苦慮の道

  「わかった、降参する。これ以上部下を死なせたくはないし、投降するから寛大な処置をして欲しい」

  そう口にして一人の獣人が剣を下ろし、地面へと放り捨てる。地表の石ころにでもあたったのか甲高い金属の音が鳴り響き、先程まで剣戟の激しくぶつかり合う音が響いていたその場所でどこか虚しく響いた。周囲にはその獣人以外に立つものはなく、倒れ伏すか、得物を支えに荒い息を零す者、そして既に息は無く、天の橋を渡ったものしかいなかった。モノを言わぬ骸にどこか責められているような気がして、部隊長としてはまだ年若い少女くらいの年齢の獣人が顔を伏せ、その場に両ひざを下ろし、両手は頭の後ろへと置いた。

  「頼む、部下の命だけは。私をどうにでもしていいからっ」

  その姿は戦場においては美徳に聞こえるだろう。僅か30にも満たない小部隊で人間族の1000人近い部隊のほぼ真ん中で大立ち回りをやってのけた。だが、牙は足らず、爪は折れ、矢玉尽きてはどうしようもない。何よりも数の差は圧倒的であり、いかに体力や持久力で勝る獣人と言えど、囲まれて袋叩きに会えばどうにもならないのだ。

  降伏は獣人にとって恥ではない。また再起を誓えるし、命ある限り戦うことが宿命とされている。だからこそ、彼女は掟と身上と獣人の誇りにかけて幸福を選んだ。

  だが、奇襲され、全体の1割が死傷し、2割が重傷を負った襲われた側はそう簡単に割り切れるものではなく、そして運が悪い事にこの部隊を率いていたのは貴族だった。人間社会における特権階級の塊である彼らにとって卑しい獣如きに奇襲され、あまつさえ3割の死傷者を出したことに加え、何よりもそれを為したのが獣人としては若い少女であるという事が貴族から部隊を任されていた指揮官には腹が煮えくり返る思いだった。

  卑しく薄汚い獣風情なんぞ1000人もいれば一捻りにできると豪語して、領都を出た討伐軍。領内に勝手に作られた他種族である獣人族の隠れ里を焼き討ちするために出陣し、見事囮に釣られてまんまと主力を失った隠れ里の殲滅など容易い事だった。男共は老若男女問わず葬り、女子供は……。

  そして囮に気付いて慌てて戻ってきた獣人共の前で殲滅の結果を披露し、激高して頭に血が上った彼奴らを罠に嵌め、隠れ里は無事壊滅したはずだった。

  そうして意気揚々と凱旋し、これから帰途に就く前の祝勝会としたところでの強襲。東国では「勝って兜の緒を締めよ」という格言があることを部隊の指揮官は頭の片隅に置きながらも完全に油断していた。

  だからこその少女の降伏は形の上では受け入れられた。

  だが、少女は理解していなかった自分たちの事を薄汚く卑しい獣風情と宣う彼らこそ、けだものであることを。

  それを身をもって知ることになる事を武器を手放した獣人の少女は理解できていなかった。

  [newpage]

  獣人の隠れ里を殲滅した領軍はその膨大な人数とそれに付随する補給部隊、人足、そのほか実働部隊を除く様々な理由によってその進軍速度は行きよりも帰りの方が遅かった。なぜなら勝利の美酒に泥を混ぜるように深夜に受けた残党による強襲が疲労と損耗を与え、足取りを重くしていた。だが、そんな彼らも新しい憂さ晴らしを見つけたことで指揮官の懸念はともかく、進軍速度は僅かに上がっていた。

  「おらぁ! さっさと歩けこのメス犬がぁ!」

  「んぐーっ?!」

  指揮官の馬に近い部隊後方の一角。屈強な兵士に囲まれてその獣人の少女はいた。

  昨夜、部隊を襲撃し、たった30人で1000人を相手に大立ち回りをした獣人部隊の隊長であった若い獣人の少女は今、あられもない姿で連行されていた。

  少女と言えど獣人。その膂力は人間族の大人に勝るとも劣らないためにその拘束は厳重であり、おおよそ少女のような年齢に対するものとは到底思えなかった。そして歩いているのは少女ただ一人である。

  その身体を戒めるのは幾重もの鎖と鉄の枷。部隊に従軍する鍛冶師が徹夜で仕上げた枷は即席にしては頑丈で、獣人の膂力であっても千切れる恐れはなかった。そもそも鉄の鎖を引き千切れるのは成人した獣人くらいであるが、獣人にあまり詳しくない人間たちにとっては人と同じ見た目をしていながら頭には獣の耳、腰の先からは獣の尻尾を生やしたその存在はどこか不気味で理解の範疇を越えていた。そんなお互いが無知であるから生まれた些細なすれ違いは領民が獣人に襲われけがをしたという事件から発展し領軍の派遣と相なってしまった。

  その年若い少女のような獣人は枷と鎖で拘束されており、その身には枷以外の何一つを纏っていなかった。すなわち裸であり、投降した時にその身を飾っていたマントや鎧、武器から下着に至るまで全てを没収され、獣人の祖先たる獣のような格好を余儀なくされていた。

  そして口にはその辺の枝に紐を結んだだけの簡素な轡が噛まされて、鞭打たれ、心無い言葉を投げかけられるたびに呻き、悶えていた。人間族の女よりも引き締まった肢体と少女程の年齢故か小振りな胸が鞭をその肌へと打擲される度に震える。

  敢えて鞭は弱いものを使っていた。それは少女に配慮するわけではなく、この遅々としてゆっくりとしか進まない進軍速度に合わせつつも少女の悲鳴を聞かせる事での統制、見せしめがあった。

  領軍といっても中核は領都の騎士団から派遣されているが、衛兵や農民も多い。そんな寄せ集めの討伐軍は規範もどこか緩くなってしまう。だから最後まで領軍としての規範を維持し、秩序を維持し、そして自分たちよりもはるかに低い存在が居ることを知ることで人間の心理にどこか余裕を持たせるのだ。

  だから早々に潰れられても困るし、何よりも少女を囲むのは昨夜の奇襲で生き残り少女を捕縛した部隊である。それくらいの役得が無ければ割に合わないだろう。

  「しかし、残念だよなぁ。こいつは犯しちゃいけないって言うし、他の生き残りも全員殺しちまうしよぉ」

  「ぼやくなぼやくな。仕方ないだろう? 獣人の捕虜は基本的に取らないって沙汰なんだからよ。それとも指揮官に言えるか? 俺は無理だな」

  兵士たちの話が聞こえ、少女の目尻に涙が浮かぶ。それは悔恨の念。助命を嘆願し、降伏したにもかかわらず、捕縛され、縄打たれた少女の前で生き残り、息も絶え絶えの半死半生の部下たちは次々と月下の元で白刃によりその命を屠られていった。轡を噛まされたために慟哭すら上げることを許されず、誇り高き狼の末裔である少女とその部下は少女一人を残して全滅した。

  「なんだぁ? 流石にけだものも鞭は痛い痛いってかぁ?」

  「ぐっ!」

  少女の目尻に浮かんだ涙を鞭によるものと勘違いした兵士が下卑た笑みで少女の顔を覗き見るが、もし、轡を嵌められていなければ唾でも吐きかけただろう剣幕で睨み、男はしりもちをついた。それを周囲の兵士に笑われ、顔を真っ赤にすると鞭担当の男から無理矢理鞭をひったくると少女の丸みを帯びた臀部へと向け、鞭を打ち据えた。

  「んぎぅぅぅぅーっ?!」

  「たかが犬っころがいっちょ前に人間様へガン垂れやがって!!」

  男は息を切らしながら鞭を振るう。周囲の兵士が止めに入るがそれすら振り払い少女の丸みを帯びていた臀部が真っ赤に腫れあがるまでそれは続いた。

  部隊が小休止となり、街道の傍で簡易的な布陣を取り、多くの兵士が一部の見張りを除いて息をつき、水を飲み、干した果実を齧る中でも少女に休憩は与えられても休息は許されない。

  指揮官の天幕の傍にある太い幹から鎖を垂らされ、両手で吊られる。腕や肩を自らの体重で引っ張られる痛みに少女は呻いた。痛みよりも昨夜からずっと歩き通しで睡眠の一切を与えられていない事も作用してうつらうつらと重い頭は船を漕ぐも、すぐに覚醒させられる。

  「おらぁ!!」

  「んぐぅっ! ひぐぅっ!!」

  ここでも少女は鞭打たれた。先程兵士に痛めつけられた臀部も含めて全身に鞭が振るわれる。少女への恨みはすさまじく、一人10発までという制限があるのに長蛇の列が出来ており、そんな兵士たちの憂さ晴らしを横目にしながら指揮官は自らが仕える貴族の当主へどのようにすればよいかと言う指示を仰ぐため、報告書を作成していた。

  視界の端で少女のくぐもった悲鳴やうめき声、兵士たちの憂さを晴らす声が聞こえ、時折肌を打つ音が賑やかな声の合間に指揮官の耳朶を打った。

  「よろしいのですか?」

  「副官。兵士たちにも休息とそして多少の娯楽は必要だ。東国にはこんな言葉もある”飛んで火にいる夏の虫”とな。あの少女は戦利品だと思えばいい」

  眉を顰めた副官に指揮官は肩をすくめつつ、報告書に封蝋をしっかりと押して副官へと私、副官は馬に乗った伝令にそれを託す。領都まではまだいくつかの村を越えてやっと領都へと辿り着く。それまでに指揮官がやらないといけない事はこの1000人もの部隊をまとめ、無事故郷へと帰す事。それには秩序が尊ばれ、それの維持のためには他種族の少女ですら利用するつもりだった。

  「見ていてつらいか? 副官」

  「正直に申しますとアレくらいの娘を持つ身としては些か。ですがわが軍に被害を与えた以上は仕方ありません。また人間族ならまだしも、他種族である以上人と同じ扱いはできかねます」

  副官は人道的だった。それでも職業軍人である彼やそんな副官がずっと支えている指揮官にとって戦争や戦火による犠牲はやむなしという考えがあった。力無きものが奪われるのはこの戦乱の世に置いては必定であり、奪われたくなければ力をつけねばならない。なにより、この国、自らの主君である貴族が属する国家において他種族は忌むべき物という認識が強い。要は人語を解するけだものなのだ。だから大手を振って非道な事が出来るし、他種族の奴隷を町で見かけることもある。

  戦利品は別にあるが、今回の獣人族の隠れ里を襲撃してある程度の得るものは得ているため、それ以上は望まないものの、指揮官は自らの主君である好色な貴族の顔を思い出しつつ、手紙が無事領都へと届くように願って視線を天幕の傍にある木へと向けた。

  「俺は元々奴隷商の四男だ! だから打つときはこうやってスナップを聞かせると……」

  「っ!! はぐぅっ?!?!?!?!」

  男の言葉と共に振り下ろされた比較的軽い鞭が風切り音を奏でながら木から吊られた獣人の少女の背中へと振り下ろされる。それまで幾人もの兵士が少女を鞭打っていたが今の打擲はそれとは一線を画すものであり、少女は息すらも忘れて悶絶し、目を見開いて震える。

  「う、うぐぐっ……ううぅっ」

  「へへへ。……ほぅら、漏らしただろう? 賭けは俺の勝ちだな」

  少女の秘裂から黄金色の飛沫が迸り、地面に足元に水たまりを作っていく。それまでの鞭ならば耐えられたそれでも家が奴隷商だという男の鞭には耐えられなかったらしい。失禁に少し心が折られているようで今朝までの目に映る全ての人間族を殺してやるという覇気は無くなっていた。今は調教の果てにようやく従順とは何かを覚えさせられた躾を始めたばかりの犬のようで、誇り高き狼の末裔を感じさせる姿はどこにもなかった。

  「さて、残り9発もあるな……意識を保たないとすぐに落ちるぞ? そぉら!」

  「ひぐぅぅぅーっ?!」

  男の鞭は容易に少女の肌を打ち据える。痛みに悶え、吊られた身体を揺らすも両手を戒める枷は外れず、両足も繋ぐための枷で自由を害されており、何よりも地面から離れてしまっている。そして周囲には少女を助けてくれる同胞は一人もいない。たとえ周囲に援軍が居たとしても天幕は部隊の中央にあり、周囲は完全武装の人間族が防備を固めている。それが少女へと絶望を与えていた。

  結局少女は男の鞭に3発と耐えられなかった。

  [newpage]

  「いやだ、やめろ、やめてくれ……お願いします、やめてくださいっ!!!」

  少女は怯え、目を見開き、何とか拘束から逃れようと必死になっていた。少女の前には指揮官や副官が居り、周囲は兵士が固めている。そして少女の前には昼間に少女が悲鳴を搾り取った奴隷商の息子が居り、下卑た笑みで鞭を扱きつつ、少女を睥睨している。

  領都の貴族の命令で少女の命は安堵された。だが、それは人として、獣人としての誇りとして許されるわけではなくより悍ましい人でも獣人でもないそれ以下への扱いとして許されたものであり、当然ながら少女はその決定を拒もうとした。だが、領都に着くまで少女の担当となった奴隷商の息子だという男が告げた言葉で少女はこれから我が身に起こる事を理解してしまう。

  「お前の命は貴族様が安堵してくださるそうだ。良かったな。因みにペット枠だそうだからここよりも扱いは上等だろうよ。よかったなぁ? メス犬っころ」

  「わ、私は誇り高き狼族の……ひぐぅっ?! や、やめっ あぎぃぃぃっ!!!」

  組み伏せられ、無理やり頭を下げさせる格好で枷の鎖を調整し、その場にひれ伏せることを強制される。そして口を開いて抵抗すれば、男はその場から大して動かず、されど的確に少女の背中を鞭で打ち据えた。なにより打ち据えた場所は昼間に小休止で打たれた場所をなぞるように打擲されて、悲鳴が己があげているとは思えないような無様で尊厳の欠片も無いような絶叫が迸る。

  「さて、犬っころには貴族様からありがたーい証をその身に刻むことになった。喜べ、こんな栄誉はまたとないぞ?」

  「証を、刻む?」

  少女は鞭打たれるのも承知で問いを返すが男は低く笑いながらその先を言わない。その不気味さに少女はどこか動物としての本能に従った危機を察知するも、その身を戒める枷が軋んだだけで逃げることも叶わない。四肢すら封じられた少女には何をされるのかを見ている事しかできない。

  そうしているとこの場所へやって来る一団が見えた。どうやら鍛冶師のようであり、その弟子たちが移動式の炉を押している。少女の周囲の温度が真夏のように上がるが、何をされるのかそしてこれからされることを見たくないにもかかわらず、認識しないといけない気が少女にして来る。若くても部隊を任されていただけあってそういった状況判断には聡い。だがその聡明さであってもこれから行われる愚行を察することはできなかった。

  炉の温度が増え、そこに何か平らな金属を棒に付けた物が差し込まれる。

  何をされるのかわからないが猛烈に嫌な予感が少女を突き動かし、この場から逃れたいとその身を捩るも、その度に尻を鞭打たれ、背中を打たれる。

  「準備できました」

  鍛冶師の男が淡と告げ、奴隷商の息子は下卑た笑みを少しだけ引っ込めて鍛冶師から渡された耐火手袋を両手に嵌めて恭しく炉に頭を下げる。そうして挿し込まれていた棒を引き出すとその先端は真っ白にさえ見える程熱されていた。周囲の空気すら熱され焦がされているようで誰かの喉奥で鳴らされる生唾の音がやけに大きく響く。

  その先端は何かの紋章のようであった。

  「これは貴族様の紋章だ。ここの部隊にも紋章が描かれているだろう? それが刻まれている……そろそろわかるだろう?これをお前の、犬っころに押し付けてその身に一生消えない貴族様の所有物の証を刻んでやるんだよ」

  「っ?!」

  遠くても分かるほどにその熱された金属の棒の先端がどれだけ熱いかは想像だに難くない。だからこそ、それを押し宛てて刻むと言われ、少女は拘束を引き千切らんばかりに暴れるが、地面深くまで刺された杭とその身を過剰なまでに戒める鎖と枷が少女の渾身の力でもびくともせず、さらに引き絞られ、地面に大の字に仰向けにされる。

  「指揮官閣下、指示は下腹部と尻ですね?」

  「そうだ。そう指示されている」

  貴族当主からの手紙を掲げた指揮官に棒を、焼き鏝を手にした男は頷く。

  地面の上で磔のようになっている少女は歯をがちがちと鳴らし、その身から生える獣耳をペタンとさせ、尻尾も縮こまっている。だが、せまる恐怖をじっくり味合わせるように男はゆっくりと手にした焼き鏝を近づけていく。

  押され、皮膚が灼ける音と共に、哀れな獣人少女の絶叫が部隊の野営地へと響き渡り、それは続けてもう一度上がった。

  [newpage]

  普段は人が少ない村の中央を軍隊が行進する。と言っても行きのような物々しさは少なく、どこか安堵もしていて領軍に加わっている恋人や家族を見つけては多くの人が手を振っている。領都で解散し、給金を経て解散となるため、出会うのは早くとも1週間先になるが、無事を喜び合う声が行進に花を咲かせる。

  だが、その完成もそれが列と列の間から押し出されるように村人の前に出た時、歓声は確かに一度止まった。

  それは獣人の少女だった。ボロボロに全身に鞭の傷や擦り傷を負いながらどこか虚ろな表情で枷に繋がれ、鎖で曳かれ、さらに逃亡防止の鉄球取り付けて引き摺る姿は涙を誘う……だが、それは同じ獣人族であればの話でその少女の下腹部と臀部に刻まれたこの地を治める貴族の紋章を村人は目の当たりにすると先程よりも大きく歓声を上げると共に、その年若い獣人の少女……それはもはや憐れな虜囚にして己が判断を後悔し苦慮する若き元部隊長に対する侮蔑や罵倒が浴びせられた。

  大半は意味もなさないような言葉だがそれでもその身に刻まれた人ではなく物としての扱いをされることを意味する焼印の未だやまぬ灼熱の感覚は消えずに残りそれ以上にその身に一生消えない証を刻まれたことが少女に何よりもダメージを与えていた。

  「いっ!!」

  そんな枷に覆われ鎖で曳かれる少女のこめかみに軽い痛みが走る。そばを見るとまだ硬くて青い林檎があって、あたりを見渡すと涙目の子どもが周囲に止められるようにして何かを叫んでいた。獣人へ恨みがあるのは明白であり、少女はひたすらごめんなさいを口の中で連呼した。その嘆きや謝罪は部下だった者、守れなかった者、そして獣人へ恨みを向ける者それらすべてに対して行われる。許してくれるものは誰も居らず、そして少女は詫び続ける。敗者として残された唯一の物として少女は領都へと凱旋の更新の中で戦利品のように扱われ、連行されていった。

  どの村も少し大きな町も少女へと唾棄し、汚らわしいもの見るような眼を向け、そして下腹部と臀部に刻まれたこの地を治める領主の証に熱狂した。この地を脅かしていた獣人と言う得体のしれない存在に怯える日々が消え、誰もが安堵し、そして中には初めて獣人を見た物もいた。だが、この地を治める貴族当主によって喧伝された悪評により少女に同情する物は皆無だった。味方が誰もいない中で少しずつ領都へと近づく傍ら、少女は着実に調教されていた。未だに処女は安堵されていたがそれは貴族当主の為であり、貴族の所有物に手を付ける愚か者はいなかったのだ。

  それが少女にとって良かったのか悪かったのかはわからない。

  領都の高い壁が見えた時、多くの者は歓声を上げ、そして領都の城門前に立つ一人の男に気付いて多くの者が声を上げ、どよめいた。指揮官が馬を降り、自らの主君の前で膝をつくと多くの者がそれに倣う。当然少女も臣下ではないがその身体を伏せさせられた。

  「よくぞ悪逆非道な獣人どもを殲滅し、この地に戻った。犠牲は残念に思うが、多くの者が生き残り、帰って来れた事を領主として褒めてつかわす」

  「ありがたきお言葉……」

  領主が指揮官をねぎらい勲功の厚かったものへと後日表彰すると伝え、あらかじめ決められていた通りに解散していく。そんな領主の足が向かうのは当然、少女の元。

  「この獣人か?」

  盗み見るように頭上から降って来る言葉に少女は己の身体に刻まれた印の主を初めて目にした。典型的な人間族の貴族である。だが、変に見下したりという様子は少なくとも同じ人間族に対しては向けていなかった。だが、少女をその瞳に映した時の冷ややかな色に少女はその身を震わせる。人と同じように獣人も呼吸しものを食べ人語を解する。それにも関わらず、その目は少女を人としては見ていなかったそれどころかもしここで服従を誓わなければ何をされるかわからない恐怖もある。だが、口に轡を噛まされている以上、どうにもならない。

  弁明も抗命も、それどころか罵倒の一つ、鳴き声の一鳴きすら自由が無い。

  「その者がかの奴隷商の息子か?」

  「はっ! わが父の商会を日頃より庇護頂き……」

  長い話に少女は積み重なった疲労で意識を落としそうになるが、もしここで寝ればきっと次に目を覚ました時何をされているか、それどころか次に目を覚ます為の命すらあるかどうかわからなかった。故に気合を、残された最後の気力を振り絞った。

  「ではこの獣人を貰って行こう。そちの働きには後ほど褒美を与える……来い、獣人。這いつくばって、犬のようにな」

  「ははははっ!」

  少女は悔しく思ったが涙は出なかった。涙はここに来るまでに枯れ果てていた。残っているのはかつて獣人として部隊を率い、山を草原を駆け抜けていた己の過去。そして今は空っぽになり、人ではなくなった物。

  貴族の邸宅を見ても何も思わず、獣人と聞いて露骨に嫌悪を浮かべる使用人の視線すら何も思わずにいると少女は気づけば邸宅の地下室へと連れて来られていた。目を凝らせば多種多様な拷問器具が怪しく光っている。獣人としての鼻の利きからそれらはただのオブジェではなく今もって現役なのだと理解する。己の運命に呪いつつも貴族は使用人から渡された金属の首輪を少女の首へと取り付ける。錠前を下ろされて決して少女には二度と外せない枷がまた一つ加わる。

  それでも僅かに表情を変えるだけの少女に貴族は告げた。

  「おい、獣人。お前が儂のペットになるというのなら命を助けてやる。だが、その命すらいらないというのなら……ここにある道具でお前を生かし続け玩具にする……選べ、自分の意志でな。もし、働きよう次第では物から奴隷くらいには扱いを変えてやる」

  「…………」

  少女は虚ろな瞳を貴族へと向け、そして己の腹に刻まれた証が目に入る。戻れる故郷などとうになく、時分に残されたのは謝罪と許しを乞う苦慮の道だけ。気づけばまるで犬のように腹を見せ、四肢を曲げ、決して祖先は狼だったとは思えないような媚を売って貴族の足元で服従していた。

  「服従を選ぶか。いいだろう、私は約束を守る人間だ。お前が私に従順でいる限りは少なくとも奴隷くらいには扱ってやろう」

  貴族が少女の顔の傍に高級そうな靴を差し出すと獣人の少女はさも当然のようにその靴へとキスをするのだった――。