残光

  12/31 23:20

  カタカタカタカタ..........

  深夜のオフィスは静寂を貫き、静かで薄暗い空間が広がる。

  そんな中、1台のデスクで一人の人間が目の前のモニターとにらめっこをしている。

  険しい顔つきでパソコンのキーボードを叩いていく。

  机の上に置いてあったスマホが通知を知らせるために画面を光らせた。

  無心でモニターから目を離し、スマホに視線を移す。

  通知センサーに追加されたインスタグラムのバナーをタップしアプリが開かれる。

  "二年参りなう♡"

  画面には高校時代の友達がゴテゴテなフィルターのかかった彼氏とともに神社でピースしている画像が投稿されていた。

  一瞬時が止まってしまったように感じられ、胸がチクリとした。

  「.................はぁ」

  と、誰に聞かれることのないため息が静寂を揺らすように響く。

  一瞬の間を断ち切るようにパソコンに送られてきた先方のメールにカーソルを合わせ作業を再開する。

  画面には謝罪文章とともに、今年中に直してほしい箇所が箇条書きで書き記されていた。

  タブを一つ慣れた手つきで新たに作り出し、修正点の確認と最終チェックに入る。

  「.......................」

  忙しなくパソコンの画面に目を泳がせる。

  すでに夜中とも言えるような時刻では頭もうまく働いてくれない。

  それでも、早く終わることを目的に、無心で照らし合わせをしていく。

  先方の要求................

  文章の校正................

  数値の確認.................

  -23:45-

  半分ぐらいの確認作業が終わったとき、集中力が切れてしまいパソコンから視線を外す。

  目がしょぼしょぼしてうまく前が見えない。

  あぁ、だめだ、頭も今ので思考を放棄し、ぼーっとしている。

  入社1年目の最初の年末。

  親のもとに顔も見せられず、一人でこんなことをしている。

  椅子に全体重を委ね、体をメッシュ素材のデスクチェアに沈める。

  ゆっくりと心が沈んでいく。

  真っ暗な天井、、静かなオフィス、、

  このままでは寝てしまう、そう思ったとき

  「...........よっ」

  「うわぁ!!!」

  真っ黒な天井に、生き物の影のようなものが唐突に現れる。

  あまりにびっくりして、体がビクンと跳ね、椅子がギシィと嫌な音を立てた。

  そのまま崩れるように椅子から転げ落ち、自分のデスクと距離を取る。

  そして声のする方向へと体を向けたそのとき、モニターの光が薄っすらと銀色の毛をまとった生き物の姿を映し出す。

  「せ、先輩?」

  「おうよ。」

  同じ部署の巨漢狼獣人先輩がこちらを覗いていた。

  「なんで、ここに?」

  「いや、ちょうど酒買いに行こうと思って歩いてたらビルからなんか光するなぁって。」

  「い、いつからいたんですか?」

  「ついさっき 。だってお前入ってきた俺に気づかねぇんだもん。」

  表情を変えず、相変わらず無愛想なのか無表情なのかわからない銀狼は地面へ座り込んで動けない俺のところへ歩み寄り、そのまましゃがみ込んでこちらを覗き込むような体勢になる。

  「それより、お前こそこんな時間に何やってんだ。大晦日だぞ?今日」

  純粋な疑問なんだろう。

  声色を変えずに質問を投げかけてくる。

  「◯◯会社から緊急で仕事入ったんですよ。この案件、年越すと他部署にも迷惑かかっちゃうんで。」

  「.........ほう.............」

  雲に隠れていた月がゆっくりと姿を表し、光が差し込んでくる。

  月光は先輩の銀の毛を艶やかに映し出し、静観なマズルが視線へ飛び込んでくる。

  俺はなるべく当たり障りのないよう答えた。

  少しの静寂の後、先輩が口を開く。

  「なんで言わなかった?」

  「..............へ?」

  「だから、なんで言わなかった?」

  美しいと思ってしまう三白眼は揺れていなかった。

  静かに、こちらを射抜くように見つめていた。

  「.....だって........迷惑じゃないですか。そんなの。俺一人でもなんとかできることですし。みんな大晦日過ごしたいだろうし。」

  実際僕が担当している部分だ。

  他の人に、それもわざわざ1年最後の日に付き合わせるわけにもいかない。

  ...........でも、それ以上に

  怖い

  今は精一杯誤魔化したけど。

  新しい職場で見限られたり、嫌な顔されるのが怖い。

  「なぁ」

  「はい?」

  「勘違いしてねぇか?」

  「勘違い.......ですか?」

  先輩の顔に曇りはない。

  冷製で沈着。

  いつもの先輩だ。

  「.....誰かに何かを頼むってには、結構難しいことなんだよ。」

  「は、はい。」

  その声色はなにか感情を孕んでいるものではなかった。

  欲望の意思も感じられない。

  必死さも感じない。

  「自分が無力だって思ってるやつほど、他人に何かを頼めないもんだ。」

  「.................はい」

  「心の何処かで誰かに頼ることは幼稚だと感じたりなんかもする。」

  先輩は、一瞬視線を俺から外す。

  俺は先輩の顔から目が離せずにいた。

  無表情が瞬きする間もないほんの一瞬だけ崩れた。

  「だけどよぉ、誰にも頼らないでいることがよっぽどガキ臭ぇんだよ。」

  「....................」

  「助けてとも言わねぇで、心ばっかすり減っていく。」

  反論しようと喉に力を入れたが、声が出ない。

  ゆっくりこちらを向き、互いの顔の距離が縮まって息が止まる。

  相変わらず何を考えているのかはわからない。

  「........最後は自滅。だがな、どれだけお前が頑張っても、知らねぇところで起きた自滅を美化するやつはいない。」

  .................あぁ、図星だ。

  コレ以上になく胸のうちを言い当てられてしまった。

  なんだか胸の中がじんわりとするものが広がっていく。

  その言葉を、否定したい気持ちと

  否定できない気持ちが、胸の中でぶつかった。

  「年末だぜ。することぐらい自分で選ばねぇと。」

  先輩が子供をあやすように頭を撫でてくる。

  その手はゴツゴツとしていたけど、それ以上に優しかった。

  「ありがとう.............ございます.........」

  「...........ったく、なんか奢ってやるよ。」

  ゆっくりと手が離れ、立ち上がる先輩。

  相変わらずわからない顔だ。

  冬毛に生え変わって更にゴツくなった、気がする。

  それでも、それ以上に

  なんだか大きく見えた。

  その後を追うように、急いでパソコンの画面からスタートボタンを押しシャットダウンする。

  その手つきはいつもより、軽かった、ような気がした。

  時刻は23:55

  あと5分で1年が終わり

  1年が始まる。