9話 「無事脱出できたら、一発やらせてやるって言ったんだ!」 バルティゴ鉄道乗っ取り事件12

  ここで、多少の文量をテオドール、グレイ・ベアー、アンバー・フォックスの三人の為に使わせていただく。

  グレイ・ベアーことワース・ハンマフリーマンはもともとはバルティゴ王国軍の軍人であった。貴族ではないもののその勇猛さと部隊の統制力で平民の出であるにも関わらず下士官に昇りつめた男である。

  しかし魔王大戦の際に彼はふたつの絶望を味わった。

  所詮、前線の部隊は使い捨てにされそれは自分も変わらないと言う絶望。

  もうひとつはそんな自分たちを差し置いて急にやってきた冒険者などという傭兵崩れが自分たちの仕事を奪ってゆく絶望。

  戦後、生き残ったワースは単身荒野を彷徨い、そしていつしか強盗団の頭領となりそのうちにブラックペタルスのエージェントに勧誘される事になる。

  彼の原動力は冒険者、そして軍への復讐である。

  そんなグレイ・ベアーをブラックペタルスに誘ったのはアンバー・フォックス。本名をバック・ハースルーと言った。

  彼についての資料は殆どないが、さる貴族の家で執事兼密偵のような事をしていたとされている。

  貴族という階級は間接的にではあるが冒険者たちの台頭により破壊されたと言っても良い。

  それだけならいざ知らず、かつての貴族を恣意的に死地に追いやる動きもあり、一部冒険者がそれに関わっていたという事実もある。

  彼もまたワースと同じ絶望を味わったと考えても不思議はないい。いつからブラックペタルスの一員になったのかは不明であるし、そもブラックペタルスという組織に関しては今でも不明な点が多い・

  そしてテオドールという男はアンバー・フォックスことバック・ハースルー、そしてブラックペタルスの魔法使いに奇妙に関わっていたようだ。

  テオドールが実際に名家ミッドリービッヒ家の血筋であるとするならば、確かにテオドール・ミッドリービッヒなる人物は存在しており一時期ミッドリービッヒ家が関わる鉄道の開発に関わっていた。

  関わっていた、と言っても小間使い程度であったらしい記録が当時の業務日誌などを読めば確認できる。

  しかもテオドールなる人物は協調性に乏しく、知識だけはあったようだが実務となるとまったく労働力として数えられず、自主的にか肩を叩かれたのかは不明だがミッドリービッヒ家の鉄道開発からは姿を消している。

  今イチの右手に寄生しているテオドールがその人物だとしたら、鉄道開発の場から姿を消した後、恐らくは実家から金を無心しつつ各地でその日暮らしを続けていたはずで、その間に多少の犯罪行為に手を染め、ブラックペタルスと接触していたと見ても筋は通る。

  そしてこの時、列車で奇妙な再会を果たしたアンバー・フォックスはテオドールの姿を見て嘲る様子を隠さなかったとイチの日記には残されていた。

  「計画に加える? 貴様をか? テオドール」

  アンバー・フォックスは明らかにテオドールを嘲笑していた。

  「なるほどな。まさか貴様がいるとは、奇妙な事だ」

  「知り合いか?」

  グレイ・ベアーは冷たい目をテオドールに向けていた。

  そこには力のない者に対する侮蔑の色がある。

  「まあな。変わった魔法を使えるらしいので過去に一度仕事をやらせてみたことがある」

  「ほう。それで」

  グレイ・ベアーは結果が容易に想像し得るのにわざとらしくアンバー・フォックスに聞いて見せた。

  「ひどいものだったよ。何の役にも立たん。魔法能力と同じで、他人にぶらさがるのが関の山の男だ。まさかここでも女にぶらさがっているとは思わなかったが」

  アンバー・フォックスとグレイ・ベアーは失笑しあった。

  それは生まれつき有能で、劣等感と無縁の者が人生に失敗した者を嘲る残酷なものだった。

  イチは右手のテオドールの顔を見たがその表情は悔しさと失意で歪んでおり、気の毒を感じてしまうほどであった。

  「変態が。最後の時間、その女と好きなだけ乳繰り合え」

  アンバー・フォックスは仮面の裏側で冷たく言い放ち、グレイ・ベアーと共に自分たちが占拠した客車に戻って行った。

  「……大丈夫か?」

  イチは優しさ、というよりはそういう性分なのだろう。

  右手のテオドールを気遣った。無論、上手くテオドールと協力関係を結ぶ筋を考えていないわけではないだろうが。

  「俺を蔑むな……」

  テオドールは流石に意気消沈したようだ。

  彼が結局、イチの右手を乗っ取りどのような筋書で逃げ伸びようとしていたかはわからないが、状況はテオドールにとっても最悪であった。

  アンバー・フォックスらの話をそのまま受け止めればどのようにかはまだわからぬが、この列車は爆破されるらしい。

  しかもアンバー・フォックスは狡猾な男に見える。

  イチとテオドールが生き延びる可能性が僅かにでもあればそれを必ず潰すだろう。

  この檻から脱出できなければイチとテオドール、そしてセダッセン号は運命を共にし爆散する。

  「テオドール……」

  イチはテオドールを説得できないか考えた。

  イチには過去の冒険で特別に敵対者と一時的に協力するために交渉を重ねるような経験は浅かった。必要とされる機会が単純に少なかったためである。

  しかし今その必要に迫られている。

  イチは口下手を自覚しているので上手い言葉が思い浮かばない。

  どうすればこの捻くれ曲がった性格の男と協力関係を結べるのか。

  「テオドール、やつらを倒したい。協力できないか?」

  結局言葉が思い浮かばず、考えているままを伝えるしかできなかった。

  「ふざけろ」

  テオドールはまるで聴き耳を持っていない声色で答えた。

  「このままではお互い共倒れだ。上手くすると、奴らを見返す事もできるんだぞ」

  「何が協力だ。この檻からも出れねえ。それならせめて最後くらいは美味しい思いをしたほうが得ってもんだ」

  そう言うやテオドールはイチの衣服を脱がしにかかった。

  コートをはだけさせるとシャツを乱暴に引き裂き、下着を露出させる。黄色の健康的なブラに包まれた胸が揺れていた。

  ___くそ! 無理もないか。こいつにとってメリットがなさすぎる!

  しかしイチは怒りを覚えるより先に自分の説得の無理筋を反省した。怒るよりも今はなんとかテオドールを説得しなければならない。

  ___くそ! どうすれば。どうすれば協力できる?

  テオドールはついに黄色のブラを引っぺがそうとしはじめた。イチの乳首が危ない。

  ___このスケベ野郎! スケベ…………、そうか、スケベ野郎か!

  その時イチに一筋の閃きが走った。

  それはひどくバカバカしくあまりにも滑稽なアイデアだったが、今の彼女にはそれ以外思い浮かばなかった。

  「やらせてやる」

  「は?」

  一瞬、テオドールの下着を引っぺがそうとする手つきが止まった。

  イチはその間に顔を羞恥で赤くさせ一気に叫んだ。

  「もしやつらを倒してこの列車から無事脱出できたら、一発やらせてやるって言ったんだ!」

  「やらせるって、おまえ、何を………」

  「せ、セックスに、き、決まってるだろ!」

  イチは顔を真っ赤にして叫んだ。時間が止まった気がした。

  未だかつて他の男に自分の貞操を進んで捧げた事はない。

  しかし、テオドール相手に提示できる報酬で要求を満たせ得るのは自分の身体しかない事にイチは気が付いた。

  そしてテオドールも一瞬その未来を考えた。

  イチの右手に憑依しその身体を隙に凌辱できるテオドールだが、それに肉体的快楽は伴わない。自分のモノは結局、本体に戻らなければ気持ち良さを味わえない。

  テオドールは売春婦以外の女と経験がなかった。

  しかし、結局この檻から出る方法がなければなんの意味もない約束ではないか。

  テオドールが場違いだが魅力的な条件を一蹴しようとしたその時である。

  「イ、イチさん。なんて破廉恥な……。列車を救う為とはいえ好きでも無い殿方に、や、やらせてやるなんて…………そんな…………、シ、シーナ、とってもとっても驚きです! イチさん破廉恥エッチです!」

  姿こそ見えず少々声量が小さいがこのやかましい話し方をする人物はイチの知る限りこの列車にひとりしかいない。

  「シーナ!」

  イチの視線の先にはどういう不思議な魔法か、手のひらサイズに小さくなったシーナが一糸まとわぬ身体を檻の鉄格子で隠していたのである。

  「あの、ハンカチでも布切れでもなんでもいいので、身体を隠せる布なんか持っていませんでしょうか……? シーナ、裸んぼなんで……」

  絶体絶命のイチとテオドールであったが、この小人化した天才魔法使いシーナ・アハトゼヘルの助けにより活路が開かれ始めるのであった。