魂の賢者

  旧ハイラル王国

  王ラウルと王妃ソニアによって国が建てられ、私ナトリはラウルの姉 魂の賢者ミネルの従者として王族に仕えていた。

  ゾナウ族が天から降りて来た時、当時村で学者をしていた私はゾナウの文明を見て度肝を抜かすと同時にその技術や技巧を学びたいと考えるようになった。

  村で巫女をしていたソニアはラウルの妃として迎えられ、私はそれにあやかるように王国の一学者として仕えるようになった。そこで私は魂の賢者ミネルと出会った。

  「ミネル様。今日よりミネル様の助手として支えさせて頂きます。よろしくお願い致します。」

  「ええ。これからよろしくね。」

  会った瞬間から感じていた荘厳な雰囲気とは裏腹に彼女は気さくに挨拶をしてくれた。

  「早速だけど手伝ってくださる?」

  どうやら作業の途中のようでゾナウギアの調節をしていた。

  「これは...?」

  「執事ゴーレムよ。降りてきた時に少し長年使ってきたガタが来たようで少し動きが悪くなっていて。」

  ゾナウの文明について何が何だか分からない私は何をすればよいのかとまごついていると後ろから別のゴーレムが部品を持ってきていた。

  「私は何をすれば...」

  「そうね。言い方が違ったわね。少し作業中の話し相手になってもらってもいいかしら。」

  「申し訳ございません。何も出来ずで...」

  「いいんですよ。最初から何もかも出来る人などいません。私自身も地上の文明については知らない事ばかりですもの。」

  先程まで真剣な面持ちで作業していた彼女だったがそう言って優しく微笑んだ。

  時が経ち、出来ることも多くなってきて自身でも彼女の役に立てていると思えるようになってきた時、多くの執事ゴーレムに囲まれながら自身もゾナウギアを使った研究に着手するようになった。

  「少し休憩をしましょうか。長時間椅子に座って作業は良くないですから。散歩にでも行きましょう。」

  よく晴れた草原を2人で歩いていると少し遠くから矢の風を切る音が聞こえた。どうやらミネルの弟ラウルが公務をサボって趣味の狩りを嗜んでいるようだ

  ラウルの元に歩み寄ると彼はハッとした表情で

  「ソニアにはどうか内密にしてくれないか」

  すっかり夫婦間のパワーバランスも王とはいえ尻に敷かれ気味のようだ。その様子をミネルと笑いながら見ているといつの間にかソニアがラウルの背後に忍び寄っていた。

  「何も言わず遊びに耽けるのはどうなのかしら?ラウル」

  不敵な笑みを浮かべ、ラウルの長い髪を引くソニアとそれを見て笑うミネルを見て私も釣られて笑ってしまった。

  「仲睦まじくて微笑ましい限りです。ソニア、これからも私の弟をよろしくお願いしますね」

  少しいたずらっぽくミネルはソニアに語りかける。ソニアはあいわかったと言わんばかりの表情でラウルを城へ引きずり込んで行った。

  少し草原を世間話や昔話をしながら散歩していると、私が今研究していることについて話題が進んだ。

  「ナトリ。ギアの調整はどんな感じですか?良ければ見せていただきたいです。」

  そう言われ試作品ではあるものの自分の腕に装着していたギアをミネルに見せた。私が考え、研究していた発明品【エレメントアーム】である。これは解析した岩や光といった物体や火や水、雷といった事象をコピーし、活用出来るというものである。これさえ装着すれば重いものを軽々運んだり、灯りが無ければ松明みたいな使い方も出来るし、火をつけたり水を出して消化したりと万能の2文字で表せる逸品である。

  とはいえまだ、完全では無く思考との接続が難しかったり、意思に反して動き出したりと少々危なかっしい状態だった。

  「浪漫のある形状ですね。少し重くは無いですか?」

  多機能にしすぎた結果、ミネルが作っているゴーレムの腕のような形状になっており、軽量化とスマートな状態にするのが今の1番の課題だった。自分の研究に没頭しながらもやはり私の研究のこともしっかり気にかけてくれていることにますます頭が上がらなくなる。

  「機能を減らそうと思います。火・水・雷・氷あとは風とかの属性機能だけにすればだいぶスマートになりますし、リソースが割けるので一つ一つを強力にできると思います。」

  「ふふ。そのゴツゴツした感じも好きですよ」

  ミネルの少し機械オタクな一面が顔を出す。作業に没頭する彼女の顔はいつもキラキラしているし、いつもは荘厳そうな顔をしているが、実験と称して岩盤に大砲をぶっぱなすところを見るとやはり根はやんちゃでラウルとは血の繋がった兄弟なのだなと感じるのだった。

  今日はラウルとミネルの結婚一周年を国を挙げて祝する宴があった。私とミネルはゾナウギアを使って火を使った花火のようなものや噴水を使ってショーをやってみせた。ミネルは宴どうこうよりこっちの方が主だったようで仕上がりの良さにご満悦のようだ。

  祝われている側の2人も仲睦まじく笑い合っていた。その様子を見て嬉しくなったと同時に羨ましく思える。ゾナウ族と人の子がああやって番としていられることにどこか希望を感じていた。

  この1年、様々な感情の変化があった。天から降りてきた種族に驚き、巫女を娶って国が興り大きく発展していった我々の村の人々ともちろん自分も嬉しく思った。

  だがそれ以上にミネルの傍で過ごしたことにより、彼女の荘厳な雰囲気やたまに見せる天真爛漫な一面、時には私を褒めてくれたり叱ってくれたりそんな彼女が愛おしくてたまらなくなっていた。きっとこの気持ちを伝えても彼女は私を我が子のようにあしらってそこから何も進むことは無いだろう。

  ある時、ミネルの年齢について気になり、流石に本人に聞くのは無礼すぎると思い弟であるラウルに聞いてみたことがあった。

  「姉上は私より5歳ほど上かな。今私は74だからきっと79か80だろう。」

  それを聞いて仰天した。彼女の年齢以前にラウルはその頃のハイラル王国の平均寿命を大きく上回る年齢だった。

  「ラウル様はそんなにお年を召されていたのですか!?」

  「ん?そんな私を老いぼれみたいな言い方しないでくれよ。まだこの通り、ピチピチじゃないか。」

  ラウルはそう言いながら、若さを誇示するような仕草をやってみせた。腕をまくってみたり、腹筋を見せてみたり、自身の流れるような毛髪を触らせてくれたりした。

  もふもふの毛がえもいわれぬ感情を生み出す。気づけばそのもふもふに顔をうずめていた。ラウルはそれを見て何故か嬉しそうにしていた。毛髪には自信があるのだろうか。ほんのり花のような香りと獣のかぐわしい匂いで吸う度に癖になりそうである。彼女もこんな匂いなのだろうか。

  「ちょ、ちょっと流石に吸いすぎだよ。嗅ぎたいなら姉上に嗅がせてもらったらどうだい?」

  それが出来たらとっくにやっている。それとも頼めば母のように抱いてくれるのだろうか。そんな妄想が頭の中に駆け巡る。その日は一日中悶々として過ごした。研究にもいまいち本腰が入らない。だが妄想を考えないように夜が更けるまで研究室に籠り続けた。エレメントアームの調整をしなければ。ウトウトしながら工具を手に取り細部の調整をする。

  「夜更かしは感心しませんよ。ナスカ」

  突然後ろから声を掛けられる。眠気で背後にミネルが近づいてきているのに気が付かなかった。驚いた拍子に工具の先を滑らしてしまった。

  「あ!」

  ギアから火花が散る。爆音と共に私とミネルはギアから吹き出す大量の水をもろに食らってしまい、後ろに吹き飛ばされる。幸いいじっていた回路が噴水に直結するものでどうやらそこに刺激が加わったことで暴発したらしい。火や雷でなくてよかった。安堵と共に立ち上がろうと床に手をつこうとすると柔らかい感触を感じた。

  「み、ミネル様!申し訳こざいません!下敷きにしてしまう上にとんだ無礼を!」

  どうやら触ってしまったのはミネルの胸部だった。

  焦って謝るが返答がない。吹き飛ばされた時、私の下敷きになると同時に体を強く打ってしまったようで少し呻くような声を上げている。意識が朦朧としているようで急いで濡れた身体を持ち上げ、救護室に向かおうと扉を開けるとそこには爆音で目が覚めたらしいラウルとソニアが驚いた表情で立っていた。

  「何があったのですか!?」

  水浸しの研究室を見てソニアが慌てた様子で問いかける。

  「とりあえず救護室に行かせてください!」

  説明してる暇なんてない。何せ私の愛する人が苦しそうにしているのだから。ミネルの濡れた身体をお姫様抱っこの形で抱き3人で救護室に急ぐ。

  ソニアには医学の心得があるようでとりあえずの治療をしてくれた。治療の最中、この発端と実は彼女に想いを寄せていることを打ち明けた。眠っているミネルのすぐ傍でそんなことを口走ってしまって少し後悔している。どうやらミネルは熟睡しているようでその心配は無いだろう。

  「姉上の色恋は聞いた事がないね。まぁなんにせよもうゾナウ族で生きているのは私たちだけだし。いいんじゃないか?」

  「ラウル、そんな無責任なことを。でも私も応援するわよ。」

  少し微笑み私に語り掛ける。大概ソニア様も無責任なことを言ってる。夫婦共々似たもの同士だ。

  2人は眠い目をこすりながら私の話を聞いてくれた。流石に夜も深い。今日はお暇すると2人は寝室に戻って行った。

  私は爆発の衝撃と心の内を打ち明けたことによって目が覚めてしまい、救護室で寝ているミネルを眺めるだけだった。

  彼女が寝ている間にめちゃくちゃになった研究室を掃除しようと思い、救護室を後にしようとしたその時。

  「ナトリ。どこへ行くのですか?」

  「ミネル様!目覚めたのですね。研究室の片付けをしようと思って」

  「まだここにいてください。目が覚めてしまいました。眠れるまでお話しましょう。」

  心臓の鼓動がバクバクと鳴る。このタイミングでお話なんてあらぬ事を考えてしまうじゃないか。溢れ出す気持ちを押さえ込みベッドの横の椅子に腰掛ける。

  「ごめんなさい。あなたを驚かせてしまったばっかりに。」

  「謝らないでくださいミネル様。元はと言えば私が深夜に作業をしていたのが悪いのですから。」

  「何か思い詰めては無いですか?従者の悩みは放っておけません」

  言えるわけない。お慕い申しておりますなんて伝えたらどんな顔をされてしまうだろう。あくまで彼女と私は賢者とそれに仕える従者でしかないのだ。

  「研究が上手く行かなくて...」

  顔が紅潮しているのを見られないように俯いたまま彼女に苦し紛れの嘘をつく。すると彼女の手が私の体に伸びてきてずっとこちらへ引き寄せた。

  「ミネル様!何を!」

  「案ずることはありません。あなたの研究は急がずとも順調に進んでいるはずです。何か他に悩みがあるのではないですか?例えば恋慕の情とか。耳が真っ赤ですよナトリ。」

  「え!?」

  すかさず耳を隠す。抱き寄せられたことと図星をつかれたことでさらに顔に赤みが増す。

  「図星ですか?ふふ」

  いたずらっぽくミネルが笑う。

  「顔を上げてください。」

  無理だ。今、顔を見られたら頭が茹で上がってしまう。ただでさえ握り拳の中には汗が吹き出して止まらないのに。全身が熱い。このほとぼりが冷めるまで顔なんて。

  「ナトリ。私も貴方のこと、愛していますよ。」

  小声でミネルが耳元に囁く。はっきりと聞こえたが頭が混乱して情報の整理がつかない。ミネル様が私を愛してると言ったのか?幻聴だきっと。本当だとしても母性とかその類いの愛情だ。研究が失敗してここに彼女を運び込んでラウル達に想いを伝えたのも全部夢だ。

  そんなことを考えていると、夢であるということを真っ向から否定するように顎に手を添えられ、ミネルの顔と対面するように動かされる。

  そして彼女と目が合う。その目には熱が籠ったようなこちらを愛しく見つめているような様々な感情が混ざっているような気がする。鼻先が触れる程に距離が近い。彼女の吐息が私の顔にかかる。夜食べたであろう果実の匂いが私の鼻腔をくすぐる。

  一瞬であった。瞬きをしようと目を瞑ったその瞬間、私はミネルにキスをされた。頬とか額にするようなチープなものじゃない。口と口で愛を確かめ合うようなじっくりとしたキス。覆い被さるように私の口を塞ぎ、舌を絡めてくる。

  恍惚とした感覚に襲われ、息をするのを忘れてしまう。彼女が口を離すと一気に鼻と口に空気が流れ込んできて、咳き込んでしまった。呼吸が落ち着き、もう一度彼女の方を向くと彼女は熱を浮かべるような恍惚とした多幸感溢れるような表情でこちらを見つめている。私の肩を掴み自分の胸に抱き寄せ口を開く。

  「伝わっていましたよ。今日、聞く前よりずっと前から」

  「起きてらしたんですか...」

  熟睡をしてると思って打ち明けたのに聞かれていたとは。僅かに耳が動いていた気もするが、些細なことだと思ったのに。

  「魂が私を求めていました。とっても情熱的に燃え上がり、見とれてしまうほど綺麗な炎を上げていましたよ。」

  最初から見透かされていたのだ。ソニアとラウルを羨ましがる感情も側で彼女の横顔を見て愛しいと思う感情も全部。

  隠す必要なんて無かったのに自分は自分が思っていた以上に鈍感で彼女は鋭敏にそれを感じ取っていた。

  もうこの場で隠す必要なんてない。思いの丈をぶつける。

  「ミネル様。私はずっとお慕い申しておりました。貴方の賢者たる姿勢も、花を見てうっとりとした横顔も、豪快に実験と称して無茶苦茶なことをして笑う貴方が愛しくて愛しくてたまらなかったのです。従者という立場でありながらミネル様のような高潔な方に恋慕を抱くなど浅ましきこととは思います。しかしそれ以上に私は貴方を...!」

  早口で捲し立てる私のあたまを彼女は天女のような表情で撫で下ろしてくれる。高鳴っていた鼓動が徐々に落ち着いていくのを感じる。それと同時に逆に彼女の心音が耳を澄まさずとも聞こえてくる。

  「えぇ。知っていましたよ。愛が身を焦がし貴方を焼き尽くす前に私が伝えるべきでした。もう従者なんて立場はやめて私の番としてこれからを共に生きてくれないかと。我慢させてしまいましたね。辛かったでしょう。でももうこれからは大丈夫です。片時も貴方を離しませんよ。」

  彼女の胸元にある秘石が眼前で眩しいくらいに光り出す。その光は私を包み込むような私の最も深いところ、いわゆる魂と溶け合うような感覚に陥らせる。彼女の積もりに積もってきた想いが流れ込んでくる。愛なんて一文字で表せないくらいの感情と熱が伝わってくる。

  その日はこの暖かい感覚に包まれながら深い眠りについた。

  ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

  我々ゾナウ族...と言っても今はラウルと私ミネルしかいないのだが、空島から降りてきた。目的は滅亡したゾナウの文明と歴史を後世に繋いでいくため、そして地上に現れると言われている巨悪を穿つためだった。

  弟ラウルは天から降りてきたと同時に国を興すと息巻いて、地上一の集落にいた巫女を娶るとゾナウの秘宝である秘石を渡し、文明を発展させていった。

  私は行動力のある弟に導かれながら賢者として秘宝の一端を貰い受け、ゾナウギアの普及に力を入れる研究者というポジションについた。

  その時一人の青年が従者として私の元で働きたいと志願してきた。正直執事ゴーレムがいるし必要性は感じなかったが、地上の話を彼から聞こうと考え、彼を雇うことにした。

  よく見れば、少々二枚目なところもあるし傍に置いておく癒しとしての役割も担ってくれればと考えていた。

  彼はよく働いてくれた。ギアに対しての好奇心や探究心、覚えも早いし、何よりユーモアがありギアの発明にいいスパイスになる。

  たまに気晴らしに散歩に連れて歩くと子犬のような笑顔で慕ってくれる。なんというかペットのような感じだが。

  ある時、彼の魂がどんな色をしているのか気になることがあった。私が風呂上がりで普段の礼服とは違う寝巻きのような装いで彼に話しかけた時、彼はいつも喋るような感じではなくドギマギしたような雰囲気で顔を少し赤くしていたのだ。

  それをきっかけに彼が研究に没頭しているところを秘石の力を使って魂の色を見てみることにした。彼の魂の色には、研究に没頭するような好奇心を表す黄色の他に紅い情熱のような色が見えていた。最初こそ研究に対する情熱かと思ったのだが、どうも違う気がする。特に私と面と向かって話している時や傍にいる時はその紅は燃え盛るように魂を彩っている。その反応が少し楽しくなり、少しいたずらを仕掛けることにした。

  前のように寝巻き姿で彼に話しかけると前と同じ反応であたふたしている。立ち去ろうとする彼を引き止めようと手首を掴む。彼の脈がすこぶる速くなっている。魂の色を見れば一目瞭然である。真紅に燃え上がりところどころ桃色のような紫のような色が顔を出している。間違いない。この色は愛と恋だ。彼は私に恋をしている。反応が楽しくて掴んだ腕を引き寄せ、膝枕をするように言い渡す。彼はダメですと言っていたが、ゾナウの筋力でねじふせた。

  「最近お疲れでしょう?いつも私の話し相手になってくれて感謝しているのですよ。」

  そう言いながら彼の頭を撫でる。まるでそれは母が乳飲み子をあやすかのように。だが、私の魂の色はそんな生易しいものでは無かった。彼を独占するかのようなドロドロとしたどす黒い偏愛の情。彼の魂が先程よりも燃え盛っている。愛おしい。彼の炎が私に燃え移るように私の魂を刺激する。彼のこの感情は私にしか見せない私だけのもの。彼を手離したくない。彼をこのまま堕としてしまおうか。悪魔的な思考が私の魂を覆い尽くしそうになる。

  そんな時、研究室の扉がノックされた。ナトリはハッとした様子でおもむろに立ち上がり、扉の先の訪問者の相手をすると言って扉の外へ出ていってしまった。

  ノックが無ければ私は彼に何をしていたのか、先程の私を焼き焦がした熱が冷めた後、彼のことを悶々と考えてしまった。

  その日の夜、眠れなくて図書室の本を読んでいた時、まだイタズラ心の冷めない私は図書室と自分の寝室を繋ぐルートの中にある彼の寝室を覗いてみることにした。少し物音がするまだ起きているのだろうか。扉を音がならないようにそっと開けて隙間から彼のことを見てみる。

  「...っ!はぁ...はぁ」

  そこには私のローブに顔を埋め、自身を慰む彼の姿があった。そういえば寝巻きが一着どこかへ行ってしまったと思い探していたが、何着も持っていて大して影響は無いと探すのをやめてしまっていたことを思い出した。

  彼の魂の色は紅というよりも情欲に塗れた紫に染まっていた。彼の方から漂ってくる栗の花の香りが私の鼻腔をくすぐる。自身の魂もまた情欲に塗れていくのが手に取るように分かる。このまま彼を夜這いしてしまおうかと扉を持つ手に力が入る。

  だがその瞬間奥の廊下から誰かが歩いてくるような音が聞こえた。私は慌てて彼の部屋を後にし自分の寝室へと逃げ帰った。先程の光景や匂い、彼の熱の篭った吐息と一物を擦る度に聞こえるいやらしい水音。そのどれもが私を狂わせる。自分のベッドで悶々としながら毛布にくるまるが熱は収まるところを知らない。

  気づけば私は自身の肉花に指を入れ、彼のように自分の情欲を押さえつけようと慰めていた。

  朝起きるとシーツと寝巻きが濡れている。何度したか分からないほど自分は我を忘れていた。今日のことは忘れて私も彼のように研究に没頭しよう。その朝、心に決めた。

  研究室に行くと彼が朝早くから自身の発明品の調整をしていた。彼と目を合わせれない。手元を見ると順調に発明は進んでいる様子。1週間もすれば彼の発明は完成するだろう。

  私も自分の作業に移らなくては。

  部屋に重い空気が流れる。心做しか会話量もいつもより少ない気がする。気晴らしに話しかけても脳裏に昨日のことがチラついて早々に切り上げてしまう。明日は弟の結婚一周年を祝う式典がある。今日中にしっかり仕上げなければ。

  式典当日、地上の各地にいた種族や村の人々がハイラル王国の発展をお祝いしに来ていた。私たちは人々を歓迎するようにギアを使った花火やショーをやって見せた。弟とソニアは大変ご満悦の様子であったがそんなことどうでもいい。

  彼はどんな反応しているのか気になる。彼の方を見ると彼はラウルとソニアが仲睦まじく笑いあっている様子を羨ましそうに眺めていた。羨望の眼差しを送る彼の魂はまた紅く燃え上がっている。この機に乗じて愛を伝えたい。そう思って彼の腕に手を伸ばそうとしたが、来賓の歓迎に呼び出されて彼だけ会場に置いてその日は幕を閉じた。

  ある日を境に彼は夜更かししてまでも研究室に籠り作業をするようになった。ソニアとラウルにその事を話すとラウルがわざとらしいように目を逸らしている。なにか吹き込んだのかと問い掛けると年齢を聞かれたから答えただけと言う。

  嘘は言ってないようだし、別に年齢なんて聞いてくれれば答えるのにと思ったが、もし彼が私との恋に年齢の壁を感じているのなら彼から愛を伝えようとしてこないのも合点がいった。

  その日も彼は夜遅くまで研究室にいる。私は研究に夢中になっている彼の背中を見てまたイタズラ心が芽生えた。彼の背後に忍び寄り耳元で囁く。

  「夜更かしは感心しませんよ。ナトリ」

  「え!?あ!」

  彼の背中に隠れて見えなかったが、割かし重要な精密部分をいじっていたようで彼は驚きと焦りで工具の手を滑らしてしまった。エレメントアームから大量の水が吹き出してくる。私とナトリはその衝撃で吹き飛ばされ彼の下敷きになる形で床に倒れ込んでしまった。体を強く打ってしまい意識が朦朧する。彼が何か言っているが分からない。私はその場で眠るように気絶してしまった。

  薄ら目を開ける。救護室だろうか。何か声がしている。声の主はラウルとソニア、あとはナトリか。何を話しているのか気になる。私は再度目を瞑り、耳を傾ける。

  「私はミネル様をお慕い申しています。王様とお妃様のように仲睦まじく愛し合いたい。けれど彼女は受け入れてはくれないでしょう。私はただの従者で彼女は賢者。きっと彼女は愛を伝えても仏のように微笑みを浮かべるだけだと考えてしまうのです。」

  ようやく彼の心の内が分かった。魂の色は分かれど真意には気付けなかった私の物語に終止符が打たれる。彼を邪魔していたのは他でもない私自身だったのだ。ならばやることはひとつ。私が彼へ歩み寄り彼の思い込みを全て瓦解させるだけ。手っ取り早く済む方法を私は知っている。

  ラウル、ソニアもういいから私と彼で2人にさせて欲しい。魂を通じて2人に伝える。彼らは察したように最もらしい理由をつけて自室に戻って行った。

  彼が椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。私はそれを引き留めようと声をかける。彼の魂が喜びに満ち溢れている。

  「何か思い詰めては無いですか?従者の悩みは放っておけません」

  分かりきったことを彼に問い掛ける。

  当然彼は嘘をつく。彼の困ったような表情を見るとどうしても放っておけない気持ちになってしまう。もうこの部屋には私と彼しかいない。ラウルもソニアも自室に戻らせた。深夜の見回りもラウルが気を利かせてくれたのか姿は無い。

  グツグツと沸き立つ溢れんばかりの情熱が私を焼き焦がす。

  気付けば私は彼を自身の胸元に引き寄せていた。

  話せば話すほど顔を赤らめる彼。なんと愛おしい。彼の耳元にそっと口を近づける。そうしなければ聞こえないくらいの囁き声で私は愛を伝えた。

  「ナトリ。私も貴方のこと、愛してますよ」

  彼の魂はものすごい勢いで燃え上がっている。だが同時に混乱もしていた。きっと彼の中の思い込みが邪魔をして愛をまっすぐ受け止めきれていないようだ。

  まどろっこしい事なんて考えなくていい。私は貴方のことを愛しているだけだ。顎に手を添えそのまま彼の唇を奪う。彼は惚けたような表情で私のことを見つめている。愛おしくてたまらない。彼をそのまま胸に引き寄せ抱きしめる。

  彼の鼓動が伝わってくる。彼は溜まった感情を吐き出すように私に伝えてきた。私はその言葉の一つ一つを深く受け止める。

  もう彼を離さない。

  彼の魂と私の魂が溶け合うように混ざり合う感覚。秘石の力だろうか。彼の魂から溢れ出る気持ちが流れ込んでくる。きっと彼も私の気持ちを受け止めている。何と心地よいのだろうか。私はその温もりに身を委ね、その日は眠り着くのだった。