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王都の片隅。
貧民街ほど雑然とはしていないが、城門から離れた城壁沿いの通りは治安も多少は悪くなる。
ほぼほぼ不法占拠と言って良い城壁外の貧民街とは違い、全ての土地には所有者がいる。実際には、城下町の土地全ては王族のものであり、住民たちは借り受けているという体裁ではあるのだが、この長い歴史において王族が無理に城下町の土地を取り上げたという前例はなく、そしてこれからもないだろう。
それは、持ち主がおらず、ならず者の隠れ家と化している廃屋であっても、だ。
「クソ、何時間経ってるんだ。もう、真っ暗じゃないか」
貸倉庫として運用されていたのだろうそんな小屋から、一人の雄が片手で冷えた腰を温めるような素振りで擦りながら夜闇が包む街に足音を忍ばせて歩み出てきた。少し後ろを気にしている様子を見れば、なにかしら悪事を働いてそれが露呈されるよりも前にトンズラをここうとしているのだと思い至るだろう。
見目の良い、青鹿毛の馬獣人だった。
鬣は整えられていて、鼻立ちもいい。体は均整を保ったまま鍛えられていて、荒くれ者や兵士というより自らを魅力的に見せるために鍛えている印象が強く感じられる。さながら芸術品のような見事な肉体を薄手の服に包んでいる。
くっきりと浮かんだ胸丘や股座の膨らみを清純な婦女子が一目見れば、顔を真赤に染め上げ視線を逸らしてしまうだろう。
自然体でありながらも、その馬獣人は雄としての魅力を振りまいていた。だが、その体にマントを羽織ってフードで顔を隠せば、そんな雰囲気はまるで嘘だったかのように消え失せる。
暗がりにとけるその変わり様は、真っ当な生き方をしているものでは中々身に付かない類のもの。
「それにしたって」
と街影を歩き出した馬獣人は、ひと仕事終えたと安心しきらないよう周囲をさり気なく警戒する。
日頃は男娼として日銭を稼ぐ彼――タンザは、時折こうして馴染みの客から裏稼業を依頼されることがある。とはいえ、殺しのような直接的な仕事を請け負う事はない。
どこぞの商会の跡継ぎに色を仕掛けて機密情報を聞き出して欲しいだの、どこぞの令嬢と懇ろになって弱みを握らせて欲しいだの。男娼としての魅力を活用しての工作活動。あとは、今回のように相手から何かを盗んでほしいという依頼だ。
「……こんなのが、本当に貴重品なのかね」
懐から今回の目的であったペンダントを取り出す。指示されたとおりに黒い布に包み直すそれには、大振りなターコイズがあしらわれている。装飾は控えめながらも緻密で、それだけを見ればそこそこに価値は付くものだろうとは思う。
だがそれも、肝心のターコイズに深い傷が入っていなければ、だ。
宝石には2本の傷が深く刻み込まれている。明らかに装飾として仕立てた後に生まれた傷で、素人目から見ても復元や補修は不可能であることが分かる程。
しかも今回は、その客もこのペンダントについてはあまり知らないそうだった。
ただ、とある小悪党の狼が後生大事にしているらしい貴重品のペンダントを奪って持ってきてほしい。
そういった話だった。
情報屋の伝手を利用してその狼を城下町のある酒場に誘導し、そこでタンザが誘いを掛けた。見るからに性欲の強そうな馬鹿狼はまんまとタンザに引っかかってくれたのだ。
あとは、適当な空き小屋で好きに抱かせてやって、疲れて寝たところで目的のブツを奪えば良い。事の途中で相手に飽きさせない手管には自信がある。簡単な仕事だった。
今回の客――鹿獣人の商人が言うには、恩人がそのペンダントを探している。とだけ聞いている。あの金に汚い角ばかりが立派な守銭奴のことだ。恩を売って小金稼ぎでも考えているのだろう。
タンザの肉槍でその意地汚い腹の奥をかき混ぜてやって大人しくはなったが、今回の依頼についても対価を値切ろうとしてきたような奴だ。
「まあ、詮索したって碌な事にならなさそうかな」
「ハハ、違いねえ。良ぉく分かってんじゃねぇかよ?」
独り言。
だからこそ、返事が帰って来るなどとは思わず、タンザはその声が己に向けられているのだと気づくのも一瞬遅れてしまう。
「……っ!」
だが、たちまちに思考が巡り瞬時に状況を判断したタンザは、その声が先程までいた小屋で散々自分の尻に巨大な杭を叩きつけていた相手だと気付いていた。
タンザの腹に種付をした後に馬鹿みたいないびきを響かせ始めた、今も小屋の床で寝ているはずの狼獣人。
つまりは、――タンザが盗んだペンダントの本来の持ち主だ。
●
タンザは即座に地面を蹴っていた。
声が聞こえてきた場所は今しがたタンザが通り抜けようとした角。そこに先回りされて待ち伏せされていたのだ。深く眠っているように見えたのに、実は眠りが浅かったのか。それとも、あれはただの狸寝入りだったのか。
「狼の癖に狸だなんて……はは、笑えもしない」
ここが一直線の通りなら一気に速度を上げて、脚力勝負で逃げ切る事も出来るだろう。馬獣人のタンザはそれだけの自身があった。だが、この街の外れは土地の価値が低く、区分けも細かくされている。簡単に言えば――曲がり角が多い。速度を上げても壁にぶつかってむしろ時間をロスするに決まっている。
とはいえ、タンザとてこういった場面に出くわしたことも二度や三度では利かない。こういう時の逃げ方は心得ている。
表でも裏でも、この辺りはタンザが普段稼ぎをしている上級街とは勝手が違う。とはいえ、同じ城下町だ。ある程度の知識があればどういう風に区画整理されていて、分かりづらい抜け道や追跡者相手に選択を強いることの出来る分かれ道がおおよそどこに配置されているかは読み切れる。
同じ道を使う一対一の鬼ごっこな以上、逃げる方に軍配が上がるのは自明の理。
そう思っていた。
「――な、……ァぐッ!?」
目の前に降ってきた狼に首を掴まれる前までは。
「よお、少しくらい待ってくれてもいいじゃねえか、なぁ?」
呆れる事に、あの狼は建物の屋根を走ってタンザを追いかけてきていたのだ。
言うは易し。
確かに追いつくだけならその方が早い。だが、高低差も距離だ。
平面的に追いついたとて、同じ高さに降りるまでに逃げられてしまえば意味がない。それをこの狼は無理矢理に解決してみせた。
単純に、飛び降りたのだ。
2階建ての屋根。その上から飛び降りてきた狼は石畳を砕くような着地の衝撃に体を痺れさせる様子一つもなく、タンザの首を鷲掴みにし、更に、片腕一本でタンザの体を持ち上げてすらみせる。
両足が再起不能な程に折れ曲がってもなんら不思議はないというのに。
「化け物だ……ッなぁ!」
「ッぐぉ……お!?」
足先すら石畳から離れれば自分の体重で首が締まる。息が阻まれながらタンザも、ただされるがままでいる訳にはいかない。その馬鹿力で地面に叩きつけられでもすれば、一瞬で意識を失ってしまう。
衝撃と共に、狼の手が緩む。
辛うじて地面に届いた足先で反動をつけ、タンザは狼の腹のど真ん中へ蹴りを叩きつけたのだ。前述の通り、タンザは脚力に自信がある。蹴りの一発で自分よりもデカい相手を一発でノックダウンさせてきたという実績もあった。
狼獣人にしては随分と横に縦にとデカい体をしているこの狼も、そんな一撃を受けては流石によろめいて力が抜けたようだ。――タンザにとってはそれだけで済んだことが逆に驚愕ではあったのだが、驚きに身を竦めている暇はない。
緩んだ指をこじ開けて狼の手から逃れるともう一発、その土手っ腹へ蹴りを突き入れる。
ド、ズムッ! と深い衝撃。
「へへ、んだよ。思ったより活きが良いじゃねえか。さっきまでは退屈な歯ごたえだったのによぉ……っ!」
だが、その一撃も狼の意識を奪い去るには程遠い。今度の蹴りは、腹にではなく防御に回された腕に突き立っている。脂肪と筋肉に分厚く覆われた腕は、その衝撃を狼の内臓に欠片もダメージを通してはいないだろう。
勝てない。
狼が薄ら笑った瞬間、タンザはそう悟った。
走っていた。
身を翻し、今度は屋根の上の足音にも警戒を向けながら駆ける。
盗んだ宝石を返せばいいんじゃないか、そんな考えが頭に浮かんで、即座に却下する。
「それで許すような善人なはずがないよな、あの目は……ッ」
悪人の目――あれは、逃げる獲物を追いかけて嬲り殺しにすることの喜びを知る類の目だ。盗んだ物を取り戻した所で、何をされるか分かったものじゃない。
そして、そのタンザの予想は。
「あ……ぁッ!! ぐ、ぁ……ッ、んぐぅ……っ!」
的中していた。
●
タンザの口から、苦悶の雄叫びが上がる。
声を上げさせているのは、狼の股座からそびえ立った凶器――他でもない屹立した雄茎だ。
「やめ……っぁあっ、壊れ……る……っ!!」
「はッ! ガバガバに解してやっただろうが、なァ!」
「ッふ、ぐぅ……ぁあッ、ぐぅうウゥ、ぁあ!!」
逃げ出した後、道を読み違って追い詰められた袋小路で、タンザは狼の一撃を受け、もんどり打ち地面に転がされた。その際に地面に転がり落ちた、黒い布の包みに狼が視線を逸してくれることもなかった。
そして、弁明を吐き出そううつ伏せから起き上がろうとしたタンザの菊座に、狼は剛直を叩き込んだのだ。
言葉は雄茎の暴力で形を失う。
腹の奥に響く強烈な激痛。ローブを捲られ、ズボンは破り割かれ――犯されていると理解する間もなくうつ伏せの全身が狼のデカい体に押し潰されて、空気という空気が体から押し出されていくようだった。
暗い路地に、グチュン、バチュン、と容赦のない抽挿の淫響が跳ね回る。まさしく、腹をかき回されているような交尾。
「っ、ぉ……良い締りだ……ッ! おら、イクぞ、イクぞッ!」
「……っ、ひ、……ぐ……ぅう!」
ぞわりと背後の狼の影が膨らみ上がるような気配とともに、打ち付けられた熱杭の先から先程タンザに散々施したはずの種汁が勢いよく溢れ出した。
腹を満たす熱に、タンザが思わず狼の体に覆われていない唯一の足先を跳ねさせる。
弁明も、逃げる隙を作る為の詭弁でしかなかった。だが、それすら封じられて、この狼には対話をしようという考えすら無いのだと理解する。
犯し殺される。
萎えることなく潤滑剤を得たと言わんばかりに腸壁を抉り上げる分厚い雁首、その乱暴な凶器に襞を均されながらタンザは自らの運命を悟る。
潰されて圧死するか、息を封じられて窒息するか、内臓を突き破られて失血死するか。
もがこうにも、体の自由が利かない。
「よっ、と……」
そう諦めかけた瞬間、圧力が消えた。
狼がタンザの身体を繋がったまま抱え、壁に押し付ける。
「……っ!」
狼の巨根がぞりぞりとタンザの菊口を捲りあげていく。前立腺を押し潰しながら排出されるその感覚にビリビリと快感を脊椎に走らせながら、タンザは一抹の希望を見た。
「んぉ……っ!?」
一気に壁で反動をつけるとタンザは、全霊を振り絞って身体を反転させた。奥に叩きつける為に殆ど抜き去られていた剛直は、旋回した勢いで抜け切っていた。
急な動きにさしもの狼も驚いたのか、少し身動ぎをする。殴り掛かることは出来るだろう。あのずんぐりと図々しく揺れる睾丸を蹴り上げてやれば、この狼の悶絶する表情が見れるだろうか。
いや、そんな一瞬の勝利の為にリスクを取る訳には行かない。
だから狙うのは、逃げの一手だ。
「ハッハァ! タマにはこういうのも悪かぁねえな……!」
背後から不穏な声が追いかけてくるのを、タンザは振り返る事もなく駆けて知らぬふりをする。ここで足を緩めて、捕まってしまえば何の意味もない。
スボンは破られて恥部を隠す布はない。タンザはローブの前留めを閉めて体を隠しながら、足を踏み出す度左右に揺れる己の豊かな雄を恨んだ。
ごぷり、と体を跳ねさせる度に後孔からあの狼に注ぎ込まれた白濁がローブの中を汚し滴っていくのを感じながら、この好機を逃すわけにはいかないと、そう考えていた。
依頼人と合流する為に聞いていた抜け道――大通りの街門ではなく、一般人が出入り出来ない兵士用の小門。今日だけはその門番が朝まで特定の人物にだけは『居眠り』してくれる。それを使うしかない。
角だけは立派で、ベッドの上でも動きはしないあの高慢ちきの守銭奴に指定の時刻よりも早く門を抜けたことを知られるのはケチをつけられそうだが、多少の値切りは甘んじて受け入れよう。
門の灯りが見える。
流石にあの狼も兵士の前で暴れる事はないだろう。小悪党は総じて、鼻は利くものだ。
聞いていた通り、兵士は隣を抜けて門戸を通るローブ姿の不審者の姿がまるで見えていないかのように、犬獣人のその鼻先がピクリと動くばかりで槍を片手に立ちすくんでいる。
「ヒュウ」
ただ、タンザが門を抜けた後、その全身から漂っているだろう狼の淫臭を茶化すように口笛だけが吹かれる。
普段なら蹴りの一つくらいくれてやろうかと思うところだが、今はその余裕がただ羨ましかった。時間を無駄には出来ない。明日の朝、大通りの門から出た先にある集落の外れに立つ大樹の下。
そこが合流地点だ。
まだ、そこに向かうには早い。
あの狼から完全に姿を眩ませて向かわないと、タンザごと消されるのは目に見えている。幸いに、ここは貧民街――隠れる場所なら幾らでもある。
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狼――フォルティスは、尻から白濁を散らしながら逃げていく雄馬の後ろ姿を見送りながら地面に転がった布を手に取った。
「……は、こんな手に誰が嵌るかってんだ」
中から転がり落ちたのは、そこらへんで拾ったのだろうくすんだ小石が一つ。
妙な警備の仕方をしていた門番がいた。警戒していながらも何かが起きることを知っている。そんな動き――などという分析ではない。どうにもきな臭い。それだけの直感でフォルティスはあの盗人が前もって賄賂でも渡していたのだろうと予測をつける。
あの門の向こう。ある程度の逃げ場所は知っている。
大きな口から覗いた舌が口の周りに溢れそうになる涎を拭い去る。その瞳は爛々と嗜虐的な色に輝いていた。
そう。
タンザに落ち度があるとすれば。己がそうであり、これまでのターゲットが城下町に住む住民だという経験から、狼も城下町に拠点を置く小悪党だと思いこんでしまった事だろう。
貧民街。
そこは、この国にとっても流れ者である狼の、もっとも親しんでいる場所でもあるのだから。
●
「ハ……ッ、ハア……ッ!」
タンザは肩で息をしながら貧民街の物陰に隠れていた。
城下町と違い、ここは門外に住み着いた流れ者が好き勝手に住まいを作っている場所だ。区画整理なんてされていなければ、住民たちの勝手に建て替えては壊しを繰り返している無秩序なスラム。
その中で身を隠した人物を追うなど、よほどの土地勘がなければありえない。タンザとて多少の見識はあれど、殆ど来ることの無い場所だ。方角だけは分かるが、言ってしまえばそれだけ。今にも崩れそうな木造の小屋と小屋の間に身を潜めているタンザは夜闇に溶け込みながら息を吐く。
ローブで体を包めば、置かれた樽か何かにしか見えないだろう。
だというのに。
「見ぃつけた」
絶望の声は、またしてもタンザの真後ろから響いてきた。
「ぁ……ッ、ぐ……!?」
逃げる、よりも恐怖が喉に詰まり動きが鈍る。
ほんの一瞬だけ。だが、その一瞬は、狼がタンザの胸ぐらを掴み上げるのには十分な時間だった。小屋の間から引きずり出される。
「……ッ、はな……せっ!」
「おいおい、近所迷惑だろ? ま、厄介事に首を突っ込みたがる奴なんざこの辺りにはいねえけどよ」
恐らく昼は露天でも開かれているのだろう、ゴザが引かれた上に木の板やら樽が品棚代わりに置かれている。その樽にくの字になるように上半身を押し付けられ、ローブがたくし上げられる。
タンザの筋肉の詰まった形の良い尻の曲線が、薄らにぼやける月明かりに照らされる。青鹿毛に艶めくその曲線はさながら美術品のようですらあるが、この狼に審美眼など期待するほうが間違っている。
「んご、……ァ……っ! ぁあ……っぐぅ……ん、が……ぁ!!」
狼は醜い熱の滾りをその見事な曲線の中心に宛てがうと、整ったその形を歪めるほど強引に貫いていた。
男娼としての美しさなど、狼にとって路地に転がる小石ほどの価値もない。狼にとってタンザの価値を測る定規は、その腸壁の襞がどれ程剛直を抱きしめ愛撫するか。ただそれだけだ。
もう何度目だろうか。貧民街の中を逃げ惑い、この狼に捕獲されて犯される。
真夜中とはいえ、貧民街だ。ただ寝静まるばかりの街ではない。身売りに彷徨う女や酒に酔った男がいる、その目の前でタンザはこの狼に組み伏せられ、その後孔を穿たれていく。
誰もが衛兵に通報もしない――いや、した所で貧民街のいざこざにすぐに動いてくれるかは怪しいものだ。それでも、それが日常だと言うように揶揄う様な野次を飛ばすばかりで、助けようという意思は何も感じられない。
ボロ屋に逃げ込めば闖入者に驚く女の前で犯された。溢れる白濁を掻き混ぜてパン生地のように粘る滴りを結合部から溢れさせながらタンザは女のように喘ぐ。
暗い酒場の裏を抜ければ黒いカーテンに光を遮る酒場のカウンターで犯された。非合法の香りのする酒精に鼻が痺れる。無数の胡乱な欲に満ちた視線に全身を舐められながら狼の迸りを注ぎ込まれる。
「ぁあッ……が……ぁ……この……ッ!」
タンザは、何度目になるか分からない杭打ちに堪えながら一瞬の隙をついて狼を突き飛ばした。
くっぽりと尾の下に開いた空洞から狼の種が溢れる感覚を捨ておいて、まるでタンザが逃げるのを待っているかのように動かない狼を睨みつける。
ニタリと狼の口端が歪んだ。
ああ、愉しんでいる。
この狼は俺をいたぶって追い詰めて、食らうのを愉しんでいやがるのだ。
反吐が出るような悪趣味だ。だが、それがなければタンザはもう何度死んだかも分からない。この狼がタンザに飽きればその時点でタンザの敗北。その前に逃げおおせればタンザの勝ちなのだ。
無様だろうと、勝てば生きられる。
そこそこ名の知れた男娼としてのプライドが、ギシギシとひび割れていくのを自覚しながらも、希望にその痛みを包み隠してタンザは尻尾を巻いて逃げ出した。
走りづらい。
狼に襲われる度、あの凶悪な逸物に貫かれる度、タンザの肉体はそこに苦痛では無い感覚を得始めていた。
勃起していた。
もはやローブの下に衣服は纏っていない。狼に全てボロに変えられている。その中で、タンザの見事な雄茎は勃ち上がり先走りでローブの前を汚していく。
矜恃を汚され、身体を犯され、その苦痛と羞恥に紛れもなく快楽を覚えている。
信じられなかった。
屈辱。
そう言わぬならなんと言うものか。
腹が重い。下っ腹が慣れない弧を描いているのは、気のせいではないだろう。注ぎ込まれた狼の精液が内臓を圧迫して膨らんでいるのだ。
ぶびゅる、ぶぴゅ。と溢れる白濁液が臀を震わせる振動に、ゾクゾクと背筋に電流が走っていく。
逃げる為に犯されているのか、犯される為に逃げているのか。
夜の間、逃げ続けた疲労も相まって、タンザにはその区別すら曖昧になっていた。ローブの前ど留めも幾つかは千切れ、タンザの長い得物が飛び出している。
雄膣を蹂躙され、だがタンザ自身の雄は一度たりとも触れられていない。瞳に淫欲を宿らせ、笑みすら浮かべながら貧民街を無様に駈けるその姿は、強姦の被害者なのか加害者なのかも分かりようがなかった。
だが、そんな鬼事も終わりが訪れる。
「……ぁ?」
いつからか、タンザはあの狼に襲われなくなっていた。
●
「諦めた……? 俺は、逃げ延びた……のか……?」
立ち止まり、空を見上げる。薄らと白み始めている空は、汚れきったタンザの黒い毛並みを見下ろしていた。
そのまま暫く、人の気配が増えてきた貧民街を歩き。
「……ここは、そうだ。指定の」
あの依頼人との合流地点の近く。
タンザはいつの間にか貧民街を抜け街道を進んでいたのだ。
あの狼に、犯される事もなく。
犯される事に慣れ、興奮状態に陥っていたタンザは平常心を取り戻しつつあった。
そうだ。あの狼もタンザと同じく夜通し貧民街を駆け巡り、そして何度と無く子種を吐き出していたのだ。その疲労具合はタンザの比ではない。
つまり、あの狼はタンザに夢中になるあまり、どこかで体力が尽きたのだ。
タンザは口の中に隠していた黒い布の包みを取り出した。狼を騙しすかそうとした偽物ではなく、本物の盗品。
布は唾液で汚れてはいるが、砂糖菓子でもないのだから気にする必要はない。
全身が痛む。肺がキリキリと呼吸を求め続けている。安堵が睡魔となって襲い来るのをタンザは頭を振るって追いやりながら、集落の外れにある大木を目指していく。
予想通り、定刻よりも早い時間だが商人の幌馬車がそこにあった。
「……相変わらず意地が汚いやつだ」
あの依頼人が時間に遅れたことは無い。更に言えばタンザより後に来る事もなかった。それは礼儀を重んじてという訳では無い。
場所がタンザの居所であるなら話は別だろうが、相手を待たせたという不利益を被らせて商談を不利にするのが嫌なのだ。
小賢しい、とはこの事だろう。タンザの出で立ちにも難癖を付けて値切って来るのは目に見えた。だが、それも仕方がない。
このペンダントを持ち逃げした所で高い買い手がつくとは思えない。
「依頼の品を届けにきたよ」
タンザは御者台に誰もいないことを確認すると、幌馬車の中で待っているだろう商人に声をかけた。
「……?」
だが、返事が無い。
「おい、何をして……」
まさかタンザが予想より早く来たせいで、中で仮眠でも取っているのか。と、荷台の中を覗き込んだタンザが目にしたのは。
「よぉ……また会えて嬉しいぜ、タンザくんよ」
無意識に忘れようとしていたあの狼の姿だった。
●
理解が追い付かない。
最も見たくない者の姿が目の前にある。脳がその存在を拒絶しても、目の前の存在は消えてはくれない。息を呑むその瞬間に、狼の腕はタンザの胸ぐらを掴むと、軽々と荷台に引き摺りあげて無造作に硬い床へと転がした。
視界が回る。
ローブが狼の爪に引っかかって、汗と精液に塗れたタンザの均整の取れた肢体を露にされながら、幌を支える支柱に背中を打ち付けて漸く体は静止した。
「が……ぅっ……」タンザは背を強打した痛みに咳き込んでから、ゆっくりと顔を上げる。拒んだ所で現実は変わらない。夜通しタンザを追い詰め、犯してきた狼がそこにいる。「なんで……お前がここ……に、ッ」
問いただしたい事は幾つもあった。
なぜここにいる。なぜ名前を知っている、ここで待っているはずの依頼人はどこにいるのか。そう問いかける言葉に惑いながら、しかし、タンザの脳裏では一つの回答が生まれていた。
元々この依頼はこの狼が仕組んでいたんじゃないのか。
あのいけ好かない角野郎が、この狼の玩具として自分を差し出した、あの商人なら金をちらつかせれば馴染みの男娼など簡単に差し出すだろう。
「あの野郎……殺してやる……ッ」
狼はベルトを緩めて留め具を外したズボンの窓から、何度も達していたはずだというのにまるで衰えない剛直をそびえ立たせる。朝日の気配を帯びた朝の仄明るさに見るそれは、夜闇におぼろげであったその凶悪さを現然と示していた。
腕の太さ程もある漲りは巨大な棍棒のように熱り立ち、その剥け上がった先端からはだくだくとこれから行われる貪食に震える肉食獣のように先走りを溢れさせている。
ビクビクと跳ねる茎には幾本もの太い管が這い回って、高く盛り上がった亀頭縁がてらてらと淫猥な光を湛えている。
ずぐん、とそれを見た瞬間に腹の奥に響く何かがタンザの体を震わせていた。
ヘビに睨まれたカエルのように、タンザの体の中に縄が這いずって縛り上げられたように動けなくなる。息を吸うごとに焼け焦げるような感覚が下腹部に集まってくる。
見下げたタンザの視線の先で、さっきまで萎んでいた筈の雄茎が首をもたげ始めていた。
「ああ、殺すかァ。そりゃあ無理だな」
この狼に犯される。その想像で腹の奥底をかき回された感覚を想起して、タンザの体はあろうことか疼き始めている。
だが、その事に驚愕するよりも先に、狼の言葉に――いや、その手から投げられた白い枝のようなものにタンザの意識は奪い去られていた。
「は……、ぁ?」
始めは、それが何か分からなかった。
ただ、なんとなく見覚えがあるその形状に数秒記憶を手繰り、気づく。
「悪ぃな。お前が殺すより先に、俺様がいただいちまったよ。ベラベラとお前の事も喋くってやがったけど、途中で飽きちまったぜ」
それを知っている。
タンザは、その鹿獣人が見栄を張るように手入れを欠かさなかったそれを、いつもいけ好かないと思っていたのだから。
角だ。
その白い枝のようなものは、依頼主の鹿獣人の頭にあったそれだと。
この場にいない依頼人。てっきり狼と通じているものだと思っていた彼は、今どこにいるのか。
がはは、と悪辣に笑う狼は夜中に見たものよりも一周り二周り膨らんでいるように見える腹を撫でる。いや、狼の口ぶりからして、それは気の所為ではないのだろう。
「……ぁ」
この狼が、喰ったのだ。
その風船のように膨らんだ腹の中に収められている。それに気づいたタンザは、もうここから逃げるなんて考えすら浮かび上がらなくなっていた。
岩のように硬く熱り立つ肉槍を磨くように扱きながら、狼が舌なめずりをする。その先走りに濡れた手がタンザの首を掴むのにも抵抗しない。
ただ、タンザの雄肉は痛いほどに勃起していた。
「んぐぁ、……ぁあッ!! ぎ、てる……ッ、奥、ッ……があッ、あァッ!!」
前戯なんて概念も知らないかのように、狼は無抵抗なタンザの雄膣をこじ開けた。今夜、さんざん掘り返されたタンザの菊穴はいとも容易く、腹を埋め尽くすような剛直を呑み込んでみせる。
腰骨が悲鳴を上げ、呼吸が阻害される。鍛えた雄であろうとその狼の凶悪な剛直に貫かれる痛みは名状しきれない。
それは、痛みであり、苦しみであり、そして――快感でもあった。
「激し……ッ、ぁ……ごわ、れる……こわ、……レっ、ぁあ!!」
「グハハ、どうしたよ。夜よりも具合がいいじゃねえかッ、ギャンギャン喚くに癖に締め付けてきやがってよぉ!」
「ぁ……ッ、ん、もっど……ッ、もっと、奥……ぐちゃぐちゃに、ぃ……んぐ、っうゥッ!!」
タンザの雄膣を狼の肉杭が穿つ。その衝撃にタンザは舌を突き出して喘いだ。今までの抽挿はただのお遊びだったのだ。狼はタンザを貪るように腰を打ち付ける、その度に幌馬車が激しく揺れて軋みあげていく。
朝の気配に目を覚まし始めていた鳥たちも既に一羽残らず飛び立ってしまっていた。爽やかな朝の景色の中、佇む幌馬車の中でタンザは狂ったように狼の剛直を腹に抱く。疲労と恐怖に心が壊れてしまわないようにか、男娼として身に染み付いてきた雌としての本性が開花したようにタンザは強烈な快感に脳をかき回される。
もしかすると、この狼に雌としての価値を知らしめねば自分の命が容易く潰えるが為に、なのかもしれない。狼の太い首に腕を回し、腰に足を巻きつけながらタンザは淫らに腰を揺すっていた。
床に押しつぶされるようにその狼の重みを受けるタンザは、ぐん、と重みがかかる度に床板が悲鳴を上げ、割れては背中に刺さる痛みにすら強烈な快感を得ている。
もう既に壊れていた。
勃起しっぱなしの自慢の屹立にはもう感覚はなく、壊れた蛇口のように白濁液が垂れ流しになっている。だが、それに何の感慨も沸かない。腹を埋め尽くす剛直さえあれば、それでいいと思える程だ。
こんな風に自分からこの雄を求めるなどあり得ないと理性が叫ぶが、それもこの快感の前には霧散していく。タンザは気づけば涎を溢して歪んだ笑みさえ晒していた。ずぐん、と一際深く突き込まれればタンザの腹から狼の剛直の形が浮き上がる。まるで腹の内側から食い破られるかのような凶器は、再び外気に触れると、僅かに空気を含ませてからタンザの腹を突き上げていく。
「まず、一発だ。腹壊すんじゃねえぞ……ッ、ぉ……グォオ、ぉおっ!!」
「はっ、ぁ……がッ、んぐ……ぅうッ……ぁア……ッ、ぁ!? ぐ……ッぁあ……ッ!!」
幌馬車の中はまるでそこだけが異世界かのように異常な雄臭さに包まれていた。汗の香りと精液の香り。タンザは狼に組み敷かれるままにその雄膣を犯され続ける。
「……っ、出てる……中……ナガ、に……ッ、ぃいィ!!」
「トぶんじゃねえぞッ、俺様が満足するまで終わらねえからなァ……!」
解放されたのはそれからどれ程時間が経った後か。
幌馬車は交尾の激しさに車輪が崩れ、ひび割れていた荷台の真ん中から真っ二つに割れ落ちていた。もはや使い物にはならないだろうが、それを憂うものもいない。
その瓦礫の中からブビュ、ボピュ、と白濁を溢れさせるタンザの首を掴んで引き摺り出すと狼はその醜態を見やった。何度も犯され、中出しされ続けたタンザの腹は妊婦のように膨らみ、尻穴から逆流した精液がごぽごぽと泡を立てている。
ぐば、と狼は牙の立ち並ぶ大口を開けて、力が抜けたタンザという名の馬獣人を呑み込んでいった。喉を抜けていく雄獣人の体がミシミシと喉の筋肉に負けて腹へと落ちていく食感に、狼は満足げに大きく息を吸い込む。
「ぁあ、食った食った。まあ、最後はただの生肉だったがなァ」
むしろ狼の屹立を貪るように受け入れる獅子と比べては、一段も二段も格が下がる食事ではあった。とはいえ、質の悪さも量があれば満足なのがこの狼だ。
鹿獣人と馬獣人。その肉全てが収まり、更に存在感の増した腹を撫でながら、狼は瓦礫の中に転がっていた深い傷が刻まれたターコイズのペンダントを拾い上げる。
それから幌馬車から投げ出された鹿獣人の積荷を見回して、上等そうな酒を掴み数秒考える。
「まあ、偶にはちゃんとした土産くらい恵んでやるとするか」
と、狼は上機嫌なまま壊れた幌馬車に背を向ける。
馬車の持ち主が何処に行ったのか。それを知るものは誰もいなかった。
●
「私の太陽――ソルラス」
低く、憂いに満ちた声で父が私の名前を呼ぶ。王城の中の離宮。大罪を犯し、軟禁された王弟こそが私の父だった。
黄金色の鬣を豊かに揺らし、実際の歳よりも老けて見える雄獅子――父は暗く濁った欲を渦まかせる瞳で私に慈愛を向ける。
服を脱ぎその裸体を晒せば、父は私の体の隅々までを慈しむように撫でてから、背中に指を添えた。
「お前は本当に、兄上にそっくりだ」
燃えるような痛み。
爪刃が私の背を削り、激痛が走っていく。円を描き、線を描き。その痛みは何時間続いただろうか。
滴る血が幼い背に染み渡り、滴り落ちていく。私はその痛みに両腕を抱き爪を起てながら歯を食いしばる。
「さあ、お逝きなさい。私の太陽」
その作業を終えた後も灼熱の如き痛みが、背中をジリジリと焦がしている。刻みつけられた傷を水瓶の中身で洗い流した父は、満足気にそう語った。
離宮は火に包まれていく。私は、父から渡されたターコイズのペンダントを懐に仕舞い逃げ出した。
遠く、戦乱の予感に国が慌ただしく外へと目を向けているその日。まだ成人すらしていない私は、燃え落ちる離宮から逃れ落ち。
そして、私は父と共に死者となった。
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「……なんだァ、その腹は?」
「ふん、貴様に言われたくないわ」
フォルティスが呼び出しを受けていつもように窓から忍び込めば、机に向かう獅子獣人は慣れた様子で狼獣人に振り返った。
その視線はいつもよりも鋭く、妙に絡みついてくる。
だが、それ以上にフォルティスが気になったのは、獅子獣人――ラムリスの腹だった。老齢にもなったラムリスは確かにだらしのない体をしている。だが、どうにも数人分のフルコースを一人で平らげたように膨らませている。
それこそ、獣人二人を呑み込んだフォルティスのように。
「ん、なんだ。随分美味そうな匂いすんじゃねえか」
「言っておくが、貴様の分は残っておらんぞ」
なんだ、そりゃ。と問えば、どうやら昨夜も呼び出しの合図を送っていたらしいラムリスは胡乱げにフォルティスの手にある酒瓶を睨んでいた。
「儂でさえ、そうそう有りつけぬご馳走じゃったんじゃがなあ」
と刺々しい口調でいうラムリスに、他人を慮りもしないフォルティスも漸く理解できた。
拗ねている。
大の大人が、かつて国王であった筈の雄が。
「仕方ねえだろ、コソ泥がコレ盗みやがったんだからよ」
「……そのコソ泥とよろしくやってたんじゃろうに」
フォルティスは恨みがましい返事を否定しない。よろしく気持ちよく美味しく頂いたことには違いはなかった。
面倒臭いからとっとと襲って雌獅子にしてしまおうか。とそんな事を考えていたフォルティスは、しかし、僅かに身構えた。殺意や敵意なんて嫌なものはない、だが、ラムリスがいつの間にか鋭い視線を見せていたのだ。
「……なんだよ」
「そのコソ泥は、そのペンダントについて何か言っておったか?」
「いんや。むしろなんでこんな価値のない宝石を盗みたがるのか不思議そうにしてたぜ」
「……んッ、これ、フォル……ッ」
フォルティスは膨らんだ腹同士をこすり合わせて、ラムリスの胸を鷲掴みにする。途端、声を跳ねさせる獅子に狼はその屹立を押し当てた。
「ああ、ただ……その仲間みたいな奴が、獅子獣人の恩人がどうのって言ってたか」
今夜の肉圧も、楽しめそうだ。
フォルティスは、獅子の腹の下で固くなっていくそれを膝で押し潰すように笑みを浮かべた。
●
父の最期。離宮に火を付ける前に私の体に刻み込んだのは、魔法だった。
かなりの高価ではあるが、魔法具は人々に受け入れられている。それは法国との友好関係によって齎された恩恵であり、そして、生活を激変させる程の効果はないが、それでも誰しもがある程度の有用性を認めるものだからだ。
だが、それを作り出す魔法使いは――特に、法国に管理されていない魔法使いは忌み嫌われる。
魔法は世界の有り様を歪めるものだ。
だからこそ、父はそれを求めたのだ。生涯、父と共に在って、それでも父の事は理解できなかった。
父は国を恨んでいた。
父は兄を愛していた。
それだけだ。
父が私にこの魔法を刻みつけた理由も、私をあの離宮から逃がした理由も分からぬまま。形見とも言うべきその魔法を使う術も分からぬまま。
ただ、私はあの日を迎えた。
本当の意味で、飢えを知ることになるあの日。
戦場で、この国の王となる若者に出会った。そうだ、私の同胞――種違いの弟。
次期国王、ラムリス。
王族として、医学者として、戦場にいた獅子獣人。
それを見つけて私は自然と、死した誰かが持っていたのであろう剣を拾い上げていた。
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混濁している。
感覚が混ざり合っている。
それまでの生きてきた知識や記憶として、一枚壁を隔てて見ているような他者のものだという理解があった。
だが、直前の記憶だけはラムリスとしての記憶か、ソルラスとしての記憶か。判然としない。
どちらもが己であり、どちらもが他人であるかのように。
端的に言えば。
私がラムリスとなり、父がソルラスとなった。
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私が呼び出したラムリスは本当に一人で私が指定した場所に訪れた。
その胆力に驚きながらも、私はその表情を見て愕然とした。負傷兵を助けるべく奔走していた時の活気はなく、直前まで泣いていたのだろう涙の残る被毛の奥で、暗い瞳が戦争の闇を垣間見せている。
私という存在を知ってはいた。
剣を手にしている私を見て、ラムリスは諦念を滲ませてそう告げていた。
いや、実際に諦めていたのだ、己を無力を。兵站を疲弊させ被害を拡大させる為だけに、殺さず、しかし重傷を与えてくる隣国の戦線。激痛を叫びながら治療の甲斐もなく死んでいく兵士達。
私は、彼らを助ける振りをしながら、その苦痛を徒に引き伸ばしているだけでしかないという現実。
「ああ。王弟である私の父は、王に扮して王妃を襲い――私を孕ませた。大逆だ。王と国に対しての叛逆でしかない」
それを理解できぬ父ではなかったはず。だが、それでも父は母を犯し、私が生まれた。そして、産声を上げたその日、それを王である兄にだけ明かしたのだ。
王弟は表向き、病を患ったとして離宮へと幽閉された。不義の子である私もその離宮の中で育ち、王として、そして本来父の役であった側近としての教育を施された。
「離宮が燃え落ち、そこで共に死んだと聞いていたが。そうか、生きていたんだな」
死体はあったのだという。だが、それはソルラスではなかったのだろう。恐らくは、その双方が父の死体だ。
「それで、殺すか、私を」
ソルラスにそう問い掛けた。
疲れていた。ここで私が死ねばこの戦争はいよいよ止まる事が出来なくなる。だが、それでもここで不意に命を落とせるのであれば、それもまたいいと思った。
ソルラスがラムリスに剣を振りかぶる。だが、ラムリスはその直前、剣を奪っていた。王族としての責務が、それを許さなかったのだ。気づけば私が振り下ろした刃はソルラスの腹に深く、深く突き立っていた。
口から血泡が溢れていく。血が肺を侵して息ができなくなっていく苦しみの中で、私は死にものぐるいで生に手を伸ばした。
死にたくない。
ただ離宮の中で、王の予備として教育されるだけの日々。それでも、私には命が在ったのだと。
燃えるような痛みの中で、私はラムリスの胸を掴んだ。早鐘のように打つ鼓動。見えぬ手がそれを掴んだ、そんな感覚が起こった瞬間に。
初めて魔法が発動した。
●
それは分け合う魔法だ。
厳密には元々ある存在を器として複製する魔法と、その意義を分け与える魔法の複合。法国が知れば国交断絶すら考えられるような邪法だ。予期しきれぬ弊害が何処に現れようとも分からない。
だが、手当たり次第だった。傷のない体を複製し当てはめ、血液を複製し分け合い、意識を、記憶を、生命を。
認識出来るもの全てを混ぜ合うように。重ね合わせるように。
混濁する。
まるで魂が混ざり合うように前後不覚に陥るまま、ペンダントに意識の指先が触れた。
その瞬間、ソルラスとラムリスだけであった意識の混濁に何かが混ざり込み、どす黒く全てを飲み込まんとしていった。
欲が全てを埋め尽くしていく。
その時漸く、理解した。
父の飢えを。
父の愛を。
父は兄を愛していた。二つしか違わない兄に妄執を抱いていたと言ってもいい。いつか王になる兄の横に立つべきは己だと、王の執務を助けるようになった兄を補佐出来るほどに学んだ。
全ては兄と同じ場所にいるためだ。
兄のものは全て欲した。
兄の癖を真似た。衣服も同じ仕立てを望んだ。同じ食事を取るのが嬉しかった。兄が体調を崩したならば同じ病に罹りたかった。国すらも、兄が王となったその横で民たちの願いを共有したかった。
共有を望んだ。
王妃と、子すらも。
その歪んだ妄執の果てに父は王妃を孕ませた。
そうして、父は全てを――兄を失ったのだ。
だから、国を恨んだ。
兄を奪い、離宮へと閉じ込めた国を呪った。
それ故に、不完全な魔法を施したのだ。ペンダントに複製した己の意志をソルラスに注ぎ込む為に。
魔法は過たず、器に妄執の徒を注ぎ込んだ。
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死にたくない。
その願いにラムリスは手を伸ばした。魔法などは知らない。だが、混ざりあった記憶の中にある断片をかき集め、見えぬ認知の手を伸ばす。
死にたくないと。そう願われたのなら、それを無視することなどその時のラムリスにはできようもなかった。何かに飲み込まれかけるソルラスの意思を迎え入れ、歪んだままに混ざり合いラムリスは気を失った。
その場にソルラスは残されておらず、複製され深い傷を得たペンダントが二つ。
法国での魔法具生成と似通った手順を踏まれたそのペンダントは、簡易的な魔法具へと変化している事に気づくのは、数ヶ月先の事だった。
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目が覚めた時、ラムリスは己が何者か分からないでいた。
欲が渦巻いている。乾きが、飢えが。
満たされることを知らなかったソルラスがラムリスの満ちた王族としての記憶を得て初めて飢えを知ったのだ。いや、それは、ラムリスの記憶ではない。私はラムリスであるはずだと、そう思考する時点で異様なことなのだ。
己は何者だ。
問い掛けに返るのは、『貴方は、皇太子ラムリス殿下だ』という決まり切った答えだけ。
ソルラスと共にラムリスに混じった、欲。それがペンダントに刻まれていた王弟の欲なのだと理解する頃には、ラムリスは療養と王位継承の準備のため、戦地から王城へと戻っていた。
そして、王となったラムリスは終戦と共に一線を退き、今に至る。
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「……欲に振り回されてマーリスを孕ませてしまったりもしたが、今は手綱を握るのにも慣れた――ぉッ、んぉ!?」
「ハッ、長々と訳分かんねえ事語りやがって。んで、何がッ、言いてえんだ?」
ラムリスという存在は歪んでいる。
それが子ども達に引き継がれていない事を望むばかりではあるが、しかし、悪いことばかりでもなかった。
「ん、ぐぅ……ッ、があ……ッ、は……、儂は、どうにも他の者より……ッ、丈夫な、ようでな……ッ、ぉオッ!?」
恐らく、複合された魔法による弊害ではあるのだろうが、ラムリスは普通であれば耐えきれぬようなフォルティスの本気の抽挿にすら耐えてみせる体を持っていた。
グ、チュン、ッバズン……! と遠慮もない杭打ちが重く部屋を揺らしている。誇るべきはラムリスの頑丈さか、ベッドのスプリングか。
かつて、王弟が愛した兄――ラムリスの父に当たる先々代の王。歳を取り、その面影を強く残すラムリスは、狼に貪られながら甘露な蜜を竿から溢れさせ、欲が満ちていく快感に酔いしれるのだった。