●
「寒……、これホントに明日雪降りそうだな……」
駅を出た瞬間に全身を横殴りするような冷たい風に身を縮こませながら、僕は白く濁る息をゆっくりと吐いた。
最近きつくなり始めたベルトの穴を一つ隣へと移し替える。最端の穴、追い詰められたバックルの突棒もう後がない。ダイエットでもするべきか。そんなことを考えながら、帰宅ラッシュの人混みに縮こまった肺に空気を送り込む。冷えた空気でもあの電車内の籠もった空気に比べれば月とスッポンだ。
「明日、休みで良かった」
場所によっては雪が降りそうな程の寒さらしい。季節外れの雪、なんて最悪の事態だ。平日で通勤電車のダイヤが乱れれば、ただでさえ満員の電車が更に混み合ってしまう。
おしくらまんじゅう、なんて言うが、本当に潰されて伸ばされて素甘にでもなってしまいそうになるのだから。
僕は嫌な想像から逃げるように、寒さに軋む首をもたげて薄曇りの夜空を見上げた。この寒空の下、歩いて帰らなきゃいけないのか。と億劫になる。
重い気を引きずるように家路への足を踏み出そうとする、その時。
そんな僕の感傷を察知したかのようにポケットの中のスマホが震えた。
スリープを解除したスマホのライトに目を細めつつ通知を開けば、そこには太一という名前が表示されている。
『寒いから今日は鍋!』
と、デフォルメされた犬がシッポを振っているスタンプと共に調理途中の画像が送られてきている。
「鶏塩か、良いな」
メッセージに返信をしながらスタンプと同じように尻尾を振っているのだろう大型犬を思い、笑いを零して。
まあ、寒い日も悪くないか。と上着のポケットにスマホごと手を突っ込んだ僕は軽くなった足取りで家に向かって歩き出した。
[newpage]
●
見慣れたアパートの階段を上り、自室のドアを開ける。ポストに投函物が無いことだけを確認して、僕は荷物を暗い玄関に置いて中に入らずドアを閉めた。微かに、美味しそうな香りが漂ってくる。その匂いに緩む口元をそのままに数歩移動して隣の部屋のドアノブを掴んだ。
捻る。鍵はかかっていない。時間を見計らって、鍵を開けておいてくれたのだろうか。
「太一、ただいま」
ドアを開ける。
瞬間、食欲を一気に刺激する芳醇な香りが僕に押し寄せる。鶏肉と野菜が煮える匂い。グツグツと微かにとろみの付いた液体が鍋の中で泡を立てて弾けては鍋が震える音に隠れるようにして、腹の音が響く。
「あ、おかえり真尋。お疲れ様」
1Kのアパート。リビングへの通路に沿ってキッチンがあり、コンロの前で大型の犬獣人がこちらを振り向いて、にぱ、と笑った。
息を吸う、肺が心地よく膨らむ。笑い返しながら、後ろ手にドアを閉めて鍵を掛ける。
コンロの火を止める手つきを眺めながら僕は、尻尾を緩やかに左右に振るう彼の隣に立つ。
「その格好、寒くない?」
今日は肌寒いというのに、膝丈のサルエルパンツにパーカーを地肌に着ているだけ。首元は隠れているとはいえ、そんな軽装の彼に問いかけてみる。
だが、ボーダーコリー犬種獣人の彼――太一は小首を傾げながら肩を竦めていた。
「ううん。コンロ使ってるし、むしろ熱いくらい」
「……」
にわかには信じがたい。と思いながらも、太一の体を眺める。パーカーの袖やズボンから伸びている手足は柔らかな被毛に覆われている。
大型犬種の獣人ならやはり寒さへの耐性があるんだろうな、と思っていると、そんな僕の視線に、太一は目を細めて口を尖らせる。自身のお腹を撫でながら、何も言っていないのに抗議するように。
「今、贅肉の差だって思った?」
「……ふ」
不満がる太一の表情に僕は思わず軽く吹き出してしまった。
やっぱり、というように太一の表情に呆れが浮かび上がる。
確かに風船を膨らませたような曲線を描く胸と腹――その腕や足も含め、太一の体はふっくらとしている。種族柄、身体が大きくなりがちだとは言うが、それにしてもふくよかな印象は拭いきれない。簡単に言ってしまえば、太っている。
彼の胴体に抱きつけば、その丸々とした膨らみに体が沈み込む独特の心地よさがある。時折、それを求めて無意味にハグをしてしまう程度には、僕はそれが気に入っていた。
「いや、毛皮があるからかなって。でも、その理由も一理あるかも」
「ふん。脂肪だって冷えるんだよ。……真尋もそのうち分かるようにしてやるから」
その感覚を思い出しながら弁明する僕に拗ねたふりをしながら、太一は耐熱の手袋をはめて鍋を掴んだ。リビングの方へと持っていくのだろう。
リビングを見れば、座卓の上に鍋敷きが準備されている。太一が鍋を持ち上げたのを邪魔しないように一歩引いて道を開けながら、戸棚のガラス戸を開いた。
中に見慣れた食器が重なっている。
「呑水と箸、僕で持ってくね」
「うん。あ、ご飯も入れちゃって」
「はいはい」
軽く返事をしながら夕飯の準備を進める。
そういえば、この部屋に入る時に『ただいま』というようになったのはいつからだったか。
コンロの上で蒸らしていた炊飯用土鍋の蓋を開ける。粒立ち良く炊けている白米にしゃもじを潜らせながら、僕はそんな何気ない幸福を噛みしめる。緩む頬が擽ったく感じる。
僕と太一が『ただの隣人』から『恋人』になって随分と経つ。
茶碗に温かなご飯を盛りながら、鍋を座卓にセッティングする大型犬の後ろ姿を見つめる。きっと、僕にも尻尾があったのなら今もあんな風に、ぱたぱたと忙しなく揺れ動いているのだろう。
心地の良い空腹に誘われながら、両手に茶碗を持って僕はリビングへと向かった。
[newpage]
●
「たんと食って、たんと太るんだよ」
隣に座った太一が鍋の蓋を開けると、既に部屋に満ちていた香りが僕の鼻腔を突いた。
透明なスープの中には野菜や鶏肉といった具材が色鮮やかに浮かんでいる。白菜、人参、しめじ、もやし、水菜。それら野菜に包まれるように、メインの鳥つみれが中心に浸かっている。
つみれの上に乗る刻まれたニラが、煮込まれた鳥肉と野菜の甘く優しい香りに刺激を加えている。
その湯気を嗅ぐだけで涎が溢れ出してしまうほどだ。
「いただきます」
「ん、召し上がれ」
手を合わせて、呑水に具を取り分ける。
よく出汁の染みた野菜を敷くようにして、その上につみれを二個ほど転がす。
ほんの少し白く濁った透明なスープは、滲み出した鶏肉のコラーゲンにかまろやかなとろみが付いている。薄っすらと浮かんだ脂ととろみで光を照り返して、具材が煌めいて見える。
呑水に口を付けて、その出汁に吸い付いてみた。途端、口いっぱいに鶏の風味と醤油の香りが広がる。舌の上を転がるのは、にんにくと唐辛子の辛みか。乾いたタオルが肌を擦るような刺激。直後、湿気を吸った生地が柔らかく肌を包むように、敏感になった舌先を濃厚な鶏出汁の塩みと野菜の甘みが撫でていく。
濃厚な旨味。
だが、喉奥まで滑るように流れていくその濃さにくどさはない。優しく溶けた生姜がまろやかなスープに切れ味を持たせている。一口、口に含ませただけでは満足出来ない。次の一口を誘うような絶妙な塩梅に箸を止める事は出来なかった。
野菜はよく煮込まれているのにシャキリと歯ごたえもよく、素材の風味が豊かに口の中で踊る。調和しながらも、それぞれが形を失ってはいない。白菜のコク、人参の甘み、しめじの香り。出汁の染みたもやしは旨みを主張し、水菜が微かな苦みで舌を飽きさせない。
「美味い」
気付けばそう呟いていた。
口に出してから、僕はじっとこちらを見つめている目に気付いた。してやったり、と言わんばかりに自慢げな笑みに、僕は改めて「美味いよ」と伝えてみれば、今度は少し照れくさそうに視線を外してきた。
「そ、よかった」
と言いながら、自分の呑水へと取り分けながら、ちらりと僕の方を見やった。
「でも主役がまだじゃない?」
自信作だよ、そのつみれ。という太一に、僕は胸を踊らせながらボール状に纏められた鶏肉に箸を乗せた。
「それは楽しみ」
火の通ったつみれは硬くなる事もなく、ゆっくりと箸先で割られていく。じわり、と断面から溢れる脂と出汁に思わず喉が鳴る。細切れにされた生姜の香りが、断面から湯気とともに腹の底をくすぐってくるようだ。
一口大に割ったつみれを舌の上に乗せた。
「ん……」
刹那に熱風が吹き過ぎたような。
そんな広がる旨味に一つ瞬きをする。ゆっくりとそれを噛めば、単なる鶏肉だけではないのだろう複雑な味が理解し得ぬ言葉で語りかけてくるようだった。
極小の花火が舌の上で花開いている。噛めば噛みしめるほどに、その旨味を閉じ込めている肉が解けていく。柔らかすぎるわけではない、むしろ、程よい弾力で舌を楽しませてくれる。
その誘惑のままに白米を放り込めば。
「……ふぅ」
息が漏れた。
気付けば、茶碗は空になっている。鍋の中もつみれの欠片や野菜くずが漂うばかりで、白濁りの残り汁が自慢気に揺れているのみ。
「はぁ……食ったな」
「ご飯おかわりまでしてくれたもんね。今日お腹減ってたの?」
「んー、寒かったから温かいのが良かったのかも」
「うん、いいぞいいぞ。もっと食べて、ぷくぷくになればいいさ」
と笑いながら、太一がお腹を撫でてくるのをぺしりと平手で撃退する。腹が満たされた気持ちよさに、天井を見上げながら体の横に手をつきながら息を吐き出した。
「でも、ほんと美味かった。冗談抜きで太らされちゃうな」
「へへ。出汁もパックの鍋スープから工夫してたからね、気に入ってくれてよかった」
太一は、そう言ってから少しの間、虚空を見るようにしながらその垂れ耳をパタパタとはためかして、戸惑うように口を開いた。
「片付けは、ちょっと冷めてからで、いい……よね」
「ん? うん、それで……」
僕は少し言葉を途切れさせた。
太一の手が僕の手の甲を包み込むように触れている。指先で何かを訴えるように第一関節を引っ掻かれて、彼を見つめる。
「いいんじゃない?」
「……ん」
さっきまでの饒舌は鳴りを潜め、太一はスンと言葉を封じ込めしっとりとした瞳を僕を向けていた。視線が絡み合う。ゆっくりと呼吸を合わせるようにして、僕はゆっくりと彼のマズルに近づいていった。
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●
10センチ。
5センチ。
そうして、鼻が触れ合うほどにまで近づいて、僕はゆっくりと唇を触れさせようとした。その時。
「ん」
フイ、と太一は顔を逸らしていた。
「……なんで逃げるの」
「ん、ンー……」
どうにもキスが苦手らしい太一は、ピッタリと閉ざしたマズルの中でもどかしそうに舌を転がした後、僕が唇を合わせれば数秒の逡巡の後、ひっそりと口を開く。
閉じた歯列をなぞる。ぐ、とその門を押せば、太一は観念したように尖る歯列の中へと僕を招き入れる。嫌がっているようにも見える。だが、拒絶するのであればもっと強く拒絶できるだろう。
くちゅり、とマズルの中の熱い舌に僕のそれを絡めて擽れば、太一はその背中を敏感に跳ねさせる。僕がキスをしたがっている。その思いを尊重し、その欲望に屈服し、太一は僕の唾液をその太い喉奥へと流し込んでいく。
「……っ、ぁ、んぅ……」
だが、それもやがて我慢の限界というように、僕の肩が軽く押しのけられる。甘く濃く絡みついていた舌を引き離せば、唾液が一瞬糸を引いて太一の吐息に掻き消える。
その表情は、先程までの彼とは全く違う色に苛まれている。切なげに寄せられた眉、微かに震える睫毛。荒い呼吸に開く口先、そこに垂れた舌先が艶かしく光を照り返している。
恥ずかしげに目を瞬かせた後、太一は徐ろに僕の肩に顎を乗せてきた。肩にずしりと彼の重みがのしかかる。
「どうしたの、太一」
肩に置かれた顎が震える。時折何かを強請るようなキュウキュウ、という鳴き声が伝わってきている。まるで大型犬が甘えるかのような仕草に、背中を撫でてあげながら耳をくすぐる。
覗き込む太一の首の後ろに、赤い見慣れた革のベルトが見えていた。
「……ッ」
今度はこちらからその大きなモフモフとした被毛を纏う手に指を重ねると、ピクリと太一はその全身を期待に震わせていた。
琥珀色に透き通ったその瞳に熱が籠るように瞳孔がくく、と開いてこちらを見つめる。その喉仏が上下したかと思えば、徐ろに太一はその鼻頭を僕の首筋に埋めてきた。
「まひろ……」
唇が擽ったく僕の喉を撫でる。
甘えた声で僕の名前を呼びながら、太一はすうと息を吸う。と同時に少しずつ太一の体が傾いてきた。僕の体にかかる圧力が増していけば、僕は太一に臭いを嗅がれるまま押し倒されていく。
仕事から帰ってきたばかりで臭う、なんて野暮は言わない。押し倒されるままになりながら、僕がその頭を撫でてあげれば肩にマズルを乗せたまま、むず痒がるように喉が振動する。
「わんこ……いい子に、してたよ」
「うん、美味しいごはんありがとね」
「……それだけ、じゃなくて」
太一は、僕が分かっていながらに核心を突こうとしない事に気付いているのだろう。僕の腕を取って彼が刺激を欲しがる一点へと導いていった。
「今週、ちゃんと我慢した」
「へえ、そっか」
サラリとした布の感触。それが太一の衣服だという事は位置関係から疑いようもない。たわわと揺れるお腹のその下。導かれたそこに向けて、指を滑らせた。
「んぅ……っ、ぁ……」
ラフなサルエルパンツのたゆみに手を押し込んでみる。布を隔てた奥、本来柔らかな急所があるだけのソコには指先を届かせると、無機質な硬い感触が返ってくる。形を探るように撫でてみれば、太一のマズルから湿った吐息が漏れ出した。
下着の、更にその下。
ゆっくりとその塊を掴んでみれば、それが雄茎を閉じ込めている檻のようなものだと分かる。
貞操帯だ。
締め上げられ、余分な皮の余りも許されないクルミ大の膨らみを指先で撫でながら、空いている手でパーカーの首元を引いて開け広げる。
首元に豊かな被毛の中に飼い犬がするような赤い首輪、その中心の穴に通されているナンバーロック錠にキーケース。
そのケースの中に入っている鍵、それ対応する鍵穴がどこにあるのか。僕はよく知っていた。
「こんな首輪着けて、僕が帰って来るの待ってたの?」
「……、がう」
肯定。
夕食を作る時も、僕を待つ間も、ずっと太一はこの首輪をしていたのだ。そしてタイミングを見計らって、首輪が見えるように抱きついてきた。その理由は明確だ。
「外して欲しい?」
「……がう」
再び肯定。
僕の匂いに酩酊したように瞳を蕩けさせるこの大型犬は、僕が命じた一週間の禁欲からの解放を今か今かと待ちわびている。
「外したいなら、自分でも外せたでしょ」
ナンバーロック錠の解除コードは二人で決めたものだ。ロックはいつでも外すことが出来た。
「真尋に……命令、されたい」
「うん、そうだね、よく言えました。いい子だ」
だがそうしなかった。彼にとって重要なのは『禁欲を成功させる』ことではなく『命令を完遂する』こと。
そんな忠犬よろしく『ご主人様』を上目遣いに見つめてくる太一を撫で回してから、その熱烈なご褒美のおねだりに僕は――。
「でも、まだ外してあげないよ」
否やを唱えた。
[newpage]
●
僕は太一にとって『恋人』であり『ご主人様』であり『飼い主』だ。
始めこそ困惑があったが、この世の物事は嫌悪感がなければ慣れるものらしい。
「満足に勃起も出来ないくせに、先走りだけこんなにダラダラ垂らして……パンツも濡れちゃってるよ、わんこ」
「……んっ……ぅ、っ」
羞恥に身を焼かれているのか、太一は顔を被毛の上からでも透けて見えるほどに赤く染め上げながら己の恥部を曝け出していた。
ズボンも下着も脱ぎ去らせ、膝立ちになった太一にパーカーをたくし上げさせる。そうすればステンレスの輝きを見せる貞操帯が、その股座で、彼の雄としての象徴を貶めている様がよく見えた。
そこにあるのはいわば、フラット型の貞操帯だ。
固定用のリングで睾丸の根元を縛り上げ、陰茎の包皮にプレートを押し込んで固定する。それ故に引き出された睾丸の皮膚の中に完全に埋没してしまっている。
そんな状態だと言うのに、禁欲を強いられたこの犬獣人の欲情は窮屈な枷の中で精一杯に身を固くして、だらしなく涎を垂らし続けていた。
当然、埋もれている竿から溢れる粘液は玉袋を汚していく。それをずっと覆っていた下着も言わずもがな、だ。
それを指摘してやりながら溢れる滴を塗り広げるように張り詰めた袋を撫でると、太一は面白いようにその体を跳ねさせる。
滑稽と愛しさが入り交じる。ステンレスの輪をなぞるように境界線を撫でれば、その根元に押し込められた肉茎が窮屈そうに強ばっていた。
あって当然の自由が僕に掌握されている。だと言うのに、大型犬の尻尾は嬉しげにパタパタと激しく振られている。
この雄としての尊厳を削り取っていくような仕打ちに、この犬は紛れもなく興奮を覚えているのだ。
「外してほしいなら、どうすればいいんだっけ?」
僕は腹の底で唸り上げる欲望を宥めながら立ち上がり、淫欲に熱した太一を見下ろす。頭頂の耳をくすぐり頬を撫でてあげれば、大型犬は潤んだ瞳を心地よさげに細めながらキュウキュウと喉を鳴らした。
問い掛けに、彼はおずおずと目を瞬かせる。
「ご、……ご奉仕、する……」
さっきまで普通に食事していたはずだと言うのに、この獣人は今や淫猥な犬に成り下がっている。自らを進んで愛玩動物に貶めた大型犬は僕の言葉にコクリと喉を上下させて、主人の言葉に応えようと肯く。
その様がたまらなく可愛く感じるのは、その飼い主として何もおかしいことではないだろう。
「じゃあ、分かってるよね」
「ん……ッぁ……、がう……、っ、がう……!」
そのまま股座をマズルの先端に宛てがうと、それだけで太一はマズルからだらしなく舌を垂らして、陶酔したように表情を蕩けさせた。
太一の鼻先に硬く漲る欲情がスラックス越しに触れる。仕事から帰ってきて、更に体の温まる鍋を食した後だ。汗を掻くほどではないにせよ、代謝の多い場所の空気を直接嗅がせれば、濃密な匂いに鼻を蹂躙されることだろう。
これは躾だ。
僕という匂いを覚えさせて、快感を与えてあげる。そうすることで太一の体は、彼の掌握する意識の奥、無意識の領域で反応を示すようになっていく。
続けた躾の証左が、これだ。
トロンと目にハートマークでも浮かんでいないかと探してしまいそうになる程に弛緩した表情を浮かべる太一は、その口先でスラックス越しに僕の屹立を甘く食んだ。既に硬く漲っているその肉茎を確かめるようにマズルが輪郭をなぞるように這いずっていく。ゆっくりと股上から揉み解すように愛撫するその感覚は、ベルトの真下まで辿り着くとその膨らみの先端を堪能するように息を吸い込めば、切なげな吐息を喉奥から染み出させる。
「……は、ぁ……っん、ん」
スラックス越しに熱い吐息が繊維の隙間を縫って染み込んでくる。そのまま発情した大型犬は、スラックスのベルトをマズルに挟むと、器用にバックルを外しに掛かる。
ホックを外し、フロントジッパーを前歯で挟んで引き下ろせばスラックスは自重で床に落ちていく。だが、剥ぎ取ったその布切れはこの大型犬の目的ではない。
僕が何も言わずその行動を見守っている足元で、太一は下着のゴムを咥えてその邪魔な布をも排除せんとする。だが、熱の塊が――他でもない、太一が望むそれそのものがそれを拒むように立ちはだかっていた。
左右を入れ替え、上下を調整し、そうして伸縮性の良い布に引っかかるそのつっかえ棒を外そうとする太一のマズルが、否応なく僕の屹立を更に硬くさせていく。
熱い鼻息に煽られるまま布の表面に先走りの染みが浮かび上がる頃、漸く僕の下腹部を隠していた帳は引き下ろされた。
「……っ、ぁ」
獣欲の瞳にギラギラとした光を宿す。
その視線の先には、太一に切っ先を向ける肉槍。
「真尋の、ちんちん……っ」
「上手にできたね、……嗅いでいいよ、わんこ」
犬は手を使わない。
そんな当たり前の事ではあるが、しかし、期待するように見上げるその目を見れば褒めてあげなくては飼い主としての格も下がるというものだ。
頭を撫でてやりながらご褒美を待つ丸々と肥えた愛犬に『良し』を告げれば、太一はその鼻先を男根の根本へと埋めてきた。柔らかな毛並みが地肌に触れて全身に擽ったさと快感が走っていく。
「僕の匂い、好きだもんね。わんこ?」
「うん……、すき……っん、ぅ……」
鼻先を雄茎に埋めたまま、太一は恍惚とした表情で深く息を吸い込む。その鼻がひくつき、陶酔するように蕩けた瞳が細められる。
吸い込んだ香りは鼻腔を通り、眼球の裏を押しやりながら、頭蓋の中へと染み込んでいき、そして、その脳髄へと到達して。
「わん、こ……の……頭の中に、真尋の匂い……マーキング、されてる……みたい……っ」
『ご主人様』に匂いを刻みつける。
餌皿を見せれば涎を垂らす犬のように、僕の匂いを嗅げば体を疼き上がらせるいやらしい大型犬が僕のものだと、誰よりも太一自身に教育するのだ。
だが、それだけではまだ足りない。匂いだけでは、まだ。
「わんこ」
「ん、……? ぁ、ぅ……うぶッ」
だから、その口にも覚えさせないといけない。
僕は少し腰を引いて狙いを定めると、半開きになっていた太一のマズルへとその肉茎を突き入れた。奥へと一気に。突然の挿入に太一は目を見張ったが、しかし、すぐに彼の視線は再びとろんと熱を孕んだものに変わる。
「ほら……っ、ちゃんと、咥えて」
「んぶッ! ぅぶ……ッ、ぁ、む……っ」
先端に喉奥が触れる程に、マズルの口先が僕の下生えに突き刺さる程に。ぐっぷりと僕の熱欲すべてを飲み込んだ太一は、その味と感触に集中するように目を瞑るとゆっくりと頭を前後に揺らし始める。
ぬぷちゅ、ぬちり、と舌と口腔、そして僕の雄茎に唾液が絡みついて泡立つ音が響く。
「舌使って。先から包みこんで」
「……、んん……っふ……ぐむ……!」
僕の屹立を受け入れた瞬間から、太一のマズルは僕を喜ばせる為の性具としての自覚を呼び起こされたらしい。唾液腺から急速に分泌された唾液が絡まり潤滑剤となっては、狭い室内に淫靡な水音をこだまさせていく。
ぺたりと内股に座り込んだ膝の間に両手を着いた姿は『待て』をしている太った犬そのものだ。ただ、普通の犬はご主人様の雄茎にご奉仕をしながら、尻尾を羽箒のように振ったりはしないだろう。
その様に頬が緩む。熱い粘膜に囚われる肉棒から舌が痺れるような快感がせり上がる。その度に震える脈動から僕の感情を読み取っているのだ。嬉しげに屹立を呑み込むマズルの端が蠱惑的に笑んでいる。
なんとも愛らしく猥りがましい雄犬だろうか。
気道を圧迫するその異物に自ら舌を絡め喉奥で先端を締め上げながら、鼻で呼吸を繰り返す太一は恍惚の表情を浮かべていた。
僕は太一の頭を両手で掴むと、そのままゆっくりと腰を前後させていく。ずちゅりと湿った音が響いて、肉槍がマズルから引き抜かれてはまた奥へと。
「ん、ッ、ぅぉ……ぶ、ぉ……ッ」
ごぷ、ぐぷ、と喉をかき混ぜられ、時折えずき上げながらも太一は僕を離そうとはしない。
「ふ……ん、……ぅ」
切なげに声を漏らしながら太一は何かを訴えるように僕を見上げていた。
もどかしげに自らの股座を握り締めているかと思えば、かりかりと指先で僕の足首を掻いてくる。丸く削った爪先に靴下がひっかかって伸び、外れては音を立てる。
目の前の屹立に夢中になっていて手元に視線を遣る余裕もないのか。それとも、それすらご主人様に夢中になっているという、言葉を奪われた彼なりのアピールなのか。
「わんこ、靴下欲しいの?」
かわいい飼い犬が堪能している大好物を引きずり出して問いかける。熱い口内で温められたそれは、ローションのように濃く纏わりつく唾液が瞬く間に外気と混ざり合って、ひやりとした気化熱に震えた。
硬く熱り立つそれ。完全に露茎し雁首高く先端から雫を伝わせるそれに熱視線を向ける太一は、静かにその視線を足元へと――今日一日履いていた僕の靴下へと向けて、おずおずと頷いた。
「マゾ犬は欲張りだね。でもいいよ、ただ……」
僕は太一の丸く張ったお腹の下。貞操帯に縛られた睾丸の更に下へと足を潜り込ませては、床に押しつぶされる柔らかな尻肉の谷間へと爪先を押し付ける。太一の秘奥は少し前側にあり、そうやって踵を軸に足を上げればその入口が圧迫される。
僕の言うことは、理解できるだろう。
「ちゃんと洗ってあるよね?」
「ッ……あぅ……」
ぞわり、と。
問いかけた瞬間、太一の全身が膨れ上がるように毛が逆立ちする。心臓の付近から毛色の波が広がっていき、尻尾の先までを震わせた後、何かを堪えるように数秒の間を置いてから。
「うん……」
太一はゆっくりと首肯した。
[newpage]
●
「ん、……ぅッ、はあ……っ、んぁ……!」
仰向けになった僕の腰の上に、大型犬が膝立ちになって跨っている。
下半身を露に、上半身にはパーカーだけ。ふわふわとした毛並みに肥えた体のシルエットが加わって、大きな毛玉のようにも見えるその大型犬は、ついさっきまで僕が履いていた靴下をマズルに押し当てながら、荒い熱吐息を繰り返した。
「……まひ、ろ……っ、これ……も……外したい……っ」
右手で靴下を口と鼻に押し当てたまま、太一は股座に埋まっている金属質の拘束を指し示していた。だらだらと涎を溢れさせるそこは、もはや寝小便を零したのではないかと思うほどに濡れそぼっている。
身が割れそうなほどに実ったその胡桃を撫でる。期待にか、快楽にか、それだけで鼻から抜けるような息を漏らす大型犬の首へと上半身をもたげた僕は、その首に下がるナンバーロックを外してキーホルダーを回収した。
だが、その鍵をすぐに取り出すことはない。
「……ぁっ、……ぅう」
それを使うのは、彼に躾けた芸が立派に果たされてからだ。そう告げるように、僕は中身を発散したくて堪らないと張り詰めた睾丸を手の甲でぺしりと叩いてみせた。
くぐもった声。
痛みよりも快感が勝ったのだろう。大型犬は感電したように全身を戦慄かせる。
「っ……ん、ぅ」
小さく頷いた。そう思えば太一はゆっくりと腰を下ろしていく。ゆっくりと、ゆっくりと、太一のふくよかな尻が僕の剛直の先端に接近していき。
「……っ、ぁ」
切っ先が、僅かに肉を割り広げる。その快感に太一は動きを止めた。そのまま動かずにいれば、やがて中が押し広げられる感触に、また彼の体は震え始める。
「っ……ぁ、あ」
そして、再びゆっくりと腰を落としていく。緩慢に、じりじりと少しずつ接合した互いの熱が混じり合って馴染んでいくのを待つように冗長に。
進んでは、僅かに引き返し。
ああ、これじゃあ、むしろ焦らされているのは僕の方だ。
「わんこ」
「んッ! あぅ……っ!」
僕は腰を突き上げてやった。ずちゅりと湿った音を立てる。熱欲の先端が肉襞を裂いて、腸壁を押し拡げる圧が肉茎を包み込む。腰から全身を打つような快楽が体を駆け巡る。同時に腰にずしりとした重みが加わる。圧迫されるそれは紛れもなく、今僕の体に跨る大型犬の体重だ。
根本までを咥え込んだ衝撃に力が緩んだのか、大型犬は自重のままに突き上げた僕の腰を床に押し潰す。
「ぁ……っ、……ぇッ、あ……ッ?」
ゴリ、と腸壁を抉る感覚。
その内臓が震える。一気に雄茎のすべてを呑み込んだ膣が跳ねたかと思えば、太一は困惑の声を上げながら陰部を貞操帯ごと握りしめていた。
「……っ、や……ぁ……ッ、ま、ひろ……ッ、イッちゃ……っぁ、……っ!」
何かの予感に震え上がり、それを抑え込もうとしている事は理解できた。そして、それを御しきれていないと言うことも、如実に。
次の瞬間。
握り締める両手の向こうから、飛沫が弾けた。
「ぇ……ぁ」
貞操帯のプレート越しに射精したのであれば飛び散ることもないだろうと、そう考えていた僕の腹にビュウビュウと数回に分けて脈打ち吐き出されたのは、白濁した精液ではなかったのだ。
「は……っ、ん、ぁっ……、あ、れ……」
自分でも理解が追いついていないらしい太一は、僕の腹に飛び散った粘性の少ない体液を撫でる。
「潮、……吹きなんてホントにするんだ」
「……っ、わかん……なぃ……ッ、ごめん、お腹に出ちゃった……」
恐らく、彼自身初めてだったのだろう。
僕の腹を汚した液体に「カブれたりしないかな」と心配する彼を置いて、僕はキーホルダーから鍵を取り出していた。そして、溢れた愛液に汚れた貞操帯の鍵穴へと突っ込み、ひねる。
かちりと小気味のいい感触が指先に伝わってきたかと思えば、留め具が外れた貞操帯の片割れは勢いよくパコンと外れ、部屋の床に転がっていった。解放された雄茎はその根本に貞操帯のリングを残したまま、即座にその縮こまっていた身を伸ばし始める。
今まで貞操帯に抑え込まれていたこのオス犬の滾りが、まるで筍が地中から伸びあがってくる様子を早回ししたようにぐんぐんと鎌首をもたげていく。その先端からは、先走りか、それとも先程の雫の残りか分からない液体が、とぷりと溢れ出す。
「……っ、ぁ……ッん……ぁあっ!」
「ッ、……っ!」
強く。
それを見届けることなく、僕は腰を強く突き上げた。
「まひ……っ、ぁ……んん、ぐ……ぁっ」
容赦のない抽挿で、太一の腸壁を擦り上げる。奥へ、奥へと、肉槍を突き立てる。
我慢なんて出来るはずがない。
そんな淫靡な姿を見せつけられて――その要因が己にあるのだと、そう語る瞳に妖艶に語りかけられて、その衝動を抑えられる雄がこの世にいるものだろうか。
太一の腰を掴んでその重い体の抵抗を感じながらも、僕は深く穿っては腰を揺すり上げる。
「……っ、は……ッ! ぁ……ッ!」
自律神経が肺を動かす呼吸すら容易く乱してしまうほどの淫悦に、太一は自ら己を追い詰めていた。僕のストロークに合わせて、腰を浮かせては自らの弱点を晒してそこに突き上げを導く。
ずちゅり、と。肉襞が絡みつく。
僕が腰を引けば彼は自ら腰を突き出して、そして僕はまた彼の最奥に突き入れざるをえない。
「ふ……ッ、ぅ……ふ……!」
マズルの中に靴下を詰め込んで肺いっぱいにご主人様の匂いで充満させ、その空いた手でパーカーをたくし上げてその脂肪と筋肉で分厚く膨らんだ胸肉、その先端の芯を嬲る。
その体に走る快感の電流はどれほどのものだろうか。
咥え込んだ雄竿を絞り上げるその強さが、苛む快楽を堪え続ける葛藤を物語っている。今にも精の迸りを吐き出してしまいたい。だが、もっと感じていたい、と叫んでいる。
いや、むしろ一度体を休ませたいとも思っているのかもしれない。
だが、それはできない。
僕がそれを命じていないのならば、従順なこの雄犬は達することも快楽から逃げる事も出来はしないのだ。
それを分かっていながら、僕は太一を犯すことをやめなかった。その熱り立ったままに放置されている半ば皮を被る屹立を握りしめてあげれば、太一は身を仰け反らせ、そして震えさせていた。快感に跳ねるその体が、彼の体重を僕に預けてくる。ずしりとのしかかる肉の重量が、また心地いい。
それを振り切るようにして僕は太一の体を突き上げる。肉槍で腸壁を抉り、雁首で前立腺を擦り上げながら最奥に突き入れる。
「まひ、ろ……ッ」
そうして奥まで突っ込みかき混ぜ大型犬を虐めている中で、その辛抱も限界に差し迫ってきたらしい。
「……っ、イき、たい……ッ」
大型犬の膨らみが今にも中から爆ぜてしまいそうな圧力を感じさせながら、びくびくと僕の手の中で跳ねる。
それなら、存分に絶頂に導いてやろう。と握りしめていたその屹立を扱き上げようとしたその瞬間、それを悟ったように僕の手首を太一が掴んで留める。
切なげに息を漏らしながら、彼は首を横に振る。
「まひろ、……と」
靴下を咥え込んだまま、くぐもった声で色情に塗れた声が僕の耳をくすぐる。
「まひろと……ッ、一緒に、イきたい……っ」
ああ、なんといじらしい忠犬か。
自らの膣でご主人様の種の熱を感じながら絶頂を迎えたいのだと。
ならば、僕はその忠心に応えてやらねばいけないだろう。
いや、飼い主としての自覚以上に、僕の熱を感じて太一が盛りの最高潮を迎える様を見たいと欲してしまっているだけだ。太腿に手を添えて、僕は太一の蜜膣へと雄肉を叩きつけていく。
「いいよ……ッ、僕も、もう……」
「ん……っ、ぁ、……うん……ッ! わんこ、我慢する……から」
僕のものなのだと刻み付けるようなマーキングを欲しがっている。その耳で声を覚え、その鼻で匂いを覚え、その口で形を覚え、その体で温度を覚え。そして、その精神で子種をと。
蠕動が激しく僕の屹立を煽り立てる。早く、僕の熱が欲しいと強請るように優しくも強く、柔らかくも激しく、肉襞が弛緩と収縮を繰り返して僕を攻め立ててくる。
「……っ、ぁ……」
声を絞り出す。限界はもうすぐそこまで来ていた。
それを太一も感じ取っているのだろう。胸と同時に自らの屹立を扱き上げながら、甘く蕩けた瞳が僕を射抜いてくる。今か今かと待ちわびるその淫欲。
「ん、っ、……くうっ……! イくよ……」
「ん……っ、中、……ッ、まひろの、……ちょうだい……ッ」
その視線は僕の体を――欲望を突き動かすには十分だった。ずん、と強く突き上げる。最奥まで貫いたそれが更に深くへと押し入る。
ごちゅり、と沈み込む限界を更に抉りこむような奥まで雄槍の穂先が到達し、そして。
「イ、く……っ、ぁ……ッぐ!」
衝撃。
全身が弾けて、意識が真っ白に染まるような。
衝撃が、太一との接合部から刹那に広がって、暴れまわる。
「……っ、ぁ……っ」
「ぁあ、……ッ、出、ぁ……っ」
びゅく、どぷり、と堰を切ったかのように太一の蜜肉に勢いよく弾けた奔流は、腸壁に跳ね返る様が目に見えるようですらあった。睾丸の中身すべてをぶちまけるように脈動する度に尿道を駆け上る精液が、僕の体から快感以外のすべてを奪い去っていくようだ。
それと同時に、太一もその屹立の先からドロドロとした濃い白濁液を迸らせていた。今度は透明な潮ではない、雄として蓄えた子種が僕の腹の上に斑点を作り出していく。
「っ、は……ぁ」
「……ッ、ん……ぅ……ぁ」
そんな絶頂の余韻に身を委ねながら、僕らは互いに見つめ合う。
太一が僕の上から体を退かした時にはもうその雄槍は萎えていて、彼の尻肉からずるりと抜き出されたそれを追うように滴る白濁液に「よく出たもんだ」と我ながら感心すら覚えた。
「……真尋、いっぱい出たね」
同じことを考えたらしい太一に、僕は思わず吹き出す。正直、太一が僕の腹の上に撒いた種の方が量は上だというのによく言うものだ。
心地の良い倦怠感に包まれながら、僕は寝たまま太一に腕を広げる。どうせこの後シャワーを浴びるのだ。互いの体が汚れるのも構わず太一に抱擁を受けながら、琥珀色の瞳と視線を合わせてから目を瞑る。
望みは伝わるだろうか。
「……ん」
果たして。
恥ずかしげに逡巡する声の後、太一の柔らかな感触が確かに僕に唇に触れた。
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「もう冷めたかな」
しばらく無言のまま抱き合って、息を整えた後。
簡単に体を清めて丸めたティッシュをゴミ箱に放りながら、太一を振り返った。食べた後そのままにしていた鍋の温度を確かめている大型犬は、じ、とその残ったスープを見つめながら「ねえ、真尋?」 とこちらに問いかけてくる。
「どうかした?」
「んっとね」
頬を指先で掻きながら、太一はこう言った。
「……シメにラーメン買ってあるけど、食べる?」
「あれだけ喰わせておいて?」
と失笑しながら僕は腹を軽く撫でた。まだ少しベタついている肌の奥では、消費したカロリーを求める空腹感が滲み出している。
少し前ならあの鍋も食べきるのも難しかったはずなのだが、どうにもこの大型犬による開発は順調に進んでいるようだ。
僕は、どこか胸にむず痒さを覚えながら小さくため息を吐いた。
「……食べる」
「ん、スープ温め直すね」
どことなく負けた心地になりながらそう返せば、太一は嬉しげに尻尾を揺らしながらキッチンへと鍋を持っていく。その背中を追い、その前にマウスウォッシュを、とシンクに向かう。
どうにも、幸せ太りを止める事は難しいようだ。
きつくなったベルトの買い替えを考えながら、真横から聞こえるコンロの着火音と尻尾のはためく音に、僕はこっそりと微笑んだ。