オークの若妻

  高い山々に囲まれた小さな村は、長い年月をかけて築かれた結束と助け合いの精神によって、いつも穏やかな空気に包まれていた。畑を耕す人々は、互いに作物の出来を確認し合い、川では子どもが魚を捕り、夕刻には薪をくべて家々が食事の支度を始める。そこには、争いや不安などまるで縁のない、安寧な日常が流れていた。

  村を率いるのは、ここで生まれ育った村長。穏和な性格で、村人から絶大な信頼を得ている。彼は若い頃に亡くした妻との間に、一人の娘をもうけていた。今、この娘こそが村一番の美しさと評判を持つセツナだった。

  セツナは幼い頃から賢く聡明で、村中から慕われていた。父親譲りの優しさと、母親譲りの凛とした美貌を兼ね備え、加えてしっかりとした言葉遣いと判断力が備わっている。利発という言葉をそのまま体現するかのような少女だった。

  最近、彼女は村の青年・キヨマサとの結婚を果たしたばかりだ。キヨマサは腕っぷしは強くないが、真面目で誠実な性格。セツナとは幼馴染の間柄で、互いをよく理解し合い、村長も二人の仲を微笑ましく見守っていた。周囲の人々は、「あんなに美しく利発な娘が結婚して、村はますます安泰だ」と祝福の声を惜しまなかった。

  ある日のこと───セツナとキヨマサは家の庭先でささやかな朝食を楽しんでいた。鳥のさえずり、花々の香り、若葉の緑がまばゆい季節の中で、何らかの不穏な出来事など、想像すらつかない穏やかな朝であった。ところが、その平和は突然に断ち切られる。

  森の奥で不気味なうなり声が上がったという報告が、村人たちから相次ぐようになった。誰も詳しい正体を知らなかったが、家畜が時折行方不明になる、足跡が人間のものではなく大きな蹄の跡のようだ……など、不安をあおる噂が広がっていく。セツナも父である村長も、最初は「熊や狼などの獣ではないか」と静観していたが、次第に村の外れで何かがうろつく気配が濃くなり、緊張が走る。

  ある薄曇りの午後、森のほうから地響きのような足音と、獣の唸り声が村へ近づいてきた。普段なら、外敵など寄りつかないはずの閑静な入り口に、十数匹もの豚型のオークが姿を現したという知らせが駆け巡る。彼らは身の丈が人間より大柄で、潰れた鼻と毛むくじゃらの太い腕を誇示しながら、低く唸るような声を発していた。村人たちは驚愕し、ほとんど武器を持たずにひたすら後ずさるしかなかった。やがて、一際体格の大きな豚オーク───目に険を宿し、凄まじい牙を持つボスらしき男が、村の中央まで悠然と歩を進めると、威圧的な言葉を吐き捨てる。

  「フゴッ……この村、掠奪するだけで終わらせるのは惜しい……。生贄を一人よこせ。オレらにとって価値ある女を献上すれば、無駄な殺しは避けてやろう」

  その声に、村長や周囲の年長者は震え、どう対応していいのか分からずに顔を見合わせた。豚オークたちは、血や獣脂の臭いを漂わせながら、次々と家屋に視線を向け、獰猛な笑いをあげる。緊迫した沈黙が広がる中、ボスは再び口を開く。

  「この村の一番美しい娘をよこせ。そうすれば、荒らし回る必要もなく済ませてやろう……フゴッ。さあ、どうする……?」

  村長は動揺を隠しきれず、苦渋の表情で唸る。しかし、豚オークの無慈悲な眼光からは、抵抗すれば村全体が危機に陥るのは明白だった。やがて、周囲の人々から「それならば村長の娘は……」「一番の美人と言えばセツナ様だ」と囁かれ、刃が胸を突き刺すように村長は絶望しそうになる。嫁いで間もない娘を犠牲に差し出すなど、とても受け入れがたい。しかし、他に手段があるのか……。

  「待ってくれ……代わりを出すわけには……なにか、ほかの、方法は……」

  セツナも最初はただ事の成り行きを遠目に見つめていた。しかし、豚オークたちの姿と、その要求に怯える村人たちの声を聞くと、“村を救わねば”という使命感が胸を満たしていった。彼女は夫のキヨマサにしがみつかれながらも、利発的で凛とした表情を整え、こう宣言する。

  「お父さま……村のみなさん……どうか私を、生贄として差し出してくださいませ。きっと、これが最善の方法……ですわ」

  家族や夫は号泣して止めようとするが、セツナの言葉は揺るぎない。かつてから村民たちの生活を守ることに情熱をもっていた彼女は、この危機を救うためなら、自分ひとりの犠牲など惜しくはないと考えたのだ。キヨマサは涙を流しながら、セツナの手を握り「オレが代わりに行く……!」と叫ぶが、豚オークのボスは鼻を鳴らすように笑い、相手にしなかった。

  こうして村は泣く泣くセツナを“最も美しい娘”として差し出すことを決めた。まだ新婚のため、キヨマサとの結婚生活はこれからが本番だというのに、もはや二人の時間は奪われようとしている。夜に灯された松明の下で、村人たちはセツナを見送る。誰一人声を上げられず、号泣している者もいる。セツナは冷静な声のまま、しかし瞳には涙を浮かべつつ、夫キヨマサと短い別れの言葉を交わす。

  「ごめんなさいね……あなたともっと一緒にいたかった。でも、わたくしが行けば村が救われるんですもの……きっと大丈夫。必ず、元気に帰ってくるわ。信じて……」

  それを聞きながらキヨマサは、うまく言葉を返せない。何度も首を振り、「行かないで……」とすがるが、豚オークたちの威圧がそれを許さず、セツナはそのまま大柄なオークの一団とともに闇の森へと連れていかれる。

  月が高く昇り、村からはセツナの姿が消え、ただ冷たい風だけが吹き抜ける。村長は娘を失う悲痛と、村を守らねばならない責務に押しつぶされそうになり、キヨマサは愛する妻を守れなかった自責に涙する。そして、村人たちは誰もがこの深刻な事態に眠れぬ夜を過ごす。

  “セツナは無事なのか”

  “村は本当にこれで救われるのか”

  誰もが不安に押し潰されそうだ。だが、この選択が後に、予想を遥かに超える悲劇と破壊を呼び寄せるとは、まだ誰も知る由もなかった。こうして、ある平和な村に突如現れた豚オークの脅威がもたらした生贄の要求───それを受けたのは、美しく利発な娘・セツナ。その夜、村に深く静まり返る闇が、これから起こる数奇な運命をまるで秘めているかのようだった。

  [newpage]

  夜明け前、セツナは豚オークたちに囲まれながら森を抜け、岩だらけの山道を越え、人間の生活圏とはまるで切り離された大地へと進んでいった。朝日が昇る頃には、そこかしこに動物の骨が散らばり、地面には黒っぽい染みが点在する怪しげな集落が視界に入る。それが豚オークの巣窟だった。粗末な柵や獣皮を張り合わせただけの住居が点在し、あちこちから獣の吠え声や金属のぶつかる音が聞こえてくる。セツナは内心で「いったい、どんな酷い目に遭うのだろう」と震えながらも、“村を守るため”という覚悟を支えに気丈に歩みを進める。そこに待ち受けていたのは、意外にも丁重な対応だった。

  豚オークの中でも特に大柄で強そうな男───ボスのグァ・ドゥクラは、巣窟の中央にある半ば廃墟のような大きな建物で待ち構えていた。セツナが恐る恐る中へ通されると、グァ・ドゥクラは低い唸り声を交えながらも、落ち着いた態度で言葉を投げかける。

  「おまえが人間の生贄か……騒がず、ここまで大人しく来たようだな。フゴッ……おれたちは無益に血を流すことは好まん。村で最も美しい娘を差し出すと聞いたが……確かに、悪くない姿だ……ちょっと痩せすぎだがな」

  セツナはひきつった笑みで会釈をし、言葉を選ぶように答える。これまで想定していたような容赦ない暴行や監禁ではなく、拍子抜けするくらいの落ち着きを感じたからだ。

  「村を救うために……私が自ら参りました。どうか、これ以上、村には……」

  グァ・ドゥクラは鼻をひくつかせながら、言葉半ばを遮るようにゆっくりと立ち上がる。頑丈な筋肉に毛が生い茂った姿は恐怖を誘うが、荒々しい攻撃性ではなく、どこか冷静な眼差しを保っている。

  「フン……まずは、おまえがここで生きることを受け入れるかどうかだ。もちろん、逃げ出すならそれもよい……が、村への安全は約束できなくなる。フゴッ……」

  その言葉にセツナはぎょっとするが、「ああ、やはり村を守るためには従うほかないのだ」と腹を括る。グァ・ドゥクラは「寝床と食事は用意してやる。今は休むがいい」とだけ告げ、部下の豚オークたちに合図をした。

  セツナは激しい拷問や凌辱を覚悟していたが、拍子抜けするほど丁重な扱いを受ける。しかし、豚オークの巣窟において、人間の暮らしから大きくかけ離れた日常を目にすることになる。かつて村で育まれた慎ましさや、整然とした衛生観念は、ここでは通用しない。彼女はまず食事と排泄のあまりに原始的な様子を目の当たりにし、深い衝撃と嫌悪感を味わうことになった。

  豚オークたちに連れられ、ほとんど寝ていない体で迎えた翌朝。セツナは、半ば強引に広場のような場所へ連れ出される。そこには、巨大な焚き火を囲むようにして大柄な豚オークたちが集まり、何やら肉を焼いたり裂いたりしている光景が広がっていた。鉄串に刺さった獣肉から滴る脂が、焚き火の上でじゅうじゅうと音を立て、焦げたような生々しい匂いが辺りに充満する。一方で、まだ半生どころか、内臓がむき出しのままの肉塊を素手で貪る者までいて、血が地面に滴っている。

  「こんな……食べ方……見たことがない……」

  見れば、豚オークたちは相手への遠慮など一切なく、豪快に骨ごと齧りついたり、まだ半透明の内臓を口に放り込んだりしている。時折、その行為を誇らしげに見せつけるかのように大声で笑い合う。セツナは思わず顔を背け、吐き気に襲われてしまった。村の食卓といえば、新鮮な野菜や魚、肉を丁寧に調理し、清らかな水で洗うのが当たり前だった。ここでは、その一切がない。

  「ブヒッ……遠慮はいらんぞ。腹が減っているだろう?」

  手渡されたのは、ほとんど皮を剥いだだけの獣の腿肉。ところどころ生っぽい。セツナは「こんなもの……とても食べられない……」と青ざめつつも、拷問や強要がないことに逆に戸惑う。生贄と言われ、最初は身を危険に晒す覚悟をしていたのに、ここでは少なくとも食事は与えられているのだ。だが、それがあまりに野蛮なスタイルであり、清潔とは程遠く、あまりの血生臭さにひどく嫌悪感を覚える。

  「こんな……血が滴る肉なんて……どうして皆、平気で食べられるの……村であれば、きちんと火を通すはずなのに……」

  彼女は硬く唇を結び、最初はほとんど口にすることができなかった。だが、「まったく食べないでいては体がもたない」という本能的な空腹や、明日が見えない不安もあり、その日のうちに少しずつ口をつけ始めるようになる。

  さらにセツナを苛立たせるのは、排泄を巡る習慣だった。村の衛生観念では厠をきちんと設置し、女性はなおさら人目を避けるのが当たり前。ところが、豚オークの巣窟には共用の溝があるだけで、そこへ必要に応じて誰もが用を足しに行く。初めてその光景を目の当たりにした朝、セツナは愕然と立ち尽くした。大柄な豚オークたちが堂々と排泄を行い、誰も恥じらいなど感じず、終われば少し水で流すような仕草をするだけ。しかも、周りの仲間同士で会話さえしている。

  「こんな……こんなところで、みんなの前で……わたしには到底できない……!」

  当初、彼女はひたすら我慢していた。しかし、時間が経つにつれ生肉や水分を摂取している以上、排泄の欲求は避けられない。体調を崩す寸前まで耐えた末に、夜中、誰もいない隙にひっそりと溝へ向かう。それでも耳を澄ますと、どこかから豚オークの唸る声が聞こえ、不安と恥ずかしさで心臓が止まりそうになる。だが、翌日以降、仲間の目を気にせず堂々と溝を使う豚オークたちの姿を見続けるうちに、彼女の恥じらいも薄らぎ始める。

  「こんなにも自由に……皆、隠すことなく用を足して……。村では想像できなかったけど、これが彼らの当たり前なのね……」

  嫌悪感は拭えないが、「いちいち隠れなくていい」という解放感をどこか感じる自分もいる。まるで自分の内面が知らぬ間に原始的な方向へ適応していくようで、一方では怖さを覚えつつ、もう一方で不思議な楽さを感じてしまう。

  数週間が過ぎると、セツナはある程度の豚オーク生活に順応する自分を、客観的に見て驚く。血や脂にまみれた食事でさえ、空腹のときには「意外と滋養に溢れているかも」と感じるようになり、最初は吐き気を催していた匂いにも慣れてきた。

  加えて、排泄についても、仲間が堂々と用を足すさまを見ているうちに、“そもそも隠す必要がないのでは”と思えてきて、恥じらいが薄れている。

  「こんな風に変わっていく自分は、まるで……人間を辞めてしまうような気分……でも、こうしたほうがむしろ楽、という瞬間があるのも事実……」

  その楽さが、一歩引いて考えると自分にとって怖い。なぜなら、自分はあくまで生贄であり、いつかは村へ帰ると思い続けているのに、その体と心が少しずつ人間の常識から離脱しつつある。彼女は夜、膝を抱え、壁に背をもたれさせながら、自問自答を繰り返す。

  「村に戻ったら、また普通の食事や厠での習慣に戻れるかしら……それとも、もう手遅れ……ブヒッ……ああ、また変な声が出て……」

  自分が思いがけず豚オークに近づきつつあることを拒否しきれないもどかしさが、胸の奥をチクリと刺してやまない。

  ◇

  セツナが豚オークの巣窟に連れて来られてから、いつの間にか数週間、そして数ヶ月が過ぎていた。生贄として自分を差し出したその日から、はじめは恐怖と嫌悪感に苛まれていたが、生きていくという意識は意外なほど強く、環境に慣れる力が人間には備わっている───それを彼女は否が応でも実感するようになった。

  最初は、血の滴る半生の獣肉や内臓に対して激しい拒絶反応を示し、食べるふりをしては吐きそうになるほどだった。だが、日が経つにつれ、空腹に耐えられず少しずつ口にしているうちに、「これほど栄養価が高い食事はない」と身体が理解し始める。見るだけで気分を害していたはずの赤い肉を、むしろ欲している自分に気づいてしまうのだ。ある夜、セツナは隠すようにして肉を切り分けている自分の姿を見つけ、ショックを受ける。

  「どうして……こんな血生臭いものを、平気で切り分けているの……昔のわたしなら考えられないのに……」

  しかし、疲れた体が肉を求める事実を否定できない以上、食卓の前に座ると、むしろ「今日は獣脂の多い部位を少し多めに……」などと口にすることも増え、やがて周囲の豚オークたちに「おまえ、よく食べるようになったな」と明るい声で笑いかけられるようになる。“ここでは、食べなきゃ生きていけない”という根本的な摂理が、セツナの舌を慣れさせ、最初は嫌悪しかなかった血の臭いにすら、ある種の旨味とパワーを見出し始める。

  さらに、時間が経つと共に、セツナの身体に顕著な変化が現れる。血や脂をしっかり摂取したことで筋肉と脂肪がつき、かつては華奢だった腕や太腿が太く逞しくなってくる。衣服は、途中で与えられた毛皮を縫い合わせて体型に合わせたものに切り替えたが、それでも腹回りや尻のボリュームが増し、見た目は完全にふくよかな“異形の女”へと変容を続けている。汗ばむ季節などは、動くたびにむせるような獣臭が漂い、彼女自身も鼻腔が広がった分、自己の体臭の強さを敏感に感じ取ってしまう。

  「こんなの……まるで、“豚”みたいな……。わたし、元はこんな姿じゃなかったのに……どうして、こんな……」

  しかし、その問いに答えてくれる者はおらず、周囲の豚オークは「気にするな、それが普通だ」と言わんばかりの態度を示す。彼らは汗をかき、毛や皮膚を汚していても誰も咎めず、むしろ自然な営みとして受け入れている。いつの間にかセツナも、それを当たり前の一部と感じ始める瞬間があり、自分でも気づくたびにゾッとするが、日々の労働や狩りの手伝いで疲弊してあまり深く考える余力がない。

  もともと“利発で聡明”だったセツナの言葉遣いも、長い時間を豚オークと共に過ごすうちに微妙に崩れ始める。鼻孔が大きく開いたせいか、喋るときに意図せず「ブヒ……」や「フゴッ」という鼻音が漏れてしまうことが増えてきた。最初は恥ずかしくて必死に直そうとしたが、周囲にまったく馬鹿にされないどころか「そうそう、それでいい」と歓迎され、諦めに似た感覚が生まれる。

  「あれほど綺麗に話すよう心がけていたのに……自分で聞いていても変だけれどぉ……ブヒッ……ああ、またぁ……!」

  また、豚オークたちは力と実力主義を重んじ、人目を気にしない裸同然の生活や、堂々とした排泄を互いに咎めない文化を持っていた。時間が経つほどセツナは彼らの自由とも言える価値観に惹かれる部分がないわけではなく、どうでもいい恥じらいや隠し事から解放される気分を感じる瞬間が増え始める。かつては決して認めなかっただろうが、“それも悪くないかもしれない”と感じる自分が怖くもあり、同時に不思議な安堵をもたらす。

  しかし、そんな馴染みつつある暮らしの中で、セツナは時折村への想いを思い出し、胸が締め付けられる。特に、夫の顔が浮かぶとき、涙が込み上げそうになる。

  「わたくし……あなたのためにここに来たのに……。このまま、本当に戻れるの……?こんな姿になってしまって……」

  心のどこかには「いずれは村へ戻らなければ」という意志が残っているのだ。が、それをむざむざ捨てるわけにはいかない一方で、身体は豚オークに近い形へと確実に変わり、行動様式も大きく変容している。

  そんな彼女に、グァ・ドゥクラは繰り返し求婚を申し出る。彼は見た目こそ恐ろしいが、集落を束ねるリーダーシップと、荒々しい中にも仲間や配下をいたわる度量を持ち合わせていた。セツナが初めは「嫌な奴」と思っていたが、少しずつ彼のカリスマ性を感じ取るようになっていく。

  「おまえは、もう十分にオレらの暮らしを理解している。オレの妻になり、共に強い種族を作ろうじゃないか……フゴッ……」

  セツナの心は揺れる。豚オークとしての生活に想像以上に馴染みつつある自分がおり、時にはグァ・ドゥクラの力強さに惹かれる瞬間さえある。しかし彼女は、「村や家族、特に夫キヨマサへの愛情」を理由に、求婚を断り続ける。あくまで自分は生贄として村を守るために来ただけであって、新しい結婚など受け入れられない、というプライドがあるのだ。

  「夫がいる身ですし、村の皆を想えば、ここで新たに妻になることなんて……認められませんわ。でも……どうして、こんなに心が動いてしまうの……?ブヒッ」

  グァ・ドゥクラから何度も求婚され、その荒々しくも力強い存在感に引かれる瞬間があるのも事実。彼のカリスマや優しさに触れるたび、セツナは自分が“ここで生きていく道”もあるのかもしれないと、一瞬夢想するのだ。

  「オレの妻となれば、この巣窟もおまえの家だ。もう、辛い顔をする必要もない……フゴッ」

  しかし、セツナは首を横に振る。家族、特にキヨマサへの想いはまだ捨てられない。

  「わたくしには、家族がいるのです……夫がいますから……すみませんが、その求婚は受けられません……ブヒッ……ごめんなさい……」

  グァ・ドゥクラは強引に奪うこともせず、「フゴ……そうか。いずれ心変わりするだろうがな」と薄く笑うにとどめる。

  そしてまた、ひと月、ふた月……。日々の営みは容赦なく続き、セツナは豚オーク集落の中で働き、食べ、排泄し、夜になれば荒涼とした星空の下で体を休める。その繰り返しに、体も心も完全にリズムを掴みはじめる。かつては「最悪の生活」と思っていたはずが、慣れてしまうとそこに一種の安定と解放感を感じる瞬間があることに、彼女自身が驚かされる。一方で、これ以上この暮らしに浸りきってしまうと、人間の村へ戻れるのか、愛する夫や父と再会してももはや受け入れてはもらえないのではないか───という激しい恐怖が生じる。

  「自分がこんなに変わってしまって……村のみんなにどう顔向けすればいいの?でも、この生活にも体が馴染んで……戻るのが怖いなんて、そんな……」

  葛藤は日に日に増し、しかし彼女は気丈にも「わたしはまだ、人間だ」という意識を捨てず、ボスの求婚をかわし続ける。しかし、彼女の中ではすでに“豚オークとしての血肉”が深く根を下ろしつつあるのだった。

  [newpage]

  どこからか血と脂の焦げる匂いが立ち上り、薄暗い空の下に焚き火の明かりが揺れている。原始的な巣窟の中央───そこには、毛深く、太った豚オークが下品に食事をむさぼっている。

  その豚オークは、耳の形をかろうじて見ると女性らしさが伺えるが、顔の大半は獣じみた体毛と横に広い鼻孔、潰れた鼻で占められ、頬や二の腕には分厚い脂肪が層になっている。動くたびに、大きく垂れた腹回りや腕が揺れ、体の隙間からは獣脂や汗が混じり合った強烈な体臭が立ち込める。一見してただの豚オークにしか見えないその女こそ、かつて美貌を誇ったセツナだった。村を救うために豚オークの巣窟へ来てから、多くの時を経て、ここまで変貌してしまったのだ。

  焚き火の周りには、獣の大腿肉や内臓が血の滴るままに放り出されており、セツナは腰を下ろしてその肉塊を直接手でつかんでいる。かつて人間だったとき、彼女は上品にナイフとフォークを使い、あるいはスープを口にするだけでさえ礼儀を保っていた。だが今、手で脂ぎった肉をむしり、ばりばりと噛み砕き、肉汁と血が口角から垂れても、まったく気にしない。むしろ、その野蛮な行為に本能的な快感を感じているかのようだ。

  「んっ……フゴッ……これ、脂が乗ってて……んまい……ですわあ~………ブヒッ……んむ……」

  言葉の端々には、人間的なニュアンスがわずかに残りつつも、語尾が必ず伸びて鼻音が混ざる。まるで、これが彼女なりの当たり前になってしまったかのように、荒々しく笑みを漏らしながら、次々と赤い肉を胃袋に収めていく。周囲にいる豚オークの仲間も特に驚かず、むしろ「ブヒッ」「フゴッ」と賛同する唸り声をあげ、ときに肉を奪い合いながら下品にゲラゲラ笑い合う。その輪の中心で、セツナは昔の自分を知る者がいれば絶句するほどの無遠慮な食欲をさらけ出していた。

  食べる最中も、彼女の鼻からは「ブヒッ、フゴッ」と唸り声が混じり、以前の理知的な発音は崩れ去っている。肉を噛みちぎるたびに「んむ……ブフ……美味しいわあ~」と語尾を間延びさせ、あるいは「もっと脂の多い部位を……ん、ブヒ……欲しい……」と荒い息を吹きかける。

  「ああ……わたくし、昔はこんな……こと、絶対にしなかったのに……ブヒッ……でも止まらない……おいひい……」

  その呟きに、周りの豚オークが低く笑い声をあげて「いいぞ、その調子だ」と頷く。セツナもどこかでやめられない解放感を感じながら、一心不乱に食べ続ける自分を止められない。かつてのセツナがこの行為を見れば、怒りと恥に耐えられなかったかもしれない。それでも、もう一度噛みちぎるたび、体の芯に力が漲るような快感すらあるのだ。

  やがて、ひとしきり肉を平らげたセツナは、大量の水か、あるいは酒に近い濁った液体をゴクリと飲み干し、満腹になった腹を叩く。すると、ふいにあの感覚が腹部を押し上げるのを覚える。彼女は立ち上がり、「ブヒ……ああ……出したい……」と、まるで当然の行為かのように巣窟の端に向かう。かつてのしとやかな娘には想像すらできない、堂々とした振る舞いである。そこには凹みを掘っただけの粗雑な溝があり、他の豚オークたちも順番に排泄するために集まってきているが、セツナは恥じることなく列に加わる。むしろ、大量に飲み食いした後の排泄を当たり前の行為として受け止めている。

  「ん……ブヒッ……少し、失礼しますわあ~……フゴッ……」

  彼女は毛深い下半身をむき出しにし、ゆっくりと腰を下ろす。さらに、もしかつての村の誰かがここにいたら目を背けるであろう光景が繰り広げられる。毛深い肛門からは、身体に溜まった排泄物が一気に押し出され、脂分の多い食事の影響で量も勢いも凄まじい。大きな音とともに“ぶちゅりぶちゅり”という不快な音が鳴り響き、濃い臭いが周囲に充満していく。

  おぞましい光景にも見えるが、セツナ本人はそこに“快感”を覚えてしまう自分に気づく。もはや恥じらいという概念が消失し、食べた分をまざまざと放出している。村の頃なら限界まで我慢していただろうに、今はこの堂々とした解放感のほうが、心地よいと思えている。鼻腔を満たす自分の排泄物と体臭をあわせた異臭にも、不快感は薄い。むしろ、身体の生理をそのまま出すという“本能的な行為”が自然になりつつあるのだ。

  「恥ずかしくもない……こんなにも大量に出して……ん……なぜか、気持ちがいい……ブヒッ……私、どうして……?」

  嘗てセツナが村で清楚な挙措を大事にしていた頃なら、考えられない心境だ。しかし、すでに豚オークの生活に馴染んだ彼女の身体と心は、これが自然の営みであり、気を遣う必要などないという価値観に染まっていた。

  かつては村一番の美しい娘だったセツナは、いまや完全に豚オークへと変貌を遂げていた。その姿は、人間だった頃を知る者にとっては衝撃以外の何ものでもない。だが、この巣窟に暮らす豚オークたちにとって、彼女は仲間内でも一目置かれる存在として大人気になっていた。

  まず、彼女の顔は見る者を圧倒する。鼻は横に広がり、鼻孔は豚のように上向き気味。肉厚な唇に無骨な牙がのぞくときもあり、その周囲には太い毛がびっしり生えている。頬や顎の輪郭には脂肪がついて丸みを帯び、かつてのしゅっとした面差しは面影すらない。たまに彼女が笑うと、以前なら可憐な微笑だったはずが、今は牙のような歯が覗き、低い唸り声が混ざり、周囲のオークが「フゴッ!」「ブヒッ!」と歓声をあげるほど“醜さと迫力”を兼ね備えたものとなっている。

  その体も、元のスリムな体型からは程遠い。肩から背中にかけて厚い毛が生え、特に腰回りは膨よかに肉がついており、歩くと揺れる腹と尻が重々しく地面を振動させそうなほど。手足も短めだが逞しく、少し歩くだけで地面が沈む感覚がある。かつて繊細だった指先は丸く短い爪が伸び、簡易的な毛皮を身にまとうだけのため、肌のいたるところが毛深くむき出しとなっている。彼女が堂々と腕を振り回す姿は、まるで獣の女王のように下品で雄大であり、巣窟のオークたちはそんな貫禄に盛んに喝采を送り、“セツナ様”などと崇める者さえいるほどだ。

  さらに圧倒的なのが、体臭。豚オーク化した彼女の汗と獣脂、そして普段の食事(血や脂の多い肉)から生まれる発酵したような匂いが合わさり、強烈な異臭として周囲に漂っている。近づくだけで、濃密に熟した“豚小屋”のような酸味と油臭さが鼻を突き、慣れない者は息が詰まりそうになる。だが、オークたちはこの臭いにむしろ喜びを示し、「ブヒッ」「フゴッ」と親しみを込めて彼女に近寄る。

  「くんくん……セツナ様の臭い、今日も濃いなあ~……ブヒッ……いい臭いだぜ……!」

  そう賞賛され、本人は当初こそ嫌悪していたが、いまは堂々とした態度を見せる。かつて清潔や香りを大切にしていた娘は、もはや失われてしまっていた。

  喋り方も、人間的な利発さの面影は断片にしか残っていない。もとは理知的な言葉遣いで、村の長老をも感心させるほどの会話術を持っていたが、今では長い時間のオーク暮らしで染まり、語尾を伸ばす頭の悪い喋り方になっている。会話の端々に「ブヒッ」「んごっ」といった豚のような鳴き声が混ざり、油断すると鼻の奥から唸り音が漏れる。

  「ん……そうねぇ~、きょうは、狩りに行っちゃおうかなぁ~……ブヒヒッ……なんだか、こっちのほうが気楽でいいわぁ……フゴッ……」

  以前のスマートな言い回しは影を潜め、あえて乱暴な単語を使うときもあるなど、下品な雰囲気が増している。会話が弛緩した様子になるたび、オークたちが「フゴゴッ」と楽しげに応じるのを、彼女も悪くないと思うようになっているのだから、人間だった頃のセツナとは別人と言える。

  この醜悪で臭い姿が、逆説的にもオーク社会では非常に魅力的とされている。筋肉と脂肪が豊かで、強烈な臭いを纏い、遠慮なく声を張り上げる女こそ、彼らにとっての理想像にも近い。彼女が歩くだけで周囲のオークたちが鼻をひくつかせ、ニヤリと唸り声をあげる。遠くから「あれが人間だったのか」と驚く新参のオークさえいるが、いまやその姿は“セツナ様”として皆が認知する仲間だ。「あの醜悪さこそ美しい」と言わんばかりに、多くのオークが彼女を求め、“結婚の申し出”をしたいと言い合うほどの人望(?)を得ている。

  もし村の知り合いがこれを見たら絶句するだろう。セツナは、かつての清らかで利発だった姿を微塵も留めず、こんなに下品で粗野な喋り方をさらし、臭い肉をむさぼり、堂々と排泄する女に成り果ててしまったのだ。当人はどこかで“これがもう自分の本能なのだ”と受け入れ、かつての羞恥や人間的な誇りをどこかの奥深くへ捨て去っている。

  「……わたし……もう、昔には戻れないのかしら。ブヒッ……いいの、これで、気持ちいいし……周りは認めてくれてる……でも、どうして、少しだけ胸が痛む……」

  そう自問しても、答えは出ない。体の感覚と、かつての理性がわずかに残る狭間で、彼女は醜悪な豚オークの女として、巣窟で日々を重ねていく。そして、彼女自身が村長の娘だったという記憶は、もはや遠い幻のように霞んでいるのであった。

  セツナはふと一瞬、遠くを見つめるように視線を逸らす。“村”───かつて、清らかな水音と緑豊かな畑があった景色が、ちらりと脳裏に蘇る。そこでは彼女は、家族や夫キヨマサと、何の苦労もない静かな日常を送っていたはずだった。そんな思いが胸をかすめると、彼女の荒々しい呼吸が少しだけ軟化する。

  「……ブヒッ……なにを思い出しているのかしら、わたし。あの村の……空気……キヨマサさま……。いまさら、どうしようもないのに……フゴッ……」

  そんなセツナの姿を、焚き火の向こうから鋭い眼差しで見つめるのは、豚オークのボス・グァ・ドゥクラだった。ここ最近、彼女に対して繰り返し求婚を申し出ており、すでに何度も断られている。それでも彼が諦めないのは、セツナが持つ不思議な魅力───もともと人間としての美貌と聡明さを内に秘め、かつ今は豚オークとしての逞しさまで兼ね備えつつある姿───に、強く惹かれているからに他ならない。

  夜になると、決まってグァ・ドゥクラは焚き火のそばにセツナを呼び寄せ、一種の交渉を始める。彼女がオーク化した肉体から漂う強烈な体臭や、豪快な食べっぷりを嬉しそうに眺めながら、低い唸り声を混ぜて言葉をかけるのだ。

  「おまえ、ますます我らに似合う女になった。もう、村へ戻る必要などあるまい。オレの妻となって、ここで暮らすがいい。フゴッ……。」

  セツナはその求婚を聞くたび、体が熱く疼くような感覚を覚えずにはいられない。彼の荒々しいカリスマや力強さには、どうしようもなく惹かれる部分があるのだ。肉体が変化した分、オーク的な欲求や本能が本当に心地よい刺激となっているのかもしれない。しかし同時に、家族のことや夫への愛情を理由に、彼女は唇を噛んで首を振る。

  「ごめん、なさい……ブヒッ……わたしには、夫が……いるの……すぐには、あなたの求婚に応じられない……フゴッ……」

  こんな姿になっても、やはり心のどこかに“家族を愛し、村を救うために来た”という初志が残っている。屈しきってはいない、抵抗の意志。それが彼女を必死に断り続ける女に留まらせているのだ。

  それでも、ボスの野性的な臭いや迫力に引かれる瞬間───体が疼くとでも言うべき生理的な反応───は、日々強くなっていた。肉体が豚オーク化し、オークとしての欲求が体を支配し始めるにつれ、“グァ・ドゥクラと結ばれたい”という衝動が不意に込み上げることがある。それがセツナの心を大きく揺さぶる。

  「ああ……もしわたしが完全にここの世界に堕ちるなら、きっとあの逞しさは魅力的だわ~……でも、わたしには夫が……。こんな姿だけど、キヨマサさまのために犠牲になったはず……。ブヒッ……どうしたらいいの……?」

  この葛藤が彼女を豚オーク化した女としての快感と、最後の人間性との間で引き裂く。グァ・ドゥクラが自信満々に求婚を繰り返すたびに、彼女はうなじから背筋にゾクッとした震えを覚え、同時に罪悪感も感じ、苦しむ。

  ◇

  ある夜、グァ・ドゥクラは焚き火を囲む仲間に酒代わりの濁った汁を振る舞いながら、いつものように求婚をもちかける。しかし、セツナがやはり首を横に振るのを見て、鼻を鳴らしながら意外な言葉を口にした。

  「フゴッ……そうまで言うなら、一度、おまえの村へ行ってこい。家族や夫に未練があるのなら、それを自分の目で確かめるがいい」

  セツナは驚きに瞳を見開く。オークのボスが、まさか里帰りなど許すとは思っていなかったからだ。しかし、グァ・ドゥクラは「オレは強引には奪わん。おまえが本当にオレらと生きる気があるかどうか、心に決めてくるのがいい」と言うように、余裕の笑みを浮かべる。そして、周囲の豚オークたちも“セツナさまが帰るなら、戦利品を捧げる良い機会になる”と盛り上がり、一部は不満げでもあるが、ボスの決定に従う。

  「里帰り……本当に、いいのですか……?ブヒッ……もしわたしが村に帰ってしまったら……」

  「おまえはもう、オークの血を身体に根深く刻んでいる。村へ戻っても、どちらを選ぶかは、おまえの自由……フゴッ……」

  自信満々なその態度に、セツナは言葉を失う。同時に、心の底でどこか安堵の息をつく。「少なくとも、最後の判断を下せるかもしれない」と考えたのだ。

  翌朝、里帰りが決まったと知ると、何匹かの豚オークが護衛をする形で彼女とともに森を出ていく話が持ち上がる。しかし、セツナ自身は期待と不安が入り混じって胸が軋む思いだ。すでに肉体も臭いも喋り方も、昔の自分とは違いすぎる。そんな姿で本当に村が受け入れてくれるのか。それでも、グァ・ドゥクラの提案は一抹の希望を与えると同時に、逃れられない試練を意味する。なぜなら、もし村でも受け入れられないとなれば、いよいよ豚オークの側へ完全に身を委ねるしかなくなるからだ。

  「……わたし、本当に帰れるのかしらぁ~、ブヒ……。もし、あの人たちが……こんなになったわたしを見て……」

  彼女の独白に答える者はおらず、周囲の豚オークがニヤリと鼻を鳴らすだけ。 そして、セツナの中には村への愛情とオークとしての欲求とが激しくせめぎ合う。こうして、彼女の里帰りが次の大きな転機となることを、誰もが悟りながらも静かに見守っていた。

  [newpage]

  村に朗報がもたらされた。

  「あの娘が、戻ってくるらしい……!」

  ───それは、かつて生贄として豚オークの巣窟へ連行された村長の娘・セツナが、一時的に里帰りを許されたという話だった。多くの村人は歓喜に包まれた。誰もが「美しく利発なあの娘が帰ってくるなら、きっと何か交渉をまとめ、村が救われるきっかけになりそうだ」と期待した。特に夫であるキヨマサは、再会の喜びに胸を弾ませ、家の掃除や部屋の飾り付けを少しずつ整えながら、“元の暮らしに戻れるかもしれない”という希望でいっぱいだった。

  ある昼下がり、村の門付近に見慣れない“太ったブタのようなオーク”が現れたと声が上がる。体躯はごつく、頭から背中にかけて毛が密生し、鼻孔は広がり、潰れた鼻から荒い呼吸音が聞こえる。肌の表面にはテカテカした脂が浮き、見るからに強烈な獣臭が漂う。村人たちは思わず鼻を押さえ、後退りしながら、

  「あんな豚オーク、今まで見たことあるか……? なんか、やけに女性っぽいが……」

  「こんなときに一体……嫌な予感がする……」

  オークの姿と言えば、凶暴で残忍なイメージが先行するが、彼女は一人だけで大きな足音をたてながら村の中央へと歩んでくる。そして、間近でその顔を見た村人たちは、次々に呆気に取られ声も出せない状態に陥った。そのオークの女は、口元を歪めるようにして唸り、「フゴッ……ブヒッ……」と息を吐きながらニヤリと笑む。

  「みんなぁ~………ただいまぁ~………ブヒッ」

  まさかとは思うが───その面差しの端に、かつての村長の娘の面影をわずかに感じ取った者は、愕然と声を上げる。

  「あれ……本当にセツナなのか……?」

  かつてのセツナは、白く透き通る肌と整った鼻、しなやかな体躯で“村の花”と呼ばれていた。だが今や、その肌は分厚くざらつき、毛深くなり、鼻孔は広がって獣の息遣いをまき散らし、ボリュームのある腹と尻からは脂が滴っている。

  「あ……セツナ……さん? 嘘だろ、こんな……こんなのが……彼女なのか……」

  見る者の心に走る戦慄。体型が劇的に変化しただけでなく、むせ返るような強烈な臭いが周囲を包み、「何だ、この腐った獣舎のような臭いは……」と、人々は鼻を押さえて後ずさりする。身につけているのは、豚オーク特有の粗末な毛皮一枚で、大半の肌が露わ。その肌には油分が染みつき、息をするたびに鼻の奥を刺激する臭気を発散していた。

  その豚オークの娘は村人たちの怯えた視線を感じ取ると、嬉しそうに鼻を鳴らす。

  「ブヒッ……どうしたのぉ……わたくし……セツナ……よぉ~。こんな姿に……なっちゃったけど……フゴッ……」

  かつてしとやかな利発だった言葉遣いは、今では語尾を引きずり、「ブヒ」「フゴ」と豚の唸り声を交える粗野なものに変わっている。動くたびに大量の脂がたぷんと揺れ、毛深い二の腕を誇示するように振り回している。村人がどよめきの声を上げる中、彼女はあえて身体を揺らして近づき、その醜悪な体を見せびらかすかのように肩を揺すっている。もはや、恥じらいの概念は微塵も感じられない。

  「キヨマサさまぁ……いるかしらぁ~……ブヒッ……?ずっと会いたかったのぉ~……フゴゴッ……」

  そう言いながら、豚オークのセツナが辺りをきょろきょろ見回すと、一人の青年が戸口から現れる。新婚だったはずの夫、キヨマサだ。この状況下でも、半ば放心状態のキヨマサは、あの美しかったセツナがこんな姿で帰ってきた事実を受け止めきれず、言葉も出せないまま佇む。すると、セツナは醜悪な体を揺らして近寄り、黒い体毛が映える肥えた腕で彼の肩に手をかけるように抱き寄せようとする。

  「ブヒッ……キヨマサさまぁ……嬉しいわ……わたし、帰ってきたの……どう……この姿……ふふっ……んむ……」

  キヨマサは、彼女が近づいた瞬間に鼻を突き刺す臭いに耐えきれず、思わず後ずさる。目の前にいるのは、セツナとは呼べないほど毛深く、脂まみれのオーク女。口元には唾液と肉の脂の名残があり、鼻孔をひくつかせるたびに血のような生臭ささえ感じられる。数か月前の清楚な花嫁姿とのあまりの落差に、村人やキヨマサはただ茫然とするばかりだ。セツナは、それを楽しむかのように、腹を揺らしてほくそ笑む。

  「どうかしらぁ~……ブヒッ……前より……逞しくなったと思わない……? それとも……気持ち悪い……?」

  その言葉が皮肉か本音か、周囲は測りかねる。しかし、彼女の眼には微かな怒りと悲しみの入り混じった光が宿り、それを見抜いたキヨマサは───何をどう返せばいいか分からず、ただ息を飲むしかなかった。

  やがてセツナが背を向けると、その背中の毛皮から覗く腋や腰回りの毛が際立ち、腰を振るたびに太い尻と腿が揺れる。そのたびに濃厚な獣脂の臭いが漂い、村人は目を覆いかける。

  「こんな恐ろしい化け物が、あの村長の娘だったなんて……」

  何人かがそう震える声で囁く。村長もかつての美しかった姿を知っているがために、その衝撃で言葉を発せず座り込んでいる。彼女は大柄な体を誇示するように歩き回り、鼻をひくつかせ、荒い呼吸を繰り返し、「ブヒッ……」という音を何度も漏らす。その異様なオーラに満ちた光景に、誰もが凍り付くかのようだった。

  しかし、夫のキヨマサは、絶望しながらも「彼女は紛れもなく自分の妻なのだ」という一縷の希望を信じ、周囲の制止を振り切って「セツナを家に迎え入れ、共に暮らす」と決意する。以前のように二人が肩を並べ、同じ屋根の下で過ごせば、いつかは心が通じ合えるかもしれない───そう思いたかったのだ。

  「セツナは村のために身体を張ったのだから……たとえどんな姿になっても、俺が拒んじゃいけない……あの子を救えるのは俺しかいないんだ……」

  そうして、かつて新婚生活を送っていた家へ、セツナを連れて帰った。

  ◇

  翌朝、キヨマサは暖炉で調理した野菜スープや穏やかな味付けのパンを用意し、懐かしい日常を取り戻そうとする。かつてのセツナなら「美味しそう」「今日は何か手伝いましょうか」と微笑んでいたはずだが、いま彼女はぶすっとした表情で鍋の中を覗きこむと、“ブヒッ”と鼻を鳴らし、語尾を伸ばして文句を漏らす。

  「んぅ……これだけ……? こんなあっさりしたスープじゃ、腹が満たされないのよぉ~……ブヒッ……もっと、脂っこいものとか……生肉とか……」

  かつては丁寧な言葉遣いを崩さなかった娘だったが、いまは下品な豚オークの口調に染まっており、語尾をだらしなく伸ばし、鼻息の混じる声が絶え間なく聞こえる。キヨマサは居心地悪さを感じつつも、「たまには人間の食事にも慣れないと」と少し微笑んで返す。

  「ほら、セツナ……これを食べてみて。村の人が畑で育てたばかりの野菜だ。体にもいいし……昔みたいに、ゆっくり一緒に……」

  しかし、セツナはスプーンすら使わずに、鍋の具材を手掴みで口へ放り込み、すぐに「んむ……やっぱり物足りないわぁ~……ブヒッ……」と唸る。さらに、ただの野菜や少量の肉では満足できないのか、ムスッとした表情で言葉を続ける。

  「わたし、荒々しい肉の塊とか……もっと血が滴るようなの……そっちがいいのよ……ブフッ……」

  その発言に、キヨマサは思わず顔を背けてしまう。かつて、美味しいと微笑んでいた彼女の姿が、もうどこにも見えないからだ。周囲は匂いに敏感で、セツナが口を開くたびに獣脂の臭いが漂い、キヨマサの胃はきしむように痛んだ。

  さらに深刻なのは、排泄の習慣。村では厠が設けられ、人目につかないように用を足すのが常識だが、豚オーク化したセツナは「そんな狭くて臭い場所は嫌」とあからさまに嫌悪を示す。朝食を済ませると、彼女は居間のドアを勢いよく開け放ち、外の人目につく場所でも構わず「出るものは出すのが当然」という態度を取ろうとする。

  「んん……ブヒッ……ちょっと、するからぁ~……邪魔しないでよね……。こっちのほうが解放感あって気持ちいいの……フゴッ……」

  キヨマサは真っ青になって「待ってくれ、そんな……」と止めるが、セツナはその制止を振り切り、涼しい顔で大きく腰を落とし、毛深い尻をむき出しにして力を入れ始める。村の通りを行き来する人々が呆然と凍り付き、「あの……セツナさんが……外で……」と騒然となる中、彼女は微塵も恥じることなく豪快に排泄する。それは豚オークとして大食いした結果、量も凄まじく、音と臭いが遠くまで広がる。

  「ふぅぅ~……出るわぁ~……やっぱりこうして一気に出すと最高~……ブヒ、フゴゴッ……」

  かつては慎ましく村の厠を使っていたどころか、音や臭いにも人一倍気を使っていた彼女が、いまや堂々と豚オークの排泄を披露している事実。それを目撃した村人たちが悲鳴を上げながら目を逸らす様を目にし、キヨマサはいたたまれなさと絶望に襲われる。自分の愛した妻が、こんな荒々しく下品な存在に変わってしまったのかという事実が重くのしかかるのだ。

  食事も排泄も、セツナは「何が問題なの?」という態度。もはや人間らしい羞恥や遠慮は消え、鼻息を荒くしながら独特の語尾を伸ばして「わたし、豚オークとしてのほうが自然なのよぉ~……」と笑う。キヨマサは、そんな彼女の姿に戸惑い、心をえぐられるような感覚を抱くが、同時に「自分が受け止めなければ誰が救うのか」という責任感や愛情があるため、なんとか彼女を咎めないように振る舞う。

  「セツナ……少しずつ、慣れていけばいいんだ……無理はしないで……」

  しかし、その励ましの言葉も、セツナにとっては「なぜこんな窮屈な常識の中で暮らさなきゃならないんだろう」と感じさせるだけ。むしろオークの巣窟の自由さを恋しく思う瞬間が増える。

  「ん~……こうやって、いつも我慢ばっかりしなきゃいけないの……人間の村ってホント面倒……ブヒィ……」

  夫婦として同じ家に住むというのは、食事や排泄だけではなく、日常すべてが共有されることを意味する。セツナが豚オークの習慣を持ち込むたび、キヨマサは精神的ダメージを受けながらも、“彼女は大切な妻”という想いで耐えようとする。しかし、周囲の村人たちは遠巻きに悪評を立て、「あれはもう人間ではない」「キヨマサはどうやって暮らしているんだ」と陰口を叩く。

  セツナ本人は、村に戻って当初は懐かしさを感じたものの、次第に息苦しさや苛立ちを募らせ始めている。自由奔放な豚オークの集落に比べ、ここは何かにつけ「恥ずかしい」「他人の目を気にしろ」という規律があり、それがやたらと窮屈に思えるからだ。一方キヨマサは、日に日に醜悪な姿や下品な振る舞いに耐えているが、限界が見え始める。もし夜の営みが訪れたとき───彼が臭いと見た目の衝撃にどう耐えられるのか、それは誰にも分からないが、確実に何かしらの悲劇が迫っているかのような、重苦しい空気が夫婦の間に漂っていた。

  ◇

  闇が深く降りる頃、家の中には夫婦が戻ってきたはずの温もりがある……と、かつてなら思われた。だが、その部屋には不穏な静寂が漂っていた。襖を閉め切った寝室には、蝋燭の微かな光がゆらゆらと揺らいでいる。そこに座すふたつの影───一人は娘だったはずのセツナ、もう一人はその夫・キヨマサ。しかし、いまやセツナは完全に豚オークの体を持ち、鼻息が荒く、その姿からは過去の人間らしさがほとんどうかがえない。

  かつてのセツナは、白くしなやかな腕で、キヨマサを優しく抱きしめ、ふんわりした香りを纏っていた。利発な口調で愛の言葉を囁き、寝台に寄り添うだけでキヨマサの心を癒やした。

  今のセツナは、毛深い腕と太く重い体を揺らし、鼻孔が大きく開いて「ブヒッ」「フゴッ」という鼻音を絶えず漏らす。肉厚な腹と尻が垂れ下がるように肥え、肌は脂ぎって光り、動くたびに豚小屋のような強烈な獣臭を放つ。

  いま、そのセツナが寝台に腰を下ろし、獣脂にまみれた臭いを部屋いっぱいに広げながら、キヨマサを手招きする。彼女は唇を歪めるときに、牙のような犬歯が覗き、口元から覗く濃厚な呼気が漂い、何とも言えぬ熟れた腐敗臭を放つ。

  「キヨマサさまぁ……んん……やっと、二人きりになれたわぁ~……ブヒッ……嬉しい……わたくし、あなたを……抱きたいの……フゴゴッ……」

  かつては“あなたを抱きたい”などという率直な言葉は使わなかったはずが、今はわざと下品な表現を交えるようになっている。

  キヨマサは目の前の光景に息が詰まる思いを感じながら、脳裏にはどうしても「以前のセツナ」が浮かんでしまう。かつて、美しい黒髪を下ろし、浴衣をまといながら微笑んでベッドに腰掛け、「あなた、お疲れでしょう?」と優しい声で出迎えてくれた夜を思い出す。彼女は香り高い花のようだった。しかし、今、その姿は影も形もない。代わりに感じるのは、毛深い腕が獣脂で濡れ、醜悪な臭いと息遣いで迫ってくる豚オークの女。

  「どうして……こんなになってしまったんだ……セツナ……」

  彼は愛する妻として、どうにか彼女を受け止めようと自分に言い聞かせる。しかし、体が先に拒絶反応を示し始めていた。セツナが腰を動かすたび、脂ぎった肌からむんとした蒸気が立ちのぼり、部屋の狭い空間に充満していく。今やキヨマサの鼻は耐久限界に近いほど刺激を受け、目が潤んで涙が滲む。息を止めても、ほんの数秒で苦しくなり、再び吸い込めばその濃厚な豚の腐敗臭が鼻腔を満たす。かつて柔らかい花の香りに包まれた夜とは、天地の差。今回の夜の営みは、むしろ拷問じみて感じられる。

  「キヨマサさまぁ……わたし、いま……体が火照ってるの……フゴッ……抱き合いたいわ……ぁ……」

  彼女は毛深い手でキヨマサの首にまわそうとするが、その手が触れた瞬間、彼の肌はぞわりと総毛立ち、逃げ出したい衝動がこみ上げる。脂まみれの手のひらが、汗と混ざってねっとりとした感触を残すのだ。

  キヨマサは全身に力を込めて「これは……妻だ、愛する人だ……」と繰り返す。だが、セツナの鼻息が近づいて彼の鼻先をかすめた瞬間、本能的な嫌悪と恐怖が爆発する。獣舎のような臭いから逃れたくて体が勝手に動き、彼はセツナを振りほどき、後ろへと転がるように逃げる。

  「ごめん……セツナ……ごめん……だけど、無理だ……っ……!」

  息を吸うたびに胃がきしみ、吐き気に襲われるほどの臭いは、愛という感情を維持する心を上回る。頭では“抱きしめたい”“拒んではいけない”と分かっていても、身体がそれを許さない。セツナは驚いたように鼻を鳴らし、「ブヒッ……? どうして……」と声を上げる。かつて、同じベッドで愛を交わした二人だったのに───いま、そこには断崖のような溝が生じている。

  セツナは、自分が醜悪な豚オークと化したことは承知しているが、それでも彼は愛する夫なのだと信じていた。「こんな姿でも受け止めてくれるかも」と微かに期待していたのだ。しかし、キヨマサの生理的拒絶を見ると、胸が痛み、怒りが込み上げてくる。“村や夫を守るために犠牲になったのに、こうして戻った結果がこれなのか”と───。

  セツナは涙混じりに低く唸る。

  「やっぱり……無理なのね……。わたしを……こんな姿のわたしを……ブヒッ……受け入れられないんでしょう……?」

  その言葉には、哀しさと憤りがにじむ。かつて人間の価値観で生きていた頃なら、彼女もこんな醜悪さには耐えられなかったかもしれない。だがいま、豚オークとしての快感と誇りすら感じ始めている自分を、彼が否定しているように映ってしまうのだ。彼女の声は鼻音が混ざってしわがれているが、その奥に「裏切り」を感じ取っている。

  キヨマサは、セツナの乱れた息遣いを前にして、ついさっきまで呼び起こしていた“かつての清楚な姿”をまざまざと思い出す───

  - 白く繊細な頬に優しい微笑みが浮かぶ彼女。

  - ふんわりした香りを纏い、柔らかな声で「あなた……」と呼びかけてくれた夜。

  - 触れ合うたびに花のような香気が漂い、愛おしさが満ちていたはずの二人の時間。

  そのどれもが、いま目の前の獣臭を放つ醜悪な豚オークの姿とは結びつかない。かろうじて目つきや声にわずかな面影を感じても、その体臭、体毛、巨大な腹、そして語尾を引きずる粗野な話し方が、すべてを無残に破壊していく。

  「セツナ……本当に……ごめん……。でも、オレは……どうしても……っ……!」

  彼は手を伸ばしたいのに、心に“無理”という警告が鳴り止まない。結果、最後には顔を伏せ、半泣きになりながら背を向けてしまう。

  結局、キヨマサはセツナを抱きしめることもできず、ただ“無理”という言葉だけが宙に残る。セツナはその言葉を聞き、荒い鼻息のまま黙りこむ。彼女の目に宿った怒りと傷ついた感情は、次第に破滅的な方向へ赴く伏線となるだろう。この夜の営みが破綻した瞬間、かつての夫婦の絆もまた、取り返しのつかないほど深い溝が開いたのである。

  「……そう……やっぱり……ブヒッ……あなたにさえ……拒まれるん、ですのね……」

  かつての清らかで利発な娘という面影は、既にほとんど失われかけていた。だが、それでも心だけは夫に繋がっていたかった。その望みすら断たれた瞬間、セツナの中で何かが崩れ落ち、心の底から激烈な怒りと裏切られた恨みが噴き上がる。

  セツナが感じているのは、ただの悲しみだけではない。“村を救うために自分の体を犠牲にしてきた”という自負と、“こんな醜くなった自分でも受け止めてほしい”という切実な願い。それを拒絶という形で踏みにじられた今、彼女は絶望と憤怒を同時に抱える。

  「わたしがどんな思いでここまで……こんな姿になってまで村を、そしてあなたを救おうとしたの……?なのに、結局、あなたはわたしを受け止めてはくれないのね……」

  その思いが、じわじわと体の底から湧きあがり、まるで燃えるような熱を伴ってセツナの肉体を変えていく。吐息が荒くなり、目に憎しみの光が宿る。かつての温かい微笑は影も形もなく、代わりに怒りが顔を歪ませていく。

  拒絶の衝撃が臨界点を超えたとき、セツナの体はすでに醜悪と呼ばれていた姿から、さらに凄惨な豚オークの形へ急激に変わり始める。皮膚はますます厚みを帯び、ぶよぶよと膨張して毛が濃くなり、鼻孔はよりいっそう横に広がって、豚そのもののような形状へ。顔つきは完全に獣寄りとなり、咆哮じみた息を吐くたびに、血と獣脂の匂いが部屋を埋め尽くす。

  「ブヒィィ……フゴゴ……っ……あああぁ……うぅ、キヨマサさまぁ……!!」

  かつての柔和な声や、美しい人間的な表情が一気に剥落していく。むしろ、その脱落が怒りのエネルギーを増幅させ、醜悪さが強調されるかのようだ。指先が短く丸まったようになり、牙が鋭く突き出し、彼女を真正の豚オークへ近づけていく。

  キヨマサは、その場で後ずさりし、もはや目を背けるしかない。視界にあるのは、かつて最愛の妻だった女が、毛深い腕と脂ぎった腹を大きく波打たせながら咆哮するという、悪夢のような光景。部屋の中の空気は生臭い獣脂と汗、さらにセツナの体が異様に発散する硫黄にも似た臭いが混じり合い、息が苦しくなるほどの濃密度をたたえている。

  「んん……んゴッ……ブヒィィッ……ああああ……っ!!!」

  まさに豚の鳴き声が人間の言葉と融合するように溢れ、かつての知的な喋り方は一切残っていない。ここまで醜悪で強烈な臭いを放つ姿を目の当たりにし、キヨマサは絶叫に近い声で「やめろ……セツナ……お願いだ……」と訴えるが、セツナの耳にはもう届かない。

  セツナは震える全身を一瞬静めると、爛れた獣の目でキヨマサを睨みつける。その瞳には、哀しみの色よりも裏切られた恨みが強く映っていた。村を救うためにここまで犠牲になったのに、結局夫が、村が、自分を受け入れてくれなかった───そうした思いが頭を支配する。

  「……いいわ。もう、わたしは、あなたたちの期待する妻ではない。ならば……すべて壊してしまえば……ブヒッ……楽になる……!」

  その宣言が響いたとき、彼女は完全に人間の良心を捨て去り、荒々しい豚オークの本能に身を委ねる。かつての理性は吹き飛び、覆いかぶさるような醜悪な身体から湧き上がる力で、部屋の扉を乱暴に突き開ける。「ブヒィィィッ!!」という獣じみた咆哮とともに、セツナは外へ駆け出し、そのまま周囲の豚オーク仲間を呼び寄せて、村全体を破壊する行動へ突き進んでいく。

  キヨマサは茫然と立ち尽くし、その後「止めなきゃ……」と慌てて後を追おうとするが、すでにセツナの咆哮に呼応するかのように、豚オークの群れが村に流れ込み始める。「セツナ……やめろ……頼む……!」という彼の悲痛な叫びは、醜悪さを増した彼女の耳には届かない。村へ降りかかる恐ろしい結末を止める術は、もはや存在しないかのようだ。

  こうして、彼女の最後の理性だった夫の愛が崩れ去った瞬間に、セツナの怒りと恨みは頂点を迎える。汚れた豚オークの姿を完全に受け入れ、村を滅ぼす破壊衝動へと駆られるのであった………。

  ◇

  夜の静寂を裂く絶叫が村の四方に鳴り響き、そこかしこで火の手が上がっていた。かつて穏やかな日常が流れていたこの村は、今や血の海と化し、地に伏した村人たちの息絶える気配だけが重苦しく漂う。その中心には、かつて生贄として豚オークの巣窟へと差し出された、村長の娘・セツナ。もはや醜悪な豚オークの姿となり果て、自らの手でここまで村を破滅させたのだ。

  激しい戦いや襲撃の余韻が残るなか、セツナは村の中央でゆっくりと息をつきながら立ち尽くしている。毛深く肥え太った身体には血と脂が飛び散り、鼻孔からは荒い息が漏れるたび、獣じみた体臭が周囲にむせ返るように漂う。もはや村には生き残りがいない。キヨマサも、村長も、若者も老人も、全員が彼女と、その仲間の豚オークたちの手で葬り去られた。かつて優しく声をかけてくれた隣人たちが、いまは倒れ伏して動かない。

  「ふん……ブヒッ……ここまで、やってしまったのね……わたし……」

  目を閉じても、焼け焦げる匂いや血の鉄臭さが離れない。かつて慣れ親しんだ家屋が燃え落ち、村人の悲鳴が途絶えるまでを見届けたセツナは、獣脂に濡れた手で顔を拭うが、その表情には悲しみよりも達成感に似た虚無の怒りの残滓が浮かんでいた。

  遠くから大股で近づいてくるのは、豚オークのボス・グァ・ドゥクラ。彼は村の門を破り、戦士たちを率いて殺戮を行う陣頭指揮を取っていたが、今や戦も終わり、燃え落ちる家屋の残り火を背景に、低い唸り声を響かせながらセツナへと歩を進める。

  「フゴッ……よくやったな、セツナ。ここまで派手に殺り切るとは、オレも驚いたぞ……フゴゴッ」

  言葉には荒々しい笑みが混じる。彼の周囲には手下の豚オークが従い、それぞれ興奮冷めやらぬ面持ちで血塗れの獲物を引きずっている。だが、グァ・ドゥクラの視線はセツナだけを捉え、彼女の奮闘を称えようとしていた。セツナは小刻みに呼吸をしながら、ゆっくりと振り返り、彼を見据える。

  周囲に散乱する死体、焦げ付く木材、血の混じる泥濘。だが、セツナはその惨状を一瞥もくれず、安堵するかのようにボスへと歩み寄る。すでに人間らしい恥じらいは微塵もなく、毛深い肌や垂れ下がった腹、尻などを堂々と揺らしながら、彼の足元へ近づく。その仕草は、まるで媚びるように身体を擦り寄せ、荒い鼻息で「ブヒッ」「フゴッ……」と甘えた声を漏らす。

  「グァ・ドゥクラさまぁ……わたし、あなたの力が……好き。ブヒッ……おかげで、すべて……壊せたわぁ……んん……」

  かつては、生贄として彼に従うしかなかったはずの娘が、今は完全に豚オークとしての荒々しい欲望をさらけ出し、彼に身を委ねようとする姿勢をとっている。地面には血が滲んでいるのに、その上に平然と膝をつき、彼の脚に手を回して抱きつくように顔をうずめる仕草を見せる。

  グァ・ドゥクラは、そんなセツナの行動を満足げに受け止める。鼻を大きくひくつかせながら「フゴ……」と唸り、勢いよく彼女の肩を抱き寄せるようにする。血と獣臭にまみれた二人の体が寄り添うと、周りの豚オークたちが「ブヒッ……フゴッ……!」と歓声を上げ、二人を称えるように見つめる。ボスはセツナの目を見下ろし、粗野な声で言う。

  「よく来たな、セツナ。おまえはもうオレの……女だ。ここまで見事に村を焼き尽くし、すべてを捨て去るとは……フゴッ……これ以上ないくらいの証明だ」

  言葉には荒々しさと一種の誇りがこもる。セツナは鼻を鳴らし、にんまりと笑うように牙を覗かせ、

  「ブヒッ……わたしは、もう、あなたのもの……ブフフ……」

  とでも囁くような吐息で応じる。かつての人間社会のしとやかな婚姻式などとは対極の、破滅の跡地で結ばれる獣たちの姿がそこにあった。

  こうして、血の海と化した村の中心で、醜悪な豚オークの娘・セツナはボスとつがいとなることを受け入れた。今や村長の娘という肩書きも、利発だった面影も、すべて焼け落ちた家屋とともに消え去り、この場に佇むのは獣じみた憎悪を遂げた末の解放感に浸る怪物だけである。すべてを喪失した先には、あまりにも残酷な、豚オークとしての夫婦生活が待っているのだ。

  「ブヒッ……この村も、わたしの過去も……もう、要らないわぁ……グァ・ドゥクラさまぁ……あなたと一緒なら、何も気にせずに済む……」

  その声はかつての明朗な響きとは程遠く、喉の奥で豚の鳴き声が混じっている。こうして、セツナは最愛だったはずの人々を手にかけ、自らの手で故郷を壊し尽くした。そして最終的に豚オークのボスに身を投じ、加害者側の象徴として残ったのである。

  これで人間としての最後の絆を、自ら断ち切った───そう感じつつも、セツナの胸にはまだ鈍い痛みの残滓があった。生まれ育った家々の面影、愛したはずの夫への複雑な想い……。彼女は低く唸るように鼻を鳴らし、

  「もう……すべて……いらない……ブヒッ……わたし、こんな思い出……捨てたいの……!」

  グァ・ドゥクラは、この血塗られた勝利を機に、さらにセツナを“己の女”として完全に迎え入れようとしている。血と炎の残り香を漂わせながら、彼女の背後にゆっくり立ち、太く逞しい腕を伸ばす。

  「フゴッ……よくやったな。これで、おまえはもう何のしがらみもない。オークとして新しい道を歩むんだ……」

  セツナは荒い鼻息のまま振り返り、その目には深い憎しみと悲しみ、そして何かしらの依存を求める光が同居している。かつての愛した者たちを自ら手にかけた苦しみが残る一方、「もう人間じゃない自分」を肯定してもらいたい気持ちが募る。彼女はボスに縋るように近づき、毛深い身体を擦り寄せながら、声を震わせて懇願する。

  「……お願い……わたし、人間だった過去を……全部忘れたいの……ブヒッ……家族も、夫も……こんな痛み、もう思い出したくない……」

  そこには涙とも唸り声とも区別がつかない咆哮が混ざり合い、彼女の胸が上下に激しく動いている。さらなる獣臭が漂うが、ボスはまったく気にせず受け止めるかのように鼻をひくつかせる。

  セツナの口から次に漏れたのは、過去の彼女なら決して口にしなかった言葉───交尾を求める呼びかけだった。かつては“夫との愛”を大切にしてきたはずだが、いまは完全に豚オークの欲望が勝り、「獣としての快感」で全ての記憶を上書きしたいと思っている。

  「グァ・ドゥクラさまぁ……わたし……もっと、豚オークとして……生きたいの。だから……交尾……して……ブヒッ……全部、忘れさせて……お願い……」

  彼女は言葉を発するたびに“ブヒッ”や“フゴッ”という鼻音が漏れ、荒い呼吸の合間に獣の咆哮じみた音が混ざる。その姿は、一度見ただけで“もう人間ではない”と誰もが確信するほどに変貌していた。ボスはそんな彼女を見下ろして満足げに笑い、ドスの効いた唸り声を返す。

  「フゴッ……いいだろう、すべて消し去ってやる……。おまえは、もはや完全なオークの女だ……」

  彼女が求める交尾は、人間の理性や愛の営みとはまるで違う。低い唸りと獣の息遣いの中で、セツナは自分の体を誇示し、より“獣らしさ”を開放しようとする。もはや、人間としての恥や倫理観など跡形もなく、“本能”が欲するがままに体を動かし、ボスに身体を預ける。

  彼女が求める交尾は、人間の理性や愛の営みとはまるで違う。低い唸りと獣の息遣いの中で、セツナは自分の体を誇示し、より“獣らしさ”を開放しようとする。もはや、人間としての恥や倫理観など跡形もなく、“本能”が欲するがままに体を動かし、ボスに身体を預ける。その目には、もうかつての理性や愛の欠片もない。代わりに宿るのは、本能のままに生殖を求める獣欲と、豚オークとしての幸福感への渇望だけだ。愛する夫も、大切な友人も記憶から消え失せ、彼女は自ら「完全なる豚オーク」となることを選ぶ。

  グァ・ドゥクラは彼女の望みに応えるように手を伸ばし、その肉厚の豚っ腹を荒々しく揉みしだく。

  「フゴッ……ブヒィィッ……」

  セツナの口から呻き声が漏れる。それはもはや言葉ではなく、喉から溢れる獣の咆哮であり、彼女が人間であった痕跡は薄まりつつある。そして彼女はゆっくりと仰向けになり、四肢を地面に投げ出してオークらしい姿勢で懇願するように見上げる。

  「……グァ・ドゥクラさまぁ……わたし、もう……我慢できないのぉ……ブヒッ……早く、交尾してぇ……」

  その声には、もはや人間らしい恥じらいも感情もなく、ただ獣の欲望が充満していた。ボスはその巨大な体躯を前傾させ、セツナの腹部にまたがるような体勢で覆い被さる。そして彼は、血と獣脂に濡れた牙を剥き出すようにして、唸るように呼びかける。

  「フゴッ……ブヒッ……行くぞ、セツナ……オレを受け入れろ……」

  その言葉とともに、彼の股間から赤黒い肉塊が姿を現す。それはすでに硬く勃起しており、セツナの湿った雌穴にあてがわれた瞬間、一気に奥まで突き入れられる。

  「ブヒィィッ!!んあぁ……グァ・ドゥクラさまぁ……」

  その瞬間、セツナの口からは嬌声とも咆哮ともつかぬ叫びが上がる。同時に彼女の秘部からは温かい潮が溢れ出し、その身体は既に人間ではないことを証明していた。彼女は自ら腰を振り始め、より深くまで受け入れようとするかのようにボスの体にしがみつく。その姿はもはや完全に豚オークであり、かつての清楚な面影は微塵もない。

  「フゴッ……ブヒッ……いいぞ、セツナ……」

  ボスの呼吸が荒くなるにつれ、彼はより激しく腰を打ち付け始める。セツナの口から漏れる獣のような咆哮は、もはや人語としての意味をなさない。彼女は人間だった頃の理性や愛を忘れ去りながら、ただ本能のままに交尾に没頭するのだった。こうして、一人の娘が豚オークの性奴隷と化し、その身を欲望に委ねた。彼女の家族も友人も記憶から消え失せ、もはや人間と交わることのない存在となった。それでもセツナは人間の心を捨て去り、新たなる獣としての生を受け入れることを選んだのである───。

  「フゴッ……ブヒッ……」

  グァ・ドゥクラの荒い鼻息が顔にかかる。彼は満足げに目を細めながら腰を動かし続ける。彼の股間からは赤黒く脈打つ肉棒が現れており、それはセツナの秘部に挿入されている。交尾は激しく続き、セツナの口からは「ブヒッ……ブヒッ……」という喘ぎと低い咆哮が絶え間なく漏れ続ける。

  「グァ・ドゥクラさまぁ……わたし、オークになれて幸せよぉ……もっとぉ……交尾してぇ……!」

  その目には理性の光はもはやない。あるのは獣の本能的な悦びだけだ。彼女は完全に人間ではなくなったことを自覚しており、かつての愛した者たちを捨てたことも理解している。だがそれでも満たされないのだ。

  「ん……ぁ……こんな……感じ……もっと……ブヒッ……すごい……わたしは……もともと……豚オーク……なのよぉ……ああ……」

  行為の最中、セツナはまるで暗示にかかったように“自分は生まれつき豚オークだった”という幻想に浸り込んでいく。人間だった過去を完全に捨てるため、自らそう思い込むことで、罪悪感や痛みを葬り去ろうとしているのだ。

  「ブヒヒ……わたし、はじめから……豚オーク……最初からこうして……ここにいたのよぉ~……人間なんて……知らないわぁ……ブヒッ……フゴッ……」

  身体と意識が溶け合い、かつての記憶や名残が煙のように消えていくかのような感覚が押し寄せる。行為の合間、ボス・グァ・ドゥクラは荒い鼻息を吐きながら、唸り声を混じえ、セツナに“もっと豚らしい名前”を与えると宣言する。

  「おまえはもうセツナなどという人間の名は不要だ。ここで新しく、**グィシャ**と名乗れ。これはオレの“つがい”としてふさわしい名だ……フゴッ……」

  セツナはその音を聞くと、まるで忠実な獣のように

  「ブヒ……グィシャ……わたしは、グィシャ……」

  と呟き、さらに快感と解放を感じている様子を浮かべる。

  「人間の名なんて、もういらないわぁ……ブヒィ……わたしは……グィシャ……“オークの若妻”……ふふ……ブヒッ……」

  ボスの呼吸が荒くなるにつれ、腰の打ち付けるスピードが速まる。グィシャはそれに応えるように自らも腰を動かし、快楽を求め続ける。彼女はもはや人間ではなく豚オークとなったが、それでも本能のまま交尾を求める獣として生き続けていくだろう。そしていずれは群れを統べるボスの妻となり、より強い子孫を産むことが彼女の使命となるのだ───。

  「フゴッ……ブヒィィッ!!」

  グァ・ドゥクラの雄叫びが部屋に響き渡る。

  ドピュルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!

  セツナの体内に大量の白濁液が注ぎ込まれる。それと同時に彼女も絶頂を迎え、甲高い嬌声が響く。

  「フゴォっ!出てるぅっ!」

  そして彼女はしばらくの間身体を痙攣させ、やがて脱力したようにぐったりとする。その秘部からは精液と愛液が入り混じったものが溢れ出していた。グァ・ドゥクラは彼女の上から降り、隣に横たわる。荒い呼吸を繰り返しながらグィシャの方へ顔を向けた。その顔には満足そうな笑みが浮かぶ。

  行為を終えた後、彼女はボスに寄り添い、毛皮や脂まみれの身体をさらしつつ、かつての家族や夫、村への思いをすっかり払拭したかのような表情を浮かべる。これにより、彼女の“セツナ”という名が象徴する過去の人間としての人生は完全に終わり、“豚オークのグィシャ”としての新しい“豚生”が始まるのだった。