AdAd
  
亡国の兎王子は最後に夢を叶えたい

  明日死ぬのなら、最後くらい。好きな人に抱かれてみたってよくない?

  窓から見渡すと、王城を囲う塀の向こうには無数の火が焚かれていた。それは満天の星空のようで、全てが敵の光であるとミニュイは理解している。星は地上の明るさに負けてほとんど姿を隠していた。

  ミニュイは獣人の国ベリエの第六王子だ。子沢山の種族である兎獣人が国の覇権を握り、政治のトップに立ってから百二十年。ベリエは今、亡国の危機に陥っている。

  少数種族を迫害し、国の外では圧倒的な力を持つ純粋な人間を奴隷として扱っていたのだから、当然の末路といえよう。

  少数種族が他国の人間と結託し、反旗を翻したのはもう一ヶ月も前になる。

  慢心している国王は現実に目を向けようとせず、奴隷ばかりを戦地へ送ったがあっという間に戦力は減り、逆に敵方へと吸い取られていた。奴隷といっても心を縛る術はないのだから、当然のことだ。

  国王は王都に自軍を全て集結させ自分の居場所だけは守る闘志を燃やしているものの、もはや敵の数の方が圧倒的に多い。大型獣人の力も戦況を覆すには至らないだろう。明日には王城に攻め込まれ、王族は皆殺しにされるだろう。

  こうなる前からミニュイは何度も国王に奏上したが、意見を受け入れられることはついぞなかった。むしろ嫌がらせとして、奴隷制度に反対しているのに奴隷である人間の護衛をつけられた。彼を奴隷扱いしないくらいしか、もうミニュイにできることはなかったのだ。

  だから、これはミニュイが彼にする最初で最後の命令になる。せめて彼に少しでもやる気になってもらおうと、身綺麗にしていい匂いの香油を塗りたくってみたけれど。

  (本当に嫌がられたら、僕が諦めるしかない……最後に嫌われて死にたくないし)

  純粋な人間であるルミエールとはこの半年間、それなりにいい関係を築いてきたと思う。

  目立たない耳や存在しない尾を不思議に思うことはあったけれど、それ以上に彼の容姿は恐ろしいほど整っていた。

  輝く黄金の髪に深い湖を思わせるターコイズの瞳。意志の強そうな眉にまっすぐと高い鼻梁は、誰かに仕えるより上に立つ側の人に似合う。何より俊敏そうに鍛え上げられた体躯が素晴らしく、ミニュイは何度も偶然を装って抱きついたものだ。

  (あー、もう。かっこいい……ほんと好き。世界一好き)

  鏡越しにルミエールを見つめてほうっとため息を吐く。まさか自分が同性愛者だとは思わなかったけど、こんな素敵な人に四六時中守られて優しくされて、好きにならないなんて無理だった。

  対してミニュイは……パッとしない容姿なのが残念だ。美人ばかりを娶ってきた王族は総じて見目麗しいと言われているが、ミニュイは黒い毛をもって生まれた。母方からの隔世遺伝らしい。

  兎獣人のなかでも大きめの耳が顔の輪郭に沿って垂れているのが王族の特徴で、幼い頃は毛並みがベルベットのようで素晴らしいと評判だった。しかし黒い耳と髪はなんとも地味だ。

  明るく快活な性格は昔こそ愛されていたけれど、ミニュイが周囲の意見に同調しない一面を持つと分かってきてからは遠巻きにされた。

  顔を正面に向けると、ピジョン・ブラッドの目が愁いを帯びて見返してくる。なにも諦めたくなかった。夢だった外国への留学も、好きな人と平穏な暮らしを送ることも。

  でも、今のミニュイに叶えられそうなのは一夜の夢を見ることくらい。当たって砕けても、明日死ぬのなら行動を起こさないよりましだろう。

  「ねぇ、ルミエール」

  「なんでしょうか、ミニュイ様」

  「……逃げても、いいんだよ。ルミエールなら一人でここから抜け出すことくらい、できるでしょ?」

  ……ああ、奴隷としての彼に、命令しようと思ってたのに。自分の口からは、ミニュイのもう一つの願いがこぼれ落ちていく。

  ミニュイはチェストの引き出しから金属製の鍵を取り出した。場所は隠していなかったから取り出そうと思えばいつでも使えたはずなのに、いつでも逃げられたはずなのに、ルミエールは一度も使わなかった。

  ルミエールに近づいて行って頭を下げるように言うと、彼は躊躇いがちに従う。端正な顔立ちにそぐわない、頑丈で重い奴隷の首輪。鍵を差し込んで回せばカチリと音が鳴り、首輪は簡単に外れた。

  頭を上げたルミエールは困ったように眉を下げて笑う。

  「俺は逃げませんよ。ミニュイ様の護衛ですから」

  「でも……」

  彼は被害者だからおそらく解放されると思うけど、戦闘が起きてミニュイの護衛として振舞ったらどうなるかわからない。敵と認識されてしまえばどれだけ腕が立とうとも、多勢に無勢でやられてしまう可能性もある。

  それほどルミエールは責任感が強く、ミニュイに傾倒しているところがあるのだ。確かに出会ったときから好意全開で接してしまったけれど、憎き獣人じゃないの?

  「じゃあ、最後の命令していい? どうせ明日からはこんな風に過ごせないだろうから」

  「…………」

  ルミエールは声に出さなかったが、小さく頷いた。ミニュイの命令を疑いもせず、碧色の目が真摯に見返してくる。もしかしたらミニュイをここから逃がしてくれ、なんて言われると思っているのかもしれない。

  ――ミニュイは覚悟を決めた。首に下げているペンダントの中には、奴隷が逆らったときのための猛毒が隠してある。悪しき習慣だが、助かった。

  明日の朝、自分でそれを飲もう。守るべきものがなくなれば、ルミエールも一人で生きていこうとするだろう。

  「お願い。一度でいいから、抱いて? 死ぬ前に……思い出が欲しいんだ」

  寝台に押し倒されたとき、ミニュイはいまだに自分が夢を見ているんじゃないかと思っていた。嬉しいけど……あっさり、それはもうあっさりとルミエールは「わかりました」と承諾しミニュイを抱き上げて寝室へと運んだのだ。

  いつだったか、多分誰かの冗談で用意された黒く透ける夜着をミニュイは身に着けている。レースを使った前開きのキャミソールと、小さな小さな下履き。女性が身に着けるような勝負下着ってやつだ。

  ガウンを脱がせてそれに気づいたルミエールは目を見張り、眉根に深い皺を刻む。もしかして、逆効果だった?

  「あっ、ごめん。似合わないよね!? 脱ぐから……」

  「いや、違う。違います。……俺に脱がせてください」

  そう言いつつもルミエールは夜着には手を付けず、ミニュイをじっと見下ろしている。表情からは感情を読み取れないのに、視線の中に孕む熱を感じて体が熱くなってきた。

  初めての閨だけど、自分は存外淫乱だったのかもしれない。……それでもいい。今さら怖いものなんてないのだから。

  「ルミエール。早くっ、触って……」

  「……大事にする」

  まるで誓いの言葉のように告げて、ルミエールはミニュイに唇を重ねてきた。内心「ええっ!」と叫ぶ。

  敬語じゃないのも最高だし、まさかキスまでしてもらえるなんて。サービスが良すぎない!?

  嬉しすぎて混乱し目を閉じるのも忘れていたが、ルミエールに唇を舌で舐められると繊細な快感が伝わってきてうっとりと目を閉じる。大きな手に耳ごと頭を撫でられると、気持ちよくて「んぅっ……」と甘い声が洩れた。

  キスが深まると、慣れないミニュイは上手く息継ぎができずいっぱいいっぱいになる。ルミエールの舌が上顎をくすぐると、気持ちよさも相まってぼうっとしてくる。

  初めての口づけに陶然としていたとき、レースの生地越しに小さな胸の尖りを摘ままれビクンッと大きく体を揺らしてしまった。

  「ああっ。ルミ……そこ、なんか変……」

  「大丈夫。気持ちいいよ」

  意識したこともない場所が擦られ揉まれると、徐々に敏感になっていく。気づけばミニュイは体を捩り、下履きの中も苦しく感じていた。

  キャミソールをぺらと捲って腹を撫でた手は、ミニュイの下腹部へと到達する。恥ずかしいことに、もう先端が飛び出し雫を垂らしていた。

  ルミエールは手をそこに添えて、上下に擦る。首筋を辿っていた舌は乳首を捉えた。

  「ひぁっ、そんなぁ……ん。同時って……ああ!」

  下着ごと濡らすように胸をじゅるじゅると吸われ、もう片方も指で先端を押され、同時に性器を擦られたらもうたまらない。好きな人に触れられて、キスまでしてもらってそれだけでもう死んでもいいほど満足してたのに。

  「あ、イッちゃ……だめっ。手、離して……〜〜〜ッ!」

  ミニュイはなすすべもなく、あっという間に達してしまった。

  ルミエールは達する瞬間のミニュイを見下ろして目を細める。軽蔑されたのかと身構えたのも束の間、次の瞬間、彼は当然のような顔をして手についた白濁を舐めた。

  (わ。わーーー! ルミエールが、僕のを……!!)

  自分の体を舐められた以上に衝撃だ。口をぽかんと開けて驚愕しているミニュイをよそに、ルミエールは何かに納得したように一言だけ呟いた。

  「……うん、」

  「水っ、水飲んで〜! そ、そんなことまでしてくれなくてよかったのに」

  何の「うん」なの!? その続きを聞きたいような聞きたくないような!?

  問いただしたいのをこらえ、ルミエールに水差しから注いだグラスを差し出す。彼は受け取って、ミニュイを見ながらクッと口角を上げた。

  「エロいな」

  「はっ……?」

  喉仏をゴクリと動かし水を飲み干しているルミエールの前で、ミニュイは自分の姿を見下ろす。そして大慌てでシーツの中に逃げ込んだ。

  濡れて胸に張り付いたキャミソールからは赤く熟れた乳首が透けて見えるし、小さな下履きからはくたりと力を失った……あー!

  うつ伏せから腰をちょっとだけ持ち上げごそごそと下履きを持ち上げていると、前触れもなくシーツが剥ぎ取られてしまう。ルミエールはミニュイの背中と尻を勝手に見て「あー……」と呟いた。

  だから感嘆符だけはやめてよぉ……!

  「まじで尻尾ついてる。まんまるの……すごいな、かわいい」

  「はへ? ――あっ」

  他の獣人はそうでもなかったりするが、兎獣人は基本的に服で尻尾を隠す。隠せるサイズ感だというのが大きな理由だけれど、だからこそ普段見せない場所を――すでに色々見られているとはいえ――見られるのは結構恥ずかしい。

  「へぇ、骨があるんですね? ふわふわで丸く見えるんだ。え~裏は真っ白なんてそんなギャップ……俺にしか見せないでくださいよ!?」

  「あ! まっ、待って」

  遠慮なく触られて、淡い快感がぞくぞくと背筋を駆け上ってくる。尻尾を持ち上げて裏側まで見られるなんて! 羞恥に顔が熱を持つ。

  キャミソールと下履きの狭間から見えている尻尾を手で隠そうとしていると、ルミエールは背中から覆い被さってきた。背中に回していた手が、長大な存在感に触れる。え……

  「これを今から、ミニュイ殿下に……挿れて差し上げますね」

  「え……」

  え…………

  (ここで敬語なんてずるいって~! ていうかそこについてるの大型獣人のやつじゃない!?!?)

  ***

  侵略してくる。熱くて硬い、熱が。

  

  「あ、あ、あ……ルミ。もぉ、おっきくて、むりっ……んっ、ん~~~っ!」

  「お上手ですよ、殿下。あと半分ですから、一緒に頑張りましょう?」

  まだ半分!? 苦しくて無理と言いつつやめてほしいわけでもなかったミニュイは、さすがに白目を剝きそうになった。

  念願叶って、どれだけ痛くとも好きな人と繋がれる幸せを噛み締めようと思っていた。けれどルミエールは想像以上に大きかったし、大きいと文句を言うたびに大きく硬くなっていく。

  なんなの、呪いとかそういうやつ? 子どもみたいに文句を言ってしまうのも仕方がないと思う。

  「いやっ、もうがんばれない……むりぃぃちっちゃくして……」

  「……でも気持ちいいんですよね? ここ、また勃ってますね」

  

  背後からミニュイの腰を持ち上げていたルミエールは、ミニュイの腹側に手を回して性器を掴んだ。触れられて初めてミニュイも自身の変化に気づく。

  柔く握って擦られると強い快感が体に走り、拡がりきった後ろに力が入ってしまう。すると改めてルミエールの形をまざまざと感じ、先ほど指で拡張するときに見つけられた快感の源に意識が集まる。

  あれ、気持ちいいんだっけ? と脳が認識して力みが緩んだ瞬間、奥まで一気に差し込まれた。

  「……あああああ!」

  「ッ……全部、入りましたよ殿下」

  

  一応明日までは王子であるはずの自分が、今まで従順で大人しかった奴隷の護衛に体を許している。みずから望んだことだけれど、夢みたいで幸せで……自然と涙が零れ落ちてきた。

  もう今死んでもいい。快感と衝撃を脳が処理しきれなくて、ミニュイは呆然と顔の前で揺れるペンダントを握りしめた。

  その瞬間、「ミニュイ殿下」と耳の後ろで呼ばれる。

  「俺を、感じてください」

  「っあ、ん! あっ、あ、あ、あ……るみ……!」

  繋がった場所を馴染ませるように動きを止めていたルミエールが腰を揺らし、的確に腹側のしこりを押しつぶす動きをする。好きな人だからなのか、ミニュイの体は想像以上に早く拓かれ柔軟に受け入れた。

  擦られた場所から、突かれた場所から甘やかな快感が広がっていく。ミニュイは今なら許されると、必死で愛しい人の名前を呼んだ。

  「ミニュイ殿下、……ミニュイ」

  ルミエールから呼ばれる名前にも甘さが込められている気がするのは、さすがに楽観的すぎるだろうか。

  

  自分の体の中にこんなにも情熱的な器官があったのかと驚くほど、ぎゅうぎゅう抱きしめて離さない。彼は焦らすようにして性器を引き抜いたあと、奥まで来てミニュイをあやす。

  まさに愛を全身で表す行為に、これを知らずに死ななくてよかったとミニュイは思った。ルミエールが相手でよかった、とも。

  ここまで深く繋がってしまったら、ミニュイの気持ちなんてとっくに伝わってしまっているに違いない。もう、抑えていたら火傷してしまいそうなほどの感情が。

  「好きっ……るみ、すきぃっ……」

  「……ミニュイ、――」

  ***

  ルミエールが満足のため息を吐いて動きを止めたとき、ミニュイは指一本さえ動かせなくなっていた。彼は途中から箍が外れたみたいに遠慮がなくなり、体位を変え何度もミニュイを求めてきたのだ。

  何度目かに絶頂したとき(抱いてって、言ったけど……一回って言うべきだった!?)などと少々色気のないことを考えたりもしたが、結局あっという間に思考は熱に塗りつぶされた。

  ふとカーテンの向こう側が白んでいることに気づき、最後の夜が終わったのだと気づく。国が滅亡する日に朝寝坊なんてしたら駄目だろうか。

  でも、きっとみんな人生の最後は愛する人と少しでも長く寄り添っていたいに違いない。

  ミニュイは脱力しきった体でモゾモゾと胸元のペンダントを探る。眠くて目が半分も開かない。

  ……そういえば、序盤はちらちら視界に入ってきていたけれど、後半はどうだっただろうか? 下着を脱がされたときに、どこかへ飛んで行っちゃった?

  「ミニュイ、何も気にしなくていいから。安心して、ぐっすりおやすみ」

  「ん、……」

  なんて甘い声だろう。まるでミニュイは自分が幼子にでもなってしまったかのように、瞼に大きな手を当てられてすうっと目を閉じた。

  「よしよし」と背中側に垂れた耳ごと撫でられて優しく抱き寄せられると、世界一安全な場所で眠っている心地になる。ルミエールがこう言うのなら、少しだけ眠ろう。

  そうして、ミニュイは起きたあとのことなんて全く考えずに、ストンと深い眠りの世界へと旅立ったのだった。

  ◆

  ガラガラ、ゴトゴト、車輪が地面を走る音が聞こえる。振動で腰が痛いし、身を捩るのも億劫なほど全身が重怠い。

  「ん、ん……?」

  感じたことのない違和に、ぼんやり眠気の中に揺蕩っていたミニュイもさすがに目覚めた。

  日差しが強いのか、カーテンの引かれた室内でも目に痛いほど明るい。滑らかな革と葡萄色の絹が使われた上品な室内。見覚えはないが、間違いなく馬車の中だ。

  「ここ、どこ?」

  ぎゅうぎゅうにすれば四人は入りそうなのに、ここにはミニュイ一人しかいない。ぽつりとこぼした疑問は誰にも拾われずに転がっていく。

  ていうか本当なら、今日は王国滅亡の日で……

  ふと、王宮へ迫ってくる反乱軍の姿が脳裏に浮かんだ。父王が斬首され、血塗れの剣を握った誰かが近づいてくる。

  「うわぁぁぁ! ――イタッ」

  白昼夢に叫び声を上げたミニュイは座席から転げ落ちた。すると、かなりの速さで進んでいた馬車が急に止まる。

  馬がヒヒーンッと嘶き、ミニュイは狭い床をゴロゴロと転げる。ギシギシ軋む体には残酷な刺激だった。

  「痛ぁぁい!」

  「悪い、大丈夫かっ?」

  扉を開けたのはルミエールだ。一条の風が彼の髪を揺らし、強い日差しが黄金の稲穂のように輝かせる。ターコイズの瞳はミニュイの無事を確認して優しげに細められた。

  ミニュイは抱き起こされながら、馬車を運転していたのが彼だったらしいと知って赤い目をぱちり、と大きく瞬いた。

  「えっ、何してるの?」

  「見てのとおり、逃げてる。王宮からと、ミニュイの国からな」

  ルミエールだけは、逃げて欲しいと思っていた。彼一人なら強いし逃げやすかろう。でも、今の状況はなに?

  そもそもすっきりさっぱり逃げてもらうために、ミニュイはみずから毒を呷ろうと思っていて……あれ? 咄嗟に胸元を探る。

  「あれっ……ない!」

  「毒なら捨てたぜ? ミニュイ。お前はもう、死のうなんて考えるな」

  「えー! 僕を生かしてどうするの。はっ、もしかして、ルミエールの国でギタギタのメッタメタにして、最後は人間を虐めた獣人としてギロチンで……?」

  「違う。どんな想像力だよ……一緒に生きようって言ってるんだ。俺の国で俺の嫁になってくれるなら、ミニュイはやりたかったことをやればいい」

  「やりたかったこと……」

  自分のやりたかったことは、好きな人と平穏に暮らすことだ。『俺の国で俺の嫁になってくれるなら』……?

  なんだその条件は。ミニュイのやりたいことを叶えようとすれば、ルミエールの条件を満たしてしまう。

  「そんなの、おかしいよ……。ルミエールだって、せっかく自由になったんだからやりたいことはないの?」

  「俺はずっと自由だった。望んでミニュイの傍にいたって言えばわかるか?」

  「え……?」

  「やりたいこと、本当はあるんだろ。これから一個ずつ叶えて行こうぜ」

  「…………」

  ルミエールはどうして何もかもを理解した目で見つめてくるのだろう。理知的な翠の眼差しが、ミニュイの胸の真ん中に突き刺さる。

  「国の外のこと、自分以外の種族のこと、もっと勉強したい。分け隔てなく、いろんな人と仲良くしたい……」

  好奇心旺盛で研究者気質なミニュイにとって、母国は狭く不自由だった。どんな種族でも得意なことと苦手なことがあって、それが当然なはずなのに。どうしてお互いに尊敬して助け合って生きていけないのか、ずっと疑問だったのだ。

  初めて包み隠さず伝えた自分の望みに、大きく頷いてくれる。ルミエールの国でなら、叶えることができるのかもしれない。

  希望を抱いていいの? 今なお不安げに瞳を揺らすミニュイに、茶目っ気たっぷりの笑顔が惜しみなく向けられた。

  「おいおい、俺と叶えたい夢はないのか?」

  「だって、胸がいっぱいで……」

  「もっと欲張りになれ。夏の間は離宮に二人きりで過ごしたいとか、冬は温泉でしっぽりとか、土地貰って公国の王妃になりたいとかさ?」

  離宮? 温泉? 公国? ルミエールは一体何者なのだろうか。

  理解が追い付かずにぽかんと口を開けていると、ルミエールの背後にキラッと煌めく星のようなものが見えた。

  

  「……流れ星?」

  「――おっと、ちょっと走らせる。ちゃんと掴まっておけよ!」

  「ヒェッ……え、ええ~~~!?」

  ミニュイが呟いた瞬間、ルミエールが剣を抜き放ち一刀両断する――まっすぐこちらに向かって飛んできた矢を。

  矢尻が草むらに突き刺さるのを見て青褪めている間に、ミニュイはクッションに挟まれ座席に固定された。ルミエールはまたも飛んでくる矢を剣で打ち払い、御者席に飛び乗る。そのまますごいスピードで走り始めた。

  反乱軍の誰かだろうか? 王族の自分が捕まったら、相手が誰であろうと終わりだ。だから転げないよう必死で捕まりながら、ルミエールが逃げ切ってくれることを祈る。

  ミニュイはもう、死んでもいいなんて思えない。本当なら、王族の責任とやらを取らなきゃいけないのかもしれないけど……攫われちゃったし。彼が生きろと言うなら、生きたい。

  ルミエールの国がどんなところなのか知りたくなった。本当に叶えられるのなら夢を叶えたい、諦めたくないと思ってしまった。

  ――それに……

  (好きなのは、僕だけじゃないってことだよね?)

  真夜中に聞いた気がするのだけれど、確信が持てないからもう一度。ここを生きのびたら、聞いてみよう。

AdAd