7話 敗北・植物に絡め取られるイチ ハーフエルフを狩る者たち13
メイメイが意識を失う少し前に、イチは遅れて耳派のアジトにたどり着いた。
地図を頭に叩き込んだつもりでも、実際に目指すと多少道間違いがあったのだろう。
____メイメイ。先走りやがって。
イチは下唇を吸って苛立たし気な音を出した。
彼女が何かに迷っている時の癖だ。
____思ったよりデカいな。
イチは目立たぬよう陰に身を潜め、旧孤児院の外観を見回した。いざという場合の侵入経路を考えるためである。
外壁と鉄柵の門に遮られ、小さな鐘楼とL字型を横にした構造の建物が見える。
いくつか窓も見えるがカーテンが閉められているので中の様子は伺い知れない。
目立たぬように周囲を気にしながら一度ぐるりと回れば裏口らしき扉も見えた。
____中に、何人いるんだ?
イチはメイメイに内部の情報を先に聞いておくべきだったと後悔した。
単純に寝泊りする施設として考えたら相当数の人間を収容できそうな広さに見える。
この旧孤児院は共和歴75年現在では取り壊され、跡地には工場に務める工員の寮が建てられているが、少なくとも相当の広さがあったことは確かであろう。
____そもそも、メイメイは本当に中にいるのか?
ここにきてイチは自分がまったくの場当たり的な行動で来てしまった事に気が付いた。
中にメイメイがいて何か危険な状況にあれば命を賭してでも助けに向かう覚悟はあるが、中に踏み込んでメイメイの姿がなかったとしたらそれは喜劇にもならない。
____もしメイメイがいたとして、説得が上手く運んでいる可能性だって。
イチは自分の判断に自信を失いつつあった。
もしメイメイの説得が上手くいきそうなところに自分の姿が見えたらどうなるだろう?
どう考えても今の自分の行動は最良ではない。
考えれば考えるだけ、自ら状況を悪化させている可能性を考えてしまい焦燥感に潰されそうになる。
が、ここで懐から微かな振動を感じ思考が切り替わる。
上着の内ポケットからブンタイムシのガラス管を取り出すと、中にいるブンタイムシが鳴き声を出し、それがためにガラス管が微振動を起こしていた。
「メイメイが、危ない」
イチが迷いを捨てるにはその事実だけで十分であった。
腰のホルスターから愛用のカーペイト15式を抜くと、正面の玄関へ駆けた。
単身突入するつもりなのだろう。
これはどの観点から見ても合理的な判断とは言い難い。
敵戦力の予想さえできていない場所に単独で突撃するなど自殺行為と言って差し支えない。
これは警察や軍事組織であれば論外の暴走である。
むしろ不利な結果さえ生みかねない。
しかしながらイチは警官でも、ましてや軍人でもない。
彼女は冒険者だった。
どこでどのように戦うかは、いつも己で決断する。
イチは冒険者なのだ。
◆
「冒険者だ! 不審があり、捜査に来た!」
イチは正面の扉を開け放った。
メイメイを入れた時に鍵をかけなかったのだろう。
ここでイチは思考の片隅で「素人の集まりかもしれん」と判断し始める。
「潔白であれば、その場に伏せておけ!」
大声で叫びながらギョロと目を走らせるとハーフエルフの若い男がひきつった表情でイチを見ていた。
イチはその表情だけで己に対する敵意と恐れを感じ、男が何か叫ぶ前に魔導弾を放った。
「ぐあっ!?」
若い男は苦し気に呻いてその場に倒れた。
魔導弾は体内のマナを弾丸に変えて打ち出す非殺傷弾で、射程も威力も短いが15歩か20歩先の相手を一時的に無力化する事が可能である。
性質上連射に向かず、本来実弾で敵を無力化しても良かったのだが、今回は耳派と言えど確信できる容疑があるわけではなくイチの性格が流血を躊躇わせたのだろう。
この時のイチは推定でまだ18歳。戦闘者としては、甘すぎる。
「襲撃ッ! 冒険者だ!!」
もうひとりのハーフエルフが悲鳴を上げたと同時に魔導弾を叩き込み即座に無力化した。
そこでようやくイチは自分がいる場所を正確に認識した。
そこはどうやらかつて聖堂だった場所で縦に長いが今では売り物の花を並べているようでそこかしこに鉢植えが置かれ、さながら小さな植物園のようであった。
ひとまず前方に脅威は見当たらない。
____メイメイはどこだ。
眼だけで周囲を確認すると東側の壁に扉を見つけた。
外から見た時の印象ではその先に居住空間があると思われた。
銃口を自由にさせたまま扉の脇の壁に張り付いた。
戦闘時、いつの瞬間もドアの向こうへ行くのは緊張を伴う。
ドアノブに手をかけて身をさらさぬように半身で開けた。
どうやら銃撃などの気配はない。
そこでイチは思い至る。
____そうか。そもそも武装してない状況を襲撃したのか。
最初の男2人も武器らしいものは所持していなかった。
常日頃戦闘意識のある連中ではないのだろう。
____そうなら、速攻だ!
イチは頭を切り替えた。
彼女の師であるリャン・ハックマンも言っていた、「奇襲は、敵に反撃の機会を与えたら失敗する」と。
イチは神経を研ぎ澄まし、突貫した。
それは流石に無茶な行動だったが、この時はタイミングがイチに味方した。
耳派は完全に不意を突かれて反撃の準備にまごついていた。
イチは片っ端からドアを開け、中に耳派のハーフエルフがいれば魔導弾で無力化し、遂にメイメイがいる部屋を見つけ倒れているメイメイを見つけた。
「メイメイ! 大丈夫か!?」
メイメイは胴体に緊縛するように蔦が巻き付き、気を失っているがイチがナイフで蔦を切り裂き顔をはたいて気を取り戻させた。
「……イチなの?」
「メイメイ、逃げるぞ。走れるか?」
「…………ええ、なんとか」
メイメイは辛そうに身体を起こしたが、どうやら移動するだけの気力はあったようだ。
「こいつを使え」
イチはメイメイに自分の太ももに隠し持っていたファンクル17式護身拳銃を貸し与えた。
装弾数はたった1発だが、ないよりはマシだろう。
「急ぐぞ!」
イチはメイメイを先導し部屋を出ようとしたが、廊下の先にいた2人のハーフエルフが拳銃を構えてイチを狙い撃とうとしていた。
「邪魔するな!」
彼らが引き金を引くより先に電光石火の照準で魔導弾を叩き込み容易に無力化した。
「行くぞ!」
イチはメイメイを連れてこの場から逃げ出そうと走った。
自分たちを阻む脅威は感じられずさして時間をかけず聖堂までたどり着く。
後は入ってきた入口から退散するだけだった。
しかし、ここでイチは己の未熟さを呪う事になる。
「____________なっ!?」
聖堂に並べられていた鉢植えの植物が異常な動きを見せ枝を伸ばし、イチの進行を遮った。
メイメイに絡みついた蔦を見た時点で敵が植物に干渉する魔法を使う可能性に思い至たりはしたが、この時のイチはまだ未熟である。警戒が足りていなかった。
「くそ____________ッ!?」
更にどういう不思議か緑の蔦が急激に伸ばされイチの両脚に巻き付き動きを封じてしまった。
「イチ!」
「このやろう!!」
しかしイチは天性の反射神経で更に両腕を拘束しようと伸びてきた蔦の根元ををまるで時間を切り取るような正確さで撃ち貫き弾き飛ばし。脚に巻き付いていた蔦をも流れるような動作で撃ちぬいた。
「外された!?」
驚いたのはプルシェニカである。
彼女はイチ達の背後に追いつき魔法を発動していたのである。
「こんな魔法で!」
イチは銃口を瞬時にプルシェニカの脳天に向け魔導弾を食らわせようとした。
「____!!」
だがプルシェニカは予め防御の為に魔法を発動させ植物を操り枝と葉の防壁を張り魔導弾を防いだ。
それを見た瞬間、イチはプルシェニカを大きな脅威と見做し撃鉄を起こした。殺人の覚悟を決めたのだ。
実弾で、枝と枝の隙間を縫うようにしてプルシェニカの胸に鉛弾を叩き込もうと言うのである。
常人にとっては神頼みのような射撃だが、イチであれば不自然な姿勢からでも確実にプルシェニカの心臓を破壊できる。
しかし、
「ダメ! 撃っちゃダメ!」
今までまごついていたメイメイが殆ど衝動的にイチの射線とプルシェニカの間に割って入った。
「メイメイ! なにを!?」
イチは咄嗟に引き金から指を放してしまった。
その瞬間に彼女たちの敗北は決定した。
「________しまっ」
イチの隙を突いて更に追撃の蔦が伸ばされ、対応が追いつかず今度こそ四肢を絡めとられてしまった。
「うわああああああああ!!」
次の瞬間には四肢に絡みついた蔦により、大の字の形に拘束されてしまう。
イチの腕や脚に絡みついた蔦はイチを引き裂かんばかりに四方から四肢を引っ張った。
まるで関節を外して肉を引き裂かんばかりの激痛にイチは絶叫した。
「イチ!________ああっ!!」
イチと同じようにメイメイにも蔦が絡みつき、幼い身体をグルグル巻きにして拘束してしまった。
「そいつがあんたの新しいお友達ってわけね」
イチとメイメイを無力化したプルシェニカは勝利を得て、嘲るような微笑みをメイメイに向けた。
「友達だと思っていたのに。親友だって、思ってたのよ」
プルシェニカはマナを集中させメイメイに絡みついたコウサツソウを更に成長させ、絞め殺すほどにその圧力を重くした。
「_____お”っ____あっ、ぐ……ぐる………じ」
巻き付いた蔦はメイメイの血流や呼吸を阻害し、その為にメイメイの顔はだんだんと赤くうっ血した。
このままでは酸欠という死因でメイメイの冒険は終わりを迎えるだろう。
「メイメイ!! メイメイ!!」
イチはメイメイののっぴきならないうめき声を聞いてどうにかして拘束から逃れようと身体中に力を込めたがまるで意味がなく、それどころか強烈に締め付けられた四肢の感覚が痺れてなくなってきた。
「汚らわしい冒険者の犬が」
プルシェニカはイチの前まで歩み寄ると、憎悪に満ちた目を向けそのしなやかな指をイチの首筋に食い込ませた。
「________ぐ………く……………くそ………………ぐぇ____え”」
イチはプルシェニカの指に呼吸と血流を阻害され、顔を真っ赤にして呻いたがやがて気を失ってしまった。
「楽に死ねるとは思わないことね。2人まとめて生け花にしてあげるわ」
プルシェニカはイチにどのように凄惨な最後を与えようか頭の中で思い描き、サディスティックな悍ましい笑みを浮かべるのであった。