9話 右手乗っ取り強制下着露出 バルティゴ鉄道強盗事件 5
「あ…………う…………」
イチは恐れ慄いた。
なにしろ突然右手の前腕から先が上半身裸の男と化したのだ、イチでなくても恐怖しないほうが無理だろう。
「イチさん! 今魔法でなんとかします!」
シーナは即座に意識を魔法戦に切り替え、現状を打破し得る魔法を頭の中で思い浮かべた。
しかし、ここで魔法使いの弱点が表れる。普通の魔法使いは接近されるととにかく弱い。
「おっと!」
イチの右手に寄生したテオドールは電光石火の素早さでガンベルトのカーペイト15式拳銃を引き抜くとシーナに突きつけた。その為シーナは詠唱するために開いた口を閉じざるを得なかった。
「この右腕は良い。早いうえに正確だ。自分の右腕が仲間を殺すところが見たいか?」
「くっ……」
イチは悔しそうに唇を噛み、シーナは両手を上げて降参の意志を示している。
立場が逆転した瞬間であった。
「予め言っておくけど、俺の本体をどうこうしようだなんて思うなよ! 万一オレが死ぬような事になれば、このまま腕に住み着いて二度と右手は戻らないからな」
テオドールはイチが本体の方に注意を向けたのを機敏に察知し、鋭い口調で言った。
しかしイチはテオドールの恫喝からプレッシャー以外の印象を受けた。
_____声に太さがないな。
イチはテオドールの声の調子にどこか舞い上がって上ずった音の高さを感じ、それは恫喝に慣れていない者が偶々優位に立っている時の喋り方である事をイチは知っている。
かつてイチは下着泥棒事件を調査した際、プロの闇冒険者に恫喝され銃を手放した事があるが、あの時の闇冒険者に感じた相手の肝を潰すような声の鋭さがない。
案外、ハッタリかもしれないとさえ思う。
「どうするつもりだ? 私の右手にいたんじゃ、逃げだす事もできんぞ?」
「あと1時間もしないうちに次の駅で給水だ。そのタイミングで一緒に降りてもらおう」
「そう上手く行くかな?」
「さっき言われた言葉を返そうか。俺も相手を死なせず言う事を聞かせる方法だったらいくつか知っている」
「できるのか? お前に」
「できるさ」
そう言うやいなや、テオドールは恐ろしい素早さで銃口をシーナの眉間からスカートの中に移動させた。
「ひぇ!」とシーナが悲鳴を上げる。
「イチさん……、この人、変態です! シーナの、シーナの大切なところに、酷く破廉恥なことを……!」
どうやらテオドールはスカートの中でシーナの秘めたる肉の部分に銃口を押し付けて弄んでいるらしい。シーナの顔がみるみる青ざめてゆく。
「わかった! わかったよ! 降参だ! シーナを傷つけるのは止めてくれ」
イチは仕方なく降参を宣言した。
その心の中では時間さえあれば何か良い対策が思い浮かぶであろうと思い、面従腹背の意志を固めている。
「わかればいい。折角なんだ。3人で列車旅を楽しもうぜ」
テオドールがそういうとわざとらしくシーナのスカートを捲りあげてその中から出てきた。シーナは「きゃあ!」と叫んで無理やり露出させられたレースが入った高そうな純白の下着を隠した。
「蒸気機関車は良い。このセダッセン号は今の連邦でも最新の車両だ。その気になれば時速120kmまで出せる。もっとも燃料効率と安全面を考えて70㎞程度で走らせているらしいがね」
テオドールは余裕ぶるためか雑学を披露し始めた。
「随分詳しいんだな」
「過去に鉄道の設計に関わった事があるんでね」
「ほう……」
イチは余裕綽々に拳銃を回してみせるテオドールを観察し、やはり対策さえできれば大した脅威ではない相手だという認識を固めた。
このタイプの男は自分の能力を誇示する為に無駄に喋り、有能さを演出しようとする。
大抵そういったタイプは何か予想外の事が起きると狼狽し隙を見せる。
それこそ時間さえあればシーナが何か状況を解決するのに良い魔法を思い出すかもしれない。
「さて、無駄話をしていたらなんだか身体が冷えてきたな。どれ、ちょっと暖を取らせてもらおうか。まさか断るまいな?」
そう言うテオドールがイチのコートのボタンで留めてある隙間から自分の服の中に潜り込むのをイチは黙って見ているしかできなかった。
服の中に侵入したテオドールは一旦銃から手を離すと、シャツのボタンを外し更に深いところに潜り込む。
_____くそ! なんて破廉恥なところに潜り込んでやがる!
右手に乗り移ったテオドールはイチのシャツの中で、ブラジャーに包まれた柔らかな谷間にその身をうずめて思うがままにその弾力を味わっている。
「_____!」
そしてついにテオドールはあるまじきことに、ブラジャーと皮膚の隙間にその身を潜り込ませ始めたのである。
「大丈夫ですか?」
「この野郎、妙なところを、いじくりまわしてやがる」
シーナは怒りと恥辱で段々赤くなるイチの顔を見て心を痛めた。しかしテオドールがイチの服の中に潜り込んだ今であれば『魔法解除の魔法』を発動させるチャンスと思い、イチに視線を送ると小さな声で呪文を詠唱しはじめる。
「冬の記憶……、寝室のベッド……、お母さまの優しさ……」
しかし、
「うわーーーっ!!」
突然テオドールがイチの服を内側からボタンを外し、黄色い下着姿を外の世界に見せつけた。
思わず素肌を隠す為に再び服のボタンを閉めようとするイチだが右手のテオドールが邪魔をして上手くいかない。
その突然の混乱でシーナの集中も途切れてしまい魔法の発動に失敗してしまう。
「言ったよな? 変な真似はするなって」
テオドールはイチの服から手を離すと今度はシーナのスカートを大きくめくりあげた。太腿の間にある純白の三角地帯が露わにされる。
「ぎゃ~~~~! 変態! 変態! 変ッ態です!」
「馬鹿な真似はよせ!!」
イチとシーナは大混乱である。シーナは思わずテオドールを退けようと万年筆型メイジワンドでイチの右腕ごと叩くが、苦痛はイチに伝わっているらしい。
(シーナは万年筆の役割をもつ小型のメイジワンドを携帯している)
「いたたたたた! シーナ、一旦落ち着け!」
「これが落ち着いていられますか!? シーナのスカートの中は将来の旦那様しか見てはいけないんです! それをこのテオドールという人は! 許せません! ええ許せませんとも!」
イチ達の騒ぎに周囲の乗客も何事かと思いざわついている。
何しろ上半身の下着を剥き出しにした女冒険者が仲間のスカートをめくって白いショーツを外の世界に見せびらかしているのだ。
好色な者だけでなくとも一体何が起きているのかと思うのは人情であろう。
「おいおいおい! いったいどうしたんだ!?」
流石の騒ぎに先ほどの車掌が駆け付けてきた。
「こ、これはいったい何が……」
車掌は目の前で起きている事に言葉を失った。
なにしろ右手に半裸の男を生やした少女がブラジャーに包まれた胸を露出させながら魔法使いの少女のスカートを捲ってショーツを露わにさせているのだ。
「よう車掌さん、切符がなくて悪いな。ああ、俺は荷物扱いだったっけか?」
テオドールに声をかけられた車掌は混乱した。
状況の異様さに自分が何をしたらいいか見失っている。
「イチさんの右手にテオドールさんが憑依しているんです! すごい力で暴れて破廉恥な事ばかりしてくるんです! というか見ないでください! エッチ!」
別に車掌はシーナの下着を見たいわけではないのだがシーナとしてはのっぴきならない問題なのだろう。
「俺はどうしたら……」
「手錠があるだろ! 私に手錠をかけてくれ!」
「そ、そうか!」
しかしテオドールは「そうはいくかい!」と暴れまくり、押さえつけようとした車掌の手を振り払うと鼻面に攻撃した。
「ぐあっ! なんて力だ!」
「恐らくテオドールさんの力とイチさんの腕力が上乗せされているんです! 人を呼んでください!」
車掌はシーナに言われて急いで応援を呼びに行った。
車内は酷く混乱し、他の乗客たちが事態の行末を見守っている。
そうこうしている間にもテオドールはイチの服を脱がそうと暴れ、イチのショートパンツのベルトを外し黄色の可愛らしいショーツを公衆の面前に晒そうとしている。
「やめろーーーーー!」
イチも年頃の女の子だ。
恥ずかしさのあまり流石に冷静さを失い、顔を真っ赤にしながら右手のテオドールと格闘している。
テオドールがついにイチのブラとショーツを剥ぎ取ろうとし始めたタイミングで先程車掌が呼んだ仲間が4名やってきて、どうにかイチとテオドールの身柄を取り押さえた。
車掌たちは暴れるテオドールに苦心しながら、
「どうする?」
「一旦、一等貨物車両の檻に入れておこう」
と結論を出した。
イチは衣服を崩され他の乗客の視線を見に浴び、酷く恥ずかしい思いをしたまま4人の車掌に両脇を固められながら他の車両に連行されてゆく。
「待って! 私も行きます!」
イチに着いて行こうしたシーナだったが、車掌に制止されてその場に留められた。
「待て。君からは事情を聞く必要がある」
「そんな! こうなったのは車掌さんのせいでもあるはずですよ! イチさんに何かあったらどうするつもりですか? 責任取れるんですか!?」
「その事については後で検討する。彼女には手錠をかけたし、銃もナイフも預かったから直ちに身の危険はないはずだ。すまないが言うことを聞いてもらおう」
「そんなオタンチンなこと言って! 怠慢です! ご都合主義です! 想像力の欠如です! 今すぐ考えを改めるべきです!」
「じゃあ君が今すぐ事態を解決できると言うのか?」
シーナと車掌の議論は平行線に入りかけている。
ひとつ確かなのはシーナの処世術で議論を自分の思う方向に進めるのは難しいという事だ。
彼女はしっかりとテーブルの上で始まった議論は得意だが、突発的な議論になると感情がどうしても邪魔をする。
「シーナ。ひとまず言う通りにしよう。他の乗客から隔離されるならそっちのほうが私もありがたい」
イチはシーナを嗜めた。
シーナと車掌の議論が纏まりそうにないのもそうだが、自分の露出してしまった下着を早く衆目から隠したいという気持ちが強かったのだろう。
「……わかりました。イチさん、どうか耐えてください! 私の方でも何か対策がないか考えてみます」
「頼んだ……」
シーナは少しだけ憔悴した顔のイチが車掌たちに連行されて行くのを不安気に見送ることしかできなかったのである。