構ってほしい

  「ヴゥー……」

  ふと、スマホをいじっていると聞こえた唸り声に顔を上げれば、青い狼がこちらを睨みつけるようにジーッと見つめていた。尻尾をタシタシと床に叩きつけては「アヴゥー」と唸って、みこに何かを訴えかけている。

  また始まった、こういう時はいつも決まってるーーーー彼女が何を望んでいるのか。

  「んー?なーに?」

  「……」(プイッ)

  はい、これもいつものこと。

  スマホをいじりながら声をかけても、みこがここから動かないと分かればすぐにそっぽを向く。しかしあのまま無視すればさらに睨んでくるのだ。

  最初は何がしたいんだ?と思っていたが、最近になって分かった……これがすいちゃんにとって “かまって” の合図だと。

  『は?違うけど』

  以前、本人にその事を言ったら即答でそう拒否られたことがある。でもどうせ照れ隠しだし、きっと本人も無意識のうちにやってるんだろう。

  それ以降、みこはすいちゃんの反応を見るのが好きでいつも少しだけ焦らすようにしている。

  みこが視線をスマホに戻して数秒するとーーー

  「…ァヴー」

  ほらまた言ってる。

  そのくせ自分からは絶対にこっちに来ないものだから全く素直じゃない。まぁ、可愛いから良いんだけど。

  (仕方ないなぁ…)

  「…!……グルル」

  スマホの画面を消してソファから立ち上がると、顔はスンとしているくせに分かりやすく耳を立てて尻尾を振りながら喜ぶすいちゃんに思わず口角が上がる。

  すいちゃんの前でしゃがみ、顔の下のモッフモフな毛に両手を突っ込んでわしゃわしゃとモフる。これをしてると嫌な事も忘れられる、最近のみこのお気に入り。

  「……」(フリフリ)

  尻尾が揺れているのもきっと無意識なんだろうな、嬉しさを隠しきれていないのが本当に愛くるしい。

  「すいちゃん、かわいいにぇ」

  そう言いながら右手を頭の上まで持っていくと彼女は目を瞑って耳を後ろに倒したから、きっと撫でてもらえると思っているのだろう。

  「……?」

  しかしいくら経っても撫でてもらえないものだから、彼女が不思議そうに目を開けてこちらを見てきた。

  「なに、撫でて欲しいの〜?」

  「……ヴゥ💢」

  ちょっ…今一瞬眉間に皺寄せたよね!?

  「フンッ…」

  機嫌を損ねてしまったのか、鼻を鳴らしながらまたそっぽを向かれた。でもこれは撫でられるのを期待してたのが恥ずかしかっただけで、実際はあまり怒っていない。

  ーーーだってそこから動こうとしないんだもん。

  「撫でてあげようと思ったのになぁ……」

  「ピクッ…」

  ボソッとそんな事を言ってやれば耳が動き、横目にこちらをジーッと見つめてくる。

  「ヴゥー…」

  「ん〜?なにさー?」

  「……グルル」

  またもやこちらを見ながら尻尾をペシペシと床に叩いて「早くしろ」とせがんでくる。

  「はいはい…しょうがないなぁ〜」

  「……ァゥ〜♪」

  今度こそ頭を撫でてあげると、分かりやすくご機嫌な声を上げるすいちゃんがすごく可愛い。綺麗な水色の毛並みはだいぶ整っており普段からの手入れが伺える。すいちゃん、意識は高いもんね。

  「あ、そういえば」

  「……?」

  「そろそろ買い物に行こうと思ってるんだけど…すいちゃんも行く?」

  「…」

  そう聞けば、すいちゃんは少し悩んだ末にフルフルと首を横に振った。

  (…しょうがない、1人で行くかぁ)

  ちょっと寂しいな、なんて思いつつ立ち上がろうとするーーーが、

  「…すいちゃん?」

  みこの膝に前足を置いて乗り上げてくるすいちゃんによって止められた。

  「こら、立てないでしょ?」

  「……」

  「すいちゃーーーわっ!?」

  瞬間、すいちゃんが飛びついて来て支えきれずに後ろに倒れ込む。

  「いってぇ……急になにーーーえ?」

  文句の一つでも言ってやろうと目を向けるが、

  すいちゃんを見て言葉が詰まる。

  ぽすっと、みこの胸に顎を乗せて目を瞑っていたのだ。

  「す、すいちゃん?」

  「……」

  声をかけても目は瞑ったまま。

  みこの上に伏せをした状態で完全に寝ようとしている。今までこんな風にされた事なんてなかったから、どうしたらいいのかなんて分からない。

  恐る恐る頭を撫でてみると、足にふさ、ふさ、と尻尾が当たる感覚がするから機嫌は良さそうだけど。

  「すいちゃん…買い物……」

  「……」(フリフリ)

  「………はぁ、しょうがないなぁ…」

  「絶対に動かない」という強い意思が感じられるすいちゃんを無理矢理退かせる気にもならなくて、しばらくそのままでいる事にした。

  それにしてもこんな間近で狼すいちゃんの寝顔なんて見た事がない。いつも寝ているところをこっそり撮ってやろうとしても、すぐに気付かれて睨まれてしまうから。

  「…ふふっ、かわいい」

  そんなことを思いながら頭を撫で続けて数分、いつの間にかすいちゃんの尻尾がぴたっと止まっている事に気がついた。

  「…?すいちゃん?」

  「…スゥー、スゥー」

  (ほんとに寝ちゃった……)

  まさかここで寝るなんて…これじゃあしばらく動けないなぁ、なんて思いつつもどこか嬉しい自分がいる。

  (行かないで欲しかったんだろうなぁ…)

  そう、きっとみこが買い物に行くのが嫌だったんだ。だからこんなことをしてまで止めようとして。

  ーーーそばにいて欲しかったんだね、ずっと構って欲しそうにしてたもんね。

  「……ほんっと、かわいいにぇ」

  むにゅと両手で寝ている彼女の顔を挟む。

  いつもだったらこんな事出来ないし、させてくれないのに。起きないでいてくれるのはまだ側にいて欲しいから?

  「ふぁ…、んぅ…」

  あまりに心地良さそうに眠るすいちゃんを見てこっちまで眠くなってきた。

  (まだ時間はあるし……少しだけ寝ちゃお)

  そう思って目を瞑るとすいちゃんの重みが思った以上に心地よくて、あっという間に意識を手放した。

  [newpage]

  「みこち、いつまで寝てんの?」

  「んぁ…?」

  ペシペシと頬を優しく叩いて、床で大の字になって寝ている彼女を起こす。

  「んんぅ〜…すいちゃん…?」

  眠たそうに目を擦りながら上体を起こして私の名前を呼ぶ彼女は寝惚けているのかこちらをジーッと見つめてくる。

  「なに?」

  「…へへっ///」

  「……なに笑ってんの」

  「さっきのすいちゃん、可愛かったにぇ」

  「ピクッ…」

  そう言う彼女の顔は、心底嬉しそうに笑っていた。

  「……はぁ?何の事?寝惚けてないで買い物、行くんでしょ?」

  「え…一緒に行ってくれるの!?」

  「早くしないと置いてくよ」

  「ちょっ…まってよぉ!顔だけ洗わせて!」

  ドタバタと洗面所に行く彼女の背中を見ながら、忙しないなぁなんて思いつつ先ほどのことを思い出す。

  「……………はぁ……はず…///」