それは神隠しの調査の依頼で起きた。
いつものように夕陽と銀郎と朱雀の三人で原因を突き止めるため、痕跡をたどり寂れた稲荷神社を訪れた時の事だった。
本殿に巣食った禍の浄化を終え、一件落着となるはずだったのだが、その直後──、一行は白い光に包まれて、気が付けば夕陽と銀郎は、座敷牢のような空間に横たわっていた。
「夕陽様、お怪我はないですか?」
「ああ、何ともない」
そこに朱雀の姿はなく、6畳ほどの広さに錠前の付いた格子扉が一つ。壁側には小さな窓があったが、そこにも格子が嵌められ、大人が通れるほどの隙間は無かった。
「……これは、怪異によるものなのでしょうか?」
「いや、怪異や妖の瘴気は感じない。銀郎は何か気づかなかったか?」
銀郎は少し考えて、頭を振る。
いや、気のせいだ……。光に包まれた瞬間、何かが頭の中で囁いていたが、銀郎はなにも告げずにいた。
静寂に包まれた座敷牢の中。
手にした護符は、指先の熱に触れただけで、音もなく崩れた。
頼みの綱だった銀郎の刀も、この空間を切り裂く事なく、なにか見えない壁に阻まれるかのように刃が鈍く弾かれた。
「……駄目か」
「はい、私も……。まるで刃が立たない」
夕陽は眉を寄せ、周囲を静かに見渡した。
見えない壁のような力に、ふたりは完璧に囲まれていた。
頼りない月明かりだけが、牢内にうっすらと射し込んでいる。
「神隠し、か……。邪神なら祓えるが、そうでなければ祓えない。そもそも祓う必要がないからな。まぁ、焦っても仕方ない。朱雀も無事だといいが──…」
そう朱雀の身を案じながら、夕陽は壁にもたれるようにして腰掛けた。銀郎は佇んだまま、微熱の籠もった眼差しで夕陽を見下ろしていた。
逃げ場のない閉鎖空間……。他に誰もいない。
夕陽様は、すぐ隣にいる。
それだけで、頭がぐらつくほどに、理性がきしんだ。
銀郎は刀を腰から抜き、それを抱えるようにして夕陽から一番離れたところに腰を降ろす。
「……偽りの月だというのに綺麗だな」
窓の外を見上げた夕陽が、ぽつりとそう呟いた。その横顔は凛としてるのにどこか淋しげで、銀郎の心をひどくかき乱した。
熱を逃がすように、大きく息を吐き出すと、よほど具合が悪そうに見えたのか、夕陽が心配そうにこちらを見つめていた。狭い檻に閉じ込められていた過去の銀郎の身を案じてのことだろう。
「昔を思い出して辛いか……?」
「いえ、そういう訳では。大丈夫です……」
夕陽が立ち上がり、こちらに近付こうとしてくる。──まずい、と銀郎はそう思った。
「それ以上、私に近づかないで下さい……! お願い、します……。あの、何をするか、分からないので……」
夕陽は一瞬きょとんとしたが、すぐに銀郎の張り詰めた気配を察し、そっと歩みを止めた。
「……わかった」
静かな声だった。
夕陽は銀郎を傷つけまいと、無理に詰め寄ったりはしなかった。ただ、心配そうに、けれど一定の距離を保って銀郎を見つめる。
それが、銀郎には余計に堪えた。
(……こんなにも、優しい)
理性の鎖が、きしりと音を立てる。
いけない、そう分かっているのに──。
銀郎は堪えきれず、ぎゅっと刀を抱き締めた。鞘越しに冷たい感触が腕に伝わるが、それすらも熱を帯びているようだった。
「すみません、夕陽様……。この空間、私が作り出したものかもしれません……」
銀郎の懺悔にも似た告白を、夕陽は黙って聞いていた。
「さっき光の中で本当は声が聞こえてたんです……。『禍を祓ってくれたお礼に願いを一つ叶えてあげる』と……」
「……ああ、なるほど、わかった。稲荷神だな……。たまにそういう悪戯をするんだ。……しかし、これがお前の望みなのか?」
夕陽は苦笑いしながら目を優しく細めた。
「……はい。すみません……。なぜ夕陽様の願いではなく、私なのか……」
銀郎は子供のように所在なげに項垂れて両膝を抱えた。
「稲荷神は気まぐれだからね。でも、永遠にこのままというわけではなさそうだ。それに、朱雀が気づいて、助けに来るかもしれない」
夕陽様の、淡い希望。
だが、その一言が──銀郎の胸を、刃のように貫いた。その名を聞きたくなかった。
「……もし、私が永遠を望んでいて、ずっとこのままだったら、どうしますか……?」
その問いに夕陽は少し考えて天井を仰いだ。
「……それが、おまえの望みなら、私も、抗わないよ」
ぽつりと呟いた夕陽は、ふっと柔らかく微笑んだ。
「でも……できれば、外の空気も、一緒に吸いたいな。おまえと、ここだけじゃなくて……もっといろんな景色を見ていたい」
天井を見上げていた視線を、今度は銀郎に向ける。
その眼差しは、まるで光を宿したように、まっすぐだった。
「ここで二人きりも、悪くない。でも、おまえといる未来を……私は、もっと知りたい」
それはまるで愛の告白のようで、銀郎の心を甘く蕩けさせた。
ああ、どうか、今だけは――。
私のものであってほしい――。
言葉にできない想いが胸を満たしていく。
気持ちを抑えようとしても、どうしても動き出す体を止められなかった。
一度、銀郎は膝の上で手を強く握った。
このまま何もせず、座していれば済むはずなのに。
だが、夕陽の静かな呼吸、その温もりを感じるたび、抗えない何かが心を突き動かす。
刀をそっと傍らに置き、ゆっくりと身を乗り出す。
ためらいがちに、けれど確かに、夕陽との距離を詰めていった。
座したまま、そっと夕陽の傍へ膝を寄せ――
銀郎は、夕陽の胸元に顔をうずめた。
触れただけでは、どうしても足りない。
胸を締めつけるこの想いを、どうやったら伝えられるのか、わからない。
「夕陽様……」
かすれる声で名前を呼ぶと、夕陽様はゆっくりと手を伸ばし、銀郎の髪をそっと撫でた。
優しくて、温かい。
その仕草だけで、胸の奥にこみあげるものがあった。
「……どうした、銀郎」
いつもと変わらない、静かで落ち着いた声。
けれど、こんなに近くで聞くのは、初めてだった。
甘えるみたいに、銀郎は夕陽の着物に手を伸ばし、ぎゅっと指先を絡めた。
「──好きです」
声は、震えていた。
隠そうとしても、どうにもならなかった。
こんな気持ち、とうの昔から持っていたくせに、今さらになって溢れて止まらなかった。
「……ああ、知ってるよ」
夕陽は、ふわりと微笑んで、銀郎の頭を抱き寄せた。
まるで、小さな子供をあやすみたいに。
その仕草が、たまらなく愛しくて、悔しくて──銀郎は、衝動的に顔を上げた。
迷わず唇を重ねる。
触れた瞬間、頭の奥で、理性の最後の糸がぷつりと切れた。
夕陽は驚いたように目を見開いたが、すぐにその瞳を閉じた。
銀郎を、拒まなかった。
それどころか、銀郎の背にそっと腕をまわし、深く、息を絡めてきた。
──許された。
それだけで、銀郎の全身が熱を帯びた。
求めたかった。
どうしても、欲しかった。
この人の全部を、自分のものにしたいと、心の底から願ってしまった。
銀郎は白布で夕陽の目を覆った。
「……どうか、見ないでください。今の私は、あなたの傍にいる資格もない」
そっと、布が視界を奪う。
夕陽の肩が一度、わずかに揺れた。
「銀郎……?」
不意に目を覆われたことに、戸惑いが滲む声。
だが、銀郎の指先が震えていることに気づいたのか、それ以上は何も問わなかった。
静かに、両の手首に絹の帯が巻かれていく。
きつくもなく、逃れようと思えば容易く解ける――それでも、夕陽は動かなかった。
最初は驚いていた。
けれど銀郎の仕草に、どこか切実な願いと、触れることすら恐れているような痛ましさを感じて、心が揺れた。
夕陽は唇を引き結ぶと、目隠しの奥でそっと目を閉じる。
「……お前がそうしたいのなら、そうすればいい」
その言葉に、銀郎の手がかすかに止まる。
拒まれなかった。
責められもしなかった。
それがどれほどの赦しなのか、銀郎は痛いほど思い知る。
「お前がどんなに浅ましくても、私は見捨てたりしない。……そんなことで、私の気持ちが揺らぐと思ったのか?」
その声に、銀郎の肩が震えた。
縛ったのは自分なのに、まるで心ごと解かれていくようだった。
銀郎は震える手で夕陽の着物に指をかけ、ゆっくりと、肌をあらわにしていく。
夕陽は抵抗しなかった。
銀郎の喉がかすかに鳴った。
どこまでも穢れている、自分のこの欲を。
それでも、どうしても――見られたくなかった。
この浅ましくて、醜い執着を。
目隠し越しに微かに揺れた睫毛。表情が読めない、それが余計にたまらない。
見られないはずなのに、まるで心の奥まで見透かされているようで、
「……好きです、ずっと……ずっと……」
拙い言葉を重ねながら、銀郎は夕陽の首筋に、頬をすり寄せた。
耳元に吐息をかけると、夕陽様の身体がかすかに震えた。
「銀郎……」
低く甘い声で名前を呼ばれ、銀郎はぞくりと背筋を震わせる。
すがるように、啄ばむように、唇を這わせ、首筋にそっと噛み痕をつけた。
──ここに、私だけの印を。
どれだけ理性を失っても、銀郎の想いは、たったひとつだった。
夕陽様を、誰にも渡したくない。
永遠に、ここに、二人だけで。
「……銀郎」
また名前を呼ばれた。
たったそれだけで、胸の奥に火が灯る。
どうしようもなく、愛おしくて、たまらない。
堪えきれず、銀郎は夕陽を押し倒した。
畳の上に仰向けになる夕陽、その胸に顔を埋める。
冷たい檻の中で、熱だけが異様に濃く滾った。
夕陽の白い肌が、月明かりに淡く照らされる。
その美しさに、銀郎は喉を詰まらせた。
「……夕陽様、私は……ずっと、あなたを……」
何度も繰り返す言葉。
愛している、愛している、愛している──。
言葉にならないほどの、渇望。
銀郎は、胸元に口づけを落とす。
首筋、鎖骨、喉元へと、貪るように喉を鳴らしてそのまま肩を、胸を、腹を、ゆっくりと、まるで一つ一つ確かめるように夕陽の身体を舐め上げた。
「ん……」
銀郎の指が、ゆっくりと辿る。
手探りで衣の隙間を探り、夕陽の昂りを、掌で丁寧に包み込んだ。
「っ……ふ……あぁ……」
目隠しをされたまま、夕陽様は小さく喘いで身を捩った。
視えないことが、かえって感覚を研ぎ澄ませる。
何をされているのか、どこを触れられているのか――すべてが、銀郎だけの支配下にある。
「……ああ、……嬉しいです。……私をもっと、……欲しがってください」
狂おしげに、けれど愛しげに囁きながら、銀郎の指は先端をなぞり、濡れたそれに舌を這わせる。
「……っ、ぁ……っ!」
舌先で、根元から先端へと優しく、時に意地悪く舐め上げるたび、夕陽様の腰がわずかに跳ねる。
それを制するように、縛った帯の端を握って引き寄せ、銀郎はゆっくりと口に含んだ。
「……っ、銀郎……おま……え……」
喉の奥に届くほど深く咥え込みながら、銀郎はその熱を一心に味わう。
耳に入るのは、愛しい人の震える息と、淫らな水音だけ。
唇を使って、丹念に焦らすように奉仕しながら、銀郎は心の奥で呟く。
――私の夕陽様、すべてを、私だけのものに。
優しく、けれど執拗に舌と指先で嬲られ、とめどない快楽の波に抗えず、夕陽は小さく震えながら果てたが、その白濁とした証さえも、舌の奥に沈め、逃がさぬよう喉で啜った。
「……夕陽様……」
名を呼ばれた夕陽の身体が、びくりと震えた。
銀郎はその様を逃さず、すがるように唇を這わせ、絡める指先に力を込める。
「……愛しています、夕陽様」
掠れた声に込められた情念は、熱を孕んだ風のように耳を打った。
深く、深く、口づけて、流れるものすべてを…ひと滴も零さず、味わい尽くす。
まるで、渇きに飢えた獣のように、喉奥まで。
──貴方のすべてを、私のものに。
名残惜しげに口を離した銀郎の瞳は、熱に潤み、獲物を見つめるように細められていた。
「まだ……終わりませんよ、夕陽様」
そう囁いて、そっと目隠しの布越しに頬へ口づけを落とす。
白布の下、夕陽の瞼が震える。
見えない世界で、銀郎の手が何をするのか、どこに触れてくるのか。
その一瞬一瞬が、敏感に伝わってくる。
「……んっ……」
控えめな声が零れた瞬間、銀郎の指がそっと奥へと進む。
緩やかな旋律を奏でるように、丁寧に、けれど確かに夕陽様を侵していく。
「……夕陽様……可愛いです……」
耳元で囁かれた言葉に、夕陽の指先がわずかに痙攣する。
その反応が愛しくて、銀郎はもう一度、深く指を差し入れた。
「ひっ……くぅ……ん」
縛られた手が絹を握りしめる。
無抵抗というより、すでに抗えないほどに蕩けている。
その姿に、銀郎の理性はどんどん溶けていった。
衣の奥、熱を帯びた欲の芯に、己を重ねる。
「……夕陽様……もう、止められませんから……」
夕陽様は震えながら、唇をわずかに開いた。
「……銀郎……お前になら……好きに、していい……」
たったそれだけの許しが、銀郎を突き動かすには十分だった。
ゆっくりと、しかし深く、銀郎は己を沈めていく。
熱が交わるたび、夕陽様の体がびくびくと震え、喉奥から声が洩れる。
「……あっ……っ、ん……ぁ……」
耳を塞ぎたくなるほど甘く、いやらしい声。
それを独り占めしているという実感が、銀郎をさらに昂らせた。
「もっと……ください……もっと、私に堕ちてください……」
優しさと独占欲を滲ませながら、銀郎は深く、何度も夕陽様を貫いた。
痛みと快楽が混ざったような微かな呻きが、夕陽の喉から零れる。
銀郎はすぐに、夕陽の額に口付けを落とし、甘く囁いた。
「……愛してます……」
けれど、その言葉とは裏腹に、銀郎の腰は貪るように動き出す。
ずっと、欲しくて、欲しくて、どうしようもなかった。
この身も、心も、全部、自分だけのものにしたかった。
銀郎は夕陽を抱き締めたまま、ひたすらに深く貫き続けた。
──ミシミシと畳の軋む音が、牢内に小さく響く。
何度も、何度も、銀郎は夕陽の名を呼び、
夕陽は熱に浮かされたまま、身を焦がす。
言葉にならない想いが、身体を通して伝わっていく。
どれだけ満たしても、足りなかった。
銀郎は、何度も夕陽を求めた。
絶え間なく口づけを交わし、体を重ね、また一度、繋がった。
どれだけの時が過ぎても、窓にはあの月が浮かんだまま、銀郎の激情は尽きることなく、
夕陽もそれを拒むことなく、受け止め続けた。
肌が擦れる音、甘く掠れた吐息、しっとりとした湿度──
すべてが淫靡に絡み合う。
夕陽の身体は銀郎の形を覚え、銀郎もまた、夕陽の温もりに刻み込まれていた。
「……ずっと、離しませんから……」
銀郎はそんな、子供のような呟きを漏らしながら、最後まで夕陽を抱き締め、奥深くまで満たし尽くしていった。
──銀色の檻。
そこに囚われたのは、夕陽の身体だけではなかった。
心も、魂も、すべて。
銀郎の腕の中、夕陽はぐったりと身を預けていた。力はとうに抜け、呼吸すらままならない。
だが銀郎の動きは緩められることなく、まるで一度触れたものを二度と手放すまいとするかのように、貪欲に、深く、何度も身体の奥を穿ってくる。
「……夕陽様」
甘く、濡れた声で名を呼び、銀郎はそっと夕陽の頬に口づけた。
濡れた睫毛の下、潤んだ金色の瞳が揺れる。
「もう……どこへも、行かせません」
その囁きは誓いではない。
支配だった。
ぐちゅ、と生々しい音を立て、ふたたび昂ぶった銀郎のものが奥を満たす。
夕陽は弱く首を振ったが、もう抗う術など残されていない。
「あなたは、私だけのもの……」
耳朶にかかる吐息。
何度も何度も、夕陽の名を呼びながら、
銀郎はその身を汚し、刻みつける。
鳥籠の中に、夜だけが降り積もる。
ふたりきりの世界で、銀郎は恍惚と静かに微笑んだ。
これから先、何百回、何千回、
夕陽を抱き、啼かせ、支配し続けるのだ。
「愛しています……夕陽様」
どこまでも深く、どこまでも、果てしなく──。
──そして朝は二度と来なかった。
***
────否。朝は来た。
鳥の囀りと、柔らかな朝の光に照らされて、銀郎はハッと目を覚まし飛び起きた。
「…………っっ!!」
そこには、見慣れた部屋の風景が広がっている。銀郎は大きく息を吐き、頭を抱えた。
「はぁ〜〜っ……私としたことが、なんという夢を……。欲求不満か?」
その時、障子が勢いよくバーンと開き、怒りの形相の朱雀が文句を言いながら入ってきた。
「おい銀郎! 今日の当番お前だろがッ、いつまで寝てんだよ!」
「……す、すまない。今、起きたところだ」
慌てて身支度を整え、台所へ向かうと朝餉の準備に取りかかる。
「ほら、飯炊きまではやっといたからよ」
「ありがとう、助かった」
食糧庫を覗きながら献立を考えるものの、夢の光景がどうにも頭から離れてくれない。
「はぁ……あれは、実にいい夢だった……」 「なにが?」
朱雀が訝しげに横から顔を覗き込んでくる。
「い、いや、なんでもない……」
その時だった。台所の戸が静かに開き、寝起きの夕陽が姿を現す。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、夕陽様!」
「……お、おはようございます」
銀郎は咄嗟に目を逸らし、夕陽と視線を合わせられずにいた。
「夕陽様、茶でも淹れるか?」
「ああ、頼む」
「では、私が……」
銀郎が湯呑みを手に取った瞬間、夕陽がすっと横を通る。その肩がかすかに触れた刹那――銀郎の視線が自然と、夕陽の首筋へ落ちた。
そして、それを見てしまった。
――明確な、歯形。
パリン。
銀郎の手から、湯呑みが音を立てて落ち、床を転がる。静まり返った空間に、その音だけがやけに鮮やかに響いた。
「あっ、おい、銀郎!? なに夕陽様の湯呑み割ってんだよ! あぁもう、ったく……!」
朱雀が慌てて声を上げる。が、銀郎は返事をしない。
サーッと血の気が引き、膝から崩れ落ちる。
「……って、オイ!? 銀郎、大丈夫か!? おい! おーい!!」
――あれは、夢なんかじゃなかった。
朱雀の呼びかけも遠く、銀郎はただ呆然と、その現実を受け止めるしかなかった。
番外編:銀色の檻 完