第6話 ネンネ、消化されかける 丸吞みシーサペント大量発生事件11
ネンネ・スパチカがシーサペントに吞み込まれたのはリャンが海に突入していった少し後の事である。
彼女の不幸は、比較的小型のシーサペントに吞み込まれたために、全身の骨を折られ失神する事ができず、意識も五感も残ったままシーサペントの胃袋に収められてしまった事だろう。
「やだあああああああ!!誰か!!助けて!!助けてよおおおおおおおおお!!」
ネンネはそう叫んだがシーサペントの胃の中では誰かに届くわけもない。
「いやああああああああああああ!!やだよおおおおおおお!!こんなところで死にたくないよおおおおおおお!!」
ネンネはもがいた。
当然光のない世界なので何も見えないのが、己の髪や肌に粘性の液体が絡みつき、しかもその液には皮膚をピリピリと刺激させる酸が含まれている事が感じられた。
胃酸が分泌されているらしい。
____と、溶ける、わたし、溶かされてるの!?
ネンネは生きたまま身体を溶かされる最悪の最期を想像し絶望的な表情のまま胃壁をひっかいたり、どこかから逃れられないか身体を動かせる範囲で手あたり次第に脱出口を探したがその全てに意味がなかった。
ただ、慰めになるかどうかわからないが、ネンネの身体が本格的に溶け始めるよりも先に酸素を失い窒息死するので身体が溶かされる痛みからは逃れられるだろう。
____い、息が………………呼吸が苦しい………………。
無駄に暴れたせいもあってか、ネンネの酸素は早くも限界を迎えようとしていた。
こうなるともう人間という者は正気を失ってしまってもしょうがない。
ネンネは何か状況を打開できる道具でもあると思ったのか、はたまた恐怖が為に気を狂わせたのか、己の水着の中に手を突っ込み無意味に手で身体をまさぐり始めた。
まさぐりながら失禁した。
____わたし、死ぬんだ………アハハ、死ぬんだ、アハハハハハ、やだなあ…………。
ネンネの暗闇に閉ざされた視界の中で急激に白い光が広がっていった。意識の消失が近いのだろう。
その時、ネンネを胃袋に収めていたシーサペントに急速に接近する影があったのだが、無論ネンネには知りようがない。
◆
スピナルドットのパーティは崩壊していた。
船は半壊し沈没の兆候こそまだ現れていないものの推力を失い波に揺らされている。
パーティのメンバーも既に30名のうちネンネをはじめ18名がシーサーペントに飲み込まれたか、単に波に攫われたかして行方がわからなくなっている。
スピナルドットは「撃て!撃て!火力を!」と言うばかりで指揮を取れる状態になく、ある者は隠れる場所を探して走り回り、ある者はめくら撃ちにシーサーペントを狙って銃弾を無駄に消耗させていた。
既に隊として崩壊しており、各々が自分の身を守るだけで精一杯という有様であった。
「もうやだ、もうやだ!!!私もう嫌だあああああああああ!!!」
ライ・ティライトは運良くまだ甲板上に存在していたが既に戦意はなく、身体を丸めて震えながら頭を抱えている。
「死にたくないよおおおおおおおお!!」
恐怖に耐えかね叫んだ瞬間である。
ザバ、と海中から飛沫があがったかと思えば、太陽を背にして何かの物体がズダ、という音とともに甲板に降りてきた。
「しょーがねーなぁ」
リャ・ハックマンだった。
まるでナップサックのように肩にシーサーペントを背負っている。海獣は海から引きずり出されて暴れているが、リャンは微動だにしない。
「誰が指揮してんだ?それとも死んだか??」
リャンはシーサーペントの肉柱を片腕の腕力のみで、まるでぬいぐるみでも振り回すかのように軽々と振りかぶって甲板に叩きつけた。
「誰かなんか言えや、おい」
突然の事態にスピナルドットパーティの生き残り達は言葉を失ってリャンの姿を見ている。
隊の頭目であるスピナルドットでさえ状況を理解できず、言葉を失ってリャンを見ている。そしてその目には明らかな怯えが混ざっていた。
「しょーがねーなぁ」
リャンは薄笑いを浮かべると腕力でシーサーペントの腹を髪でも破るかのように縦に引き裂き絶命させ、中から胃酸と血にまみれたネンネを見つけると一瞬顔をしかめて彼女を片手で宙吊りにした。
「臭え。まだ生きてら」
気を失ったネンネを甲板上の適当な場所に放り投げると、手についた汚れを水着の尻で拭い、
「各員、武装して中央に集結。動かねー奴は海に放り投げる」
静かだが地獄の王のような声を響かせた。
古来、恐怖がために戦意を失った兵卒を動かすのに一番の薬は、それ以上の恐怖で死兵に成らす事である。
そしてスピナルドットパーティの生き残りで動ける者は全員、ライ・ティライトでさえ状況と戦う為に行動を始めた。
誰もが今この状況においてはシーサペントよりもリャン・ハックマンを恐れていたし、リャン・ハックマンが戦わぬ者を紙屑を投げ捨てるかのように海に放り込むであろう事はその瞬間を見るまでもなく理解できたのである。