「何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。。。」菊田貴(きくた たかし)は車の後部座席で愚痴る。
「うるさいな、この案件に申し込んだのはお前だろう!」運転していた呉茂夫(くれ しげお)は菊田を一喝する。
「二人とも喧嘩をやめてよ!今は逃げることだけに専念しようよ」助手席にいた米山(よねやま)みちるは仲裁を試みる。
三人は、いわゆる「闇バイト」に申し込み、知り合った関係だった。知らず知らずのうちに、もしくは内心分かっていながら金のために犯罪行為に手を染めたのだった。最初は段ボールに詰められた銃器や違法薬物の運搬から始まり、特殊詐欺の「受け子」、そして、民家や店舗といった強盗行為にエスカレートした。今回、三人は東京の赤坂で高級宝石店で強盗を行い、警察から逃れている最中だった。
「ここで降りよう。丘には監視カメラが無いはずだ」呉は丘の麓で車を停めた。奪った宝石と売上金を詰め込んだバッグを菊田と米山に持たせ、呉は丘を登った。丘を登ってしばらくすると洞窟が見えた。
「ここを潜るぞ」呉は二人の意見も聞かずに即決した。
「このまま僕たちどうなるんでしょうね...」菊田は今にも泣きそうだ。
「覆水盆に返らず。やってしまったものは仕方ないわよ」みちるはそう返す。
「何難しいこと言ってるんだ!俺は金のためにやったんだ!それだけじゃないか」呉は開き直りとも取れる反応をした。
洞窟を越えると斜面を下った向こうに、白い建物が見えた。柵が無かったため3人は無断で侵入する。
「研究所か学校っぽい建物なのに、柵らしきものが全くないわ」みちるは不思議がる
「なぁに、柵がないってことは、入ってくださいっていうのと同義だよ」呉はすぐ正当化する。しまいには勝手に建物のドアを開けた。
「まずいですよ!」菊田は声を上げる。
「うるさいな、ドアに鍵をしてないってことは入ってくださいと同義だよ」呉は都合の良い解釈をした。
研究所に無断侵入すると、三人は暗闇の中を通り抜けた。
「動物のにおいがするわ」みちるはつぶやく。
「犬か、猫でも飼ってるんじゃないの?」呉はそう返す。すると
「誰じゃ、勝手に侵入したものは」奥のドアから声がし、白髪の男性が出てくる
「け、警察には通報しないでください!」菊田は怯える。
「バカ!これじゃ、自分たちは犯罪者ですって言ってるのと同じだろう!」呉は菊田を叱責する
「どうやら、お前たちただ者じゃなさそうだな」白髪の男性は言った。白髪の男性は卯道辰夫(うどう たつお)と名乗った。
この研究所は「卯道遺伝子研究所」といい、卯道が個人的に運営している研究所だった。卯道は三人を応接室に通し、訳を聞いた。
「なるほど、闇バイトで強盗を働き、逃げてきたわけか。これからどうするつもりなんじゃ?」卯道は三人に訊く
「そりゃ、このまま逃亡し続けるに決まってるだろ」呉は即答する
「そんな、これから指名手配犯生活するなんて...」菊田は今にも泣きそうだ。米山は黙ったままだ。
「本気で逃げ切ると考えているのですか?強盗罪の時効は10年ですよ」卯道は言った
「いや、10年以上も逃げ続けた犯罪者なんて過去にいくらでもいるだろ?桐ナントカなんて半世紀も逃げ切ったじゃないか」呉は反応する。
「彼の場合は運が良かっただけじゃよ。監視カメラが町中にあふれ、AIで指名手配写真が作れる現代ではすぐお縄じゃよ」
「海外に逃亡するのはどうかしら。空港からでは無理でも、コンテナ船に紛れるとか」みちるが対案を出す。
「海外に逃げた場合は時効が停止されるのを知らないのか。仮に10年以上、海外に潜伏したとしても日本ではカウントされん」
「じゃ、どうすればいいんだよ!」呉は叫ぶ。
「動物に変身するのはどうじゃ?」卯道は提案する。
「動物に変身?ふざけてるのか?」呉は一蹴した。
「初めて聞くからそんな反応は仕方ないか。まぁ、百聞は一見に如かずというから見ればいい」
卯道は3人を地下の研究室に案内した。
「先生、お疲れ様です!」白衣を着た助手が挨拶をする。若々しく、茶髪のショートカットで、胸が大きい魅力的な女性だ。
「助手の林藤禎子(りんどう さだこ)くんだ」卯道は三人に紹介する。
「先生、この方は?」林藤は尋ねる
「赤坂で宝石店強盗を行った3人組だ」卯道は隠さずに紹介する
「あの事件の!もうSNSやテレビ番組でも話題で持ちきりですよ。監視カメラの顔写真だって出回ってますし」禎子は犯行時の映像と三人の顔写真を移したニュース動画を見せた。
「僕たち、悪い意味で有名人じゃないですか...」菊田は嘆く...
「なぁに、動物に変身すれば顔もバレん。林藤くん、変身薬の効き目を見せてくれ」卯道は禎子に指示する。
「猫の変身薬でいいですか?着替えてこないと」禎子は棚の中から、猫のイラストが描かれた液体を手に取る
「動物に変身出来れば何でもいいよ」卯道は返す。
しばらくたって、着替えが済んだ禎子が出てきた。白衣から、白い布のような服に着替えてきた。禎子は猫のイラストが描かれた液体を一気飲みする。すると、両耳に黒い毛が生え、先端が鋭く尖る。耳は上へ上へと移動し、頭頂部に移動する。その姿はまるで猫耳を付けた女性のようだ。次に、禎子の細い指がぶくぶくと太り始め、それぞれの指に密着する。一方で、爪は細く、鋭いものに変わる。手のひらには、小さいピンク色の肉球が形成される。人間の手から猫の手に変化したとたん、黒い毛が手から腕に広がる。同じような変化は足でも起きた。黒い毛は手から腕、足から脚へと山火事のように広がる。尻まで黒い毛が広がると、突起物ができる。「はぁ、はぁ..」禎子は我慢していたものの、途中で力を抜くと、黒い毛でおおわれた突起物、尻尾が姿を見せる。禎子の姿勢は丸まり、身長も次第に小さくなった。大きな胸はしぼみ、代わりにいくつもの小さい胸が形成される。細い腕も次第に太くなった。黒い毛が首まで覆うと、顔の変化が始まった。顔が全体的に丸っこくなり、瞳の占める面積が増加する。顔中に黒い毛が生える一方で、鼻はピンク色になり、三角形から、逆三角形に形を変え、顎と共に前へと突き出る。口の周りには、左右それぞれ3本のひげが生える。この状態だと、茶髪のカツラを被った黒猫獣人とも言える。その後、太くなった脚の骨格が人間のものから猫のものに変わり、四つん這いの体制になる。地面についていた膝は浮き上がり、足、いや、後ろ足はカクリと曲がった。頭の毛は次第に体内に収れんし、黒い毛に置き換わった。身体が小さくなり、布に埋もれた。そして「にゃーん」と猫になった禎子が布の中から出てきて、前足で顔をこすった。
「凄い...本当に猫になっちゃった...」菊田は驚く。
「アニメやファンタジーの世界だけの話だと思ってた...」みちるも驚く。
「やべぇ...」呉に至っては語彙力すら失ったようだ。
「動物に変身出来たら、顔で捕まることもない。日本で時効を過ぎるのを待てばいい。どうだ、いい考えだろう?」卯道は提案する
「俺、動物に変身して10年を逃げ切って見せる!」呉は既に乗る気だ。
「私も動物に変身するわ。捕まったら社会復帰なんて困難だし」みちるも同意する
「じゃ、みんなが言うなら...動物の方が気楽そうだし」菊田も乗っかる
「じゃ、決まりじゃな」卯道は3人の反応を見て言う
「卯道さん、林藤さんはあのままなんですか?」菊田は訝しむ。
「安心せい。変身解除薬を飲めば人間に戻れる」卯道はそう返す。
「ただし、今回は”オーダーメイド”変身薬を飲んでもらう。遺伝子レベルでどの動物が適しているかで変身する動物が変わるんじゃ、わしの自信作じゃ」卯道は3人に伝える。
「つまり実験台に成れと?」みちるは反応する。
「どの立場で言ってるんだ!安心して逃げ切れるから文句言うな!」呉はすぐ噛みつく。
「僕も、どの動物が自分に適しているかどうか分からないからオーダーメイド変身薬の方がいい」菊田が呉に同意する。
「じゃ、決定じゃな。明日の朝、3人には個別で投与する。今夜は”人間として”最後の夜を楽しんでくれ」
「そういえば、奪った宝石はどうするんですか?」菊田は尋ねる。
「時効の10年が過ぎたら返すのはどうじゃ?研究所の金庫で預かる」卯道は提案する。
「勝手にネコババしたらただじゃおかないからな」呉は卯道を少し疑っている
「なぁに、私は金銭なんかに興味はないよ。他に”大事なもの”があるのだから」卯道はつぶやく
宝石と売上金が詰まったバッグは研究所にある金庫に収納され、10年以上開けないよう設定された。
その夜、卯道は黒猫と化した禎子に怪しげな液体の入った皿を差し出した。禎子は猫のように舌でぺちゃぺちゃと嘗めながら飲んだ。すると、体は次第に膨れ、黒い毛が次第に薄くなった。マズルと化した顔は次第に引っ込み、鼻は逆三角形から三角形に戻った。瞳も次第に小さくなり、左右のひげは地面に落下した。体は猫のサイズから幼児まで戻り、耳以外は人面猫のような状態になった。黒い毛は体内に収れんされるか、地面に落下するかのどちらかで消え去り、白い美しい肌が姿を見せる。卯道はすかさず白い布を被せる。いくつも形成された胸は一つになり、大きく形成される。腕や足は細くなり、尻尾は小さくなり、尾てい骨と同化した。手のひらの肉球は小さくなり、指同士が離れ、細くなる。物を持てるようになった手で皿を飲み干す。鋭く尖った爪は、人間の平たい爪に戻る。耳は三角形から縦長に代わり、両目の横の位置に納まる。身体は4足歩行から二足歩行に適した形になり、2本足で立つ。こうして、禎子は黒猫から人間の女性に戻った。
「しかし、いいんですか?あの宝石と売上金に一切手を付けないなんて。盗まれた売上金は500万。宝石に至っては2億ですよ」禎子は卯道の方針に疑問を呈した。
「お前は”泥棒猫”のような発想をするなぁ」卯道は禎子が直前まで変身していた動物に例えて返す。
「宝石や売上金よりも大事なモノを私たちは手に入れたんだから」
次回に続く