インビジブル・ギルト

  深夜1時。

  ここは獣人たちが、我々人間世界と同様に働き暮らす、喧騒の都市。

  先程までネオンが瞬いていた繁華街も、人々が寝静まったこの時間はまるで死の世界のようだ。

  ビルの谷間を縫うように冷たい夜風が吹き抜け、アスファルトには街灯の光が淡く反射している。

  そんな中...路地裏のゴミ捨て場に、一匹の影が忍び寄っていた。

  ゴミ捨て場の暗がりに潜むのは、赤茶色の毛並みを持つ狐獣人だった。

  手にはライターを持ち、ゴミ袋の山に視線を向けている。

  その表情といら立ちは、明らかによからぬことを何か企んでいる様子だった。

  「なんだよあのクソ店員…あんな店、潰れてしまえばいいんだ…!」

  狐獣人は呟きながら、ライターに火をつけた。

  営業終了後の店は無人。ゴミ袋の中身は乾燥した紙クズが大半だ。

  火をつければ、すぐに燃え広がるだろう。

  炎が揺らめき、ゴミ袋に近づくその瞬間...

  ≪カチン!≫

  硬い何かが狐の手を叩き、ライターが弾き飛ばされた。

  火は消え、ライターは地面に転がる。

  「な、なんだ!?」

  

  突然の衝撃に狐獣人は目を丸くし、辺りを見回す。

  しかし、そこには誰もいない。

  薄暗い路地にはゴミ袋とゴミ箱、そして静寂だけが存在する。

  「やめないか…」

  突然、狐獣人の耳元で低い声が囁いた。

  「ひぃっ!?」

  狐獣人は飛び上がるように振り返るが、やはり虫けら一匹いない。

  そこにあったのは、不気味な静けさだけだ。

  

  そして、地面に落ちていたライターが、まるで何かに操られるようにふわりと浮かび上がった。

  ≪カチッ、カチッ≫

  ライターが勝手に火をつけたり消したりを繰り返す。

  まるで幽霊の仕業のような光景だった。

  「ひっ、お、おばけだー!」

  狐獣人は恐怖に顔を歪め、(文字通り)尻尾を巻いて一目散に逃げ出した。

  彼の姿はあっという間に夜の闇に消え、路地裏には再び平穏が戻った。

  「(ふう…あの反応、計画的犯行ではないな。十中八九、私情でカッとなって魔が差した小心者の仕業だ。)」

  暗闇の中で、先ほど話しかけた存在の独り言だけが響く。

  声の主はライターを拾い上げ、証拠品としてポケットにしまおうとした。

  「(あっといけない、今はポケットが無いんだった。)」

  声の主はライターを片手に握りながら、その場を後にした。

  ライターは宙に浮かんだまま、どこかへと消えていく。

  「(このケースでは深追いは不要だが...規則通り、本部に連絡するか。)」

  

  声の主は近くの公園に向かった。

  公園の奥、管理事務所の裏手にある「関係者以外立ち入り禁止」の小さな部屋。

  それが彼の秘密の待機場所だった。

  周囲に誰もいないことを確認し、彼はほっと息をついた。

  その瞬間、何もない空間に、かすかな揺らぎが生じた。

  空気が揺れ、徐々に緑と青の鱗に覆われた肉体が浮かび上がってくる。

  細身だが引き締まった体躯、長く渦を巻いた尻尾、股間には爬虫類特有のスリット...

  先程までの声の正体は「カメレオン獣人」レオだった。

  [uploadedimage:21588868]

  彼は普段は地味な倉庫作業員として働いているが、

  夜は「動物パトロール隊」の一員として街を守る二重生活を送っている。

  低所得者層がひしめくこの地域では、治安の悪化が特に問題となっている。

  動物警察だけでは人員不足で手が回らず、正義感の強い獣人たちが夜の街を守るために動員されている。

  特にレオのような特殊能力者は貴重だ。

  彼の透明化能力は、敵に見つからずに不審者を監視し、犯罪を未然に防ぐのに最適だった。

  単身で対処が困難と判断すれば、撤退しすぐに応援を要請することも、立派な職務である。

  彼は無線機を手に取り、本部に連絡を入れる。

  「こちらレオ、E-3区域で放火未遂を確認。犯人は狐獣人、単独。計画的犯行の可能性は低く、逃走済み。ライターを証拠品として確保。対応は以上でいいか?」

  無線機の向こうから、淡々とした声が返ってくる。

  「了解。問題なし。引き続きパトロールを続けてくれ。」

  「了解。では通常巡視に復帰する。」

  レオは無線機を置き、肩の力を抜いた。

  「さて…あと少しでパトロール終了だな。」

  彼の目が、ほのかに輝いた。夜風が肌を撫で、火照った身体を冷ます。だが、その冷たさが、逆に彼の心に別の火を灯していた。

  確かに透明化能力は素晴らしい。

  しかし、その能力には大きな制約と代償がある。

  …服までは透明化できないのだ。

  服を着ていると、服だけが浮かんで見えてしまう。

  完全に透明になるためには、服を全て脱がないといけない。

  …そう、今の彼は透明化するために、全裸でなければならないのだ。

  そのため、レオは常に全裸でパトロールを行う。

  裸足で街を駆け、夜風に肌を晒す。

  爬虫類獣人ゆえに寒さには比較的強いが、それが彼の宿命だった。

  とはいえ、先程のような事件はそうそう起こらない。

  レオは真面目にパトロールをこなすものの、基本的には暇な時間が続く。

  レオにとって、夜のパトロールはもはや単なる職務以上のものになっていた。

  透明化することで、誰にも見られず街を歩く。

  一糸まとわぬ姿で、静寂な闇に身を委ねる。

  そんな時間が、彼には心地よかった。

  それはまるで、自分が世界の外にいるかのような、奇妙な感覚を与えている。

  この仕事を与えられてから、「それ」は、徐々にレオの心を蝕んでいたのかもしれない。

  …いや、とっくに「手遅れ」だったのかもしれない。

  そして、その自由は彼の内に秘めた欲望を刺激する。

  「(…はぁ、はぁ…やばい、身体が熱い…)」

  レオは自分の鼓動が速くなるのを感じていた。

  「(午前3時半になった。俺のパトロールは終わりだ。ああ...もう我慢できない!!!)」

  裸の心地よさ、透明化の安心感、犯罪を防いだことによる高揚感。

  それらが彼の理性を揺さぶっていた。

  街を守ったのだ。

  善行を果たしたのだ。

  少しくらい「ご褒美」があっても、バチは当たらないはずだ。

  …彼は自分に言い聞かせるように呟いた。

  パトロールの任務を終えたレオは、公園の中央広場へと向かった。

  街灯の光が届かない死角、開放感のある場所。

  そして、摩天楼たちが一望できる、見晴らしが良い場所を見定める。

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  レオは自分の透明化を再確認し、中腰になった。

  スリットを弄ると、すぐに一物が飛び出し、夜の冷たい空気に触れる。

  一物はすでに硬く、熱を帯びていた。

  レオが自分に与える「ご褒美」とは...そう、人知れず「自分を慰める」ことだったのだ。

  「…ああ…」

  レオの手がゆっくりと動き始める。指が一物を優しく包み、上下に滑らせた。

  夜風と手の刺激で、背筋にぞくぞくとした快感が走る。

  誰にも見られていない。透明な自分は、夜の闇に完全に溶け込んでいる。

  レオがただの変態なだけだったなら、陳腐な若者の野外露出なら、

  彼はここまでは興奮できなかっただろう。

  「犯罪を防ぐ自分が、犯罪同然の下劣な行為に耽る背徳感。」

  これがたまらなかった。

  「ああ…気持ちいい…!」

  快楽に満ちた声が漏れる。もちろん、透明化していても声と物音は消せない。

  レオは理性で抑えようとしても、快感がそれを許さない。

  手の動きが速くなり、息が乱れる。

  夜の静寂の中、自分の吐息と肌の擦れる音が響く。

  公園の木々がそよぐ音、遠くで聞こえる車のエンジン音。

  それらも、彼の興奮を煽った。

  「(おそとで…こんなこと…! しちゃいけないのに....犯罪を防ぐ側なのに…!)」

  立場上、今の彼がしていることは一番戒められる類の行為だろう。

  その矛盾が、レオの心をさらに熱くする。

  透明だからこそ、誰にも見られていないからこそ、こんな大胆な行為に走ってしまう。

  普段は真面目なパトロール隊員として振る舞うレオだが、

  今、彼は欲望に忠実な、獣人としての本能がむき出しになっている。

  「やばい…! 気持ちよすぎるぅ…!」

  スリットから覗く一物は限界まで張り詰めていた。

  夜風が敏感な部分を冷たく撫で、快感が全身を駆け巡る。

  レオの目は半分閉じられ、口元からは涎が滴りそうになる。

  頭の中は真っ白で、ただ快楽だけが支配していた。

  「いく、いく、いく…っ!」

  ≪びゅっ びゅっ びゅるるるっ!!!≫

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  絶頂の瞬間、レオの身体が震え、地面に崩れ落ちた。

  地面に白濁した液体が落ち、独特の匂いが夜気に漂う。

  …肉体から完全に放出された液体は、透明化の対象外なのだ。

  「はぁ...いっぱいでたぁ...」

  彼は息を荒げながら、賢者モードに突入していた。

  ≪ゴソゴソ...≫

  「ん…?」

  突然、物陰から気配を感じた。レオの心臓が跳ねる。

  賢者モードのぼんやりした頭で、彼は慌てて周囲を確認した。

  「(まずい…!)」

  透明化が解除されていることに気づいたのは、その瞬間だった。

  快楽に脳が占領されたことで、集中が途切れ、能力が解けてしまったのだ。

  「(げっ、しかもあの姿...最悪だ!!!)」

  気配の正体は、動物警察の制服を着たライオン獣人だった。

  たまたま別件の通報を受けて巡回していたらしい。

  警官からしたら、遠くに見える勤務明けのレオの姿を見つけ、気軽に声をかけただけだったのだが...今この状態のレオにとっては危機的状況だ。

  「(やばい、逃げるか? いや、間に合わない…!)」

  レオは瞬時に判断した。逃走も透明化も間に合わない。

  こうなったら...一か八か....!!!!

  「おや、パトロール隊のレオか? 通報、ご苦労だったぞ。」

  ライオン警官が、全裸のレオに声をかける。

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  「ハイ…オツトメ…オツカレサマデスッ…」

  レオは声を少し震わせながら...平静を装って答えた。

  「そんじゃあの。」

  ライオン獣人は特に怪しむ様子もなく、軽く手を振って立ち去り、巡回に戻った。

  「(…はぁ、セーフ…セーフ…!)」

  レオは茂みに隠れたまま、胸を撫で下ろした。

  とっさに彼は茂みに身を隠し、能力を応用して上半身の鱗を服の模様に変えた。

  まるで私服を着ているかのように見せかけたのだった。

  薄暗かったのもあり、あの反応は、ほぼ間違いなくバレていないだろう。

  安心した直後、彼は自分の下半身に目をやる。

  スリットから覗く一物は、この社会的生命の危機的状況にもかかわらず、ギンギンに立ち上がっていやがったのだ。

  「(…別に、スリリングな状況に興奮したわけじゃないからな…!)」

  彼は自分に言い聞かせるが、身体は正直だったのかもしれない。

  出したばかりだというのに、再び欲望が疼き始める。

  「(次こそ自制しないと…次こそ、俺、[[rb:犯罪者 > そっち]]側に落ちちまうかもな…)」

  レオは再び透明化しながら、一人苦笑して頭を振った。

  パトロール隊員としての誇りと、獣の本能の間で揺れる自分を自覚していた。

  ほとぼりが冷めた後、待機場所に戻ったレオは、

  透明化を解除し、隠していた私服を身に着けた。

  緑と青の鱗を隠すように、くすんだ色のジャケットとジーンズを着る。

  普段の彼は、どこにでもいる平凡な倉庫作業員だ。

  パトロール隊に所属していることは、防犯上、身内と警察関係者以外には口外してはならないことになっている。

  普段の彼の性格からは、彼の裏の顔が夜の守護者であり、

  そのさらに裏の顔が「背徳行為に耽る変態透明カメレオン獣人」だなんて、

  誰も想像しないだろう。

  彼は公園を出ると、停めてあったバイクに跨った。

  エンジンの低い唸りが夜の静寂を破る。

  朝日がビルの隙間から差し込み、摩天楼のシルエットを金色に染め上げる。

  レオはヘルメットを被り、アクセルを踏んだ。

  バイクは風を切り、街の朝焼けの中に消えていった。

  「(次は…次こそ、ちゃんと自制する。)」

  バイクを走らせながら、レオは心の中で呟いた。

  だが、その独り言にはどこか自信のなさが滲む。

  彼は感じていた。

  夜の闇と透明な身体が、彼の理性を試し続けることを。

  この街の夜は、これからも彼を誘惑し続けるだろう。

  守護者としての使命と、獣の本能の間で、レオの人知れぬ戦いは続く...のかもしれない。