「おまえあの祠を壊ヒギュ」
顔面蒼白にしながら俺を怒鳴りつけてきた村人が電撃に撃たれたようにビクンビクンと痙攣しながら肉体を肥大化させ桃色の獣毛を生じさせていく。
精液で濡れたズボンが肉の圧力に負けて破れ性器がまろび出た。射精は止まらず、白濁した液体をまき散らし続ける……だがその陰茎は、普通の人間のソレとは違い、ねじくれて細長く伸びた異形の形状をしていた。
強過ぎる快感に壊されたように白目を剥く村人の荒い息にブヒブヒと獣じみた雑音が混じり、ぐにぐにと顔が変容していく。
鼻が膨れ上がり口周りが顔の前方に突き出し、豚のような顔へと作り変えられていく。
祠に封じられていたのは悪霊や妖怪どころのものではない。そんな、この世界内で生まれた有限の霊体存在どころではなく無限のエネルギー体……
宇宙の「外」か「上」とでもいう領域の高次元と繋がって莫大なエネルギーが流入してくる「穴」が封じられていたのだった。
かつてこの村で祭事として執り行われた神呼びの儀式が、特殊な状況に状況を重ねて本当に成立してしまったらしい。「サルに無作為にタイプライターを叩かせていたら偶然名作長編小説として読める文書が出力された」くらいの天文学的な確率で。
それだけでも人類の未来に関わる大惨事なのだが、最悪だったのは、その自我も欲求も感情も無い混沌とした無限エネルギー体が、神に願いを届ける役の巫女ではなく、生贄として用意された一匹の豚を取り込んでその方向性を定義づけられてしまったことだった。
宇宙の外からやってきた物理法則すら捻じ曲げるほどの無限のエネルギーが、豚の願いを叶えるために使われたのだ。
シンプルな三大欲求。
飼育された豚の身なら睡眠欲はどうとでもなるので特に強いのは後の二つ、食欲と……性欲。
ただひたすらにそれらの欲求を満たす、という目的のために、世界すら作り変えられそうになったところを、多大な犠牲を出しつつも封印できたのが奇跡のようなものだった。
だがその封印はもはや無い。
無限の[[rb:祝福 > のろい]]に[[rb:浄化 > おせん]]されて、世界が塗り替えられ、書き換えられていく。
「おゴッ、ぶ、ブヒャぁああ!?」
「んひっ!? ひぎ、ブヒィィイイ!」
かつて生贄豚が願った(厳密には意識的に願ったり思ったりすらしていない無自覚な原始的欲求なのだろうが)その内容を言語化するなら、こうだろうか。
〈交尾を。もっともっと気持ちいい交尾を、たくさんの豚たちと交尾を、ずっとずっとし続けられる世界でありますように〉
苦痛ではなく激しすぎる快楽にいきなり襲われ、村のそこここで人々が突然絶頂し精液や愛液を垂れ流しながら変化していく。
豚のものと化した鼻をヒクヒクと震わせ、周囲に異性の豚の匂いを(時には同性の豚でも)察知した途端、破れた靴の下から除くヒヅメと化した足でヨタヨタと互いに歩み寄り、何を言うまでもなく片方が四つん這いになって、もう片方がその背からのしかかるように、前戯すらなく男性器を突き入れる。
「ブキュィィイ!」
「ピギィィィ!」
快感で真っ白になった頭の中にまで豚の鳴き声が響き、性行為に耽溺するとそれに連動するようにますます豚化が進行していく。人肌と人肌が触れ合う音が、ごわごわした毛にに覆われた分厚い豚の肉体がぶつかり合う重々しい音へとすげ替えられていく。
〈食事を。もっともっと美味しい餌を、お腹が空いた時にいつでも、ずっとずっと食べ続けられる世界でありますように〉
人間をはじめとする哺乳類が豚と化していく一方、植物も変容を始めていた。絵本のような鮮やかな色艶を帯び、元々の植生や季節も無視して色とりどりの花が咲き乱れ、木の枝や地を這う蔓に甘い匂いの果実がたくさん実る……既存の何かの果実に似ているようにも見えるが、実際には今まで世界のどこにも存在しなかった果実。
元は人だった豚が数匹、その香りに惹かれてフラフラとやってくる。高い木の枝に生っている果実のいくつかも、豚たちの接近に応えるかのように地に落ちる。豚に食べられるためだけに存在しているのだと自ら心得ているかのように。
豚たちはガツガツとその地面の果実に食らいつく。まだ二足歩行もできそうな骨格だが、地に手を突くこと、手を使わず口で直接食べ物を貪ることに躊躇も無くなっていた。
フゴッフゴッと喜びに鼻を鳴らしながら果実を嚙み砕き果汁とヨダレを口の隙間から滴らせる豚たち。その肉体がぶくぶくと見る間に太っていく。
物理法則も狂った空間だ。もはや質量保存の法則も消化効率も成長速度も関係無く、口に入れて味わい飲み込んだ次の瞬間には血肉へと転じ、次の交尾へのみなぎる活力となる。
肉は増えてもその重さを負担に感じるでもなく、むしろ得られる力こそ余りあるようで、荒々しい動きで食後の交尾を始める何匹かの豚たち。
牝豚は乳房が豊満になり、牡豚は睾丸が重々しく大きくなって、その精力や身に纏うフェロモンも増したかのよう。
食われた植物もそれを喜ぶかのように見る間に再び果実をつける。もはや栄養すら必要としない。
天候すら穏やかになり美しい光が雲間から差し込んでいる。その絶妙に温かく心地良い陽光が実際の太陽の位置とはもはや関係無い方向から降り注いでいることに気付く豚は居ない。
花咲き乱れる美しい常春の地……表面的な見た目は極楽のようなこの地獄、この領域は、今は村を飲み込んだ程度だが、こうしている間にもじわじわとその面積を広げている。
やがては地球全土を……あるいは星々の海までも、この[[rb:聖域 > ぶたごや]]は覆い尽くしてしまうのかも知れなかった。
……かく言う俺も、本来の俺は既に祠を壊した瞬間に流れ込んできた膨大な情報と快楽でとっくのとうに壊れ狂っていた。
祠の残骸の近くで、仰向けになってビクンビクンと痙攣しながら終わらない射精をし続けている豚、あれが俺だ。
今こうして語っている俺はただの残響。強すぎる光によって焼き付いた影のようなものだ。
高次元の穴から流れ込んだ情報でこうやってだいたいの事態を理解したが、そのぶん自我が希釈されて、消えそうになっては情報が補完し合って人格を再構成されて……というプロセスをこの短い間にも繰り返している。
豚と化した己の痴態を見せつけられながら、自我が消滅しかけたり強制再生されたりする表現し難い苦痛に襲われ続ける……
それが俺の愚行に科せられた罰なのかも知れない。
……祠を壊して人類の存亡に関わる事態を招いた罪にしては、軽すぎるくらいかも知れないけれど。