9話 エピローグ バルティゴ鉄道乗っ取り事件(完)

  さて、通常本小説では章の終わりにまとめとして事件が当時のバルティゴ社会や歴史に与えた影響を解説し章を終えるようにしている。

  しかしこの事件に関しては次章でイチが国防軍に囚われる話にシームレスにつながる為、最小限の解説に留める事にあるのを予めご容赦頂きたい。

  イチだが、セダッセン号の乗客を多く救いブラックペタルスのエージェントふたりと死闘を繰り広げなんとか生還したものの彼女に待ち受けていた運命は過酷だった。

  バルティゴ国防軍による捕縛がその結果である。

  国防軍の立場に立って見れば致し方ないことではあるのかも知れないが、軍はイチを軍事基地襲撃に重大に関わっているものと見做し、拘束してしまったのである。

  自身の犠牲を厭わずテロリストと戦った少女に対しあまりにも酷い仕打ちではないかと筆者も憤慨する気持ちはあるが、それは次章に持ち越すことにする。

  ブラックペタルスのエージェントふたりは死んだ。

  グレイ・ベアー、アンバー・フォックス共に既に表の世界の人間ではないため彼らの死が組織や社会にどのような影響を与えたかは不明である。

  ふたつわかっている事は、グレイ・ベアーもアンバー・フォックスも組織の中では中堅どころでしかなかったという事がひとつ。

  グレイ・ベアーとアンバー・フォックスらが単なる中堅に収まっている事はブラックペタルスの底知れなさを伺わせる。

  (6章で大規模な獣害を引き起こした十大魔術師のひとり、『物憂うメアリカミラ』組織の上位であるが、気になった読者は是非読んでみていただきたい)

  もうひとつ、彼らの死体はセダッセン号の中から消え失せていた。

  この事が更にイチを過酷な立場に追いやるのだが、それは次章の筆者に任せる事とする。

  そしてテオドールも死んだ。

  彼の死体は酷く損傷し、軍によって火葬されたらしい。

  彼の死を気に掛ける者はなく、テオドール・ミッドリービッヒという男の名前はまるではじめから存在していなかのようであった。

  ただひとりイチだけは彼の事を確かに心に残しており、日記に「違う出会い方をしていたら良い相棒になれたかもしれない」と書いている。

  テオドールがはじめて人を認め、また人に認められたのが彼の命日であったことは悲劇であろう。

  シーナは先にセダッセン号から浮遊の魔法で安全に脱出し、どうにか単身近くの町までたどり着き冒険者ギルドの派出所で助けを求め、その場で気を失い倒れた。

  目だった外相は見当たらず、命に別状はなくすぐに回復したシーナだったが、彼女が目を覚ました時事態はずっと深刻なものになっていた。

  彼女は身を休める間もなくスウィートバウムに戻り、仲間たちにイチの救出を求める事になる。

  最後にセダッセン号の乗っ取り事件が与えた影響とバルティゴ鉄道についてだが、鉄道乗っ取り事件は当時の新聞社によりかなりセンセーショナルに伝えられる事になった。

  今も昔も新聞社というものは新聞の購読数を優先する事に変わりはない。

  当時の新聞は今でも現バルティゴの図書館で読むことができるが、当時最も発行数が多かったバルティゴジャーナルの見出しには『バルティゴ鉄道、ジャックさる 問われる冒険者ギルドの責任』とあり、他の新聞社で更に反冒険者的なものでは『冒険者ギルドの失態 鉄道、軍事基地に激突』や、一番先鋭的な見出しでは『鉄道乗っ取り事件発生 冒険者が関与か?』とある。

  いつの時代もジャーナリズムというものは体制に対する批判を矜持としているし、またそれはジャーナリズムがある程度の健全さを保っている証だろう。

  当時の新聞社は冒険者ギルドに対し必ずしも肯定的とは言えなかった。

  また、これはアンバー・フォックスの目論見が当たったと言うべきだろう。

  セダッセン号事件で一等車か二等車におり、かつ生き残った乗客のうち何割かは冒険者ギルドの管轄である鉄道警備隊の不手際を批判した。

  本来であればテロを起こしたブラックペタルスと竜駝強盗を糾弾するのが筋と言うものだが、ブラックペタルスは秘密結社であったためにその存在が知られておらず、竜駝強盗に関しては壊滅してしまっている事がわかったために怒りの矛先を向ける相手に鉄道警備隊が選ばれたのだろう。

  三等車の乗客はイチとシーナ、そしてテオドールの奮闘を見れなかったため誰も彼女らの功績を証言できなかった。

  逆に二等車の乗客が鉄道警備隊に連行されるイチを見ていたので冒険者が今回の事件に関わっていると邪推する者も出てきた。この証言に目を付けた新聞社が先の飛ばし記事を書いたのは間違いない。

  イチは確かにアンバー・フォックスとグレイ・ベアーを退けたが、結果だけ見ればアンバー・フォックスの企図は計画以上の成果を挙げたと言わざるを得ない。

  この事件から鉄道の管理について冒険者ギルドとバルティゴ国防軍との間で政争が巻き起こるのであるが、それの顛末についてはまた別に機会があれば書こうと思う。

  バルティゴ都市国家連邦歴18年11月17日水の日。イチは囚われの身である。

  『バルティゴ鉄道乗っ取り事件・完』