インターミッション10 イチ、常識改変魔法をかけられ全裸になりたがる。

  バルティゴ都市国家連邦18年12月25日黄金の日。

  この日、エルビアニカはナイトライフを楽しんでいたようで、住処のルーナハイムに帰ってきたのは朝の6時であった。

  この人族の冒険者は女として生まれた喜びを思うがままに楽しんでいるようで、夜に遊べば酒・賭博・そして男の海を泳いだ。

  無理もないだろう。どうやら彼女の美貌は確かであったようで、彼女を知る者が「貴族を相手にしても通用する美貌」であったと残している。

  しかしながら玉転がしの上手なプレイガールでもあり、「情熱的な身体に、深い果肉まで乱したくなる淫靡な笑み」を持つ女性であったと言われている。

  昨夜も存分に賭博と酒を楽しみ男の肉体を愉しんだようだ。

  「博打は上々、酒も上々、男もまあまあ、良い朝だねぇ」

  エルビアニカは居間でひとりごちると戸棚から自分の為のウィスキーを取り出し湯を沸かし温めた。

  まだ恍惚が残っているのか、上気させた顔でマグカップの酒を喉に流すと色を感じさせる仕草でショートにした銀髪をかきあげた。

  うっとりとバイオレットのドレスに包まれた下腹部に自ら触れると、熱が残っているようだった。

  夜の営みを反芻しているのだろう。

  「____んっ…………」

  他の仲間がまだ起きていないのをいいことに、エルビアニカが大変にセクシーな行いに耽ろうとしたその瞬間である。

  「イチさん! 家につきましたから! 落ち着いて!」

  「はなせ! なんでわたしに服を着せようとするんだ! なにか変な魔法をかけられてるんじゃないか!? はなせってば!!」

  「魔法をかけられてるのはイチさんなんですってば!」

  エルビアニカは脳を蕩かせるために口に含んでいたウィスキーを噴き出した。

  シーナがほとんど全裸のイチのセンシティブな部分をなんとか守ろうと冒険者コートで包むのに悪戦苦闘している。

  何がなんだかわからないが、とにかくイチは全裸になりたがり、シーナはそれを阻止しているようだ。

  「な、なんだってんだい? なんでイチちゃんは裸なんだい?」

  エルビアニカの声にイチとシーナが気が付く。

  「エルビアニカ! 全裸でいるのは常識じゃないか! それよりもシーナが変なんだ! 服を着て、わたしに服を着せようとしてるんだ!」

  「イチさんが大変なんです! ふたりで誘拐の常習犯を追い詰めてですね、わたしの魔法が大活躍してですね、それはもう素晴らしく魔力が冴えわたりまして敵の…………」

  「ふたりでいっぺんに話さないでおくれ、酒が頭に響く」

  「イチさんが常識改変魔法をかけられたんです!」

  エルビアニカは頭を抑えた。

  常識改変魔法の知識はある。

  幻惑魔法の一種で、この魔法にかけられたものは物事の認知が歪み、常識と逆の行動が正しいと思い込む。

  現代では薄い本のネタにもされがちだが、実は恐ろしい魔法なのだ。

  当時のある冒険者のパーティーが常識改変魔法をかけられ「仲間を全員殺害することが正しい事」と思い込んだ者のためにパーティーが全滅しかけたという話をエルビアニカは聞いたことがある。

  どうしたものか。

  エルビアニカが対処に困っているとイチがエルビアニカを見て「ひゃあ!」と素っ頓狂な叫び声をあげた。

  「エルビアニカ! ふ、服を脱いでくれ! いくら部屋の中で女しかいないからって服着てたら恥ずかしいじゃないか!」

  エルビアニカは理解した。

  どうやらイチは常識改変魔法の影響で「服を着ていることは恥ずかしい事」と思い込んでいるらしい。

  「どうしてこんなことになったんだい!?」

  「それはですね! イチさんと冒険に出たんですが、これもすごい冒険だったんですよ! きっとこのシーナの魔法がなければ冒険は失敗に終わってたのは間違いありませんね! どこから話したものか悩みますが、まずシーナが目標の誘拐犯を見つけたところから……」

  このままシーナに話させたら読者が辟易してしまう。

  なので歴史の編集者であり作家である著者がかいつまんで書かせていただこう。

  数日前、イチは冒険者ギルドで依頼を受けた。

  ある男を拘束し冒険者ギルドに引き渡すという依頼で、目標は『ジョウ・シキヘンカイン』という闇冒険者だった。

  この男は常識改変魔法の使い手で、魔法により奴隷化した少女を連れ去り非合法組織に売り払うという邪悪な犯罪に関わっていた。

  その為、イチは天才魔法使いシーナ・アハトゼヘルを仲間に選びシキヘンカインの拘束に向かった。

  シキヘンカインは一匹狼の闇冒険者を長くやっていただけに狡猾。

  神経を削る魔法戦の末にどうにかしてイチが追い詰める事に成功した。

  しかしシキヘンカインは逃げ込んだ先の遺跡で他の魔法を駆使しながらイチたちを迎え撃ち、イチは得意の精密射撃を活かせず想定外の近接戦に挑まざるを得なかった。

  一瞬の隙をつきシキヘンカインの懐に飛び込んで零距離魔導弾で完全にシキヘンカインを無力化したイチであったが、倒れ際にシキヘンカインはイチの身体に触れ魔法を発動させた。

  シーナはすぐさま対抗魔法を用いてイチにかかった魔法の効果を解除したはずだったのだが、冒険者ギルドへシキヘンカインを引き渡し、ルーナハイムに帰る途中で突然イチが服を脱ぎ始めたのだという。

  「魔法の効果が遅れてきたってのかい?」

  「それほどシキヘンカインさんの魔法が強力だったのか、それとも魔法の解除には成功したものの後遺症のように効果が発現したのか……」

  困ったことになった。

  今のイチは全裸であることが自然で、服を着ているのは恥ずかしいことだと常識をおかしくしているのだ。

  このままではこの小説も成人指定になりかねない。

  「シーナ! 脱げ! 女同士だからって、お前の服なんか見たくないんだ!」

  「ぎゃあああああ!! イチさんの変態!! エッチ!! スケベ!! 痴女!! 露出狂!!」

  イチがシーナの着ている衣服を脱がそうと手をかけた。

  取っ組み合いでシーナがイチに勝てるわけもなく、シーナはあれよあれよと脱がされシルクの上品な刺繍が入った下着の上下を晒している。

  「なんだよなんだよ。朝からなにやってんだよ」

  騒ぎを聞きつけたのだろう。2階でさっきまで寝ていたヘルヒャンがやってくる。彼女は木綿の水玉ショーツに上はティシャツだけという気を抜いた格好であった。彼女はハーフコボルトなので身体が体毛に覆われているため寒さに強く、暖炉も焚いているので下着姿が適温なのだろう。

  「ヘルヒャン! みんなおかしいんだ! 服着てるし、私に服を着せようとしてるし! なにか魔法をかけられたんだ! ミュルガルデを呼んでくれ!」

  エルビアニカは状況からイチが下着姿には反応しない事を察した。そうとわかればドレスを脱ぎ、ストリングで大胆に装飾した紅色のブラとティーバックショーツの下着になることにする。

  「すまないねえ。ちょっと気を抜きすぎたよ」

  イチは一瞬思案したようだが、下着だけの姿になったシーナとイルハを見ると納得したようだ。

  「ちょっと、朝からうるさいわよ!」

  「どうしたんですか皆さん、服を脱いで」

  「なにかトラブルでしょうか?」

  間の悪い事に、どうしたどうしたと上からタオ・メイメイとイルハ・ルチオリーヌ、ミュルガルデ・レーリッヒが降りて来た。みな寝間着を着ている。イチに気づかれたら大変だ。

  エルビアニカはイチが何か言う前に3人の前に立ちふさがった。

  「あんたたち、寝間着なんて着てちゃ恥ずかしいじゃないか! さあ、さっさと脱いで脱いで!」

  こんなことを朝から言われて不審に思わないわけがない。

  「何言ってんのよエルビアニカ? 意味わかんない」

  と、タオ・メイメイ。

  「僕、寒いです」

  イルハはそう言って手をこすり合わせている。

  「どういうことですか? なにかあったんですか?」

  ミュルガルデは心配そうな目をしている。

  彼女もハーフミノタウロスなので体毛に身体が覆われているが、寝間着を着ているのは育ちがよいからかもしれない。

  もう冬である。

  暖炉がついているからといって下着で過ごす気温ではない。

  しかしエルビアニカは鬼気迫る表情で言った。

  「いいから言うことを聞くんだよ! イチが大変なんだ!」

  端的にイチが常識改変魔法をかけられた事を説明するとエルビアニカは3人の服を脱がせ下着姿にした。

  3人とも渋々それを受け入れたがメイメイなどは不満の顔色を隠していない。

  冬の朝っぱらからこのようなことに付き合わされればそういう顔にもなるだろう。

  エルビアニカがシーナのほうに目を向けると、一旦シーナはイチに下着をつけさせる事に成功したらしい。庶民的だが安っぽさを感じさせない瑠璃色の下着上下は庶民向けプチプラランジェリーの開祖、ヘルメェスの仕立てたものだ。

  しかしイチは再びその瑠璃色の下着を脱ごうとしている。

  シーナが慌てて止めにはいるのだが、

  「冒険者ギルドに用事を思い出したんだよ。下着姿じゃ恥ずかしいだろ!?」

  どうやらイチは冒険者ギルド用事を思い出し、再び全裸になろうとしているようだ。

  これはいけない。

  奇妙なことだが常識改変させられても下着姿では恥ずかしさを感じるらしい。

  エルビアニカはなんとかイチを足止めできないか頭を働かせたがこれと言って確実なアイデアは浮かばない。

  苦し紛れにこんなことを言った。

  「じ、実はみんなでイチちゃんが帰ってきたらパーティを開こうと計画してたんだよ! あんたの誕生日パーティだよ! いつが誕生日かわかんないし、全員揃う日も少ないから今年のうちにやっちまおうって!」

  苦しい。実に苦しい。

  エルビアニカは自分で自分の言葉の間抜けさに呆れる。

  イチはそんなその場しのぎの言葉を聞くような、そんな女では……、

  「パーティ? 私のために…………?」

  ……そんな女だったようだ。

  ◆

  ____妙なことになっちまったな。

  今、ルーナハイムの居間にはエルビアニカを含めイチやシーナ、タオ・メイメイ、イルハ、ヘルヒャン、ミュルガルデと7人の入居者が下着姿でテーブルを囲んでいる。

  下着姿で居間に並ぶ女7人。

  7人の半裸女性たち。

  異常な下着女性、その数7!

  「なんだか私のために悪いなあ。誕生日を祝ってもらうなんてはじめてだよ」

  イチの素直に嬉しそうな様子を見てエルビアニカは心が痛んだ。

  実際、エルビアニカはイチの為にどこかのタイミングで誕生日を作って祝ってやろうと考えていたが、まさかこんなタイミングになるとは思っていなかった。

  全員半裸の誕生日パーティ。滑稽なことこの上ない。

  「とりあえず、最初の挨拶をイルハにしてもらおうか」

  しかしはじめてしまった以上、なんとか場を繕わなければならない。当然パーティの段取りなど決めていなかったのでエルビアニカはどうにかそれらしくする為にイルハを名指しした。

  シーナに挨拶を任せては話しが長くなりそうだし、騎士道を重んじ、なにかあれば誓いの言葉を口にしているのでそれっぽいことを言ってくれる気がしたからだ。

  「僕がですか!?」

  イルハは突然のフリに声が裏返った。黒のスパッツにグレーのタンクトップ。騎士にしては過分な乳房が驚いてプルンと揺れたが、渋々口を開いて祝いの言葉を探した。

  「ええと、そうですねえ。我が剣にかけ……、剣はないんだった。騎士道の誇りにかけて、この者イチの生誕を…………祝福……、祝うのほうが適切かなぁ、お祝いすると共に……」

  イルハは慣れない挨拶の言葉で苦労している。メイメイなどは死んだ目でそれを見ているが、イチだけは自分のために向けられた言葉を聞き逃すまいと真剣だ。

  ____いったいどうしてこんなことになったんでしょう。

  ミュルガルデがエルビアニカに目で訴えた。

  彼女にはミノタウロス族の血が流れているため、身体も大きく乳房も人族と比べてたっぷり大きい。

  そのサイズに合うブラジャーがないので薄水色ベビードールにショーツは同じ薄水色の紐パンだ。

  ____仕方ないだろ。イチがああなんだから。

  エルビアニカは目で返した。

  するとイルハの挨拶とやらが終わったらしく、拍子の揃わない拍手が響いた。

  とりあえず、良い解決策が思い浮かぶまでに場をとりつくろわないといけない。

  「さてと! 誕生日らしくしなきゃいけないね。シーナ、一緒にご馳走を持ってこよう!」

  エルビアニカはイチを席に着かせておくためにありもしない御馳走を餌にした。

  「ご馳走なんか用意してくれているのか!?」

  感激に顔を輝かせるイチ。食い意地が張っている少女なので嬉しさもひとしおなのだろう。もっともそんなご馳走など絵に描いたケーキなのだが。

  「ちょっと時間かかるから、そうだな、イチちゃんは主役としてなにかスピーチでもしたらどうだろう」

  イチはそう言われて驚いた。本来口下手な彼女だが、こういう場で話す機会が与えられ悪い気はしていないらしい。

  「えと、そのだな。ええと、今日、今日まで私が冒険者を続けられたのはだな、えーと、何て言ったらいいかな、えーと、冒険者を続けられたのはだ。やっぱり、えーと…………」

  イチは立ち上がると聞いているだけで眠たくなる下手なスピーチをはじめた。

  エルビアニカはその隙に「シーナとミュルガルデも手伝ってくれ」と声をかけ、ふたりを連れてキッチンへ向かう。魔法のことならばこのふたりが専門だ。

  キッチンは居間と繋がっているが、カウンターがあるためひとつ空間が離れている。

  エルビアニカはイチの様子を伺いつつシーナとミュルガルデに尋ねた。

  「こまったねえ、魔法でなんとかできないのかい?」

  シーナもひそひそ声で話す。

  「こういう魔法は厄介なんです。解除の魔法をかけるにも、本人に受け入れる姿勢がなければ効果は期待できませんし……。ミュルガルデさん、どうですかね?」

  「同じ魔法にかかった冒険者の魔法を解除したことはあります。ひとつめの方法はイチさんに今の自分がおかしい事に気が付かせ、解除魔法をかけることです。もうひとつがイチさんの思考を空っぽに……例えば気絶させて、その隙に魔法をかけることです。そうすれば恐らく…………」

  「なるほど……」

  エルビアニカは思案した。

  こと戦闘状態になれば一切の隙を見せないイチを気絶させるのは6人がかりでもどうかわからない。万一失敗して外にでも飛び出されたら大事だ。

  とにかく、イチに今の状態がおかしいという事を気が付かせる方向で動いたほうが良さそうな気がする。

  ひそひそ話しているとイチのスピーチが終わったらしい。

  このままではもともとイチ以外冷え切っていた場が最悪なまでに冷え切ってしまう。

  「とりあえず時間を稼ごう。御馳走を持っていかないと」

  「御馳走なんてどうすればいいんですか?」

  ミュルガルデの疑問はもっともだ。そんなものどこにもありはしない。

  「とにかくなんとかするんだよ」

  そう言うとエルビアニカはシーナに大皿とパン斬りナイフを用意させ、パンにクリームバターを塗ってドライフルーツをデコレーションし、その上に蝋燭を無理矢理刺して火を点けた。

  ミュルガルデには人数分のマグカップを用意させウィスキーを水割りを作らせた。

  こんなものをご馳走と言えるのだろうか?

  いや、言えまい。

  だがその急ごしらえの御馳走にイチはえらく感激したようで、目を潤ませうまいうまいと食べていた。

  もともと食べるのが好きというのもあるが、恐らく自分の為にみなが作ってくれた喜びで余計美味しく感じるのだろう。

  エルビアニカに限らず多くがそんなイチを不憫に思い、心の中で「今度上手い飯でも連れて行ってあげよう」と思ったことだろう。

  しかし、そんな中で空気を読まない子供がいる。

  「くだらない」

  タオ・メイメイだ。

  このハーフエルフの少女は37歳になりこの中で最年長ではあるのだが、ハーフエルフという種族は他種族に比べて成長が遅いため実際は12歳とちょっとの子供と見たほうがよい。今まさに反抗期なのだ。

  タオ・メイメイはボソリと呟いたためイチには聞こえなかったようだが、このままでは反抗期のせいで場を解凍不可能なまでに凍えさせかねない。もうエルビアニカはやぶれかぶれだった。

  「そうだ! イチのために歌を歌おうじゃないか! ほらイルハ、なにか歌うんだよ!」

  「ええ!? また僕ですか!?」

  

  イルハは困った。実は歌に自信がないわけではない。騎士道を学ぶ一環で歌も嗜んだのだ。

  しかし、その自信は根拠のない自信で、彼女の歌声を聞いた者は決まってバツの悪そうな顔をしたという。音痴だからだ。

  「きょうは素敵な誕生日~♪ 妖精たちも笑ってる~♪ きょうは嬉しい誕生日~♪ あなたが生まれた素敵な日~♪ さ、さあみなさんも御一緒に!」

  イルハは故郷に伝わる誕生日の歌を歌った。

  イルハの歌声は凛々しいが、その調子は奇妙奇天烈で、たどたどしい。聞くに堪えないとまではいかないが、子供だってもう少しマシに歌えそうだ。

  他の者は実に苦しそうなぎこちない笑みを作っている。メイメイは心底うんざりした様子で口パクだ。

  なんとも酷い。

  なんとも酷い誕生日会もあったもんである。

  しかしイチは誕生日を祝ってもらった経験がないせいか、皆の歌声に感動し涙ぐんでいたりする。

  いくらなんでも単純すぎやしないか。

  もしかすると常識改変魔法のせいで情緒がおかしくなっているのかもしれない。いや、きっとそうだ。

  「へくちん!」

  歌が終わった途端、タオ・メイメイが可愛らしいくしゃみをした。彼女も無理矢理脱衣を命じられ、無地の白いキャミソールに、同じく白いもこもとした所謂お子様パンツだけなので寒いのだろう。

  「あんた、ちょっと身体貸しなさい」

  メイメイは席の近いヘルヒャンに身体を寄せた。

  冬の夜に暖を取るために飼い犬をベッドに入れるのと同じ行動であろう。

  それを見てイルハも「失礼」とひっついた。

  ヘルヒャンはふたりに挟まれ座り心地が悪いのか「クゥ~ン……」と小さく鳴いた。

  エルビアニカとシーナもやはり寒かったようで、ミュルガルデの両脇につくと身体をくっつけた。

  ミュルガルデもなんだか照れ臭いのか「モォ~~」と小声で鳴いた。

  「なんだなんだ。寒いのか。確かにちょっと寒いかもな。暖炉の薪を増やすか?」

  馬鹿は風邪をひかないというが、今のイチは常識改変魔法の効果か自律神経かなにかが狂ったようであまり寒さを感じていないようだ。

  しかしその時シーナに閃きが走る。

  「たしかに皆さん、ちょっと寒いかもですね。ねえイチさん、寒い時はどうしたらいいですかね?」

  「そりゃ、暖炉に火を入れればいい」

  イチは「あたりまえの事を聞くな」とでも言いたげに唇をとがらせた。

  「外に出る時は? 外に暖炉はないじゃないですか」

  「服を着るしかないな」

  どうもイチの言葉に矛盾が生まれてきた。

  「けど、お洋服を着たら恥ずかしいじゃないですか」

  「あたりまえだ! 服なんて着たら外に出れないよ!」

  わかりやすくイチの理屈が破綻しているのを聞いてシーナは笑みを浮かべた。

  「あれれ、変ですねえ。お洋服を着たら恥ずかしいのに寒い時は着ないといけないなんて。そういえば冒険者ギルドに用事があるんでしたっけ?」

  「うむむ、外には裸で出るべきだ。服を着ているなんて恥ずかしい。でも寒い時は服を着ていたような。うむむむむ」

  イチはようやく認知の歪みに気が付きはじめたようでなにかブツブツ言いながら難しい顔をしている。

  これは良い。

  この馬鹿げた下着パーティから解放されると思うとみな顔を明るくした。

  自然とシーナの言葉に期待が集まる。

  「ねえイチさん。もしかして、お洋服を着るのって自然な……」

  シーナが言い終わるより先にイチの顔が輝いた。

  「そうだ! 火だ! 寒い時はあたりに火をつけて暖をとるんだ! みんな寒いなら火をつければいいじゃないか!」

  どうしてそうなるのか。思考が終わっている。

  おそらく常識改変魔法の影響がこのような破綻した思考を生み出したに違いない。

  イチの暴走した認知はイチを異常行動に走らせた!

  ブラジャーを外し暖炉から火種を取ろうと駆けるイチの背中にみな仰天する!

  このままではイチが家中に火をつけかねない!

  「やめろおおおおおおおおおおお!!」

  叫ぶエルビアニカ。

  しかしやはり勇者ではメイメイあった。彼女は考えるよりも先に身体が動くし、言葉よりも先に手が出る。

  「バカやってんじゃないわよ!!」

  メイメイのビンタがイチの頬を捉え、イチは突然の衝撃に一瞬固まった。

  その隙にミュルガルデが駆け寄り、魔力を込めて「えい!」とイチの背中を叩いた。詠唱こそないが、治癒魔法のエキスパートであるミュルガルデが直接魔法を流し込めば効果はテキメンだ。

  「あ、あれ。なんでみんな下着……。わたしも下着……。えっと、シキヘンカインを捕まえて、スウィートバウムに戻って、冒険者ギルドに行って、その時わたしは……」

  突然イチは顔を真っ赤にして「ひゃああああああん!!」と叫び2階へ駆けあがって行った。自分の部屋に逃げ込もうとしているのだろう。

  無理もない。なにしろ常識が平常に戻っても通りで全裸になろうとした記憶は消えないのだ。

  不屈の冒険者イチといえまだ推定18歳か19歳である。

  衆人環視の中自分が露出を試みた醜態は耐えがたき恥辱だろうことは間違いない。

  「どうやら、魔法が解けたみたいですね」

  ミュルガルデの言葉に皆安堵の顔を浮かべた。

  「やれやれだわ。まったく」

  メイメイは脱いだ寝間着を手に2階に上がって行った。

  他の者も服が恋しいのか各々の部屋へ戻ってゆく。

  1階で服を脱ぎ捨てたエルビアニカとシーナがその場に残された。

  「……シーナ、イチちゃんのケア、してやってな」

  「えぇ、お任せください。イチさん、あれで結構気にしいですからね」

  「シーナ、近々、イチちゃんの誕生日会、やり直してやろうな」

  「そうですね…………」

  エルビアニカは気が付けばもうすっかり酔いが覚めてしまったくせに頭だけは冴えていたので、ソファに腰かけると飲みかけていたウィスキーを一気に呷り、再びグラスを満たすのであった。

  ◆

  それから昼頃、シーナのやたら口数の多い慰めもあってイチはどうにか気を取り直した。

  迷惑をかけた事を仲間たちひとりひとりに頭を下げて謝罪した。

  無論、ちゃんと服を着てだ。

  可愛らしいニットの白いワンピースにキャメル色をした革のブルゾンと現代でも通用するファッションで着飾っている。

  どうやら冒険者ギルドに用事を済ませた後、シーナと食事にでもいくことにしたらしい。

  遊びに出る時でも腰にガンベルトを巻き銃を挿しているのはいかにもイチらしいが。

  「さてさて、何をご馳走になりましょうかね! シーナ、気になってるお店たくさんあるんです! 最近できたクレープの店もいいですし、シャーベットっていう冷たいデザートを出す店ができたんですって! あ、でも龍華帝国風の蒸したお饅頭を出す店も行きたいですし、どうしましょう!」

  シーナとイチはルーナハイムから出て冒険者通りを歩いていた。

  この通りでは食事もデザートも味わうのに事欠かない。

  どうやらシーナはイチがお詫びに食事を奢ってくれることになったので浮かれているようだ。

  真っ赤なピーコートに白いマフラーの下でスエードのキャラメル色をしたスカートが揺れた。

  「おいおい。奢ってやるのは一回だけだからな。まったくもう」

  そういうイチの顔も楽し気である。恥こそかいたがシーナの言葉を信じるなら朝方なので冒険者通りで露出を試みた時には人通りも少なくあまり見られていないそうだ。

  イチの長所は立ち直りが早いことである。

  そりゃ、酷い尋問を受けた事を膝を擦りむいたくらいにしか感じない少女だから当然か。

  それにシキヘンカインを捕えた報酬も手に入った。

  今日はたっぷり羽根を伸ばして楽しもう。

  そんなふうにイチは思っていたのだろう。

  突然、季節外れの風が吹いた。

  イチのスカートが捲れる。

  イチは足回りに布が少なければ脚さばきが良くなるという迷信を信じており、冒険に出ていないときでもなるべく短いスカートを履いていたという。

  スカートはフワリと捲れる。

  「あっ!」

  シーナはイチの捲れたスカートの下を見て飛び出そうなほど目を丸くした。

  …………どうやら、まだイチにかけられた常識改変魔法は解けきっていないようであった。

  トホホ…………。

  次回、『よせあつめ外伝(予定)』