうなのか」

  途端に狼は尻尾を垂らす。

  「あきら」

  不意にポルコから声が掛かる。ポルコはどうするか決めたのか、真剣な眼差しだ。

  「決めたのかね?」

  「うん、決めた。チップを入れてほしい」

  「そうか。ならポルコ、お前さんがいれるといい。お前さんが決めたことだ」

  ポルコにチップを渡す。

  「うん!」

  ポルコはチップを両手で受け取り、フードを被った謎の男の場所から出てきた、小さな円柱の台の挿入口に差し込む。

  チップが挿入口に入ると、盤上が黄金色に光り、フードを被った謎の男、少年、女性、狼以外の駒が盤上の下に消えていく。

  この場にいるギャラリー達と見詰める中、盤上よりアナウンスが入る。

  『[[rb:lost kingdom > ロストキングダム]]はこれより、真実の姿を取り戻します』

  アナウンスはそこで終了し、三角形の盤上が宙に浮かび上がる。三角形の盤上は左右に揺れながらふわふわと上に浮かんでいく。

  「えっ……?」

  「これは一体……」

  「あきら! 物凄く嫌な匂いがするぞ!」

  狼は低く唸った直後、三角形の盤上から白い光が放出していく。カジノの室内がガタガタと揺れて犇めき、カジノのテント屋根を吹き飛ばしていく。まるで竜巻が起きたような状態だ。

  「なに……何が、起きてるの……!?」

  ポルコは上を見上げようとする。

  「いや、見ないほうがいい! あの光りは危ないかもしれん! 避難だ!」

  しかしポルコは呆然としたまま動かない。

  ──全く、手が掛かるの!

  ポルコを小脇に抱え、カジノの入り口に引き返す。狼も後をついてくる。

  ──腰の痛みよ、ぶり返すな! 耐えてくれ!

  神頼みになるが、足を必死に動かして走る。その間にも建物はぐらぐらと不気味に揺れている。

  そして扉の外に出た瞬間、爆音と共に、目の前にさらさらとした金粉が散り、視界に移る景色は黄金色に変わっていた。

  ༓࿇༓

  妻の多栄子が亡くなったのは、十二月の暖冬だった。暖冬のせいで、春と勘違いしたモンキチョウが孵化したのか、野原を舞い、春だと錯覚させてくれる。

  「私も、勘違いしていれば良かったのになぁ」

  その年、妻の多栄子は穏やかに口にする。

  「勘違いとは?」

  「こうして季節がめぐっているのに、錯覚を起こして、年をまたいでいる蝶々のような勘違いよ」

  「きっと、またげるさ」

  多栄子の肩を抱き寄せる。すっかりと痩せ細ってしまった多栄子。多栄子の余命は、蝶よりも短い。

  ──肩代わりできたら、どんなにいいことか……

  「暖冬で良かったな」

  「ええ、そうねぇ」

  笑う多栄子の表情は美しく、美しいままに、年越し前に散る。

  ༓࿇༓

  目を開くと、辺り一面、黄金色の世界が広がっている。雪ではない、まるで蝶々の鱗粉のような物が空から降っている。

  「ここは……うっ!?」

  ハッとして起き上がり、腰に激痛が走る。

  ──また、きたか……。

  ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡していく。辺り一面、金一色の世界だ。

  「ポルコぉー! 狼ぃー!」

  叫ぶと直ぐに声が返る。

  「あきらぁ、いるよー! 今行くー!」

  ポルコの元気な声が響き、ほっとする。それから靴音と、狼の走る音が聞こえてくる。

  「やっと目を覚ましたのか! 遅いぞ!」

  ポルコに軽く説教されてしまう。

  「すまんの。何せ、年寄りだからの」

  「年寄りって早起きじゃなかった? お祖父様は早起きだったぞ」

  「そうかい。それで、ここはどこだね?」

  「分かんない。でも多分、カジノの近くだと思うよ」

  「ああ。それは間違いないな。匂いは一緒だ」

  狼も同じように口にする。

  「他に人はいないのか?」

  「俺達だけみたい。狼も、匂いを感じないって」

  「そうかね……」

  三角形のボードゲームはただのゲームではないのは、この状況で分かる。

  ──矢張り、止めるべきだったかの……

  「そうそう! あきら! 面白い物を見つけたんだよ! ちょっと来て」

  「すまんの。腰を痛めてしまってな、動けん……」

  「えっ! そうなの!?」

  「またかよ……」

  ポルコと狼は口々に言う。腰が痛む以上、ここからは動けない。一ミリも無理だ。

  「うーん……じゃあ、あきらはそこで待ってて! 俺が取ってくるから!」

  「手で運べる物なのか?」

  「うん!」

  ポルコは再び狼と共に駆けていく。

  ──やれやれ、子供と狼は元気だの。

  腰を痛めないような姿勢に組み替えて暫く待つ中、ポルコと狼が戻ってきた。ポルコの手には不思議な円錐の形をしたグレーの機械が握られている。

  「これを見つけたんだ。あきら、これが何か分かる?」

  ポルコから手渡された物は、見たこともない機械だ。何に使うかも不明だ。

  ──何かの、部品かの?

  円錐上のグレーの機械を持ち上げて底を見ると、アルファベットで小さく名前が刻まれている。

  『[[rb:Hiro Ulhara > ヒロ ウルハラ]]』

  「ヒロ……ウルハラ……?」

  「え、ヒロの名前が書いてあるの!?」

  「ほら、ここじゃ」

  「本当だ! それにこれ、ヒロの字だよ」

  「道理で、ヒロの匂いがするはずだ……けどこれは、何なんだ?」

  狼は不思議そうに首を傾げる。

  【lost kingdom】のボードゲームをやっていた時、狼はそのボードゲームから匂いがすると言っていた。そしてこの機械からヒロの匂いがするという。

  「調べてみる必要があるが……」

  腰を上げようとしただけで、ハンマーで殴るような痛みが走る。

  ──弱ったの……

  「あきら、俺が見てくる。あと、あきらのバックの中にある、鍼とかも必要なんだろ?」

  「だが、お前さん一人で行かせる訳には……」

  「問題ない」

  狼は走って消える。

  ──狼だけで、大丈夫かの?

  心配だが、腰は激痛なので動かせない。

  「あきら、年寄りは大人しくここで俺と待機してればいいんだよ」

  「はぁ、そうだの」

  それから暫くして、狼が口に咥えて持ってきた。ひとまず簡易鍼セットのみだ。

  「サイドカーは残ってたぜ」

  「そうかね。誰か人はいたかね?」

  「いなかった」

  誰もいない。誰もいない、金色の鱗粉が舞う世界。

  ──考えはあとだ、先ずは鍼で和らげるのが先だ。

  「ポルコ、この鍼を今から指示する場所に打ってくれ。大事な任務だぞ」

  「おう! 分かった! 大事な任務、引き受けた!」

  ポルコは明るく言って、鍼を手にする。

  ポルコに指示をし、腰に簡易針を打ってもらう。

  「どう?」

  「直ぐには訊かんが、まぁ……明日にはなんとかなるだろうの」

  「そうなんだ」

  「ポルコ、あきらの荷物の中に食料が入ってるんだ。一緒に運ぶのを手伝ってくれるか?」

  狼はポルコに訊く。

  「分かった! それじゃあきら、そこで待ってろよ」

  「はいよ」

  腰が痛いので、どこかに歩く元気は残ってない。

  「しかし、不思議な世界だの……」

  金色の鱗粉が空からチラチラと舞っている。暫くはやみそうもない。

  シャン、シャン、シャン、シャン……

  ──鈴の音?

  煌びやかで心地よい鈴の音色が続く。その鈴の音は、ポルコ達がいる方向とは別の方向から聞こえる。

  ──声は出さんほうがいいだろうな……

  相手が敵か味方かも分からないのだ。

  じっとしてると、鈴の音は段々とワシが座る場所に近づいてくる。

  シャン、シャン、シャン、シャン……

  鈴の音の音と共に、ズシンとした地響きも鳴った後、背後で止まる。

  ──何かが、来たな……

  ついに、来てしまった。さて、どうしたもんか……

  「そなたは誰じゃ!」

  開口一番からして厳しい口調だ。声は女性、だが、威嚇の声がする。

  ──獣か……?

  「ワシは、あきらだ」

  「わらわはこの黄金郷の長、ナオだ。あきら、ここは貴様のような人間が踏み行ってはいい世界じゃない。帰れ」

  「帰れと言われましても、腰を痛めてましてねぇ……」

  「……」

  すると背後に立つ者がまた動く。腰に何かを宛がわれる。恐らく何かの手だ。硬質な、巨大な手……

  ──触診でもしてるのか……?

  それから暫くして、声が返る。

  「なるほど。確かに腰を痛めておるな。分かった、この世界で休んでいけ。わらわが案内しよう。この者を運べ!」

  それから暫くし、体がぶわりと宙に持ち上げられる。だが持ち上げたのは人間ではなく、巨大な七面鳥のくちばしだ。

  「──!?」

  「驚くと、腰に響くぞえ」

  「そう、だの……」

  とはいえ、巨大な七面鳥だ。驚くに決まっている。

  「長生きは、するもんだの……」

  年寄りならではの戯言が思わず出たのは言うまでもない。

  ༓࿇༓

  ナオと名乗った七面鳥のくちばしで服をつままれ、別の七面鳥の背についた籠に乗せられる。その籠には大きめのフルーツ、麦、なにかの種がつまっていた。どれも巨大だ。

  「その籠は狭かろうが、我慢してくれよ。我らの大事なエサがつまっておるからな」

  「なるほど」

  「ふん、お前さんなんぞは食わんから安心しておけ」

  七面鳥はそう言って、また歩き始める。

  ──そうだ、ポルコと狼……

  「運んでもらってなんだが、ワシには連れがいての。十歳ぐらいの少年と、狼がいるんだが……」

  「狼だって!?」

  七面鳥がひどく驚いたので、透かさず説明する。

  「狼だが、事情を話せば、お前さん達を食べたりはせんよ。とにかく、ワシと共に連れて行きたいんだ。向こうでワシのサイドカーと共にいるはずだ。寄ってくれんかの?」

  「分かった。なら、寄ってやろう」

  七面鳥は納得し、方向転換をして再び歩き出そうとするが、そこにたった今話していた、ポルコと狼がやってきた。ポルコは七面鳥を見るなり口を開く。

  「うっひゃぁああ! でっけぇ七面鳥! おいあきら、もしかしてそれが、今日の食料か?」

  ポルコが訊いてくる。隣の狼はといえば、嬉しそうに尻尾を振っている。

  「わらわ達を食べる気かえ!?」

  七面鳥はポルコと狼に威嚇しはじめる。

  「落ち着いとくれ! ポルコ! ワシが腰を痛めてるところを助けてもらったんだ! だから、食い物じゃないぞ!」

  「えっ! そうなの!?」

  「なんだ、そうなのか……」

  ポルコの驚きと、狼の残念そうな声が返る。

  「はぁ、やれやれ……。ポルコも狼も、とんだ食いしん坊だの」

  それからポルコと狼に事情を話し、一緒に籠に乗って移動することになった。

  「すっげー! こんな世界があるんだなぁ!」

  はしゃぐポルコの横で、狼は七面鳥をじっと見ている。

  「狼よ、この鳥は食い物じゃないからな」

  今一度釘を刺せば、

  「分かってるよ。しかし、残念だな」

  狼は食べてみたかったようで、シュンとしている。

  「そうだ七面鳥……」

  狼から七面鳥に声を掛ければ、

  「私の名前はルリです」

  と声が返る。

  「ルリ、ここはどこなんだね?」

  「ここは黄金郷。エアスト王国の片隅に存在する、"時空の歪み"でしょうか」

  「じゃあ、飛ばされたということか……」

  「飛ばされた……?」

  「エアスト王国の城下町にあるカジノで、【lost kingdom】というボードゲームをしていたんだ。そのゲームをクリア……したかは分からんが、『lost kingdomはこれより、真実の姿を取り戻します』というアナウンスの後に、ボードゲームが宙に浮いて光りだして、それで気付いたらここに来ていたんだ」

  「真実の姿……。なるほど、真実の姿に興味がありますねぇ」

  ルリは呟く。

  「不思議なボードゲームだったよ。結局、謎は解明されなかったの……」

  「ほぅ、そうですか」

  ルリは首を小刻みに動かして、口にする。

  「まぁ、我々の住み処でゆっくりしてください」

  ルリはそう言って沈黙する。そして七面鳥の軍団は列をなして歩いていく。

  ༓࿇༓

  黄金郷と呼ばれる場所。通称、時空の歪み。ふかふかの羽毛の塊がそこかしこに散る中に、巨大な鳥の巣が見える。そこには食料が大量に、山のように積まれている。

  「これ、どれぐらいの食料なんだ?」

  「一年ぐらいはありそうだの」

  「いや、一週間分だ」

  「たった一週間!? 食べすぎじゃないのか!?」

  「我らにとっては普通の量だ。さぁ、お前達も遠慮なく食べるが良い。腹が減ってるいるのだろう?」

  大きなブドウの束を目の前に出され、ずしんと地響きが鳴る。ブドウの実一個で、ポルコの身長ぐらいの大きさだ。

  「これ、二個ぐらいで十分だよな」

  ポルコが口にする。

  「いや、ワシは一個の半分で十分だ」

  「俺は肉が食いたい。鶏肉……」

  狼が肉というと、七面鳥がギロリと睨む。

  「たまにはフルーツでもいいか」

  狼は諦め、ブドウにかぶり付く。

  「うまいか?」

  狼に聞けば、「ああ、いい味だ」と返し、黙々と食べ始める。

  「じゃ、いただくかの」

  ブドウの皮ごと食べれるようなので、そのままかぶり付く。大きいので大味かと思えば、甘くて瑞々しい。

  「うまい」

  「うん、美味しい!」

  ポルコも同じようにかぶり付く。

  「そうだ。ルリ、この機械は何か分かるかの? ここで拾ったんだが……」

  ウルハラ・ヒロの名が刻まれた、円錐の機械をルリに見せてみる。

  「これは! ヒロ様が昔お作りになった、気候変動を一定にする機械じゃないか……!」

  ──ヒロ様?

  「ヒロ様とは?」

  「ヒロ様はヒロ様です。ウルハラ・ヒロ様ですよ」

  「あきら、どういうこと?」

  「ワシにも分からん……」

  ポルコに訊かれるが、知らないので答えようがない。

  「お主らが言ってる、ヒロ様とやらはどこにいるんだ?」

  「ヒロ様はもう随分前に、亡くなった」

  「何だって……? ヒロが、亡くなった?」

  「ヒロ様がお亡くなりになって、もうかれこれ、二百年は経っていますからね」

  ルリは思い馳せるように言うと、ポルコが激昂する。

  「おい、七面鳥! 適当なことを言うな! ヒロはまだ十歳だ! それに今日は、王宮でお茶会をしてるんだよ!」

  「はて、お茶会……。ああ、思い出した。お茶会の話は覚えておりますぞ。ヒロ様はヒロ様のお母様と共に出席し、そこで裏切ったのだと」

  ──裏切った?

  ルリの話は妙だ。まるでボードゲームと同じく、一貫性がない。

  ──そうだ、一貫性がない……何故、ワシ等しかいないんだ? 何故、ヒロが亡くなっている?

  ヒロが亡くなっているのも、おかしい話だ。

  手にしている三角錐の気候変動を操る部品を見る。この形は、ボードゲームが宙に浮かんだ形と似ている。

  「まさか、ワシ等はまだ、ゲームをしてる最中なのか?」

  「どういうこと?」

  「このゲームは、続いてるのかもしれんの」

  「それなら何で、レリフ達がいないのさ? 変じゃない?」

  「ううむ……」

  確かにポルコの言う通りだ。ポルコの言う通り、レリフがいなければ辻褄が合わない。

  ──歯の隙間に何かが塞がった、この違和感はなんじゃ……?

  「ルリ、まさかお前さんも、この七面鳥たちも、実はあれか……カラスか!?」

  「えっ? 流石にそれはなくない?」

  「無いだろうな」

  ポルコが言うと、狼も賛同する。

  「もう今日は、休もうよ。俺、何だか眠くなっちゃった……」

  ポルコは大あくびをし、そのまま眠ってしまった。色々あって疲れているのかもしれない。

  「あきら、俺も眠いから寝るよ……」

  ポルコと同じく狼もそう言って、その場で眠る。

  「今日はやけに、早寝だの……」

  ともあれ、ヒロと会うだけなのに、酷く遠回りさせられてしまっている。そしてこの黄金郷では、不思議なできことが起きすぎている。最早、理解不能なレベルだ。

  その上、ヒロは亡くなったという。

  ──ヒロは、本当に亡くなったのか?

  ヒロの真相は不明だ。この黄金郷から抜け出せない限り、分からない。脱出が最優先事項だ。

  「まぁ……考えても仕方がないの。今日は、寝るとするか」

  ポルコと狼と同じく眠気が訪れたので、そのまま寝ることにした。

  「おやすみなさい、人間達と狼」

  直にルリの声がしたのち、意識が飛んでいく。

  ༓࿇༓

  ──ん……?

  何かの視線を感じて目を覚ますが、先ず最初に、腰の痛みを確認していく。ゆっくり起こしてみるが、痛みはない。完全に消えている。

  「よし、これなら問題ないな」

  そのまま立ち上がった刹那、ガシャンという金属音が足元で響く。

  ──足が、一歩も動かせない……

  「何だ……?」

  足元を確認してみれば、頑丈な[[rb:足枷 > あしかせ]]が足首から爪先に掛けてついてしまっている。おまけに昨日までふかふかだった場所が固い、大理石のような地に変わっていた。

  周囲を見渡せば、天候はどんよりとしている。黄金色の鱗粉も降ってない。

  ──黄金郷も天候が変わる場所なのかの……?

  等と、のんびり思っている内に、少し離れた隣で、ポルコの声が響く。

  「あきら! 大変だぞ!」

  振り向けば、ポルコが立っている。しかし微動だにせず、その位置に立っている。

  「ポルコよ、お前さんも……」

  「足が動かない! 拘束されちゃってるし、取れないんだ!」

  「俺もだよ。何なんだ、これ……?」

  狼も同じようにして四つ足を枷で拘束され、動けずにいる。

  「これはまるで、盤上のようだの……」

  【lost kingdom】のボードゲームに立たされているようだ。よくよく見れば、[[rb:升目 > ますめ]]もあり、三角形の形をした場所にいる。

  「どうなってんだ、これ!?」

  ポルコが叫ぶ中、ギャアギャアという鳴き声が聞こえる。振り返って見れば塀があり、そこに複数のカラスが止まっている。

  「おいおい、これでは本当に、【lost kingdom】のボードゲームの盤上にいるじゃないか」

  「そうじゃ。お前達は選ばれたのだ。真実を知りたいのだろ?」

  七面鳥の長のナオは口にする。

  「これより、【lost kingdom】を開始する」

  サイレンが鳴ると、一羽のカラスが口にする。

  『カァー。フード被った男がやってきたぞ』

  するとそこに、フードを被った男が歩いて現れる。生きた人間だ。

  ──あれは、偽物の王様なのかの……?

  フードを被った男を凝視する。フードを被った男は暫く俯いていたが、顔をあげるなり目を輝かせ、口を開く。

  「あれっ! あきらじいさんじゃん!」

  聞き覚えのある声が響く。

  「悠か……!」

  「何だよ……あいつじゃん」

  シージャックされた時に船で会い、この島で別れて仕事を探すと言っていた、ベンガルトラの[[rb:桐生悠 > きりゅうゆう]]だった。

  「久しぶり! 元気にしてたか?」

  悠は嬉しそうに話し掛けてくるが、今は再会を分かち合っている場合ではない。

  「いや、元気してたかじゃない。お前さん、ここで何をしておるんだね?」

  「何をしてるって、仕事だよ」

  「仕事……? 何の仕事だね?」

  すると悠は、「いやそれよりさぁ、訊いてくれよぉ!」と、話を転換させ捲し立てる。

  「あれから色々仕事探してたんだけど見つからなくて、俺、すっげー凹んでたのよ。んで、あきらの後について行こうとしたんだけど、もう王国に渡ったって聞いてさぁ。それから何とか王国に着いたんだけど、一文無しだったし、一文無しのまま行くのもアレだろ? だから色々仕事探してたんだよ。そしたら七面鳥が仕事をくれて、ここに着いたわけ」

  「なるほど……。いや、分からん! 悠、これはどんな仕事なんだね?」

  「えーっと……何だったかな? あ、そうそう! なんか駒になる仕事って言ってたわ! 本当は料理人が良かったんだけど、なくてさぁ。ていうか俺、お金貰えるならどんな仕事でもやれるからさ」

  と、何故か殊勝顔で話す悠。矢張り、危うい男だ。

  「悠よ、仕事選びは大事じゃぞ」

  「そうなの?」

  「はぁ……まぁ、今更言うても遅いがの。すでに始まってるしな……」

  「え、何が? 何が始まってんの?」

  「お前さん、仕事内容も分かってないのかね」

  「うん。駒になる仕事って言われた後、なんか分厚いマニュアル本渡されたけど、読むのが面倒で読まなかったんだよね。それに仕事なんて、自分でやってナンボっしょ? やってミスして覚えるみたいなさ」

  確かに一理ある。そこは頷ける。ミスして覚えるのも仕事の内だが──

  「あきら、この人、誰?」

  不意に、ポルコから問われる。

  はてさて、ポルコの質問にどう答えるべきか──

  「そうだの。修羅場を一緒に乗り越えた、腐れ縁……かの」

  「いや、俺等はマブじゃね?」

  「ないな」

  「んだよ、じいさん。ノリ悪いなぁ」

  そして桐生悠も加わり、ワシ等を駒にした【lost kingdom】のボードゲームが開始する──