9話 情けない主人公 バルティゴ鉄道乗っ取り事件 9
竜駝強盗と鉄道警備隊が衝突している時、この物語の主人公であるイチは檻の中で今の状況が把握できず鉄格子を揺さぶっていた。
「おい! 何があったんだ! 状況はどうなっている! 誰かいないのか!?」
なんとも情けないものである。ひとたび拳銃を抜けば閃光のような早撃ちで危機を退けるイチも檻に囚われ装備を奪われれば何もできない。
しかも、奪われたのは装備だけではない。
「鉄道強盗でも出たんだろうよ。珍しいこっちゃない。どうせ今頃ガトリングで蜂の巣さ」
イチの右手を乗っ取っているテオドールは鉄道の知識があるようで、このセダッセン号に据え付けられているガトリング銃の威力も知っている。
余裕ぶる為か、イチの胸に手を伸ばし乳房を揉んだ。
「馬鹿野郎! ふざけてる場合か! やめろっっっ!」
イチはこの期に及んでも破廉恥な行為に及ぼうとするテオドールに本気で怒った。
怒って、テオドールを阻止しようとビシバシと自分の右手を叩くが痛みを感じるのはイチだけらしくテオドールは平然としている。
なんとも滑稽な主人公である。
「貴様! またそんなところを…………くそっ!!」
「へへへ、列車の心配より自分の心配をしな。女にとって最悪の屈辱を与えて屈服させてやるからな」
テオドールはどうやらイチにとてもではないが描写の憚られる大変な行為を働こうとしていたようである。
しつこくイチの服の隙間から素肌に侵入し、イチの身体を嬲ろうとしていた。
しかし、テオドールにとっても驚くべきことが起きる。
列車の後部からダイナマイトか何かが爆発する音が聞こえたのである。
「おい! 何か爆発したぞ!」
「爆発くらいするだろう。だからって、強盗団ごときがこのセダッセン号に何かできると思わんがね」
テオドールはそう言ったものの、内心動揺したのだろう。
イチを責める動きに鈍りがある。
そしてややあって、銃声と人々の悲鳴が聞こえだした。明らかに車内からだ。
「おい! 乗り込んできたぞ!」
「乗り込んできた……。本気か?」
流石のテオドールもイチの衣服の中から出て周囲の様子を伺った。
悲鳴の様子や、勝ち誇るような野蛮な声から何が起きているかは察しが付く。
「くそっ! シーナが危ない! おい! なんとかここから出れないか!?」
奇妙な事態だが、イチはテオドールに知恵を求めた。
言ってイチ自身もおかしな事をしていると気が付いただろう。
テオドールもつい失笑した。なりふりかまっていられないとはこの事だろう。
「無駄だ。鍵が無けりゃこの檻は開かん。あんたもヤキが回ったか? 仮にこの檻が開いたとしても、あんたに手を貸してやる義理はないね」
「お前だって本体は二等車だろ? 強盗に何かされる可能性を考えないのか?」
「連中もほとんど意識を失った護送中の賞金首に興味は示さんだろう。俺は隙を伺って本体に戻って逃げ出せばいい。あんたはどうなるだろうな。銃を持った強盗団と檻に入れられた無防備な女。こりゃあ中々楽しみな事になりそうだ」
「この…………下衆め!」
「そういうあんたは敗北者だ。さて、連中に好き勝手される前にあんたの身体、味わわせてもらうぜ」
イチは思わずテオドールに乗っ取られた自分の右手を歯で噛みちぎってやろうかと思った。
しかし流石にそんなことはできず、このままではイチの身体はテオドールに好き勝手されてしまうだろう。
ところが一度動き始めた状況は簡単には落ち着かない。
イチは突然血の臭いを感じ身構えた。
「列車が……列車が乗っ取られた。我々は、全滅した……」
しかし、そこには前に見た時と変わり果てた姿のティンカスキャッド車掌が血の帯を作りながら床を這って苦しそうに呻いていた。
「君は……この列車から逃げろ……」
物語は乗っ取られたセダッセン号と共に暴走してゆくのである。