ある世界線の記録(前作『おトモダチの味』ダイジェスト)

  第1話:暴食はニンニクの香り

  〈焦燥と誘惑〉

  マナウイ海域出身の魔術師の卵・チュリンは、座学の成績こそ優秀だが実技が致命的に苦手な「落ちこぼれ」だった。

  ソルシエール魔法学校きっての神童「召喚士君」や、先に進んでいく親友ミーティアへの劣等感に焦る中、彼女は道端で召喚魔法用の高級チョークを拾う。

  魔力的な誘惑に突き動かされたチュリンは、出来心で自室にて召喚の儀式を行ってしまう。

  〈最悪の出会い〉

  下級の精霊を狙った結果、召喚に応じたのは暴食の大悪魔ベルゼブブだった。

  タイミングは最悪だった。ベルゼブブは、長年夢見ていた至高の「ニンニクマシマシラーメン」を堪能していた瞬間に、強制的に召喚されてしまったのだ。

  至福の時を台無しにされた大悪魔は激昂する。理不尽な怒りの矛先を向けられたチュリンは、問答無用で悪魔の邪口の中へと呑み込まれてしまう。

  〈抵抗と呪いの萌芽〉

  窒息と死の恐怖の中、チュリンは生存本能だけで暴れ、ベルゼブブの邪口の舌を噛み千切ることで脱出を図る。

  口の中に溢れた青い血と肉塊。それにより、怯んだベルゼブブを撤退させることに成功する。

  だが、大悪魔の血を飲み込んでしまったことが、彼女の運命を狂わせる引き金となった。

  ……

  第2話:親友は決別の味

  〈侵食する飢餓〉

  奇跡的にベルゼブブから生き延びたチュリンであったが、体内に取り込まれた暴食の魔力は凄まじい勢いで彼女の身体を侵食していた。

  突如抑えきれない食欲に戸惑い、寮の食堂で身体の主導権を乗っ取られかけてしまう。

  手にフォークを突き刺した激痛で我に返ったチュリンは、寮生の奇異の目に晒されるのであった。

  〈親友の献身と破綻〉

  様子がおかしいチュリンを見かねたミーティアは、チュリンに救いの手を差し伸べる。

  取り込んでしまった大悪魔の魔力を鎮める難題を実現できそうな人物として、召喚士の名前が挙がり、二人は召喚士の家に向かおうとする。

  しかし、道中で食欲が再び暴走したチュリンは、洋菓子店の商品を食い荒らし、制止するミーティアを「最高のご馳走」として見てしまう。

  自身の悍ましさに耐えられないチュリンは一人逃げだし、胃の底で暴れる飢餓に対して孤独に苦しむのであった。

  〈悲劇の始まり〉

  心配したミーティアは、セリオから受け取った薬を手に、チュリンの部屋を訪れる。

  差し伸べられた救いの言葉は、限界に達していたチュリンの脳内で、暴食の魔力により都合よく書き換えられていく。

  合意と誤解したチュリンは、ミーティアを頭から丸呑みにし、その悲鳴と抵抗を至上の快楽として愉しんだ。

  腹の中の獲物の抵抗が弱まった次の瞬間、突如出現した魔方陣によりチュリンは膨らんだ腹ごと吸い込まれた。

  ……

  第3話:使い魔は救済の味

  〈安息の地〉

  元・怠惰の大悪魔ベルフェゴールこと「でびるん」は、召喚士の使い魔としての穏やかな生活を謳歌していた。

  居候天使のドエル、相棒の召喚士と共に、今夜こそ念願の「アブラカタブラーメン」を堪能する計画に心を躍らせていた。

  それは、かつて孤独だった彼が手に入れた、宝石のようにキラキラした「安息の地」の象徴だった。

  〈異変と決断〉

  ミーティアのSOSに気付いたクピャドエルの呼びかけにより、緊急の召喚魔法を駆使した召喚士らの前に、獲物を腹の内に収めた化け物が出現した。

  獲物の正体がミーティアであることに気付いた召喚士の分離魔法により、彼女の救出に成功する。

  一方で、我に返ったチュリンは意識外で行われた己の罪を知り、受け止められずに真夜中の街へ逃げ出してしまう。

  逃げたチュリンを、でびるんとクピャドエルが追い、召喚士はミーティアの介抱に努めるのであった。

  〈救済と責任〉

  暗い街を彷徨うチュリンは押し寄せる食欲に耐えきれず、閉店した食品店に忍び込んだ。

  運悪く警察官に見つかったチュリンは逃走するも、瞬く間に追いつかれてしまう。

  そこへ現れたでびるんとクピャドエルの助けにより、何とか撒くことに成功する。

  チュリンから事情を聞いたでびるんは、邪眼による過去視を通じてチュリンの重い過去を知る。

  彼女が抱く魔術師の夢は、故郷の寒村の未来がかかった重大な使命でもあったのだ。

  チュリンの覚悟を知ったでびるんは、ある提案を持って救いの手を差し伸べようとする。

  〈悍ましき魔女〉

  差し伸べられた救いは、破滅願望を持つ魔女ラミアの手により踏みにじられる。

  彼女はマジリシア全土を滅亡させる野望の一環として、チュリンに呪いのチョークを拾わせて召喚魔法を誘導させた張本人だった。

  七大悪魔を呼び出し、さらには魔力を取り込んで生き残るという望外の結果に歓喜したラミアは、チュリンをソルシエの街を地獄に変える重要な駒として、チュリンが暴食の化け物に「進化」することを待ち望んでいたのだ。

  〈暴食の化け物〉

  ラミアの呪いにより食欲を増幅されたチュリンは、再度理性を失い、匂いを追ってきた警察官のコニーを呑み込んで瞬く間に吸収してしまう。

  次いで標的にされたでびるんとクピャドエルはすんでのところで空へ待避した。しかし、街の建物を利用して二人を追い詰めたチュリンは、回避が遅れたクピャドエルを捕らえ、丸呑みにしてしまう。

  盟友を喰われたでびるんは激昂し、成体に変異してチュリンの心臓を握り潰す。

  しかし、目的のために身体を歪に作り替えられていたチュリンは瞬く間に再生し、抵抗するでびるんを呑み込んだ。

  〈壊された安息〉

  もはや打つ手がなくなったでびるんは、先に呑まれたクピャドエルを抱き、肉壁の圧力に耐えるしかない。

  彼は薄れゆく意識の中、ようやく手に入れたささやかな日常の日々を思い出していた。

  最後の力を振り絞り、コネクトリンクを通して相棒の召喚士にSOSを送ったのであった。

  ……

  第4話:呪術師は復讐の味

  〈召喚士の決意〉

  でびるんのSOSを受けた召喚士は、でびるんとクピャドエルの危機を知る。加えて、ソルシエの街に鳴り響く警報や火災の煙から、チュリンが暴れていることを確認する。

  全員を救う決意を固めた召喚士は、眠るミーティアに書き置きを残し、ソルシエール魔法学校へひた走った。

  召喚士は避難誘導に努めるマルスとラピスを捕まえ、この騒動の発端となったベルゼブブを召喚し、事情を聞く。

  そこでチュリンが暴食の魔力に侵されるまでの経緯を知った召喚士は、ニンニク対策の研究を元にしたある魔法の行使を提案する。

  成功率は決して高くない危険な賭けであったが、召喚士の必死の説得に三人は合意し、魔法学校の生徒、教師二人、そして七大悪魔の一柱という奇妙な共同戦線が結成された。

  〈ソルシエを襲う災害〉

  暴食の化け物として歯止めがきかなくなったチュリンは、建物や人々を襲い、喰らい、蹂躙し、ソルシエの街を地獄に変えていた。

  脳内に残っていた理性は必死に押し留めようと藻掻くが、制御を奪われた彼女にできることは何もなかった。

  惨劇を目の当たりにするしかないチュリンは、せめてもの贖いとして自分の命を持ってけじめを付けること、また自分を化け物に仕立て上げたラミアへの復讐を誓うのであった。

  〈魔女との死闘〉

  でびるんを吸収したことにより、空気中の魔力が見えるようになっていたチュリンは、ソルシエのシンボルである巨大な時計塔の最上階バルコニーにて、赤黒い魔力が渦巻いていることを発見する。その中心にラミアがいた。

  心の底から湧き上がる憎悪を持って化け物の身体を奪ったチュリンは、ラミアの元へ石畳を、壁を、屋根を飛び移りながら最短距離で移動した。

  魔女の元へ辿り着いたチュリンは、ラミアの悍ましい口上を皮切りに、復讐のための一騎打ちを開始する。

  ラミアによる骨まで焼きつくさんと迫る炎魔法に対し、チュリンは邪口を発現させて対抗するも、激情で手綱を握る今の彼女には理知的な戦術が取れない状態だった。

  勝負を決めにかかるラミアに対し、でびるんから受け取っていた鎮静薬により、チュリンは一時的に理性を取り戻し、初歩の水魔法を唱えた。

  すると、数百人を吸収した分の魔力がほとばしり、巨大な水の奔流となってラミアに襲いかかった。

  ラミアとチュリンの大魔術が激突し、数瞬の拮抗の後、チュリンの故郷を思わせる巨大な海流がラミアを押し流した。

  その隙を逃さなかったチュリンは海流に乗ってラミアとの距離を詰め、開花したばかりの邪口をもってラミアを呑み込むのであった。

  〈悲しみの終焉〉

  ラミアから流れてくる魔力と共に、彼女の過去の記憶が流れ込んだ。

  自分と同じく「ままならなさ」に絶望し、世界から零れ落ちてしまった存在と知ったチュリンは、ラミアとの共通点を見出したが、それでも最後に辿り着いた結論は決定的に異なっていた。

  悲しみを終わらせるため、チュリンは自身の腕で腹の中のラミアを締め付け、化け物として身につけたその怪力をもって葬った。

  惨劇の元凶の息の根を止めたチュリンは、最後の贖いとして時計塔から地表に向けて身を投げた。

  すると、地面に直撃する直前、突如出現した大輪の花のごとき魔方陣がチュリンを包み込み、ソルシエの街から姿を消したのであった。

  ……

  第5話:おトモダチは再会の味

  〈最終決戦〉

  ソルシエール魔法学校の魔法練習室にて、4人の共同戦線はチュリンをこの地獄から救い出すための準備を整えていた。

  それは、召喚、拘束、防御、そして結実としての分離。複数の術式が組み合わさった巨大な魔方陣だった。

  準備の完了と共に召喚魔法を発動させると、そこには哀れな姿になり果てたチュリンがいた。

  必ず救ってみせると断言するマルスに対し、理性の限界を迎えたチュリンは逃げるよう言い残すことが精一杯だった。

  次の瞬間、化け物となったチュリンによる、地獄の門が開く音を思わせる絶叫と共に最終決戦が始まった。

  召喚士が切り札の分離魔法の詠唱、マルス、ラピス、ベルゼブブが時間稼ぎと役割を分担して対処するが、チュリンの抵抗は激しく、負傷者が出る事態となる。それでもお互いが助け合う形で、どうにか半分の詠唱まで完了させる。

  しかし、猶予が少ないことを悟ったチュリンは、水魔法により自身の周りに巨大な水の鎧を出現させ、次の瞬間には天井を突き破らんばかりの水の奔流が、世界を青一色に染め上げて襲いかかった。

  召喚士たちは詠唱を中断して防御に徹せざるを得ず、最悪の拮抗状態に持ち込まれていた。

  〈運命の分かれ道〉

  召喚士の家で目を覚ましたミーティアは、親友のチュリンの危機を知り、いてもたってもいられずソルシエール魔法学校へ向かった。

  道中の破壊された建物や人々の悲鳴を聞き、恐怖に震えるも、それでも校門の前までやってきたミーティア。

  彼女は、魔法練習室の方から凄まじい咆哮を聞いてしまう。

  自身が一度丸呑みにされたことの恐怖で足が動かないミーティアは、この先を進むか、召喚士の家に戻るか、運命の選択を迫られた。

  …            …

  ……

  …

  …                      … …

  第5話:おトモダチは終焉の味

  〈致命的な敗北〉

  凄まじい奔流にただ耐えることしかできない四人は、しかしどうにか活路を見出そうと足掻いていた。

  マルスは、目の前の化け物呼ばわりされている生徒を導けるのは自分しかいないという決意を新たに踏ん張るも、自身よりも先に杖に限界が訪れた。

  無惨な音と共に折れた杖と共に奔流が押し寄せ、壁に叩きつけられたマルスは意識を失う。

  四人全員の抵抗を持って初めて拮抗が成立していたため、残された三人は奔流に耐えられず押し流されていった。そして、その後は一方的だった。

  厄介な時間干渉魔法を使うラピスが最初に狙われ、時を止めようとしたラピスは逆に化け物に時を止められて身動きが取れなくなってしまう。その状態のまま呑み込まれ、吸収されてしまった。

  呑み込まれる直前、霧の帳に包まれた「紅月館」での記憶を思い出し、大切な存在であるルビーに別れを告げ、暗黒の胃の奥へ消えていった。

  一瞬の間にラピスが吸収されてしまったことに気付いたベルゼブブは化け物に襲いかかるも、そのすべてを完封され、その上魔力を吸収されて幼体の姿にされてしまう。

  呑まれかけたベルゼブブは咄嗟に「愛する息子とその盟友を救う選択肢」と、「魔界に残してきた部下と最も大切な存在の元へ帰る選択肢」を天秤にかけ、後者を選んでしまった。

  転移魔法で魔界への離脱を果たすも、長い時間をかけて大切に育て上げてきた大切な息子同然の悪魔の名を何度も呼び続け、慟哭するのであった。

  最後に残された召喚士は、すべてをやり直すためのロード魔法を駆使すべく、真紅の魔導書を取り出す。しかし、海流に乗って飛び込んだ化け物が魔導書に喰らい付くのが間一髪早く、その強靭な顎で引きちぎられた。

  切り札を潰された召喚士は化け物に呑み込まれるも、足掻き続けた。

  かつて、でびるんを救い出すために、何度も時を巻き戻し、砂漠の中から一粒の砂金を探すように、万に一つの希望を探し続けた鋼の精神は健在であった。

  それでも、暴食の化身の暗黒からは逃れられず、無惨にも吸収されようとしていた。

  しかし、化け物のチュリンは「考えた」。

  召喚士を超える「最高の獲物」と、召喚士を再会させた方が余程愉しいと。

  そして、必死に抵抗を続けて激しく波打つ自らの腹を抱え、さらには、片腕には気を失っているマルスを抱え、足取りも軽く歩き出した。

  〈最悪の再会〉

  ミーティアは、召喚士の家のベッドで布団を被って震えていた。

  校門前で聞いたチュリンの咆哮により、彼女の勇気は無惨にも挫かれた。パニックに陥った避難民に突き飛ばされ、泥に塗れたことが契機となり、彼女の心は恐怖と、かつて丸呑みにされたトラウマで埋め尽くされたのだ。

  召喚士ならば大丈夫と、砕け散りそうな心を繋ぎ止めるための呪文を繰り返す。

  気付けば、轟音や振動はすっかり止んでいた。ミーティアは、それが却って恐ろしく感じていた。

  突如、家のすぐ近くから、凄まじい魔法の炸裂音が響いた。魔法警察と思われる人々の必死の叫び声が風に乗って聞こえてくる。まるで、何かに対して集中砲火を浴びせているかのような激しさ。ミーティアは布団の中で、ただ小さくなって震え続けた。

  次の瞬間、これまでに一度も聞いたことがないような、世界を終わらせるごとき轟音が轟いた。

  巨大な、あまりにも巨大なエネルギーが街全体を蹂躙し、建物も瓦礫も、悲鳴さえも巻き込んでいく破滅の音。

  ミーティアは耳を強く塞ぎ、歯を食いしばって耐えた。音が収まると、そこには不気味な静寂だけが残された。

  鼓膜が破れたわけではない。完全な無音だ。気の早い鳥達が挨拶を交わす声さえ聞こえない、死の静寂。

  軽いノックと共に、ゆっくりと玄関のドアが開く音を聞き、ミーティアは召喚士が帰ってきたとリビングに向かった。

  すると、そこには地獄があった。

  ボロボロになったチュリンがいた。いつもの笑顔で、瞳の奥は獲物を甚振ることを愉悦とする、底知れぬ悪意の光で爛々と輝いている。

  異様に膨れ上がった巨大な腹は、縦へ横へと激しく波打ち、獲物が抵抗していることが分かる。

  邪口から飛び出した手は、見慣れた指輪をはめていた。召喚士の手だ。

  チュリンが持つ杖の先には、水の鞭で拘束されたマルスが宙に吊るされていた。

  マルスはミーティアに気付くと、逃げるように叫ぶ。しかしもうすべてが手遅れだ。

  ミーティアは無惨にも邪口で呑まれ、さらには助けを求める召喚士の手がミーティアを引きずり込み、結果として道連れにした。

  獲物が苦しさに絶叫し、激しい抵抗で揺れ動く化け物の腹。

  この世ならざる光景を見た化け物は満足し、眠りについた。

  〈ソルシエの終焉〉

  理性が戻ったチュリンは、目の前に顕現した地獄に半狂乱になる。

  親友と恩人が閉じ込められ、激しい抵抗の感触と悲鳴が響く腹。

  精神が崩壊し、壊れたレコードのように同じ言葉を叫び続けるマルス。

  助けを求め、玄関を飛び出したチュリンの目の前には、何もなかった。

  召喚士君の家を除く、あらゆる家屋が、文字通り「消滅」し、遥か彼方の地平線が見渡せるほどに、街が平らに均されていた。

  誰がこんなことをと問うチュリンに、「快感」の記憶が蘇る。

  待ち構えていた魔法警察の排除のために唱えた水魔法が、数百メートルの時計塔すらも飲み込む大波となり、存在する何もかもを巻き込み、押し流し、蹂躙していったことを。

  自分が、ソルシエを滅ぼしたのだと、チュリンは気付いてしまった。

  その罪の重さにチュリンは耐えられなかった。

  乾いた笑いが漏れ、それは徐々に大きく激しい慟哭に変わり、最後は悲痛な絶叫に変わった。