11話 イチ、ビキニアーマーを着る(完) バルティゴ都市国家連邦外伝27
時間が速度を失った、と感じたのはイチだけだった。
スァンブルムの舌が張り付いたビキニアーマーがひっぺがされてゆく。
ライフルを肩につけて構えているため、自分の乳房を外界から守っていたビキニを取り返す瞬間がない。
死後にあってもスァンブルムの舌は脊髄反射の為かイチのビキニを攫ったまま収縮した。
「むほーーーー!! これこそ千載一遇のシャッターチャンス!!」
「今ですぞシドリー氏!!」
イチの背中からビキニが失われるなり、カークとヌースはカメラの魔が憑いた。
神秘の部分をレンズに収めようとふたりは駆け出し、最高のアングルを見つけようと回り込もうとしている。
魔がふたりに人ならざる力を与えたのか、想像のしようがないほどに早い。
____ふざけるなよ変態共が!
イチは選択を迫られた。
「あっ」、というよりも早くレンズはイチの神秘の山の頂を捉え、破廉恥な奇跡の一枚がシャッターによって生まれるだろう。
阻止するためには「あっ」、と言うよりも先に胸を隠せばよい。
だがそれはイルハの身を危険に晒して守る恥部である。
「____む、____ぶッ!」
イルハは上半身をスァンブルムの口に飲み込まれ呻いている。
この怪物の口は獲物を丸呑みにするために進化している。
流石のイルハといえ、まともに動かせるのが脚と手首ぐらいでは何もできないではないか。
そしてイルハが呑み込まれればイチが貫通力の高い銃を持っている以上確実な救出は難しい。
下手をすれば飲み込まれたイルハごとスァンブルムを撃ち抜いてしまうからだ。
スァンブルムはイルハを呑み込むため背を反らして天を向いている。
この瞬間ならイルハを傷つけることなく心臓を狙えるし、イチの腕前があればそこに失敗はない。
しかしそれは己の恥部を連邦中に晒しかねないことと引き換えであった。
瞬時に周囲の状況を認識できるイチだからこそ、判断に迷いが、
____是も非もあるか!!
いや、イチは迷わなかった。
こんなことで仲間を危険に晒すなどイチの冒険者としての魂が許さない。
そして全ての事は瞬きをする間に起きて、終わった。
「げゴッ」
イチは胸のビキニを失ったままイルハを呑み込もうとしていたスァンブルムの心臓を狙い打った。
描写をする必要性を疑問に思うほどの正確さで銃弾はスァンブルムの心臓を破壊し、このアーシバワル遺跡の主は蛙のような断末魔の声をあげて呆気なく死んだ。
「今あーーーーーーーッ!! もらいましたぞ!!」
銃の反動を受けイチの乳房がプルンと震え、そして動きが止まる瞬間。
滑り込むようにしてカメラのレンズがイチのサーモンピンクを捉えようとした。
カークは水の中で床を蹴りこの男にどういう心得があるのか最高のアングルを足さばきで位置どろうとしていた。
「叭ァッ!!」
そしてカークがシャッターを切るよりもコンマ秒早くヌースの閃光魔法が頓珍漢な気合と共に発動し、謎の光がイチの身体を包んだ。
閃光が為にイチの乳頭を含め全てが一瞬白く染まり肉眼でその色は捉えられない。
が、カメラのレンズはその実相を像として吸い込み、カークはシャッターを切る指に力を込める。
「撮りましたぞッッッッッッッ!!」
そしてイチのくるめかせるようなピンクが世紀の1枚として写真になる、はずだった。
「 ________ほ!?」
ならなかった。
カークの構えたカメラレンズに何かブラジャーに似た形をした綿のようなものが覆いかぶさり、取り込むはずの光の像を闇にした。
「ダメっすよ乙女のお乳を盗み撮りなんて! ビキニアーマーを撮るならいいっすけど、生のお乳はダメっす!」
シャネルだった。
シャネルは咄嗟に女性らしくみせかけるためにレオタードの中に仕込んでいたブラジャー型の偽乳パッドを取り出しカークの撮影を遮るべく投擲したのであった。
「ほひいいいいいいいい!! せっかくの奇跡の一枚がああああああ!!」
カークは叫んだ。
連邦史に残るようなピンクの真実は永遠に隠されてしまった。
撮影に夢中だったために実際の色形もまるで見ていない。
そのおかげで本小説にもその色彩や瑞々しさを描写できない。
読者に届けられないのが残念でたまらないが、当たり前に見れないから神秘なのだろう。
「カーク氏! もう感光版はないのですか!? 奇跡を! 奇跡をおおおおおおおお!!」
奇跡を目の前にして撮り逃せば、絶望だけが残る。
カークとヌースはそのため周囲の事を忘れた。
神秘とは常に悪を退ける強い力によって守られていた事も。
「言ったはずだな。そのカメラとやらに、鉛玉をぶちこんでやると」
手ブラのイチだった。
ビキニが失われたことで手ブラで乳房を守るしかなかったが、右手にカーペイト10式ライフルを提げているので手ぶらではない。
口元に笑みさえ浮かべているが、穏やかでない笑顔ほど人の心胆を寒からしむものはないだろう。
「カメラだけでいいんですか? イチさん」
そのイチの隣には同じく手ブラのイルハがいた。
どうやらスァンブルムに呑み込まれたときに弾みでビキニを失ってしまったらしい。
騎士をやるには大きすぎる乳房を片腕でギリギリ守りながら右手に剣を提げていた。
イチとは対照的に笑顔は見せず、顔を赤くして目を細めている。
「ひいいいいいいいいいい!! カメラだけは、カメラだけはお助けをををををををををを!!」
「出来心!! 出来心だったのです!! どうか妖精のお慈悲ををををををををを!!」
慈悲を乞うタイミングはとうに失くしていた。
捨てたのは他ならぬカートとヌースのふたりだった。
「そうか。じゃあカメラと運命を共にしろ」
イチが片手だけでちょっとした曲芸のようにカーペイトを一瞬宙に浮かせてボルトを引いた。
排莢された空薬莢が水面を叩いて沈む。
激発寸前の銃口を向けられてなおカメラを庇えるほどの根性はカークとヌースにはなかったし、イチもそんなことはわかっていた。
「「ほひいいいいいいいいいい!!」」
アーシバワル遺跡に無慈悲な銃声が鳴り響き、こうしてカークとヌースの冒険は大失敗に終わったのである。
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尚、結局ビキニアーマーは冒険者の装備として製品化されなかったが、夜の営みを彩る新しいフェチズムな衣装として一部から熱烈に歓迎されることになった。
イチとイルハは本人たちの知らない形でファッションの歴史を作る事になるのであった。