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シンイチと狼男たち

  お母さん、お父さん、ニイナ。東京旅行は楽しいですか。

  ぼくは今。

  「うわー! これ知ってるぞ! 安いやつ!」

  「安い?」

  「お前が生まれるずっと前は、そうだったんだ。源五郎、これはイワシ」

  「イワシ。……きらきらしててキレイだなぁ。食っていいのか?」

  「食えるわけねーだろ、ココ水族館だぞ!」

  「敬介さん、水槽たたかないで」

  「ここ、たくさん食い物いるのに、ぜんぜん食えないのな……おれ、タヌキやキジもガマンしたぞ、何なら食えるんだ?」

  「他と同じ。なんでも食おうとすんな」

  「水槽見ながら食べれる寿司屋とか、釣った魚が食べれる釣り堀があるよ」

  「おいやめろ、教えたことがブレるだろ」

  変なオジサン二人と、水族館に来ています。

  ※

  ぼくも、さっきまでK市にいた。駅前でプラネタリウム見て、ハンバーガー食べて、ドーナツも食べて、暗くなる前に家に帰るつもりだったんだ。

  でも、出かけて、すぐ。

  ヒュー……コツン。

  目の前に、青いビー玉が落ちてきた。

  「うわぁ、キレイ……!」

  のぞき込んでみた。キラキラ光って、海みたい。 こんなビー玉、見たことない。

  そしたら。

  「えっ?」

  何かにつかまれて、ぼくは急に空に飛び上がった。

  「えええええ⁈」

  ぼくの腰を、毛深い腕がつかんでた。後ろを向いたら。

  「ギャッ!」

  ぼくは、狼男にかかえられて飛んでいた。毛と目の色が、さっき拾ったビー玉と同じだ。でも、左の目がなかった。

  「わあ! 目に、ごはんがついてきた」

  ごはん? もしかして、ぼくのこと?

  そいつは、大きく口を開けた。

  けど、横から別の狼男が、赤い棒でぶんなぐってきて、青いやつは吹き飛ばされた。白いワイシャツを着てる、赤毛の狼男。

  「うわぁあああ‼︎」

  落ちるぼくを、赤い狼男がつかまえてくれた……まではよかったんだけど、ぼくを上にほうり投げて、もどってきた青い狼男と戦いはじめた。え? 待って!

  落ちるぼくを、赤い狼男がまた、上に投げる。ウソでしょ!

  ジェットコースターどころじゃない。やったことないけど、バンジージャンプよりずっと怖い。助けて!

  今度は、青い狼男につかまった。青いのは、空中の変な輪に、ぼくを投げ入れた。

  「うわああああああ!」

  「っぶね」

  水面ギリギリのところで、今度は白いTシャツの、白い狼男がぼくをつかまえた。今度は、ぼくを投げないでくれた。よかった!

  「ごめんなぁ、いま岸に戻してやっから」

  空では、青と赤の狼男がバトルしている。え、ここ、狼の国なの?

  自分の顔を触ってみた。ぼくは狼になってないみたいだけど……これ、もしかして転生ってやつ? どうしよう?

  でも、狼の国じゃなかった。

  水の中から、龍が出てきたからだ。

  「騒がしいと思えば……山の眷属どもが、わしの縄張りを荒らしおるか」

  「わぁ、すまねぇ龍王様。おれら、そんなつもりじゃねくって」

  「馬鹿、逃げろ!」

  赤い狼男が、白い狼男をぼくごと抱えて逃げようとしたけど、龍にまとめて海にたたき落とされた。

  「ケガねぇか、子ども」

  「う……うん、ありがとう…」

  白い狼男が、ぼくをひと気のない岸にあげてくれた。真っ赤なアロハを着た背の高い男の人が、僕らの後から上がってきた。

  「くそ、『十一』のやつ、逃げやがった」

  服も生き物の種類も違うけど、声が、さっきの赤い狼男だ。

  「おい」

  赤いアロハの人が、ぼくの前に手のひらを出した。手をにぎったら「ちがーう!」と怒られた。

  「お前、『青いやつ』の左目、持ってるだろ。小さくて青い玉だ。よこせ」

  「あのビー玉のこと? ……あれ?」

  持ってなかった。というか、そんなこと忘れてた。

  「落としたみたい」

  「ウソつけ。まだお前から『青』の匂いがするぞ」

  「敬介。子どもの右目」

  白い狼男が、ぼくの顔を指さした。赤いやつ…敬介、というらしい…は、ぼくを見て、ものすごくイヤそうな顔をした。

  「……あーもう、わかったよ。まず、着替えを買うぞ。しかたないから、お前のも買ってやる。ああ待て、源五郎」

  赤いやつが、白い狼男に赤い首輪をつけたら、白い髪の、ちょっとゴツい男の人になった。

  「よし。ついてこい、ガキ」

  向こうに大きなショッピングモールが見えた。ぼくらの左の茂みの向こうに、ガラス張りの大きな建物がある。水族館だ。まえに来たことある。

  ここ、I市だ。海沿いの街だ。

  狼男の国じゃなくてよかった。でも、家から遠くて、歩いて帰れない。

  [newpage]

  赤い方は敬介、白い方は源五郎、と名乗った。

  「まぁ…平たく言や、さっきお前をおそったようなヤカラを倒して回ってんだ、俺ら」

  「そうなんだ」

  敬介さんは、ずっと怒った顔してるけど、ケチじゃなかった。

  着替えを(下着や靴、リュックに帽子まで)買ってくれて、今もフードコートでラーメンとギョウザをおごってくれてる。まあ…青い服はダメとか、赤い帽子をかぶれとか、注文はうるさかった。敬介さんは、服を替えても赤いアロハだったから、こだわりが強い人なのかも。

  「で、お前が襲われた理由は、これだ」

  敬介さんは、スマホをぼくに向けた。自撮りモードになっている。

  「えっ!」

  ぼくの右目が、青くなっている!

  「『青』の左目が、お前の中に入っちまってる。きっとまた、取り返しに来るぞ」

  「……取れないの?」

  「目ん玉ほじくっていいなら」

  「それはイヤです」

  「大丈夫だ、シンイチ」

  ステーキ食べてる源五郎さんが、ニッコリした。シンイチ、は、ぼくの名前だ。

  「『青』を倒しゃ、元に戻らぁ。今度は仕留めちゃるって」

  「……つまり、ぼくをオトリにするから、退治するまでの間よろしく、てこと?」

  「やけに察しのいいガキだな。まぁ、そういうことだ。とりあえず、親に迎えにきてもらえ。俺らがコッソリ後ついてって『青』が来たらぶちのめす」

  「うーん……困ったなあ」

  「なんだ、親御さん仕事か? なら、交番に連れてってやる。安全に送ってもらえるはずだ」

  「そうじゃなくて…あの」

  悩んだけど、言ってみた。

  「オトリになるから、ぼくと旅行しませんか?」

  ※

  朝、起きたら、みんないなかった。

  妹のニイナのモデルオーディションがあるから、そのついでにって、今日から東京へ、みんなで旅行のはずなんだけど。

  スマホを見たら、ラインに「ごめんアンタのこと忘れてた。明日までいい子にしててね」と入ってた。

  こういうことは、はじめてじゃない。ぼくはいつも後回しだ。ショッピングモールで忘れられて、何度も自分だけバスで帰った。親はいつも、ぜんぶ、ニイナのために動く。

  ニイナ、オーディション受かるといいね。習いごととか、がんばってるから。

  ……でも、これはあんまりじゃない⁈ ぼくだって子どもなのに!

  しかも、狼男におそわれて、お手玉みたいにされて、海に落とされて、こんな遠くまで来ちゃった。ひどくない?

  少しくらい楽しい思いしても、よくない?

  ※

  ……と、話したら、敬介さんは、ものすごくイヤそうな顔をして、犬…じゃなかった、狼みたいにウー…って、うなった。

  源五郎さんが「お手玉は、ひでぇよ」と言ったら、敬介さんはグルルル…って言いだした。こわい。

  「ガキかかえたまま戦えるか。お前こそ、なんでなかなか来なかったんだよ、ついて来てたら渡せたんだぞ」

  「あー…すまねぇ、ポストの角っこに足引っかけちまって…」

  「うるさい。いいよガキ、俺らが悪かった。おわびにK市まで送ってってやる。それでいいか」

  「いいよ、ありがとう! あ、でも帰る前に水族館行きたい」

  「調子のんなよクソガキ」

  敬介さんは怒った顔で、ラーメンと半チャーハンを一気に食べた。

  「お前ら、さっさと食え。行くぞ」

  「どこに?」

  「ATMだ」

  狼男も、口座作れるんだ。

  [newpage]

  アザラシといっしょに写真とろうって言ったら、源五郎さんは面白がった(食べちゃダメ、と言ったら少しガッカリした)けど、敬介さんはすごくイヤがった。

  「お前だけうつってりゃいいだろ。なんで俺らまで」

  「その方が、変な人だって思われないんじゃないかな、って」

  「くだらねえ。どう転んでも俺らは変なんだよ」

  でも、写真とってくれた。アザラシもカメラ目線してくれた。プロだ。

  敬介さんは、水槽をベタベタ触りながら聞いた。

  「親から連絡きたか」

  ぼくはスマホのラインを見た。さっき「友達のおじさんたちとI市に遊びに行ってきます」と入れておいたのだ。この人たち…狼男だけど…を誘拐犯にしちゃったら、かわいそうだもんね。

  「まだ既読ついてない。いそがしいんじゃない?」

  「ったく……こら源五郎、ぴょんぴょんすんな」

  「すげえなあ、この三角の道、水ん中とおってらぁ」

  「F県沖の、暖流と寒流のぶつかるところをイメージして作られてるんだよ」

  ぼくは一応説明したけど、ふたりは聞いてなかった。源五郎さんはぼくよりテンション高いし、敬介さんはつまんなそうな顔で、水槽をベタベタ触ってる。狼男って、おぎょうぎが悪い。

  ちょうど人がいなくなったから、ぼくも水槽に近づいた。目の前を、エイが泳いでいく。青くてキレイな海。最高…!

  と。

  水槽に、丸くて小さい輪ができた。泡かと思ったら、ちがった。

  輪から青い手が出て、ぼくをつかもうとしたけど、敬介さんがすぐ青い手をつかまえて、変な方向に曲げた。なんか、変な音がして、手と輪が消えた。

  「え?」

  「また逃げやがった。手首折ったから、しばらく来ないかもな」

  「え、いまの」

  「気にすんな」

  いや気にするでしょ。

  「さっきの狼男?」

  「ああ。『青』は空間移動が得意なんだ。青いところに出入り口を作る」

  「え、じゃあ」

  水族館なんて、あぶないとこだらけじゃないか!

  敬介さんは、また水槽をベタベタさわった。

  「俺らの匂いで防げるんだ。海や青空よか、ずっと楽」

  「……そうなの?」

  「ああ。だからお前もあの、園児が引くほどハシャいでる白いオッサンを、少しは見習え。来たかったんだろ」

  この辺は安全だ、と言って敬介さんは、サンマの水槽にくっついてる源五郎さんをはがしに行った。

  ぼくははじめて、自分が見たいだけ、潮目と魚たちを見てから、二人を追いかけた。

  水族館には、閉館近くまでいた。

  ※

  水族館の外に出てから、お母さんから『よかったね、気をつけてね』とラインが来た。敬介さんがまたイヤな顔して、今度は自分のスマホを出した。

  「家族は、明日の夜に帰るっつってたな」

  「う、うん」

  「しょうがねぇな。宿とるぞ」

  「え?」

  ビジネスホテルの一室が、ギリとれた。

  「わー広ぇなぁー」

  「絶対暴れんなよ」

  「ベッドないの?」

  「布団だとよ。コラお前ら、くつろぐな。行くぞ」

  「どこに?」

  「ランドリールームだ。この磯くさい服、洗わないと着替えもないぞ」

  [newpage]

  洗たくの間、晩ごはんを何にするか、話し合った。コメが食いたい敬介さんと、肉が食いたい源五郎さんと、めん類が食べたいぼくとで、行くお店が決まらないまま洗いおわって、洗たく物を乾燥機に入れてたら、電話が来た。さっき、お泊まりになったことをラインで送っておいたからかな。お母さんからだ。

  出たら『泊まるお金どこから持ってったの?』だって。心配するの、そこなんだ。

  「おじさんたちが出してくれるって」

  『……変な人たちじゃないでしょうね?』

  変な人たち、なんだよね。どうしよう。

  返事に困っていたら、敬介さんが電話を代わってくれた。

  「いつもお世話になっております。駄菓子店『みらい屋』の鏑矢と申します」

  え。ちゃんとしゃべってる。えらそうでもない。ビックリした。

  『みらい屋』は、近所の駄菓子屋さんだ。でも、こんな人たち、いたかな?

  お母さんは「仕入れで浜通りに来たら、常連のシンイチくんがこっそりトラックに乗り込んでた。今日は暑いし、引きかえすにも遅いから、こっちに泊まることにした。こちらにも責任があるから諸経費は持つ」という、敬介さんの話を信じて、電話を切った。

  「ぼく、ひとのトラックに勝手に乗り込むなんて悪いこと、しないよ」

  「狼男に命狙われてます、の方がよかったか?」

  「……ぼくは、トラックに勝手に乗りました」

  「よし。…こら源五郎」

  「ん、悪い」

  寝てる源五郎さんを、敬介さんが起こした。けど、また寝てしまった。

  「これじゃ、メシ食いに行けないな……シンイチ、俺ちょっと弁当買ってくるから、乾燥終わるまでここにいろ」

  「え、でも」

  「心配すんな。源五郎は、なんかあれば起きる」

  「ん」

  源五郎さんが、急に起きた。

  「源五郎さん、おはよう。敬介さんはコンビニにお弁当買いに行ったよ」

  「ん」

  源五郎さんは返事をしてくれたけど、ぼくの方は見てなかった。首輪に指をかけると、はずれて、赤い棒になった。

  「あたま、さげてな」

  ランドリールームに、お客さんが入ってきて、ぼくらの前をとおる。

  その人の青いバッグに、輪が浮かんだ。

  「あ」

  出てきかけた青いのを、源五郎さんは棒で、わっかに叩き戻した。本当に「あ」という間に終わった。お客さんも、気づいてないみたい。こっちも見ないで、バッグから出した洗たく物を、洗たく機に入れている。

  赤い棒が縮んで、源五郎さんの首輪にもどった。

  「え?」

  源五郎さんはニッコリした。近くで見ると、夕日みたいな赤っぽいオレンジの目をしてる。

  「もう、だいじょうぶ」

  そして、また寝た。

  [newpage]

  「メシの前にシャワーしろ」

  敬介さんは、ポットに水を入れて、セットした。部屋にもどってから、いそいでシャワーする。

  ぼくが上がると敬介さんは、寝てる源五郎さんをお風呂に投げ入れた。本当に、投げて入れた。お風呂、こわれてないかな。

  コテコテの焼きそばに、ツナサンド、ワンタンスープ。

  「最高ー!」

  「ホントにコッチでなくていいのか?」

  「うん」

  「唐揚げ半分やる」

  「ありがとう。サンドイッチ食べる?」

  「いい。ガキはしっかり食え」

  敬介さんはカップみそ汁にお湯を入れて、牛丼とカルビ丼を出した。二つとも食べるのかと思ったら、カルビ丼のネギを牛丼に入れてから、牛丼だけ食べはじめた。ネギ好きなのかな。

  近くで見て、初めて気がついた。銀色の目をしている。

  「その目…」

  「これか? 赤い色が抜けてるんだ」

  「そうなんだ。源五郎さんの目が入ってるんじゃないんだ」

  「あ?」

  「ぼくに、青いのの目が入ってる、みたいな? 源五郎さんオレンジっぽい目だったから、入れかえたのかと思った」

  敬介さんは、ハッとした顔をしてから、イヤそうに牛丼食べるだけになった。

  気まずい空気で、焼きそばを食べた。言うんじゃなかった。

  浴室から出た源五郎さんは、ニコニコして浴室から出てきた。

  「サッパリした! ……敬介、どうした?」

  「うるさい」

  敬介さんが浴室に入って、源五郎さんはコンビニの袋から、カルビ丼とサラダチキンを出した。

  「シンイチ、チキン半分食うか?」

  「ありがとう。サンドイッチ半分食べる?」

  「それ、タマネギ入ってるからダメって、まえに敬介に言われた。ネギ、気持ち悪くなる」

  「えっ、そうなの?」

  あ、だからさっき敬介さん、ネギ取り分けてたのか。

  「うん。でも、ありがとなあ。……敬介とケンカしたのか?」

  「んー……敬介さんの目と源五郎さんの目、入れかえたのかと思った、って言ったら怒った」

  源五郎さんはビックリした顔をしてから、ニッコリした。

  「面白えこと言ったなあ。でも違うんだ。おれぁ失敗作だから、こんな色なんだ」

  「失敗作?」

  「おれぁ……おれだけじゃねくて『青』もだけど、博士…敬介のお父さんに、狼を改造して作られたの。でもおれ、うまくいかねかった、って。それで博士、敬介を改造した」

  特撮の世界になってきた。

  「十二頭みんな倒せば、敬介は人間にもどれるんだ。おれも、ほかの兄弟たおして死ぬって約束してる。もし、おれの目ん玉が残ってたら、敬介はずっと人間にもどれなくって困らあ。なんだけど」

  源五郎さんは、少し悲しそうになった。

  「目ん玉だけでも敬介んとこ残れたら、うれしいなあ、って、ちょっと思っちまった。よくねえなあ」

  [newpage]

  ぼくは、まんなかの布団に寝た。はしっこがよかったけど、ねらわれてるのはぼくだから、しかたない。

  夜中に目が覚めたら、左の布団に誰もいなかった。

  敬介さんが、窓ぎわのイスにすわっていた。

  「寝ろって言ったろ」

  「目、さめちゃった」

  「遠足の前じゃねんだぞ」

  でも、今そんな感じだし。

  「すわっていい?」

  敬介さんは返事してくれなかったけど、コップに麦茶を入れてくれたから、ぼくは向かいのイスにすわった。

  「飲んだら寝ろ。明日も暑くなる。寝なきゃバテるぞ」

  「うん」

  麦茶はすぐ飲み終わった。どうしよう。

  「なんだ。絵本でも読んでくれってか」

  「ううん」

  聞きたいことはあった。でも…プライベートなことを、好奇心で聞くのは、よくないことだ。

  敬介さんは、ウー…と、うなった。

  「夜ふかしの罰に、俺の生い立ちを聞かせてやる。俺は、父親に改造された、大正生まれの狼男だ。いま、くそ親父が作った狼男どもを片付けに、駄菓子屋やりながら源五郎とあちこち回ってる」

  「……そうなんだ」

  「源五郎はバカだから、兄弟を倒すのを手伝ってる。最後はてめえも殺されるのに……どっか逃げようって頭もない。バカなんだ」

  「……」

  「でも、俺は人間に戻るなら、なんでもやる。バカな狼男も利用するし、家族に置いてかれた、かわいそうなガキもオトリにする。誰がどうなろうが、知ったこっちゃない」

  敬介さんは、自分の麦茶を一気に飲んだ。

  「ほら、イヤな気分になったろ。これ以上聞きたくなければ寝ろ」

  聞きたかった。

  敬介さん、ぼくに対して、ちゃんと大人でいるのに。

  源五郎さんのこと、大事にしてるのに。

  それでも、源五郎さんまで、倒さなきゃダメなの?

  ……でも、それはぼくが「子どもを愛さない親なんて、いない」「ちょっと忘れられたくらいで、親を悪くいっちゃダメ」って言われるのと同じなんじゃ、って、何も言えなかった。

  「敬介も寝ろ」

  源五郎さんも起きてた。

  「おれが見張ってるから」

  「別に、見張りに起きてたわけじゃねーよ」

  「敬介さん、さっき言ってたじゃない。源五郎さんはなんかあったら起きる、って。信じて寝なよ」

  「よけいなこと言うんじゃねーよクソガキ!」

  「信じていいぞ、敬介」

  「うるさい! もう寝る! お前らも寝ろ!」

  三人でいっせいに布団に入って寝た。

  [newpage]

  朝。

  敬介さんたちのチェックのあと、カーテンを開いた。雲ひとつない、青い空。

  暑くて、狼男が出やすい一日になりそう……って、考えちゃった。やだな。

  朝食バイキングを食べながら、これからどうするか話し合った。敬介さんは「運転ならできる」と言ったけど、免許は昭和の終わりに更新忘れたままになってた。ダメだ、公共の乗り物しかない。けど。

  「でもぼく、高速バスでK市までは、むりだよ…酔っちゃうよ…バスは苦手なんだ…」

  「じゃあ電車か。でも駅は、お前が歩くには少し遠いみたいだな。そこまでバス乗るのは、ガマンできるか?」

  「……がんばる」

  「じゃあそれで。ゆっくり食え」

  パンもっと食べたかったけど、バスで気持ち悪くならないように、少しにしておいた。デザートも食べたかったな。

  乗るバスを、まちがえた。

  近い駅に行くはずが、少し遠くのI駅まで行ってしまった。ぼくは吐きそうになったし、なぜか源五郎さんも具合悪くなってた。敬介さんが、三人分の回数券と料金を払って、ぼくらと荷物をかかえてバスを降りて、待合室にすわらせてくれた。こういうとこ、人間ばなれしてる。

  「動けるか、お前ら?」

  「……うう…」

  「だ…だいじょう……ぶ…」

  「ダメだな。仕方ない、少しすわってろ」

  「いや……行こ…う…」

  「そんなんで、どこ行けんだよ」

  「ぴ…ピザトースト…小倉トーストでもいいから…食べたい…お店が…近くに…あるっ、て…」

  「ピザトースト…って……なん、だ……?」

  「お前ら…よく食い物の話できるな」

  喫茶店に入った。

  ぶあついピザトーストがきたら、ぼくはバスに酔ったことなんか忘れた。小倉トーストを頼んだ源五郎さんも元気になった。エッグトーストをたのんだ敬介さんだけ、ちょっと困った顔をした。

  「おい、本当にこれ、一人前なのか?」

  「食べきれなかったら、お持ち帰りできるって。いただきまーす」

  「大丈夫だ敬介、残したらおれが食う」

  「おいっしー! バスまちがえて、よかったー!」

  「おぐら、甘くてうまいな!」

  「いや、うまいけど……オヤツの量じゃないぞ…」

  トーストを完食して(敬介さんも残さず食べた)、駅に向かった。普通列車しかない。各駅停車だから、K駅に着くまで時間がかかる。水とお菓子を買いに売店に入った。

  「飲み物ちゃんと買えよ。おいガキ、この期に及んでまだパン買うのか、さっきさんざん食ったろうが。あっ源五郎、それはチョコだ、お前はダメだ!」

  敬介さん、こういうとこ、ふつうに先生にいそうな感じなんだよなあ。

  「シンイチ、お前んちへのみやげ、これで足りるか?」

  敬介さんが、タルトの箱をぼくに見せた。

  「あ、お気づかいなく。ウチ妹が小麦アレルギーなので、家ではそういうの食べない決まりなんです」

  「…そういうことは、もっと早く言えクソガキ」

  「聞かれなかったし」

  「うるさい」

  敬介さんは、箱を戻して、ぼくが売り場に戻したパンをくれた。

  おみやげは、チョコのプリンになった。

  周囲チェックのあと、ぼくと源五郎さんが窓際に、敬介さんがぼくのとなりにすわった。

  「もう二、三回くらい、来ると思ったんだがな」

  「夜、来たとき、あたま半分わったから、なおるのに時間かかってるかも」

  源五郎さんがおっかないことを言った。あの一瞬で、そこまでしたの?

  「きのう龍王さまにドヤされたから、ずっとコソコソしてたけど……K市に戻れば、もう少し派手にしかけてくるかもな。たのむぞ、オトリ」

  「うん」

  「その帽子は、ずっとかぶってろ。目印だ」

  あ、だから目立つ赤だったんだ。

  「そういうことは、もっと早く言ってよ」

  「聞かれなかったからな」

  [newpage]

  「なした、源五郎」

  「……うう」

  源五郎さんが、急に顔色悪くなった。さっきもバスに酔ってたから、乗り物に弱いのかな。

  「源五郎さん、席かわろ。進行方向のほうが酔わないんだって」

  「……う…敬介」

  「なんだ」

  「オニンギョウが、来る」

  バチン、と音がして、源五郎さんの首輪が切れて、消えた。

  えっ、源五郎さんが、狼男に戻っちゃった!

  『不覚、なんたる不覚』

  大きな手が、源五郎さんをつかまえた。

  「!」

  電車の天井に、大きな顔が出た。緑の髪とヒゲに、歌舞伎みたいな化粧をしてて、大きな目でにらんでくる。こわい。

  『いつの間にもぐりこんだ、山神の紛い物どもめ』

  敬介さんの赤いアロハが真っ白になって、敬介さんも狼になった。電車に乗ってる人たちが、悲鳴をあげて、となりの車両に逃げていく。どうしよう⁈

  電車がF駅に入ったら、プラットフォームの端に、源五郎さんを押さえつけてるのと同じ姿の、大きなオブジェがあった。『お人形様』……上の看板に、魔除けって書いてある。

  「待ってくれ、俺はともかく」

  『往ね』

  電車が止まった。ドアが開いて、みんな降りた。

  魔除けの神さまは、二人をつかんで電車の外に出て、ナギナタをバットみたいにして、二人を遠くに飛ばした。ウソでしょ⁈

  「え、待って!」

  いそいで敬介さんたちの荷物も持って、ドアに向かう。

  ドアの近くに、置いてかれた青いスーツケースがあった。

  輪から伸びた手が、ぼくを引きずりこんだ。

  [newpage]

  「目とごはん、やっと、つかまえた」

  空中で、僕は青い狼男につかまっていた。

  「はやく食べて、お父さまをさがしにいかなきゃ」

  「お父さま…?」

  「おれらに、すごい力をくれた人。でも、ある日ニセモノになった。だから、さがしてる。まだ見つからない」

  「……ニセモノ…」

  「ニセモノだ、『赤いの』を作ったら、ぼくらに『お前たちはしっぱいだ』っていいだしたもの。ずっと『お前たちはすばらしい』っていってたのに」

  「そんなこと、ぼくの親だって、言うよ」

  ニイナが、カメラマンから写真とらせてって言われてから。でも、ニセモノになったワケじゃない。ぼくより妹の方が、有名人の親になれそうだもんね。

  『青』の目が、ぼくに入った理由が、わかった気がした。ぼくたちは、似ていたんだ。敬介さんは『青』とも旅したかったから、ぼくを引き受けてくれたのかな。

  「おまえ、イヤなやつだな。イヤなやつは、あんまりおいしくないけど、おれは好ききらい、しないんだ」

  青い狼男が、大きく口を開けた。

  「があっ!」

  その口に、赤い棒がつき刺さった。

  「え」

  棒は、ぼくの赤い帽子から出ていた。

  棒がどんどん伸びてくるので、狼男はぼくを離して、棒をおさえようとした。ぼくも、帽子をはなさないように、しっかりつかんだ。

  帽子から、棒をつかむ、赤いケモノの手が出てきた。

  続けて、白いシャツのそで、赤い狼男、白いシャツをつかむ手、白い狼男。

  赤い狼男が、笑った。

  「できるのは、自分だけだと思ったか?」

  また落ちるぼくを、源五郎さんがつかまえてくれた。青い狼男の悲鳴が聞こえたけど、源五郎さんがギュッとしたから、ぼくは何も見えなかった。

  「ん」

  源五郎さんが、ぼくをおろしてくれた。K駅前の、プラネタリウムがあるビルの上かな? 一日おくれで来ちゃった。

  敬介さんが、少し離れたところに降りて、駅前を見おろした。

  「……倒した、の……?」

  「ああ。お前の仕事は、これで終わりだ。お疲れさん」

  「……そっか…あ、ぼくのウチ、あっちなんだ。いま、だれもいないから、休んできなよ。冷たい麦茶もあるから」

  「いや。お前とはここまでだ。源五郎」

  敬介さんは、赤い棒で駅前をさした。

  「あの台形の建物の前に、ガキを置いてこい」

  「わかった」

  「じゃあな、シンイチ」

  「え、待っ」

  ぼくが何か言う前に、源五郎さんが、ぼくを抱っこしてジャンプした。

  「シンイチ、おれ楽しかった。元気でな」

  「ぼくm」

  最後まで言えなかった。源五郎さんは、ぼくを置いて、すぐ消えた。交番の前だった。

  「あ」

  ビルの上を見た。あの目立つ赤い姿も、白い姿も、もう見えない。

  「う……うわぁあああん!」

  ぼくの泣き声で、交番からおまわりさんが出てきた。

  ありがとうも、さよならも言えなかった。

  [newpage]

  帰ってきた親と妹は、家の前にマスコミが並んでて、ビックリしてた。ぼくだってビックリだよ。

  ぼくは「F駅で、狼男といっしょにいた子ども」「K駅前交番に、狼男に連れてこられた子ども」として、急に注目された。あのとき、動画をとってた人がたくさんいたみたい。

  でも、ぜんぶ「わからない。気がついたら交番の前にいた」で通した。親へのラインも、ホテルでかけた電話も、赤い帽子や着替えも全部「知らない」って言った。

  両親に「本当のこと言いなさい、テレビに出なさい、インタビュー受けなさい、でも置いてったことは言わないで」って何度も言われたけど、無視した。

  現代の神かくしとか、それは十二頭の狼男の二頭だ(そういう都市伝説があるんだって)とかで、オカルト研究の人とかも取材に来た。でも同じように、何もわからない、と断った。

  学校で、からかわれることが増えた。でも、空中でお手玉よりはぜんぜんマシだったから、ほっといた。

  ぼくの右目は、元にもどっていたけど、ときどき不思議なものが見えるようになった。昼間でも人魂が見えたり、お地蔵さまにニッコリされたりする。でも、あのときみたいな輪は、見つからない。

  駄菓子屋『みらい屋』に行ってみたけど、敬介さんも源五郎さんもいなかった。お店の人に聞いても、知らないって言われた。

  ニイナが、怒りっぽくなった。今までなんでもしてくれた両親が、急に放ったらかしにするんだもの、そりゃそうだよね、と思う。

  妹と話すようになった。習いごとの送りむかえもした。兄だから、ってのもあるけど、妹が『青』みたいになっても、ぼくが『紅』みたいに退治しなきゃいけなくなっても、いやだもんね。

  敬介さんたちが、ぼくにしてくれたようなこと、できるといいな。

  スマホの写真を、コッソリ印刷した。

  敬介さんは怒った顔だし、源五郎さんとアザラシは笑ってた。ぼくは、みんな写真に入れようとして、必死な顔してた。変な写真。

  『もっと写真とればよかったな……』

  この写真あげたら、敬介さんは源五郎さんを倒すのを、やめてくれるだろうか。

  やめてくれたら、いいな。人間にもどる、もっといい方法が見つかって、二人でなかよくできたら、いいな。

  写真は、三枚印刷して、二枚は赤い帽子といっしょにしまった。

  敬介さん、もしまた帽子のとこにきたら、この写真、持っていっていいからね。

  (了)

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