あれから、また数日が過ぎた。
ティオの朝はいつものように、おねしょを濡らして当主の部屋を訪ねる。
おむつ一丁で、アルヴェインの前に立つと、ビリビリと紙おむつが破られる。ぷるんと可愛らしいおちんちんが、あらわになった。
「しーしー、はどうだ? 出そうな感じはあるか?」
「うー……。ちょっと、分からないかも……」
「分かった。こっちにおいで」
ベッドの上に防水帆を敷いて、その上にパイル地の拭き布を敷く。そこにティオが座った。
「精神疲弊、あるいは精神外傷の再発と見たほうが良いな」
額に手を当てて、熱を見られる。アルヴェインの手はひんやりとして気持ちが良かったが、下半身素っ裸なので、ちょっと顔が熱い。
「俺の、昔話ってこと?」
「ああ、このまえ、聞かせてもらったときか、あるいは……」
フラスコの件でもめた数日後、ティオはアルヴェインに、自分の半生を語った。
寒村で生まれ、食い扶持減らしで追い出されたこと。
長らく屋敷の下働きで過ごしたこと。
奴隷として鉱山に連れられ、寝小便を理由に解雇されたこと。
娼館で、女性客相手におねしょをして……土下座した頭を蹴られ、とんでもない言葉を吐かれたこと。
「う……うえっ……」
思い出しただけで、気分が悪くなってきた。
胃が、キリキリと痛む。
体が震え、ほんの少しだけ、お漏らしがじわりと広がって、ポタポタと落ちた。昼間は治ってたのに……
「吐き気はどれくらい強い?」
蜂蜜色の指先が、温かく背中をさすってくれた。
それから肩を抱いてくれるだけで、だいぶ気分が良くなる。
「大丈夫……ちょっと、思い出しただけ」
「精神外傷。新しい医学で心も傷を負う仮説だ。あまり思い出さないほうが良い、君の心が流れ出てしまう」
一度思い出すと、またも色々な記憶がフラッシュバックして、頭の中を走り抜ける。
「うう……うぇ……」
当主が、もう一度、肩を抱いてくれる。
柔らかな毛の色と同じくらい、優しい温度が、背中越しに伝わってくる。
「落ち着いた?」
一瞬考えて、少しだけ甘えた声を出す。
「うーん……もうちょっと欲しい」
本当のことを言うと、吐き気はさっきので収まっていた。試しに甘えてみたかっただけだ
「勿論。君が落ち着くまで、ここにいるよ」
もう一度肩を抱いてもらって、温かさに身をゆだねる。
「たっち。おしっこを拭くから」
「はあい」
ベッドから立ち上がると、いつものように柔らかい拭き布で、おへそから、鼠径部、おちんちんの皮の内側まで、綺麗に拭きとられる。
「実年齢は25~27歳あたりといったところか。思ったより年かさだったな……君は、」
可愛らしい包茎おちんちんにタオルを這わせながら、アルヴェインが言う。
「ど、どこ見て言ってんの。そ、そこのサイズは、歳とはあんまり……関係ないでしょ」
下半身素っ裸で立つティオは、顔を赤くして頬を膨らませた。
「失敬。もっと若いものだと……」
「子供扱いされてるとは思ってたけど、どれくらい若いと思ってたの?」
当主は濡れた拭き布片手に、ポリポリと頬をかく。
それから布を持った手で、おちんちんを下からふにふにと掴まれた。
「風呂で、下の毛が無かったからな。夜尿症が治らないと言っていたし、飾り毛も生えない子供かと……」
「ええー……。これは娼館に居た時、衛生管理で剃られて、そこから生えてこなくて……」
「薬効。自然に生えてくるとは思うが、体質かもしれないな」
喋りながら、背中、お尻と拭き取られ、体がひくんと反応した。
「様子見。おむつの衛生面からも、生えてないほうが助かるのだが」
「子供っぽくて嫌なんだけどなー。でも、当主様がそう言うなら」
「制定。可愛らしいし、僕もそっちのほうが好きだ」
陰毛が生えていないのは、いいとして竿のサイズについては言及が無かった。
何の違和感も無かったってことは、毛も生えない歳で、納得してたくらいのサイズってこと?
カサカサ……
ベッドの防水帆の上に、紙おむつが広げられる。
「今日からは日中もつけてもらう」
「え、ぇ……」
「予防線。お漏らしも再発してきたからな。改善が見られれば、またトレーニングパンツに戻す」
「子供じゃないのに……」
「方針。それは分かったが、お漏らしが治るまでは、当面の間、扱いは変えんぞ」
「うう……」
それに、この家には、本家の使用人たちも出入りしているのだ。
昨日の今日までおねしょのお子様扱いだったティオが、急に成人として扱われるのも不自然という話だ。
「さ、ごろんして」
「……うん」
大股を開いてベッドの上に仰向けで倒れた。
おなかとおちんちんが無防備に広がって、やっぱり恥ずかしい。
ぺりぺりと粘着紙が引っ張られ、股間がふっくらとした大きなおむつに包まれる。
クシュ……クシュ……
分厚い吸水紙におちんちんが押し付けられ、ちょっとだけ押し付けられうる感触が伝わる。
「完了、動きにくいところはないか?」
「うう……無いよ」
上体を起こしながら、唇を尖らせる。
「お漏らしが治るまで、当面の間だ、不機嫌にならないでくれ」
「うう、ズボンは?」
「大きな下着だし、漏れたらすぐに替えたいから……その……」
「ええっ……」
日中もずっと、おむつ丸出しで過ごせという話だ。
考えただけでも、顔が熱くなる。
「埋め合わせではないが、今日から別の服を着てもらうぞ」
「え?」
「手を上げて」
するすると寝巻の上着が取り払われ、おむつ一丁にされる。
「ほら、こっちだ」
シャツと、その上から裾の広がった、厚手の上着が通される。
首と手元がゴムで絞られた幼児向けの作業着、スモックを着せてもらった。
「……んん!」
もちろん、下半身はおむつ一丁のまま。
こっちもこっちで、見るからに幼児服だから、恥ずかしさは何も変わらない。
「それから……。一つ、大事なお願いがある」
アルヴェインが、ブリキのじょうろを手渡してくれた。
ガラスで付いた手の傷は、今ではすっかり癒えている。
「これっ!」
「それから、温室の鍵だ。無くさないように、首から下げなさい」
革ひもで括られた真鍮の鍵を、ネックレスのように首からかけてくれた。
「今日から、仕事を頼めるかな」
「もちろんっ」
主人に手を引かれて、ベッドから立ち上がる。
淡い青色のスモック、おむつ一丁のお尻は丸見えで、首から大きなカギをぶら下げ、ブリキのじょうろを大事そうに抱えている。
幼児のお手伝いのような恰好だが、ティオにとっては大きな前進だった。
「さあ、まずは朝食だな」
生き生きとしていた顔が、一瞬で真っ赤になる。
「こ、この恰好で……?」
「当然」
二人で朝食を済ませると、ぽつぽつと屋敷の中に人の出入りが増える。
女中さんたちが、クスクスと笑いながら遠巻きに眺めてくる。馬鹿にされている感じはしないが、子供扱いがさらに加速したみたいで、また顔が熱くなる。
「じゃあ、俺、温室に居るね」
食堂から廊下を歩いて、書斎でアルヴェインと別れる。
「ああ。何かあったら、すぐ呼ぶように」
「うん」
「それと、大事な仕事だ。君にお願いするよ、ティオ」
「もちろんっ」
ティオはじょうろを軽く持ち上げて答えると、てくてくと廊下を歩いて、書斎の前を後にした。
温室は屋敷の裏手にあって、日当たりのいい庭に面しているので、廊下も暖かいし風通しも良い。
今日は天気も良くて風も気持ちが良いが、同時に丸出しの下着がすーすーして、ちょっと落ち着かない。
温室に向かう途中、出入りしている使用人の中に見知った御者を見つけた。
「お、おっちゃん」
おむつ丸出しの恰好が恥ずかしかったが、初日から世話になった御者のおっちゃんには、きちんと、お礼が言いたかった。
「おや、坊ちゃん……また、お漏らしですかな?」
「これは……その、あんまり見ないで」
「これは失敬。使用人が屋敷の者をじろじろと見るなどと、礼儀正しいとは言えますまいな」
おっちゃんは優雅に笑うが、ティオは顔を真っ赤にして、頬を膨らませる。
何も言ってこないってことは、ティオの実年齢まで知っているのは、さすがにアルヴェインだけのようだ。
「あの、この前はありがと」
「はて? なんのことですかな? そういえば今朝、近所の娘に焼き菓子をもらいましてな」
ごそごそと、小さな包み菓子をくれた。
「この前、アルヴェインも、同じお菓子持ってた」
「不思議なことが、あるものですな」
ティオは、もらった菓子をスモックの胸ポケットに入れた。
「そんでさ、おっちゃんのおかげで、ほら」
自慢げに、ブリキのじょうろを掲げて見せる。
「なんのことやら? 手伝いでしたら、お怪我だけは、お気をつけて。特に、ガラス細工ですな」
「ほ、ほんとに、ごめんなさい」
「あのフラスコは、兄上からの贈り物で、名ばかり研究者に無用の長物でしたからな。無くしたところで、困りませんでしたでしょうな」
「えっ!?」
御者のおっちゃんは、慌てた顔を一瞬だけ見せて、いつもの飄々とした態度に戻った。
「口が滑りましたな。さて、私共には仕事がございますからな。また後程」
「あ……うん、ありがと。ほんとに、えっと……助けてくれて、ありがとう」
「屋敷に口を出さないことは、使用人の美徳と申しますがな。それ以上に、屋敷を円滑に管理することこそ、使用人の本懐でありますからな」
おっちゃんは背筋をピンと立たせて、スタスタと廊下を歩き去って行った。
「うーん……恰好良い」
アルヴェインも恰好良いけど、それとは違う魅力が、その背中にはあった。
他人に惚れるなんて感情も、この屋敷に来てから初めて知る感覚だった。
「おっと、仕事」
じょうろを両手で抱えて、ティオは温室に向かった。
おむつ丸出しのせいで、道行く人から遠巻きにクスクスと笑われ、また唇を噛んだ。
知られていない実年齢はさておき、昨日までトレーニングパンツだったのに、今日からおむつに格下げされているのは事実な訳だからな……
クシュ……クシュ……
日中もおむつ着用に落とされたお坊ちゃんは、顔を赤くしながら、いそいそと温室へと駆け込んだ。
カチャリ……
首から下げた真鍮の鍵を回し、ガラスドームの大きな部屋に入る。
午前中に温室へ入るのは初めてのことだった。天井のガラスから見える空模様は快晴で、まだ涼しい朝の空気が、少しずつ熱を帯び始めるころだった。
「よしっ」
胸いっぱいに空気を吸い込んで、意気揚々と仕事に取り掛かる。
まずは、井戸から水を汲んで、水桶に水を足す。いくつかの植物は一年中水の上で育つと言うから驚きだ。
それからじょうろに水を入れて、一つ一つの鉢を丁寧に見て回る。元気そうな鉢は特に触らず、いつも通りに水をやっていく。あまり元気がなさそうな区画は、水のやりかたを変える。どう変えたかは記録して、後でアルヴェインに渡す決まりだ。
「宵待散草から……えっと、なんだっけ。高原の赤爪草……までの間、水の頻度を下げる。土が乾くまで待つ。日付……5の月って、どうやって書くんだっけ?」
悪戦苦闘しながらも、すべての鉢の様子だけは事細かに見て覚えておく。
「そろそろ、お昼時でございますな」
温室に御者のおっちゃんの声がかかる。
「あれっ? おっちゃん?」
いつの間にか日が昇って、昼食が用意される時刻になっても、半分くらいも済んでいなかった。
まだまだ、仕事には慣れない。
食堂には先にアルヴェインが居た。それから、普段は使用人とは別に二人で食事をするのだけど、この日は珍しく御者のおっちゃんが招かれてた。
ティオはアルヴェインの隣に呼ばれ、おっちゃんは向かいに座る。奴隷の分際で偉い人が座る席に座らされ、なんだか居心地が悪い。
おっちゃんは食卓を囲みながら、普段の落ち着いた態度を崩さない。
「仲良くないのかな?」とティオが口に出すと、「まさか」と、アルヴェインが否定する。
おっちゃんは、「主人と使用人と言うものは、そういうものですな」と、軽くいなす。
後から教えられたのだが、特定の使用人と仲良くし過ぎると、他の使用人たちとの仲にも関わる。とのことだ
うーん。貴族も大変なんだな……。
料理が運ばれ、温野菜のスープと、魚介の練り物、バゲットが少々。
「焼き菓子の礼だ。それと日頃、感謝している」
アルヴェインが暗褐色の瓶を空け、中身を対面のグラスに注ぐ。
「おやおや、身に余る光栄ですな」
「何それ?」
ティオがいつもの好奇心で、主人に聞く。
「果実酒だ。エルメリアのノーザンコートから届いた品だ。少しくらいなら、君も飲むか?」
「え? ええっ!?」
思わぬ提案にティオが面食らう。主人と、ついでにおっちゃんの顔をちらりと見る。
「褒められたものではありますまいが、私も坊ちゃんくらいの年頃には、少しくらい飲んでみたものですな」
ティオのグラスにも、お酒が注がれた。
芳香を漂わせる液体を、生まれて初めて口にする。
「飲みすぎるなよ」
アルヴェインがさらりと言ったあと、慌てて「いや、供されたぶんは飲みたまえ。酒の飲み過ぎは具合が悪くなる」と、言葉を繋げる。
「坊ちゃんは、一杯だけにしたほうが、よろしいでしょうな」
御者も同意した。
クピッ
グラスの中の液体が、鼻の奥を熱く突き抜ける。
飲み込んだ途端、口から喉へ、そして腹の底から、熱い感覚がじんわりと広がった。
初めての感覚に、一瞬だけ頭がクラクラと揺れる。
「お、お酒……これが……うえっ……」
嫌な思い出が脳裏をかすめて、一瞬えずく。娼館で嗅いだ匂いだ。あれが、お酒だったのか……。
隣で屋敷の主人が丸い目を見開いていた。
「心配。体調が悪くなったら、僕に言え」
「だ、大丈夫だけど、俺、あんまり好きじゃないかも……」
おっちゃんは快活に笑い、「坊ちゃんには、まだ早かったですかな」と言った。
「下げてもらうか?」
心配そうな顔で覗き込んで来るので、ティオは慌ててグラスをあおった。
グビグビッ
「大丈夫。飲めるから、飲めるけど……二杯目は……」
「無理をするな。とにかく、水も飲みなさい」
お酒くらい平気なところを見せたかったのに、当主の顔が余計に心配そうに染まる。
「若い経験ですな。私の頃などは、もっぱら酒精の強い荒れた酒で、使用人仲間が目を回していたものでしたな」
お酒のせいか、おっちゃんの表情が、いくらか上機嫌に変わっていた。
「ティオ、もう酒はやめておきなさい」
「うえー、そうする」
お酒を飲んでみたところで、ちょっと背伸びした子供みたいだ。
一皿目が終わり、ティオが、ちょっと食べたりないなー。と思っていると、ふんわりと焼けた魚のステーキが出てきた。
「なんで?」
「午餐会だからだ。言ってなかったか?」
「何それ?」
コース料理と言うらしい。色々な食べ物が、それぞれ食べ頃になったタイミングで出される。
「坊ちゃん、かく言う私も初めてでしてな。驚きのあまり、椅子から転げそうですな」
おっちゃんは軽々と言うが、多分初めてじゃない。
ふたりはお酒のグラスを傾けながら、美味しそうに魚料理を食べる。
少し羨ましく思ったが、今のティオには、お酒を飲めるようになるイメージがまるで湧いてこなかった。
「坊ちゃん、魚の骨に気をつけなさいな」
「あ、はい」
おっちゃんに注意されて、少し気まずい気分になる。慣れてきたとは言え、奴隷が使用人に心配されるなんて、おかしい。
「そういえば、今朝ほど、じょうろを持ったお手伝いの子供を見かけましたな」
「仕事。ティオには、朝の水やりを頼んでいる。」
「良いものですな。仕事は辛いものですが、悪いことばかりでは、ありますまい」
「教訓」
「大切なヒトに、必要とされないのは、誰しも辛いですからな」
おっちゃんがグラスを揺らしながら、にっこりと笑顔を見せる。ティオも満面の笑みで返した。
魚料理が終わると、さらにしっとりと赤身が焼かれた獣肉のステーキが出てくる。
「まだ出るの?」
最初の皿でバゲットを多めに平らげたこともあって、ティオの腹がちょっと張っていた。
「これがメインだが、食べられるか?」
「食べる!」
赤身の大きなステーキが、食欲をそそる。
ぱくっと一口。噛んだ瞬間に脂がじゅわっと広がって、香草と香辛料の風味が口いっぱいに広がる。
「うまっ!!」
思わず声が漏れる。口の中で溶けるような柔らかさで、鼻をくすぐる香草の香りがさらに食欲をそそる。
「こんなの初めて食べた!」
「私もそうですな。坊ちゃん」
美味しそうに食器を動かす二人を見て、アルヴェインが微笑む。
「そうか、レアの香草焼きは初めてか」
ティオは夢中になってステーキを平らげていく。
ちょっと、お腹が苦しい?
皿が片付いた後に、デザートが出てきた。季節果実のが美しく並ぶ。
「何個出てくるの!」
「これで、最後だが、本当に大丈夫か?」
「食べるっ」
ティオにとっては生まれて初めてのお菓子だった。
糖蜜で艶めく蜂蜜色のゼリーと果物は、ふんわりと甘い香りと、瑞々しい酸味が交互にやってくる。
美味い。
色んな美味しいものが出てきて、目を回しそう。
いや、目が、回る……
「ティオ。大丈夫か?」
「なにこれ、苦しい。目が回る……」
隣でおっちゃんが大笑いした。
「食べすぎに、飲み過ぎですな。焼き菓子のジュレは蜂蜜酒でありましょうから」
食べすぎって何?
飲み過ぎって……?
頭がゆらゆらする。気持ちいいけど、お腹が苦しくて、体が浮かんでるような……
「ティオ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ー、大丈夫ー」
ヘラヘラと笑って、視界がゆらゆら揺れる。
向かいの席でおっちゃんは大笑いだ。
「アルヴェイン様は、心配しすぎですな。この程度なら、ただの酔っ払いでありましょう」
「うへへー」
苦しいけど、楽しいー。
気持ちいいー。
頭がフワフワしてるー。
「心配……」
「アルヴェイン様は、昔から神経質でしたからな。いい薬になりましょう」
ティオが、フラフラになったので、間もなく午餐会もお開きになった。
「うへー、苦しいー」
ティオはアルヴェインによりかかり、ほとんど抱きついた格好で廊下を歩く。支える当主は気もそぞろに、抱き寄せてくる。
「大丈夫か? ティオ、吐き気は?」
隣を歩くおっちゃんの顔も、いつもより赤い。
「まったく……気を回しすぎですな。もしや温室の草木も、水をやりすぎて腐らせておりますまいか?」
「うぐ……図星。あれは、そのせいだったのか……」
「何でも世話を焼くだけでは、育つものも育ちませんからな」
「良薬。学ぶとしよう」
酔っ払って、ティオは当主の首元に強く抱きつく。「うへへ……」と嬉しそうな笑みを浮かべた。
「すっかり好かれておりますな。あのアルヴェイン様が、素敵な弟君を持てましたな」
「そうだな。私の身に余る光栄だ」
「本家には、このような、ごきょうだいは、おりますまい」
二人とも少し赤い顔で、どうやら本家の話をしているらしい。
「休憩。午後の予定は、すまないが……」
「うけたまわりましたな。坊ちゃんも、寝かせてあげたほうが、良かろうですな」
ポンポンと頭を撫でられ、ティオは顔を上げる。
「あー、おっちゃん」
「坊ちゃんも、アルヴェイン様と、良い家族になれそうですな」
ニコニコと気さくな笑顔を見せる。ティオもヘラヘラと笑うが、飛び出した言葉は本音だった。
「家族なんて、無理だよー。でも、アルヴェインは大好きー。大好きなご主人様ー」
抱きついた腕をギュッと締めると、白いシャツ越しに、温かい体温が伝わる。
「手強いですな。ですが、奴隷の話はご内密にするべきでは、ありますまいか」
「へーい」
おっちゃんは上機嫌で立ち去り、主人の代わりに、あれこれと小さな指示を女中たちに飛ばしていった。
頼もしい背中を見送って、アルヴェインが、一人呟いた。
「家族なんて無理……か」
「うえっ? なんか言ったの?」
アルヴェインは、ティオを抱きかかえながら、彼の寝室に移った。
扉をあけると、清潔に整えられた室内が迎え入れてくれる。女中たちが手を回して、先にベッドメイクを整えてくれたらしい。
いや、今日の午餐会は事前に予定されていたものだ。ティオが酔いつぶれたときを見越して、手配した使用人が居たに違いない。
手際の良さと女中に支持できる立場からも、当然のように察しがつく。午餐のゲストには、まだまだ頭が上がりそうにない。
酔いつぶれた奴隷を抱きかかえて、布団まで連れて行く。痩せ気味だが、筋肉はがっしりしているので、なるべくなら自分で歩いてもらいたい。
「ティオ、ベッドだ。寝なくてもいいから、座っておいたほうが、体も休まる」
「うへへ……うっぷ」
「吐き気は? 今、水を持ってきてもらう」
廊下にでて、女中の一人に、水と吸い飲みを頼んだ。
「意識ははっきりしているか? 何か要るものはあるか」
「うへへへ……あるー。こっちきて」
「何だ? すぐに行く」
ベッドの縁に座ると、ティオが首元に抱きついてくる。
「アルヴェイン、ここに居てー」
前のめりに肩を掴んで、突き出したお尻には、大きなおむつが見える。
「どうした? 何か要るんじゃないのか?」
「んー、アルヴェインが要る。居てくれないと、気持ち悪くて吐いちゃうかも」
酔った勢いもあるだろうが、最近、ティオは甘えるために嘘を言ってるんじゃないか気になってくる。
勿論承諾するが、嘘などつかずに、甘えてくれればいいのに。
「承知した。気分が優れなかったら、すぐに言ってくれ」
突き出したティオのおむつのお尻をポンポンと叩いて、ベッドの上にあぐらをかかせる。自然と股が開くので、お漏らししても気づきやすい。
背中手を回して肩を抱くと、頭を胸元に寄せて抱きついてきた。
「仕事、ごめんなさい」
「聞くが、何の話だ?」
「えっと、温室。水やり、お昼まで終わらなかった」
「何だ。初日に全部の仕事を終わらせてどうする。少しずつ片付けるものだ」
「えー?」
「残務。毎日、温室に行くのだろう。時間をかけて取り組むと良い」
「うん……」
ティオが甘えた顔で、胸に顔をうずめてくる。アルヴェインは優しく受け止め、背中を撫でてあげた。
控えめなノックとともに、銀色のトレイに、陶器のピッチャーと吸い飲みが用意される。先端が細く、ストローのように中身を吸い上げることができるコップだ。
ピッチャーの水を細くて小さな器に移して、飲み口をティオのに近づける。
「水。飲んでおいたほうがいい」
「うん。コップ……どれ?」
「吸い飲み。見たことないのか。ここに口をつけなさい」
「んっ」
唇をすぼませて、吸い飲みに口をつける。
容器を傾けてやると、ティオがチュウチュウと中身を吸って、水が彼の喉を通っていく。
肩を抱かれて飲み口に吸い付く姿は、子供を通り越して、布に吸わせた乳を飲まされる赤ん坊のようだ。
「気分は?」
「うん。大丈夫ー。もう苦しくない。ふわふわしてるだけー」
神経質な屋敷の主人は、やっと胸を撫で下ろす。
「もう一口。水は多めに飲むほうが良いと、女中から聞いた」
ピッチャーから再度水を移して、口に近づける。
「んっ」
乳房に吸い付く赤ん坊のように、吸い飲みに口をつける。水を飲む間、アルヴェインは肩を抱き寄せ、背中を優しく撫で続けた。
胸元のティオは満面の笑みで、主人の首元に抱きついてくる。
温室での一件からか、時折、かなり大胆に甘えてくるようになった。普段は節度を保っているものの、本心は、もっと甘えたくて、酔った拍子に表に出たのだろう。
酔った拍子。
多分本心だったからこそ、あの言葉が、アルヴェインの胸に刺さる。
家族なんて無理。
分かっている。兄姉に変わる家族を欲したのは、僕のエゴイズムだ。
兄上から送られたフラスコを代償に、ティオがどうなりたいかは、先日聞けたじゃないか。
じゃあ……
僕は、どうなりたいのだろう?
チュッ
吸い飲みの水が無くなり、ティオが口を離す。
「まだ飲むか?」
「んんー。これ以上は、苦しくなりそう」
濡れた唇で、胸に顔を埋めてくる。酔ったティオが、ここまで甘えん坊だとは思わなかった。
アルヴェインは少し戸惑いつつ、肩を抱いてやる。
「ティオ、眠くはないか?」
「んーん、全然。むしろ元気だよー」
まるで離れたくないといったように、強く抱き着いてくる。アルヴェインは微笑みながら黒豹奴隷の頭を撫で、子供をあやすように背中をトントンと叩いてやる。
胸に顔を埋め、ゆっくりと息をするその呼吸が、彼の安らぎを物語っている。
シャツに埋めた顔の、酔った瞳は潤んでいて、無垢な子供のようだ。
「アルヴェイン、起きてる?」
「ああ、起きている」
「んふふ」
嬉しそうに笑うと、胸元に頬を擦りつけた。
「俺、怖い」
「何故?」
酔いのせいで口が軽くなっているのかもしれない。
「どうしてだろ? いつか、全部なくなっちゃう気がするんだよ」
「何故? どうして、そう思う?」
突然の告白に驚きつつも、怖がらせないように尋ねる。
「んー、分かんない」
名残を惜しむように、もう一度顔を擦りつけて、大きく息をしている。
肩を抱いてやると、ぷるぷると小刻みに震えていた。
「ティオは、水は、もういいな」
「……ん。いな……ない」
気づけば、口調も少し震えている。
「お、おしっこは?」
「んんー。分かんない?」
言いながら、胸元にうずくまるように、肩をぴたりと寄せていた。
おむつ丸出しの下半身は、もじもじと落ち着きがない。
「おまる。あ、僕の部屋だな。歩けるか?」
「んー」
ティオは抱きついたまま動きそうもない。
せっかく、好きなだけ甘えているのだから、無理やり連れ出すよりは、このまま漏らしてしまっても、いいか。
「ティオ、あんよ広げて」
「んっ」
足を開いて、腰を突き出し、素直におむつの股間を見せてくれる。
アルヴェインは指を太ももの隙間に入れて、ギャザー立ててやる。それから前部の吸水部を掴んで、おちんちんをしっかり包んでいることを確かめた。
クシュクシュと柔らかい布地の向こう側に、張りのあるティオの雄があることを確かめる。
「間に合わないなら、このまま、しーしーしなさい」
「あぅ……ん……」
胸元で甘えてくるティオの後頭部を、優しく撫でてやる。
「しーしー、出ないかな?」
「んっ……あっ……」
優しく頭を撫でながら、おむつの上から彼のおちんちんポンポンと叩く。何度も繰り返しているうちに、徐々に震えが強まってきた。
「しーしー、しーしー」
「んっ」
ショロッ……
おむつの向こうから、おちんちんがプルプルと震えて、じわじわと、おしっこが流れ始めた。
「しーしー出てきたね。漏れちゃうから、じっとしてて」
「んっ……ふー……」
涙目になりながら、力尽きたように、だらりと寄り掛かってくる。
ショロロロロ……
おむつを掴んだ手には、布地の中に水が跳ねる感触が伝わる。
「素晴らしい。素直に教えてくれて、ティオは良い子だ」
アルヴェインは、怖がらせないよう、できるだけ褒めるように優しく頭を撫でる。
「あう……」
ぼんやりとしながらも、恥ずかしがっているのか、ティオの顔は真っ赤に、染まっていた。
ショロ……ショロ……
おむつの中に、じわじわと熱い液体が溜まっていく感触がある。
「漏れてない。大丈夫。このまま出して良いぞ」
「ん……」
おむつ全体が温かくなり、手の中でずっしりと沈み始める。
グシュグシュ……
ギャザーは、ちゃんと機能していたらしく、揉みしだいてもおしっこが漏れる気配はない。
「全部出たかな?」
「ん」
ポンポンとおむつの上から、おちんちんを軽く叩く。
もう一度、チョロッとくぐもった水音が返った。
「今日は、僕の失態だ。果実酒の一杯くらいと、低く見積もってしまった。今日の午後は休暇と、家人にも命じた」
「休暇……かあ」
すとん、とベッドに腰を落ち着ける。
「ああ、臨時休暇だ。どんな仕事場にも休暇くらいはあるだろう。ティオも休みなさい」
「はあい」
酔っているのか、聞き分けが良いのか、また瞳をとろんとさせて、アルヴェインに寄りかかってきた。
「さ、ごろんして」
「ん」
ベッドの上に仰向けにさせ、両足を開くよう指示する。
ベリベリ……
粘着紙を外し、おむつのサイドステッチを破った。
グシュ……
おしっこで濡れてまだ暖かいおむつを開く。しっかりとした筋肉質なティオの体から、可愛らしいサイズのおちんちんが、ぷるぷると揺れている。
「拭くから、じっとしてなさい」
「……ん」
おへそから鼠径部へと手を滑らせ、くにくにと弾力がある股間を、躊躇なく摘まむ。
指先でコロコロと鈴口を転がし、皮を剥いてい内側も拭き取る。ティオの股間は、ふっくらとしてそれなりに重みを持ちながらも、ひくひくと揺れるだけで勃起する様子も無く、ぺたりと指先の間に収まっていてくれた。
「良い子、良い子」
寝転んでいる黒豹の顔を撫でてから、代わりのおむつを広げる。
「お尻」
「んっ」
すっかり素直に、おむつ替えに応じてくれるようになった。新しいおむつで、ティオの股間を包み込む。
可愛い包茎が、ベッドに沈み込むように、おむつの給水部に包まれていった。
「おやすみ、ティオ」
「うう……」
まだぐるぐると目を回したティオが、危なっかしい動きでベッドへ横たわる。
上着はまだスモックを付けていたことを、ここで思い出した。
「上だけ、脱がせるよ。手を伸ばして」
「はあい」
スモックを脱がせ、おむつ一丁のすっぽんぽんにする。黒いがっしりとした体に、子供らしいおむつが、いかにもアンバランスだ。
服を脱がせてベッドに寝かせると、裸のまま寝息を立て始めたので、そのままゆっくり、毛布を掛けてやる。
「おやすみ、ティオ」
寝顔に言い残して、主人は部屋を後にした。
その日の深夜、すっぽんぽんでおむつ一丁の恰好で、ティオは目が覚めた。
辺りはしんと静まり返り、使用人たちが全員帰った後の時間だと分かる。
「ずいぶん寝ちゃってた……」
お酒の力もあって、中途半端な時間に寝付いてしまったため、目が冴えてしまう。
クシュ……
アルヴェインに脱がされたのだろうか。おむつ以外、なにも身に着けていない状態だった。
まだ起きてたら、上着くらい着せてもらう。
そう思って、ティオは寝室を出た。もちろん、鍵はかかっていなかった。
トフトフ……
毛の長いカーペットの上を、はだしで歩く。
大きな紙おむつのせいで、脚はがに股歩きにされ、お尻が大きく揺れる。誰も居ないとは言え、さすがに恥ずかしい。
コンコン……コン
主人の部屋をできるだけ静かにノックしてみるが、返事は無い。
もう寝たなら、起こすのは悪いな。
部屋に戻ろうと廊下に戻ったところ、二人の寝室がある二階廊下の窓から見て、一階のほうから光が漏れていることに気づいた。
だれかがランプを持って、この屋敷をうろついているようだ。
身構えながら、光の先を追っていくと、暗いシャツを着たアルヴェインの姿が見える。
何かを、運んでいる。
大きさは人間大。むしろ、人間そのものを担いでいるように見える。
アルヴェインらしき人影は、そそくさと屋敷の奥へと消えた。慌てて、ティオも背中を追う。
温室に向かう通路の隣、小さな扉が開いていることに気づいた。
いつもは温室ばかりに気を取られていたが、ティオはこんなところに扉があることすら知らなかった。中を覗き込むと、奥へ続く階段になっている。
月の光も通さず、ひときわ薄暗い階段が、闇へ向かってぽっかりと空いていた。
「あ……アルヴェイン?」
恐る恐る声をかけてみるが、返事は無い。
向かい側から風が通り抜けるので、反対側に抜け道があるらしい。
「んっ」
意を決して、階段を下へ、下へと進んでいく。
月光が届く距離を超え、視界が真っ暗になったあたりで、何か道具を持ってきたほうが良かったと後悔し始めた。今のティオはおむつ一丁の他、何も身に着けていない。
それでも手の感触を頼りに下っていくと、反対側にランプの光が見えた。
通路の先には、奥まった部屋があるらしい。
恐る恐る、ティオは中を覗き込む。
空から垂れ落ちるような、重たい闇の中に、ぽっかりと置き忘れた魔法式のランプが落ちている。
その淡い光が、異様な部屋を映し出した。
おびただしい量の、死体。
見たことのない生き物たちの、腕や頭が積み上げられていた。
海の向こうの生物だろうか。
一本角がついた草食獣の頭蓋骨、片側だけ肥大した大きな牙をもつ怪物、腕が三つある樹上生物の剥製。
どれもが異様で、現実味の無い姿をしていた。
入口のすぐ手前、比較的埃の少ない場所に、人間大の人影が見えた。
「あ、アルヴェイン……」
かすれた喉を鳴らすような、ほとんど聞き取れない声を絞り出す。
直立したまま固まったそれは、確かにヒトの姿をしていた。
ピクリとも動かないヒトの剥製であった。
反射的に、喉がひゅっと鳴った。
しかし、その剥製の頭頂部にはヒトならざる、まっすぐな角を持つ。
こんな種族、見たことない。
パッと見たところは普通の生き物のように見えるが、自然界に居るとは、にわかに信じがたい異形だらけだ。
暗闇に目を凝らし、もう一度空間の全体像をとらえる。
すると、部屋に散乱する、骨格標本、剥製、体の一部、ありとあらゆる死体が、一つの共通点で結ばれてくる。
ここは、異形の死体置き場だった。
「あ……」
ティオがずっと抱き続けていた疑問が、また、もうもうと体の中で再燃し始める。
御者のおっちゃんは、名ばかり研究者などと言っていた。じゃあ、なんでそんな研究者を、本家は軟禁しているんだ?
異形の死体、買われた安い奴隷、夜中には誰も居ない屋敷、アルヴェインが抱えていた、人間大の影……あるいは、死体。
背筋がぞわぞわと泡立っていく。
人体……実験……?
「あ、あ……」
カタンッ
部屋の奥から、誰かが動く音がした。
床にへたり込みながら、反射的後ずさりした。ずりすりと部屋の入口にたどり着く。
風はびゅうびゅうと部屋の奥から入り込んできている。こっちが風下なら、多少の音なら、あっち側には聞こえてないはず。
探りで廊下を探り、そのまま一直線に駆け上がった。
真っ暗闇を壁にぶつかりながら駆け抜け、息が切れ始めたころ、青い月光の下に転がり出た。
奥歯をガタガタ言わせて、おむつ一丁のまま、小走りに自分の寝室へと駆け抜けた。
扉を閉め、へたり込むと、おむつの下から、ショロロ……と小さく漏れる音と、温かい感触が伝わる。
何だったんだよ……あれ?
怖くて腰が抜けてしまい、立ち上がれなくなってしまった。
扉の向こうには、誰かが歩く音が、近づいてくる。
アルヴェインが、帰ってきた。
扉にもたれかかり、必死に息を殺す。奥歯がガタガタ鳴って、呼吸に嗚咽が混ざる。
足音は、少しずつ近づき、ついにティオが居る扉の前まで来た。
コツン……コツン……コツン……
そのまま足音は過ぎ去り、隣の部屋のドアが開く音がした。すなわち、アルヴェインの部屋だ。
扉が閉まり、二人きりの屋敷に、また静寂が戻る。
隣の部屋。
やっぱり、あの人物は、アルヴェインだったに違いない。
じゃあ、なんで、あんなにたくさんの死体……それも、異形の死体を?
ティオは、そのまま一睡もできないまま、床にへたり込んで朝を迎えた。
夜が明けて、普段と何も変わらない様子で、主人は彼を迎えてくれた。嫌な一つ顔せず、お漏らししたおむつを替えてくれる。
温室脇の扉は石壁に戻り、どこが階段だったのかも分からなくなっていた。
おそらく、隠し扉だ。
アルヴェインは、何も言わない。
いつも通り、優しく丁寧に、子供扱いして、ティオに接してくれる。
そしていつも、自分の話は、何も言わなかった。
いまさらになって、やっと思い出した。
自分が、何も知らないことを。
アルヴェインが、どうしてここに住んでいるのか?
アルヴェインが、ここで何をしたいのか?
そして、アルヴェインが、なぜ、俺を買ったのか?