【単発小説】雨の中を駆ける足音は、だんだんと小さくなって
「……ホウコウ」
狼獣人アイス・フォルテッシモが通信端末の画面に映りこむ鷲鳥人の写真を見ながら呟いたのは、かつての恋人の名前だった。
それは、自分がリバースドを狩る特殊部隊、カリュードに入るきっかけとなった人物、かつて蛇人のリバースドに喰われそうになった自分を助けてくれた人物、ホウコウ・リフレインであった。
「……お前の仇は俺が必ず取るからな!」
一方その頃、狼獣人アイス・フォルテッシモの恋人、ホウコウ・リフレインの命を奪った張本人、狐獣人ロンド・ブレイクィットもまた写真を眺めていた。
ナイフの突き刺さった狼獣人アイス・フォルテッシモの写真を。
「アイス・フォルテッシモ……、あの時の屈辱は決して忘れません……
「お前が私をリバースドに変えたように、私もかならずお前をリバースドに変えてご覧に入れましょう」
ロンド・ブレイクィットがリバースドになったのは、アイス・フォルテッシモに原因があった。
すべてのリバースドはもともとリバーシブルであり、リバーシブルは飢えた状態に長時間置かれると、DNAのメチル化が進行し、リバースドになる。
かつてなかなか獲物が捕まえられなかったロンドがようやく捕まえた獲物をアイスが横取りし、ロンドは結局そのままリバースドになってしまったのだ。
リバースドになれば、光合成ができるようになるが、神経伝達に必要な一部の栄養素が生成できなくなり、リバーシブルを食べなければならなくなる。
また、リバーシブルはリバースドが光合成によって作る栄養素を欲してリバースドを食べるため、リバーシブルと敵対することになる。
このリバーシブルの国において、リバースドは息を潜めて暮らさなければならない。
ロンドはアイスに人生を180度変えられてしまったのである。
そして、アイスに人生を変えられてしまった人物はほかにもいた。
「ショウハ、もしやおぬし好きな人でもできたのか?」
「えっ!? 急にどうしたの?」
「いや、なんとなくな」
「いやだなー、全然そんな感じじゃないよー」
(ニーディット……ごめんね
(ぼく……どうしてもアイスのことが……)
虎獣人ショウハ・ラピッドリィ、彼は幼い頃両親をアイスに喰われ、死にそうなところを蛇人ニーディット・ファングに拾われ、育てられた。
ニーディットはロンドを弟子に迎え、全面的にロンドを手伝っており、ショウハ自身もニーディットに頼まれ、アイスの側へスパイとして派遣された。
しかし、側にいるうちにショウハはアイスのことが好きになってしまったのである。
ショウハはニーディットを慕っているが、アイスへの恋は即ちニーディットと敵対するということである。
決して言えるわけがない。
育て親のニーディットに伝えられないばかりか、アイス本人にもまだ伝えられていない。
なぜなら、アイスはまだホウコウへの未練が断ち斬れていないからである。
(言っても断られるに決まってる)
恐怖から気持ちを伝えられないでいた。
そんな中決断の時は急に訪れる。
アイスをリバースドにする計画が実行に移された。
内容はアイスにロンドを討伐に行くよう仕向け、
特定の地点まで来たところで、ニーディットが合流する。
2対2で戦っているところを
ショウハが裏切り、アイスにメチル化促進剤を投与するというものだった。
計画は順調だった。
(なぜです……?)
途中までは。
(なぜ、メチル化促進剤を打たないんですか!?)
「ショウハ!何故アイスにメチル化促進剤を打たないんですか!?」
「何!?ショウハ、どういうことだ!?
「お前、まさかこいつらの!」
「打てないよ!
「ぼく、アイスのこと好きになっちゃったから……」
「何じゃと!?そ奴はおぬしの両親を殺したんじゃぞ!」
「わかってる!でも……」
「……ならば、もうあなたは用済みです!」
ロンドはショウハに銃を発砲した。
しかし、当たったのはニーディットだった。
「ニーディット!あなたまで!?」
「おじいちゃん!!」
「何をするかロンド……、わしの大事なショウハに手を出しおって!!!」
その時、ロンドの銃がニーディットの脳を貫いた。
しかし、ニーディットに気を取られたロンドもまたアイスに心臓を貫かれた。
ニーディットの手を握るショウハ……。
しばしの静寂の中、アイスはショウハの傍らのメチル化促進剤を拾い上げ、そして……。
自らへ投与した。
アイスの方を向くショウハ。
表情は驚きへと変わる。
「アイス……何で……!?」
「すまない
「敵討ちだけが俺をつなぎとめていたものだからな……
「俺はもうホウコウの元へ行くわ
「本部には、俺のことは、こいつらにメチル化促進剤を打たれ、リバースドになったから、仕方なく殺したと伝えておいてくれ」
「できないよ!そんなの!」
「俺なんかを好きになっちゃだめだ!
「俺はお前を愛せないし、幸せにできない!」
「でも……」
「俺を殺せ……!」
「…………、
「ごめん、それでもやっぱり君だけは殺せないや……
「ごめんね……」
ショウハはその場から立ち去ってしまった。
雨の中を駆けるショウハの足音がだんだん聞こえなくなっていく。