昼休み

  5月某日。

  桜の花びらも散り散りに、開ききった窓からは、夏への模様替えの準備を始める青々と穏やかな春風の匂いが教室の中を満たし、頭が少しくらくらとしてしまう。丁度窓際だということもあって優しい日の光が尚更俺の意識を奪い去ろうとして行く。

  そんな余韻に浸っているのも束の間、4時間に渡る退屈な授業が終わる予鈴が春風と交わり校内に轟く。草臥れた椅子が既に痛みきっている床に擦れガラガラという音が教室中一斉に鳴り響き一気に先ほどまでの穏やかな空気が打ち消されてしまう。

  生徒達は「起立、礼」といったテンプレを済ませた後、ある者は財布片手に誰かと教室から出て行き、ある者は手さげ片手に友人の元に行きおしゃべりに夢中になり、教室はあっという間に静寂が喧騒へと塗り替えられていく。

  そうだ、今から昼休みだ。

  俺は少し目覚めた眼で窓際の後方から2番目の席からそんな生徒たちの行動を何も考えずボケっと眺めていた。

  「シーオーンっ。ご飯食お?」

  呆けていると、ふと右肩をポフッと後ろから叩かれ振り返るとアイツがいる。あぁ、ヤツは後ろの席にいるのだ。以前席替えをした時丁度ヤツが後ろに来てしまったのが何ともいやらしい。サラサラとした真っ白毛のコイツは、制服のシャツを腕まくりした状態で頬杖をつきながら、いつものヘラヘラとした態度で紅赤の瞳を俺に向けてニッと笑いかけてくる。

  「いや、俺別に昼食べねぇし」

  「はぁ〜、また買ってきてないんだね?」

  「別に、腹は減らねぇから」

  「へー?いつも午後お腹の虫がぐうぐう叫んでるの丸聞こえなのに?」

  「ぅ……黙っとけ。寝る」

  相変わらずの駄弁を一言で遮り、俺は机上に両腕を置いてそこに顔を埋め込んで目を瞑る。

  昼はとても眠い。きっと日頃の疲れもあって睡魔が体中を蝕んでいるのだろう。正直昼食を摂って午後眠くなるくらいなら仮眠を摂って居眠りをせず乗り越える方が俺にはよっぽどいい。腹の音が鳴ろうと関係の無い話だ。……え、てかいつもそんなに腹の音なってたのか俺?

  温かい空気が体を包み、喧騒の中に居るにも関わらずまただんだんと意識が遠のいていく。

  「またいつもみたいに寝るの?も〜つまんないなぁ」

  姿は見えないが明らかに呆れを含んだヤツの声が朦朧とした頭の中で静かに反響する。

  「ぁ〜、じゃあ……ぃ……なぁ?」

  相当眠かったのだろうか。もう瞼が重い。ノゾミが何か言っているが何を言っているか分からない。

  あぁ、また放課後にでもまた面倒な話は聞いてやるから今は寝かせてくれ。おやすみ。

  伝わるはずなんかないが、そんな言葉をアイツに心の中で伝えた直後だった。後ろから何かが被さってくる感覚に朦朧とした意識が少しずつ呼び戻されてしまう。

  「ッオイ!!?何すんだよ!??」

  明らかに"物"じゃない何かが被さってきた感覚を流石に察した俺は飛び起き、現に犯行中の犯人に向かって怒号を飛ばす。

  「ふわぁっ……モフモフしててあったか……シオンあったかいねー。お日様の光いっぱい浴びてたからかな?」

  いつの間にか席を立って真後ろから俺に被さっていたヤツはそんな俺の怒号も聞こえなかったかのように顔を俺の首元に埋め、今度は腕を俺の腹まで伸ばして抱きついてくる。

  「アァ、オイ!!なんでこんなことしてんだよ!!?」

  「いやーシオンが昼休みいつも寝てるからたまには僕もその気持ちを知るためにやってみよーかなーとか思った結果だよ」

  「いや自分の席でいいだろうがよ!?」

  「一緒にご飯食べてくれない報復です。お前のモフ毛で眠らせろおおおお!!」

  「ぐっ……ヤッメッロッ……!!!」

  ギュッとしがみつくノゾミが鬱陶しくて本能的に引き剥がそうと試みるが、引き剥がそうにもコイツ意外と力が強く、おまけに剥がそうとすればするほど締め付けが苦しくてつい手が緩んでしまう。見かけは華奢なのにこういう奴ほどマジで侮ってはいけないのであろう。めっちゃ苦しいマジでやめてくれっ……!?

  「っハァ……ハァ……ア"ァ"ーーークソ……。もう好きにしろ、せめて寝る邪魔だけすんな。わかったか?」

  根負けして遂にこちらから白旗を上げてしまう。これ以上闘争すれば体力が持たない。

  投げやるようにそれだけ言い残して俺はまた机に突っ伏した。

  「ホント?よっし!じゃあ今日も僕は思いっ切り寝てみよーう!じゃあシオン、ちょっと後ろごめんね」

  未だ抱きついたままのノゾミの手が一瞬解けたかと思うと俺の座っている椅子の後方がヤツの体へと置き換わる。ヤツの体温が俺の首から腰に掛けて一気に伝わるが何故だろう、なんだか悪い気はしない。

  今、この小さい椅子一つに二人で座っているのだ。別に体格差がある訳じゃないが学校の椅子だ。すごく狭い。

  「……オイ」

  「ずっと立っとくのもキツイからこれくらい許してね」

  それだけ言い残し、ヤツはまた顔を俺の首元に埋め、腹に手を回して抱きついた形で静かに呼吸を吐いていく。

  互いの温もりきった毛が絡み込んでなんだか身体がどんどんと熱くなっていく。お互い余程日の光を吸い込んだのであろう。

  「しおんもふもふ……きもちいー……へへぇ……」

  その言葉を最後にノゾミはあっという間に寝息を立てて眠ってしまった。子どもらしく優しい呼吸を繰り返すヤツの寝息に釣られて俺もまた微睡みの中へと溶けていく。

  喧騒がまるで無かったかのように、二人の空間には休み時間の終わりまでずっと優しい春の風が吹いていたのであった。

  その後、無事授業を乗り越えることには成功したものの二人仲良く授業中お腹が鳴ったというのは言うまでもない話だ。

  ノゾミが昼食わなかった飯はヤツの夜食のことも考えて放課後近くの公園で仕方なく二人で食べたのであった。……ちょっと食っただけだったけどノゾミん家の弁当美味かったな。