9話 「おち●ちんとか、みえてしまうんじゃないかって、」 バルティゴ鉄道乗っ取り事件3

  イチたちは列車の中で昼時を迎えた。

  窓の外ではいつしかデーニズの都市境界線を越え、モルカルの中部に入った。

  モルカルは乾燥しており、あまり植物が茂らない。

  土地面積は広いが人の住める地域は限られており、どこまでも荒れた荒野が続くような気さえする。

  シーナは隣のイチがちっとも相手をしてくれないのですっかり拗ねてしまい、つまらなそうに窓の外を見ている。

  イチは列車の車内販売サービスで買った鉄道サンドを昼飯として頬張っていた。

  _____揚げたトーストに揚げたベーコンと揚げたバナナ、それにピーナッツバターか。長旅のエネルギーを蓄えるだけの食べ物に見えて、ピーナッツバターのコクとベーコンの塩味、バナナの甘さが調和してなかなか美味い! ちょっと体重が増えそうなのが怖いが、たまに食べるなら良いレシピだ!

  テオドールの監視がある手前、一見すると難しい顔をしているイチだったがこの時だけはしっかり食事を楽しんでいた。

  食いしん坊な少女なのである。

  しかしこの時当然テオドールに食事は与えられていない。

  時折猿轡に水をかけてやり水分は与えてやるが、軽い拷問である。

  イチにテオドールを苦しめてやる意図はなかったが、未知の魔法を使う相手を無力化するために仕方なかった。

  しかし、生理現象は空腹だけではない。

  突然テオドールが足で床を踏み鳴らす。

  「どうした? 飯なら我慢してもらうぞ」

  イチはテオドールが腹を空かしたものと思ったが、首を振っているのでどうやら違うらしい。

  「便所か?」

  イチの問いにテオドールは頷いて答えた。

  催したらしい。

  「立て。シーナ、いくぞ」

  流石に漏らさせるわけにも行かない。

  イチは鉄道サンドを急ぎ気味に飲み込んだ。内心、もっとゆっくり味わいたかったのだろう。不機嫌そうな顔をして立ち上がる。

  「あ、はい」

  イチは腰のホルスターから銃を抜くと右手に握り、シーナを連れてテオドールを便所まで歩かせた。

  便所まで行く途中、人族の親子が美味そうに鉄道サンドをほおばっているのをイチは見た。

  やはり名物なのだろう。

  ◆

  「シーナ、外してやれ」

  イチは右手に握ったカーペイト15式回転式魔導拳銃の銃口をテオドールに向けて言った。

  既に魔導弾を撃てるようにし、撃鉄をあげている。

  引き金をひけば即座に成人男性の拳一撃ぶんの威力を持つ魔導弾を発射できる。

  魔導弾は撃てばそのぶん体力を消耗するが、体力の分は無限に撃てるので非殺傷兵器としては優秀であった。

  「まったく、こんな事でシーナを使わないでくださいよ。シーナ、魔法使いなんですからね。雑用の為に来たんじゃないですよ。イチさんはシーナを甘く見てるんじゃないかという気がしてなりません。だいたい今回の冒険もシーナ、特に活躍の機会ないじゃないですか。シーナだってもっと魔法でかっこよくですね…………」

  シーナはぶつぶつ文句を言いながらテオドールを後ろ手に拘束している指錠を外した。

  この指錠は10本の指をそれぞれ拘束し手の自由を殆ど完全に封じることが出来るもので、シーナが鍵を差し込みまわすとカチャリという音がして拘束が外れた。

  ほんのわずかな時間だが、テオドールは両腕の自由を取り戻し大きく伸びをした。

  その一挙手一投足をイチは見逃さず、何か不審を感じたらその瞬間に魔導弾を気絶するまで叩き込む気構えでいる。

  

  「5分だけ好きにさせてやる。時間になったら問答無用で連れていくからな」

  イチは務めて厳しく言った。

  一切の隙を見せたくないのだろう。

  テオドールが扉を閉めようとしたが、

  「閉めるな。そのまましろ」

  イチは無茶を言う。

  無茶だが、合理的ではある。

  テオドールに噛ませた猿轡は特殊で、鍵がなければ解けないため手を自由にしてやったところで解除はできないだろう。

  詠唱を禁じられれば基本的に魔法は使えない。

  しかしそれでもイチは相手が魔法使いなので、未知の方法で拘束から逃れる事を危惧した。

  「あの、イチさん。お考えは解りますけど、このままさせちゃうんですか? あの、その、おち●ちんとか、みえてしまうんじゃないかって、その、シーナも年頃なので、知らない殿方のおちんち●は見たくないと言いますか……」

  「ダメだ。シーナも目を外すな。何か怪しい動きがあったらすぐ対処するんだ」

  イチの返事にシーナは辟易した。

  イチの考え方は合理的だが、公共の場である。

  ドアを全開のまま用を足させるなど些か破廉恥ではないか。

  トイレの個室は狭く、窓もないので用を足す以外の事はできない。

  ドアを開けっぱなしにしたところでイチとシーナがブロックしているのでテオドールの姿は隠される。

  しかしシーナはテオドールに同情するつもりはないが、イチの考えは行き過ぎているような気がした。

  テオドールはというと、「今更なんだ」とでも言うようにズボンのボタンをはずし始めた。

  シーナは「きゃあ!」という小さな悲鳴をあげたが、そこに先ほどの車掌がやってきた。

  「おいおい。何をしているんだ」

  「あ、車掌さん、実はですね、イチさんがドアを閉めずに用を足させようとしてまして、このままだとシーナはこの方のおちんち●を見る事になってしまい、それはちょっとどうかと思いまして、だってシーナはまだ花も恥じらっちゃう年頃ですので知らない方のおち●ちんを見るのは抵抗がありまして、車掌さんからも何か言っていただけませんか?」

  「ドアを開けたままだって?」

  車掌は驚いた。

  彼もテオドールが何かしらの魔法を使う賞金首で、できるだけ監視したいというイチの考えはわからくもないが、それにしたってこれはいかがなものか。

  「馬鹿なことを言うんじゃない。これじゃあ虐待じゃないか」

  車掌はイチに閉めさせてやるように窘めた。

  「しかし、どういう魔法を使うかわからないんだ。監視していないと危ないじゃないか」

  車掌が周囲の様子を気に掛けると、他の乗客が何事かと思いイチ達の様子を注視している。

  この時代、冒険者が賞金首を連行するために列車を使うことは珍しいことではなかったが、ここまで厳しく監視しようという者はあまりいない。

  「ダメだダメだ。何かあったら私も協力してやるから閉めさせなさい」

  「むぅ……」

  「まさか魔術師というわけでもないだろう? 仮に何かしらの魔法で逃げようとしても、この車内で何かできるとは思えん」

  「わかった。だが、鍵はかけるなよ。5分経ったら開けるからな」

  イチは渋々折れて、テオドールに扉を閉める事を許可した。

  テオドールは「やれやれ」と言うように天井を見上げて鼻息を吹き、個室の扉を閉めた。鍵はイチに言われたのでかけていない。

  しばらくすると個室から生々しい排便の音がした。

  ドアの隙間から嫌でも臭いが漂ってきてイチは顔をしかめた。

  _____わざとらしくブリブリ音を出しやがる。

  排便の音は止まったが、テオドールはドアから出てこない。

  イチは左手の懐中時計を見たがもうすぐ5分経つ。

  「おい。あと30秒で時間だぞ。わかっているな」

  答えが返ってくる代わりに、個室の中からトイレットペーパーの芯をカラカラ空転させる音が鳴った。

  はじめイチは単に尻を拭こうとしているのだろうと思ったが、そうではないらしい。カラカラという音は不必要に長く、どうやら紙が切れてしまっているらしい。

  「紙がないんじゃないですかね?」

  シーナの言葉に応答するように個室のドアが二度叩かれた。

  しかしイチは「知るか、我慢させろ」というために口を開こうとした。が、

  「しまった。そういえば替えてなかった。これを使え」

  車掌はお人よしだったのだろう。自分が普段使うために征服の内ポケットに入れていた折りたたんだ便所紙を取り出すと渡そうとした。

  「ばっ……!」

  イチは車掌がドアの隙間から紙を渡そうとする瞬間、咄嗟に銃を握った右手で車掌の手を払おうとした。

  しかしそれが不味かった。

  「!?」

  その瞬間、ドアからテオドールの右手が飛び出しイチの腕を掴んだ!

  その瞬間、イチは一瞬右腕の感覚が消えうせ、まるで右肩から先がなくなるかのような違和感を感じる。

  「この野郎!」

  しかし右腕の感覚が消失したのは一瞬で、イチはすかさずテオドールの右腕を腕力で振り払うと、ドアをあけ放ちテオドールに向けてカーペイトの魔導弾を3発顎先に叩き込んだ。

  テオドールは強烈な衝撃を喰らい、便器に沈むように崩れて気を失った。

  「大丈夫ですかイチさん!」

  「大丈夫だ」

  イチは思わず自分の右手を凝視した。

  試しにカーペイトを握った指を開いたり閉じたりしてみたが、思うように動く。

  _____なにか、魔法を使われた。

  それは確からしいがその魔法の効果がわからない。

  「シーナ、一瞬右腕の感覚が消えた。何か知っている魔法はないか?」

  「固有魔法の可能性が高いですね。残念ですが、シーナが学んだ魔法に同様の効果を発揮する魔法は思い当たりません。しかし、警戒するに越したことはないでしょう」

  「何か対策はあるか?」

  「マナの抵抗を高める魔法をかけます…………子供部屋の記憶、絵本の思い出、温かな人たち…………お母さま、イチさんを守って」

  シーナが詠唱するとイチの身体が一瞬淡く黄色い光に包まれた。

  「私に今できるのはこれくらいです。イチさんも、どうかご自身で体内のマナを抵抗させてください」

  「あまり得意じゃないんだが……」

  すべての物質にはマナが流れている。

  それは人体も同様で、マナの扱いに長けた者は体内のマナを操作することによって自身に干渉する魔法の効果を打ち消すか和らげることが出来る。

  しかし、イチは魔法使いではないのでマナの扱いに慣れていない。

  「イメージの仕方は人それぞれですが、なんか身体のなかにホワワって流れる何かを感じ取って、それを身体と頭の中で動かすような感じです。どうか頑張って」

  「うーむ」

  正直よくわかっていないらしい。

  筆者も魔法を使えないので具体的にどうしたらよいかわからないが、過去の書物に頼るとマナの操作は「静かだがエネルギーを感じる熱さのない熱の流れ」を感じ取ることから始まり、魔法は「現実を超えた新たな現実を現実としてイメージし、そこにマナを流す」事で発動するとのことである。

  「すまん…………どうやら余計なことをしたようだ」

  何かよろしくない事態が発生した事を知った車掌は申し訳なさそうに頭を下げた。

  「いや、大丈夫だ」

  イチはそう前置きした後に、

  「もし何か事態が急変したら、その時は協力してもらうからな」

  と付け加えた。

  「ところでイチさん。テオドールさんをどうします、あの、その、●ちんちん丸出しのままノビてしまってますが……」

  シーナの言うとおり、テオドールは股間を丸出しにしたまま便座で気絶している。

  こうなってはなんとかパンツを履かせて席まで戻すしかない。

  「いいよ、私が引っ張ってくよ。パンツも私が履かせる」

  イチはため息をつくと渋々気絶したテオドールの股間を隠すためにパンツを履きなおさせた。

  なるべく見ないようにしたが、嫌でもテオドールの股間が目に入る。

  _____うわぁ、嫌だなぁ…………。

  イチが男性の生の股間を見るのはこれが初めてではないが、イチがそれを見ざるを得ない時はいつも好ましくない状況でのことだった。

  _____それよりこいつ、拭いてないよな……?

  昼過ぎにこのような珍事は起きたものの、列車は滞りなく次の駅に向かってレールを軋ませているのであった。