「ごちそうさーん」
「ありがとうございます。またお待ちしております」
小料理屋『銀』。店長の黒狼、[[rb:尾神 > おがみ]] [[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]と、その妻、白兎の[[rb:友紀 > ゆき]]が切り盛りする[[rb:玄來 > げんき]]の職場である。
[[rb:尾神 > おがみ]]夫妻には[[rb:誓優 > せいや]]という兎の息子がいるのだが、まだ0歳の赤ちゃんで、[[rb:友紀 > ゆき]]が[[rb:誓優 > せいや]]の面倒を見ている間は[[rb:専 > もっぱ]]ら[[rb:玄來 > げんき]]が接客をこなす。
「お気を付けて」
[[rb:友紀 > ゆき]]は最後のお客を見送ると、看板の灯りを落とし、[[rb:暖簾 > のれん]]を下げた。
「[[rb:玄來 > げんき]]、片付けはこっちでやる。もう上がっていいぞ」
「うす」
店長の[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]がそう告げると、[[rb:玄來 > げんき]]は[[rb:濃紺 > のうこん]]色の三角巾帽子を脱ぎ、店の裏へ引っ込んだ。
『銀』の従業員は、全員濃紺の[[rb:作務衣 > さむえ]]を着て、白い前掛けをしている。
店長の[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]と[[rb:玄來 > げんき]]は、そこに濃紺の三角巾帽子をかぶり、白い紐で[[rb:襷 > たすき]]掛けをしている。
[[rb:友紀 > ゆき]]だけは白い三角巾をかぶっている。垂れ耳白兎の[[rb:友紀 > ゆき]]に三角巾はよく似合っている。
「店長、[[rb:友紀 > ゆき]]さん、お先に失礼します」
「おう、[[rb:玄來 > げんき]]。ちょっと待て」
着替えて戻ってきた[[rb:玄來 > げんき]]が挨拶をすると、[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]が声をかけた。
「お前、今日はクロと一緒に晩飯か?」
「はい。今日は夏っぽく冷やし中華っす」
「そりゃ丁度いい」
それを聞いて[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]が[[rb:友紀 > ゆき]]に一声かけると、[[rb:友紀 > ゆき]]は店の冷蔵庫から大きめのタッパーに入ったカットスイカを持ってきた。
「お店の残りだけど、良かったらクロくんと一緒に食べて」
「うわぁ!いいんすか!」
「ついでにコイツもオマケだ」
[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]は[[rb:玄來 > げんき]]が受け取ったタッパーの上に、ポリ袋に入った漬け物を置いた。
「あ、これ今日常連さんに出してたヤツっすよね」
「そいつはな、スイカの皮の漬け物だ」
「え、これスイカの皮だったんすか!?」
「おう。店の裏メニューってやつだ」
『銀』では常連であろうが新規であろうがサービスで差別はしない。
今日のスイカも食事をしたお客へのサービスで提供していたものだ。
ただ、お店の事をちょっと知っていると、こういう裏メニューにありつけたりする。
お通しに差をつけたりもしないが、好みを覚えている常連にはそれにあったものを提供している。
「初めての客にスイカの皮出したらビビるからな。だが、これがなかなか美味いんだぞ。夏場のお通しはコレにしてくれって常連もいる」
「ありがとうございます!店長![[rb:友紀 > ゆき]]さん!」
「おう。クロも腹空かしてんだろ。早く帰ってやれ」
「はい!」
[[rb:玄來 > げんき]]は肩掛けカバンにスイカと漬け物を入れ、もう一度お礼を言って店をあとにした。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「ふぅ」
[[rb:玄來 > げんき]]は自分の部屋の前で軽く息をつくと、鍵を開けて中に入った。[[rb:琉貴 > るき]]と食事するときの帰り道は、決まって早足になっていた。
カバンを下ろし、中のスイカと漬け物をテーブルに置くと、靴下を脱いで洗濯カゴに入れた。
そのまま浴室で足だけ洗い、しっかり拭いて部屋に戻る。
「よし。材料は全部クロ[[rb:兄 > にぃ]]ん[[rb:家 > ち]]にあるし、コレだけ持って行けばいいな」
一緒に食事をするときは、大体[[rb:琉貴 > るき]]が食材を買い揃えていた。
[[rb:玄來 > げんき]]としては食材も自分で買ってご馳走したいと思っているのだが、何かと理由をつけて[[rb:琉貴 > るき]]が先回りするのである。
特売だったから買っておいただの、食べたい食材を買っておいたからこれで作ってくれだの、何かと理由をつけて[[rb:玄來 > げんき]]に身銭を切らせないようにしていた。
今日の冷やし中華も[[rb:琉貴 > るき]]のリクエストで、食材は全て[[rb:琉貴 > るき]]宅の冷蔵庫に揃っていた。
[[rb:玄來 > げんき]]も一応気付いてはいるのだか、自宅で仕込みが必要な料理をご馳走したいとき以外は、[[rb:琉貴 > るき]]の意向に沿うようにしていた。
[[rb:琉貴 > るき]]が気兼ねなく自分の料理を食べて喜んでくれることが[[rb:玄來 > げんき]]にとっては重要だったのである。
[[rb:玄來 > げんき]]はスイカと漬け物だけ持ち、サンダルを履いて[[rb:琉貴 > るき]]の部屋へ向かった。
─────コンコン
軽くノックして、[[rb:玄來 > げんき]]は[[rb:琉貴 > るき]]の部屋のドアを開けた。
一緒に食事をするときは、いつも[[rb:琉貴 > るき]]が部屋の鍵を予め開けていてくれた。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]お待たせ。聞いてよ今日店長と[[rb:友紀 > ゆき]]さんがスイカくれてさ」
そこまで口にしたが、[[rb:琉貴 > るき]]が居るはずの部屋の奥はシンとして反応が無い。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]?」
キッチンにスイカと漬け物を置いて、[[rb:玄來 > げんき]]は部屋の奥へ向かった。
「あ・・・」
そこにはパンダのクッションを抱いてソファの上で眠る[[rb:琉貴 > るき]]がいた。
「待たせちゃったかな」
[[rb:玄來 > げんき]]はソファの前で胡座をかくと、寝ている[[rb:琉貴 > るき]]を見つめた。
少しだけ口を開けていて、猫耳は少しヘタっている。
規則正しく呼吸しているが、たまに小さくゴロゴロという音が聞こえる。
尻尾は足に掛けられており、たまに先端だけピコっと動く。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]の寝顔、久しぶりに見たなぁ」
高校テニス部の遠征の時も、こんなにまじまじと見れる機会はなかった。最後に[[rb:琉貴 > るき]]の家に泊まった時と考えると、小学生以来だろう。
[[rb:玄來 > げんき]]がフと[[rb:琉貴 > るき]]の手元に目をやると、左手だけ少しソファの外に投げ出されており、手のひらは開いて上を向いている。
「・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]はその手首にゆっくりと鼻を近づけて、スンスンと匂いを嗅いだ。
そして、そのまま[[rb:玄來 > げんき]]はゆっくりと首を倒し、自分の右頬を[[rb:琉貴 > るき]]の左手にポフッと置いた。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・」
少しだけ首を動かし、[[rb:琉貴 > るき]]の手に頬擦りをする。
[[rb:琉貴 > るき]]に頬を撫でられているような心地に、[[rb:玄來 > げんき]]は目を細め、尻尾を振る。
「・・・げ・・・んき」
不意に名前を呼ばれた[[rb:玄來 > げんき]]はビクッと犬耳を立てるが、寝言であると気付きほっとする。
「何やってんだろ・・・オレ」
そう言って、[[rb:玄來 > げんき]]はゆっくりと[[rb:琉貴 > るき]]の手を離れる。
[[rb:琉貴 > るき]]を寝かせたまま、食事の支度をするため立ち上がろうとした瞬間、再び[[rb:琉貴 > るき]]が[[rb:玄來 > げんき]]の名前を呼んだ。
「げ・・・んき」
「!」
[[rb:玄來 > げんき]]が[[rb:琉貴 > るき]]の顔に目をやると、[[rb:琉貴 > るき]]の目からは涙が零れ落ちそうになっていた。
「げ・・・んき」
[[rb:琉貴 > るき]]は繰り返し[[rb:玄來 > げんき]]の名前を呼び、遂には目から涙が零れ落ちた。
それを見た[[rb:玄來 > げんき]]はぎゅっと拳を握りしめた。
「・・・何やってんだよ・・・オレ」
[[rb:玄來 > げんき]]は悔しさと悲しさの[[rb:滲 > にじ]]む顔で[[rb:琉貴 > るき]]を見つめた。
少しの間目を瞑り、再び開いた後、右手でそっと[[rb:琉貴 > るき]]の涙を拭う。
そして、そのまま顔の下に手を滑り込ませ、[[rb:琉貴 > るき]]を抱き起こし、胸に抱きしめた。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・クロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・ゴメンね・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]は夢の中の[[rb:琉貴 > るき]]に語りかけるように、[[rb:琉貴 > るき]]の耳元で呟く。
「お願い・・・クロ[[rb:兄 > にぃ]]。オレ・・・」
「ん・・・え・・・えっ! わっわわわわーわー! げ、[[rb:玄來 > げんき]]! さん!」
「あ」
そこまで呟いて、[[rb:琉貴 > るき]]が目覚めた。
状況に気付いた[[rb:琉貴 > るき]]は混乱し、耳と尻尾をピンと立てて固まっている。
「えへへ・・・おはよ、クロ[[rb:兄 > にぃ]]」
「え、あの・・・はい、おはようございます」
「・・・なんで丁寧語なの?」
未だ[[rb:玄來 > げんき]]は[[rb:琉貴 > るき]]を胸に抱いたまま、至近距離で顔を見合わせている。
「とっ・・・とりあえず、放して」
「う、うん」
[[rb:玄來 > げんき]]は[[rb:琉貴 > るき]]がソファに座り直そうとするのを待ってから、ゆっくりと手を放した。
「な、なんで、お前、その・・・抱いてたの?」
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]が泣いてたから、心配になっちゃって。ゴメンね」
「いや、別に、全然、というか、むしろ・・・あ、いや、ありがとう」
いまだ[[rb:琉貴 > るき]]はソファの上でガチガチに固まっている。
「そういえば、どんな夢見てたの?」
再び[[rb:琉貴 > るき]]がビクッとする。
「もしかしてさ・・・さっき見てた夢って」
「あ、えーと、分かんない!忘れちゃったよ」
それよりもお腹空いたと言って、[[rb:琉貴 > るき]]はキッチンへ向かった。
キッチンからは“ わっ、スイカがある”と声が聞こえる。
「うん。店長と[[rb:友紀 > ゆき]]さんがくれたんだ。食後のデザートにしようと思って」
そう言って[[rb:玄來 > げんき]]も立ち上がってキッチンへと向かい、食事の支度にかかるのだった。
[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]にもらったスイカの皮の漬け物は[[rb:琉貴 > るき]]にも好評で、ほのかなスイカの甘みと塩味が調和した美味だった。
◆◆◇◇◆◆
「今日も最高に美味かったよ。店長たちには頂いてばっかりだから、今度お礼しないとな」
「オレも同じこと言ったけど、残り物の処分でそんなん気にされたらやり辛いからヤメろって。その代わり飲めるようになったら、最初は必ずウチに来いって言ってたよ」
「それはゼッタイ行かないとな」
玄関先で2人はいつもの調子で会話していた。
「それじゃ、おやすみクロ[[rb:兄 > にぃ]]」
「ああ、おやすみ[[rb:玄來 > げんき]]。今日もありがとう」
[[rb:玄來 > げんき]]はへへっと笑うと自分の部屋へ戻っていった。
そして、[[rb:琉貴 > るき]]はこれで何度目かになる眠れぬ夜を過ごすのだった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
※次回冒頭※
「はぁぁぁ・・・」
「・・・また寝不足?またパンダ?」
☆いつも ブックマーク や イイね ありがとうございます。生かされてます。
☆七夕にちなんだ柴クロ読み切りスピンオフ作品
『Hello,shooting-star(ハローシューティングスター)』を投稿しました。
いつもありがとうございます。