第九章 影の軍勢の拡大 ―迫る復讐の刻(とき)― 5

  男のエルフたちの集落を後にし、ドワーフたちと別れたカイルは、ひとり静かに森の奥へと歩を進めていた。

  目指すは、エルフの伝承にのみ名が残る古代神殿、長き時を経て、もはや森そのものに呑まれつつある場所である。

  森の空気はひどく重く、踏みしめるたびに湿った土が低く呻くような音を立てた。

  数十年か、あるいは数百年か。

  誰ひとり足を踏み入れなかったのであろう神殿は、深い蔦と苔に覆われ、かつての荘厳さを辛うじて輪郭に残すのみだった。

  カイルは絡みつく蔦を剣で払い、崩れかけた石段を慎重に登る。風はなく、鳥の声もない。

  ただ、古代の魔力だけが、ひっそりと息づくように周囲の空気を震わせていた。

  やがて彼は、森の闇に沈む神殿の奥へと足を踏み入れた。

  そこには、長い年月を超えてなお消えぬ何かが待っている。そんな確信があった。

  「……これか」

  やがて行き着いた場所で、古びた壁面に刻まれた文字を発見した。

  「古代のエルフ文字……図書館でも見たことないな……だが」

  右目に魔力を集中させ、文字を見つめるカイル。

  やがて右目に解読された文章が浮かび上がってきた。

  「解読結果:[i:淫魔王、この地に降誕す。

  その邪なる右目に宿りしは、底知れぬ魔威。人の心を惑わし、万界を統べんと欲す。されど、脅威に抗わんと、人族・エルフ族・ドワーフ族・獣人族、さらに多くの種族、旗を一つに掲げて集い来たる。かくして淫魔王、諸族の結束の前に力尽き、その身は大地に崩れ落つ。

  しかし最期の瞬きにて、その血脈、その邪眼の因子を人の種へと刻み遺す。各国の王、伝承の宝具をもって因子を封じんと試みるも、その穢れを完全に祓うこと叶わず。

  人族の王、邪眼の因子を宿す一族を己が庇護下に置き、国を護る楯として用いんと諸族へ誓約す。他種族の王らはその誓いの代償として、邪眼の因子が顕現せしとき、その者より他の魔力を奪い去る制約を課すべしと提案す。人族の王、これを受け入れ、さらに盟約として刻む。

  邪眼の因子を持つ者に魔力の消失見られし時、その者は即刻、処刑に処すべし。

  この掟、永劫に破られざることを。

  かくして人族の王、邪眼の因子を封じられし一族に名を与う。その名は…………ウォーカー]」