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31

  夜は、いつの間にか深くなっていた。

  火はすでに落ち、巣穴の奥には残った熱だけがある。

  岩肌に溜まった温もりと、獣の体温が混じり合い、空気は重くも柔らかい。

  ガレンはやはり熊のまま、横たわっていた。

  呼吸は安定し、胸はゆっくり上下している。

  傷は塞がり、痛みは遠のいたが、輪郭はまだ獣だ。

  エリアスは、その傍らにいた。

  特別なことをしようとしていたわけではない。

  互いに、同じ夜を越えてきた身体だった。

  エリアスが動くと、ガレンの鼻先がわずかに揺れた。

  空気を吸い、匂いを確かめる。

  不安ではない。

  恐怖でもない。

  ――互いを、求めている。

  それが分かる匂いだった。

  ガレンは、ゆっくりと身体を起こし、近づく。

  頭を低くし、額を寄せる。

  大きな重さが、逃げ道を塞がない角度で寄り添う。

  エリアスは、抵抗しなかった。

  指先が、厚い毛に沈む。

  体温が、掌に伝わる。

  潤んだ瞳と紅潮した頬。

  ともに過ごした日々の積み重ねが滲んだ身体は、やけに艶っぽく見えた。

  「……したい、ガレン…」

  声は小さく、続かなかった。

  だが、その表情、視線、必要な言葉はもう出揃っていた。

  ガレンの舌が、確かめるようにエリアスに触れ、頭が押し付けられ、歯が、甘く、痕を残す。

  捕らえるためじゃない。

  受け入れることを、何度も確認するための動きだった。

  エリアスは、息を整え、獣の胸に身を預けた。

  鼓動が、耳の奥に響く。

  同じ速さになる。

  欲は、静かだった。

  いつだって荒々しさはなく、心と身体が満たされる。

  触れ合いは、自然に深まる。

  夜は、二人の体温を抱いたまま、長く続いた。

  言葉はなかった。

  必要なものは、すべて身体が知っていたからだ。

  ガレンは何度もエリアスの中に愛を注いだ。

  エリアスの身体の奥深くに刻んだ。

  このままの姿だったとしても、存在を、忘れてほしくないから。

  ――

  朝の光が、巣穴の入口を淡く照らす。

  エリアスが先に目を覚ました。

  思い出して、胸の奥がじんとする。

  ――昨夜。

  身体に残る重みと、温もり。

  それが、夢ではないと教えてくれる。

  (ちゃんとできた…)

  隣を見ると、ガレンは熊のまま、まだ眠っている。

  安心しきった呼吸。

  エリアスは、静かに身体を起こした。

  だが、完全には音を消せない。

  ガレンの耳が、ぴくりと動く。

  目が合う。

  一瞬の沈黙。

  「……おはよう」

  辿々しい声。

  ガレンは、喉を鳴らす。

  エリアスは、視線を逸らし、少しだけ笑った。

  「……なんか、久しぶりだったね、」

  何が、とは言わない。

  巣穴の中は、どこか気恥ずかしい。

  それでも、距離は離れない。

  朝食の支度をしているうちに、気づけば、また触れていた。

  今度は、昨夜よりも静かに。

  確かめ合うように。

  昼と夜の境目で、

  二人は、もう一度、自然に重なった。

  ――

  夜中。

  ガレンは、再び眠っている。

  熊のまま、深い眠りだ。最近は眠ることが多い。

  冬に向けて身体がそうできている。

  たくさん食べて眠る。

  エリアスは、そっと身を起こした。

  身体には、何度も刻まれた確かな余韻が残っていた。

  それを、確かめるように、腹に手を当てる。

  ――ガレンからたくさん注がれ、受け取った、愛。

  その事実が、愛おしかった。

  だからこそ、胸が締め付けられる。

  エリアスは、声を殺した。

  ガレンに聞こえないように。

  小さく、泣く。

  「……どうしよう」

  言葉にならない不安が、溢れる。

  もし、もう人に戻れなかったら。

  苦しい思いはしていないだろうか。

  ガレンが望んだ生き方を、自分が邪魔していないか。

  (……ガレンは、私を守るために今の姿を選んだのは分かっている…)

  獣であっても、姿が変わっても、ここにいるガレンが、愛おしい。

  分かっている。

  分かっているからこそ、祈る。

  祈りは、誰にも届かないかもしれない。

  だが、エリアスは、願わずにいられなかった。

  背後で、ガレンが寝返りを打つ。

  重たい体温が、また触れる。

  エリアスは、涙を拭い、そっと戻る。

  獣の胸に、身を預ける。

  「……おやすみ」

  小さな声。

  返事はない。

  だが、鼓動が、確かにそこにある。

  夜は、まだ続く。

  季節も、ゆっくり進む。

  二人の時間も、同じように――

  静かに、確実に、積み重なっていった。

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