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山本ニャンすけ ミケだ晴信 小説

  初めて教育係の命が出たのはそれがしが33の時

  

  晴信が5歳の時だった。

  

  

  晴信は、父君と似た模様であった。

  

  左耳から左目のまわりまでが灰色と黒を合わせたような色で

  

  右耳から右目のまわりの方は、綺麗な黄色であった。

  

  

  

  「晴信、挨拶をせぬか、これからずっと世話になる方だぞ」

  

  「ぐっ……」

  

  父君の後ろからゆっくりと姿を現し、おどおどと近づいてくる晴信。

  

  自然と、それがしは、笑顔になった、父君に似て立派な武将になるだろう。

  

  しかし、まだそれがしと晴信との間には、十分な距離が出来ていた。

  

  痺れを切らしたのか、父君は、晴信の背中をポンっと押した。

  

  「ほれ、晴信」

  

  「ニャッ! お、おじちゃん、よろしくお願いします」

  

  緊張してか、モジモジと、少し下を向いたまま言う晴信殿。

  

  恐る恐るこちらを上目使いで見る晴信と目があう。

  

  純粋無垢な眼差しと綺麗なエメラルド色の瞳

  

  「ぐっ!……」

  

  ズキューン!!

  

  と胸に衝撃が走った。

  

  

  

  可愛い、可愛すぎるっ!

  

  この晴信の弓や剣の稽古や指導、物書き、その他教育。

  

  そのお世話をたった今任されたのである。

  

  他にも、傍で床の世話をしたり、手を繋いで歩いたり。

  

  「……ハッ」

  

  にやけきった顔を誤魔化すため、それがしは下唇を前歯で少し噛んだ。

  

  一度グッと噛んで表情に力を入れ、それがしは返事をした。

  

  「殿!! それがしにお任せ願いたもうぞ!」

  

  「では、私は、用事があるので失礼する」

  

  そして、晴信の父君が席を立つ。

  

  「あっ、父上!」

  

  その後を数歩追いかけた晴信であったが

  

  振り向き、屈みこむ父君から晴信は、一度頭を撫でられた。

  

  「大丈夫だ、ニャンすけ殿は、出来た方だ、色々良くして貰いなさい」

  

  「はっ!」

  

  一瞬だけ、晴信が威厳よく父君を見ていた。

  

  その姿に、それがしは、目の前にいる晴信の父君の面影の残像が見えた。

  

  

  

  そして、父君が戸を閉めた数秒後、再び先ほどのモジモジしている晴信殿に戻られた。

  

  

  

  「ぅ……」

  

  不安そうに声を漏らす晴信、年のせいもあるのか、まだオドオドしていた。

  

  「晴信殿、それがしが怖いですか?」

  

  「……」

  

  数秒の沈黙の後、晴信はコクリと一度だけ頷いた。

  

  可愛すぎて胸のドキドキは、より激しくなった。

  

  これでは、教育どころではない。

  

  それがしは、三秒目を閉じ心を落ち着かせた。

  

  晴信殿の父君に泥を塗るわけにはいけないのだ。

  

  

  

  「晴信殿、それがしと何かして遊びましょうか」

  

  「えっ?」

  

  『遊ぶ』という言葉に反応してか、晴信殿が心なしか笑顔になった気がした。

  

  その笑顔につられてか、それがしも少し気持ちが落ち着いた。

  

  そして、自然な笑顔で問いかけていた。

  

  「散歩にでも出かけますか? 蹴鞠(けまり)でもしますか? 他に晴信殿の希望があれば」

  

  そして、少し恥ずかしそうに晴信殿が申し上げた言葉は……。

  

  

  

  

  

  お天道様は、徐々に高度を落とし始めた昼過ぎ

  

  それがしと、晴信殿は、手を繋ぎ、城下町を散歩していた。

  

  

  

  城下町には、米屋、魚屋もあれば、蹴鞠やちょっとした玩具も置いてあるおもちゃ屋もある。

  

  「いらっしゃーい、今日は(米)少し安くしとくよー買ってかないか?」

  

  「取れたてぴちぴちのお魚、今日の晩飯にどうだい?」

  

  威勢のいい接客の声もあれば、晴信殿を見かけるなり声をかけてくる町娘達も居た。

  

  「あ、晴信様! お出かけですか?」

  

  その問いかけに晴信は、ギュッとそれがしの手を握った。

  

  「う、うん、おじちゃんと一緒にお散歩」

  

  自然と声をかけてきた町娘と目が合う。

  

  「どうも、教育係を任されました、山本ニャンすけでございます、晴信殿がお世話になっております」

  

  「あ、どうもご丁寧に、じゃ、またね、晴信様!」

  

  「う、うん」

  

  声をかけた町娘が背を向けると同時に晴信は、小さくため息を漏らすと、手の力を緩めた。

  

  まだ五歳、人見知りが治るには早いであろう。

  

  しかし、そんな晴信殿は、『手を繋いで一緒に散歩したい』と申した。

  

  晴信殿は、なんと気丈に振る舞われてるお方なのだろう。

  

  それとも、父君の命だからこそ、それがしのことを信頼してくれているのだろうか?

  

  「ぁっ……」

  

  ふと、繋いでいた手が離れ、二度、三度と、振り子のように流れた。

  

  再び手を繋ぐべきか、それともこのままで居るべきか

  

  それがしには、分からなかった。

  

  しかし、晴信殿は、それがしの手を掴み、離れないようにか先ほどよりも強くギュッ握られた。。

  

  そして、自然と晴信殿と目があった。

  

  それは、先ほどのお屋敷内と似た表情で、少し物悲しそうな表情であった。

  

  「……おじちゃん、手繋ぐの、嫌?」

  

  「ぐっ……」

  

  またしても胸にズキューン!!と衝撃が走った。

  

  幸せすぎて今死んでも後悔は無い! そうとさえ思えた。

  

  

  

  『いえいえ、そんな訳などありません、抱っこなりなんなり、晴信殿が望むのであれば……』

  

  などと言いそうになったが、町中ということを意識し、自我で抑えた。

  

  「いえいえ、それがしも手を繋ぐのは好きです、散歩の時はずっと繋いでましょうね?」

  

  多分、自然な笑みで言えたと思う。

  

  やましい気持ちが0と言うわけではないが、晴信様の教育は、どこか安らぐものがある。

  

  

  

  そんな中、ふと、晴信殿の足が止まった。

  

  視線を追うと、そこには、飴屋があった。

  

  色いとりどりので丸い形をした飴玉が、一色一色、透明なケースの中に入っている。

  

  奥の方には、子供の顔や果物のマークの金太郎飴があった。

  

  

  

  「美味しそう……」

  

  晴信殿は甘い食べ物がお好きなのだろうか?

  

  気が付けば、少し屈みこんで晴信殿と目の高さを合わせ問いかけていた。

  

  「食べますか? どれが食べたいですか?」

  

  「ぇっ、でも、父上に怒られるかも……」

  

  少し嬉しそうだった表情はすぐ残念そうな顔に変わった。

  

  厳格な父上なのだろうか?

  

  それがしは、少し迷ったが、

  

  『う~ん…』と少し考え

  

  買い食いの一つで教育係をクビにはならないだろうと結論付け。

  

  

  

  「晴信殿、大丈夫ですよ、これも勉強の一つですから」

  

  「勉強?……本当!?」

  

  気が付けば口から『勉強』という言葉が出ていた。

  

  それを聞いた晴信殿は、無邪気な顔になっていた。

  

  

  

  そして、晴信殿に手を引かれ、飴屋に向かう。

  

  向かう間もなく、店奥から現れた女の店主と目が合う。

  

  「いらっしゃいませ、あ、晴信様、えっと貴方は?」

  

  「始めまして、晴信殿の教育係の山本ニャンすけでございます」

  

  「あら、教育係ですか、大変そうですね、それで何にします?」

  

  「えっと……」

  

  晴信の手が再びそれがしの手をギュッと握った。

  

  しかしそれは、不安や人見知りではなく興奮をちょっとでも抑えようという行動の現れだろう。

  

  「いくつでも……と言いたいところですが、今日は六個までにしましょう」

  

  「分かりました。 えっと、じゃー……」

  

  行儀のいい返事、流石晴信様だ。

  

  晴信は、赤色と水色の丸い飴玉を二個ずつ、リンゴの絵の金太郎飴を二個選んだ。

  

  

  

  透明で四角の容器に飴玉は入れられ、飴屋の店主がそれを晴信に渡す。

  

  そして、それがしは値段を確認してから、財布を袖元からだし支払う。

  

  「ありがとうございました、慌てて食べないように気を付けて下さいね、晴信様」

  

  「わーい、ありがと、おじちゃん、どこで食べよ?」

  

  両手に大事そうに飴玉いりの容器を抱える晴信殿。

  

  

  

  そんな様子を見て、心の底から買って良かったなと思う。

  

  「喉につっかえては危険ですから、茶屋でいただきましょう」

  

  「はい!」

  

  嬉しそうに返事をする晴信につられ、それがしらは、近くの茶屋へ向かう。

  

  茶屋とは、ちょっとした和菓子やお茶をたしなむ場所である。

  

  大きい和傘が目印で、その下に置かれた椅子が、嗜むには格好の場所である。

  

  

  

  茶屋に着き、お茶を二つ注文して、晴信と一緒に椅子に腰かける。

  

  腰かける間もなく、晴信殿の手がそれがしの方へ向けられ、ゆっくりと振り向いた。

  

  「はいっ、おじちゃんも食べよう?」

  

  晴信は、2本指で赤い飴玉を掴み、それがしに差し出してくれていた。

  

  「ん?……嗚呼、ありがとう」

  

  砂糖の味が口に広がる頃、ほんのりとイチゴの味らしきものがそれを追いかけるように口中に広がる。

  

  「美味しい?」

  

  「とても美味でございます」

  

  「良かった、ボクも同じの」

  

  そういって晴信の手が赤い飴を掴もうとした時だった。

  

  「あっ!」

  

  ツルッと手を逃れた赤い玉が宙を舞う。

  

  それがしも反射的に手を伸ばすが、それは、空を掴んだだけだった。

  

  「ぁ……」

  

  「……」

  

  ゆっくりと飴が地面を転がり、部分部分に、じゃりがついていた。

  

  昔のそれがしであれば、懐へしまって、後で洗って食べてたかもしれないが

  

  今は、後に天下を取るかもしれない、晴信の家臣

  

  そのようなみっともないマネは出来なかった。

  

  「もったいないですが、諦めましょう」

  

  「……」

  

  それがしは、飴玉を掴み、草陰へそれを放った。

  

  「ぁ…」

  

  「また今度買いましょう、まだ飴は沢山」

  

  そう言った時だった。

  

  「うぅ……おじちゃんがせっかく買ってくれたのに…赤いの食べたかった…のに」

  

  こういう不幸には、少し胸が苦しくなるが、実はこんな時こそ、失ったものの代わりに様々なことを学んでいるのだ。

  

  物事は常に+と-が起こっている、そう実感できたのは、それがしですら数年前であった。

  

  それが故に、まだ5歳の晴信殿には、それをどんなにわかりやすく説明しても、

  

  理解することは出来ないかもしれない。

  

  今すぐ、代わりの同じ飴を買ってあげたいのも山々ではあったが、飴を落としたのは悪まで晴信殿自身のミスである。

  

  今は、堪えて、残りの飴で辛抱してもらう他ない。

  

  

  半泣きの状態で晴信殿は、すり寄ってくる。

  そんな姿も愛らしかった。

  その姿はもう、自分の子供ではないかとさえ錯覚してしまいそうだった。

  口の中の赤い飴玉はゆっくりと溶けていく。

  「ねぇ……赤いのって何味だった?」

  「えっと、恐らくですが、イチゴですね、イチゴ好きですか?」

  「うぅ……食べたかったなぁ……」

  「ん……同じ失敗をしないように気を付けないといけませんね」

  そう言ってそれがしは晴信の頭を撫でた。

  「ね、おじちゃん、その飴ボクにちょうだい?」

  「ん?」

  その方法があったかと思いかけた。

  しかし、それは、親子間ならまだしも、血の繋がりが無く年の差もあるそれがしらがとる行動としては、少しおかしいものである。

  

  少し惜しい気もするが…。

  

  「いやいや、それは、それがしが一度口に入れたものを食されるのはいささか……」

  

  「だ、だめ……?」

  

  初めて会った時よりも、エメラルドの瞳が、輝きを増し、晴信殿の魅力を最大限にしていた。

  

  「し、しかし……」

  

  正直、限界ギリギリだった、(自制心的意味で)

  だから、後一押しされたら、それがしは……完全に晴信殿に落ちてしまうだろう。

  

  「ニャ……ニャンすけ、おじちゃん」

  

  名前付きで呼ばれる始末、胸をこんなにも締め付けられる心地よさは、もはや、人生初であった。

  

  「……ぐっ!!」

  

  もういい、どうとでもなれ!そう思い、晴信殿の肩に手を置き

  

  晴信殿の顔へゆっくりと近づいた。

  

  「ハァ……ハァ……」

  

  晴信殿の僅かな吐息が鼻にかかる。

  

  晴信殿との距離は、もう数センチだった。

  

  殿、申し訳ありません。晴信殿の初めてを頂戴させていただき……。

  

  ゆっくりと目を閉じ、後は、直前の状態を想像し、晴信殿の口を目指すだけ、

  

  それだけだったのだが……。

  

  「お客さん、お茶、お待たせしまし…?」

  

  「っ!?」

  

  それは、不意打ちだった、慌てて上体を起こそうとするも、驚いた反動で、飴が喉につっかえた。

  

  「…ぅっ!……っ……」

  

  「お、おじちゃん!? だ、大丈夫?」

  

  「お、お客さん!?」

  

  店の人は、そこらにお茶を置き、それがしの軌道を確保してから

  

  結構な力加減でそれがしの背中を叩いた。

  やがて、つっかえていた赤い飴玉は、弧を描き、茶屋の庭先へ転がった。

  

  二つ目の飴も先ほどと同様草陰へ投げた。

  

  ただ、草陰に投げたのは、晴信殿の手であった。

  

  「嗚呼……」

  

  せめて5秒ぐらい遅かったら、晴信殿と口づけを交わせていたというのに……。

  

  先ほど、あんなにもその行為に抵抗があったのに、今は、悩んでいた時間のせいでそれが出来なかったと、後悔の気持ちだけであった。

  

  茶屋の店員は組みなおしたお茶を出し、店の中へ戻っていった。

  

  「ねぇ、大丈夫だった?」

  

  「あ、嗚呼……面目ないあのような醜態を晒してしまうとは」

  

  そして、茶をゆっくりすする。

  

  「そういえば、さっき、ボクにチューしようとし…」

  

  「ぶっ!……えっほ、えっほ」

  

  「も……おじちゃん、さっきから変だよ、大丈夫? どこか具合悪いなら父上に…」

  

  「ぁ……いえ、それだけは!……、そ、そうだ、晴信殿、この後、赤い飴を二つ買いますので、無かったことにしましょう」

  

  本当は、次の散歩の時まで我慢してもらう予定だったのだが、チューの下りを報告されては、晴信殿との接触が禁じられる恐れがある。

  それだけは、阻止しなくては。

  

  「ぇ?……良いの? やったぁ、ありがとおじちゃん」

  

  そういって、晴信殿は、今度は水色飴を自らの口に運んだ後、もう一方をそれがしへ差し出してくれた。

  

  口の中に広がる、飴本来の甘さとわずかな香料。

  

  それを感じながら、これからのことを想像した。

  

  きっと、喧嘩をすることもあれば、晴信殿の相談に乗ることもあるだろう。

  

  そんな時、今のそれがしで勤まるだろうか?

  

  晴信殿の父君に泥を塗らないためにも、それがし自身がもう少し己を磨いていかねば……。

  

  そして、美味しそうに飴を味わう晴信殿の横顔を見る。

  

  いつかは、国に立つお方、それがしがしっかりサポートせねば!

  

  そう決意が固まりかけた時だった。

  

  「おじちゃん、美味しいーね」

  

  ……やはり、晴信殿は可愛い。

  

  抱きしめたい気持ちでいっぱいだったが、茶屋の人の視線を感じないわけでもなかったので

  

  それがしは、そっと晴信殿の手に触れた。

  

  やがて、晴信殿は、それに対してなのか、ニコッと笑みを浮かべるとその手を優しく握ってくれた。

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