5話 戦う女達と戦えない男 スウィートバウム少女石化事件18

  イチが石化から無事生還するまでの間に何があったか?

  つまりは、このような流れである。

  ◆

  ゲロクソバカ貝の毒を受けたバジリールは焦った。

  30分ともたずに死に至る猛毒なのだ。無理もないだろう。

  「バジリール殿! どこへ行かれる!」

  右目を押さえて地下室から出て行こうとするバジリールをパーカスが後ろから手を伸ばし引き留めた。

  「私に触るなこの不快な成金が!」

  その右腕をバジリールは掴み返し、瞬時に石化した。

  「ぐああああああああああああああああ!!!」

  パーカスは今まで何人も目の前で少女が石化させられるのを楽しんだが、自身の肉体が石に変わっていくのはこれが初めての事であった。

  その凄まじい痛みに思わず倒れこみ床を這うパーカスにバジリールは吐き捨てるように告げる。

  「血清を探す。後で戻ってきてやるからここで待っていろ」

  バジリールにとって事態は深刻である。

  身体が完全に麻痺するまで多く見積もっても20分ほどの猶予しかない。

  こうなってはなりふり構っていられない。

  屋敷を飛び出し、馬車でも捕まえられたら一縷の望みをかけて最寄りの診療所まで連れていってもらう事を期待するしかなかった。

  既に激痛は頭の中に焼き炭でも入れられているかのような熱に変わり、視界は霞みはじめ、上体に痺れを感じ始めている。

  ほとんど生存本能に身を任せ、考えるよりも先に鏡の隠し扉を押し開けてパーカス邸の廊下に出た。

  そしてそこでエルビアニカらと接敵した。

  ◆

  「このタイプの鍵は最新のモデルだね。とは言え見たことがないわけじゃない」

  エルビアニカはイチがパーカス邸に入ったのを見届けると、ミュルガルデと合流しパーカス邸を外周から偵察した。

  そのタイミングでエルビアニカの隠し持っていたブンタイムシが騒ぎだし、イチが応援を求めている事を察すると、他に侵入できる経路が見当たらなかったので正面の玄関から鍵破りを試みた。

  「エルビアニカさん、急いで!」

  「そう焦るんじゃないって。博打も鍵破りも辛抱が肝心………」

  エルビアニカが挑んでいるのはこの時代から発達したエール錠で、巷に蔓延る盗賊の中でもまだこの鍵を破るための知識を持っている者は少なかった。

  しかし、エルビアニカはどこからかその解錠の知識を得たらしく、鍵穴に何やらミュルガルデが見た事のない、細くて先の曲がった棒状の器具を何本か差し込んでドアに張り付き鍵穴のなかをひっかいている。

  「ほらきたピッカーン! 行くよ!」

  「流石です!」

  ミュルガルデには理屈がわからないが、見ると鍵穴の周囲の円形の部分がクルリと回転し、その後エルビアニカが何かをすると何の抵抗もなく扉が開いた。

  この時は僅かな幸運も助け奇跡的な時間で鍵を破る事に成功したようである。

  喜び続けている暇はなく、二人はすぐさまパーカス邸内へ突入した。

  エルビアニカは男装した紺色のスーツ姿のまま、懐に潜ませていたカーペイト8式ショートモデルを構え、ミュルガルデは訪問治癒魔術師の装束を着て変形式メイス(※1)を片手に構えた。

  当然、見知らぬ者の邸宅なのでどこに行けば良いかなどわからぬが、エルビアニカを先頭に互いの死角を補いながら勘が命じるままに進んだ。進んだ先に例の大鏡が見えた。

  本来であればそのまま一旦引き返していただろうエルビアニカだが、その大鏡が開きその奥から軍鶏の仮面をつけたトカゲ人族の怪人が現れたのを見てにわかに殺気だった。

  「止まれ! 動くんじゃないよ!」

  軍鶏仮面の怪人、バジリールは銃口を向けたエルビアニカを見て一瞬たじろいだが腕を顔の前で交差させるとエルビアニカ達に突進した。

  この時バジリールが感じていたのは怒りの感情であった。

  その己の感情にバジリールは奇妙を覚えた。

  今まで自分が対峙してきた女は単に石像の素材で、消費物であったではないか。

  怒りの感情を覚えるなどナンセンスだ、と。

  「動くなって言った!」

  エルビアニカは容赦しなかった。

  カーペイトの撃鉄を起こすとバジリールを滅多撃ちにした。

  最初の1、2発は石化した革手袋で弾いたバジリールであったが、それだけであった。

  3、4発目が彼の腕の肉を削ぎ、残りの2発が彼の胸を貫き肝をしっかりと破壊して出ていった。

  そのままバジリールは膝から崩れて動かなくなった。

  「肝臓をやった。もう助からない。先を急ぐよ」

  エルビアニカは弾を撃ち尽くしたカーペイトに新たな弾丸を込め、倒れたバジリールを気にかけるミュルガルデにそう言うと隠し扉の先の地下室へと急いだ。

  ◆

  バジリールは血溜まりの中、それでもまだ生を諦めきれずにパーカス邸に敷かれた赤い絨毯をより赤黒く染めながら這った。這って進む様は瀕死の蛇のようであった。

  既に毒により身体の大半が麻痺し始めた中で肝臓を破壊されたのだ。

  奇跡が起きても助からない事は彼自身が良く知っていた。

  それでも彼はほとんど本能のまま這って進んだが、

  毒か出血の為にやがて動かなくなり、ある瞬間に灯りが消えるように息絶えた。

  その瞬間、彼の仮面は俄に燃え上がり、ほとんど時間を置かずに彼の生きていた痕跡である肉体を全て灰にして消し去ってしまった。

  こうしてバルティゴ都市国家連邦にて彼の戦争は終わったのである。

  ◆

  エルビアニカが地下の隠しミュージアムを抜け、その先の少女を石像にするための秘密の部屋に突入した時、右腕が石になった貧相な男が左手に護身用の小さな銃を構えて怯えた目をしてエルビアニカを見ていた。

  銃はイチから奪ったファンクル護身拳銃だが、その薬室には既に弾は込められていなかった。

  「動くんじゃないよ! 銃を捨てて投降するんだよ!」

  既に1人の生命を葬っているエルビアニカは気が立っていた。

  それ以上に無様に石化させられた大切な仲間であるイチを見てしまったのが彼女を殺気立たせていたのだろう。

  「みっつ数える。銃を捨てるんだよ」

  エルビアニカはパーカスに銃口を向けたまま刺すような声で告げた。

  後ろにいるミュルガルデも意識している。

  よしんば自分が撃たれたとて、背中にミュルガルデがいれば後の事を任せられる。

  覚悟の決まったエルビアニカの銃口と視線はパーカスからブレなかった。

  一方、パーカスは今まで銃など数えるくらいしか撃った事がないので不自然に肩は怒り、腕は震え、目線と銃口は常に一致していない。

  同時に撃ち合えばどうなるかは明白だった。

  (そもそも彼は弾のない拳銃を構えている!)

  「さん!」

  エルビアニカは一瞬の気を抜く事もなくカウントを始めた。

  「にい!」

  しかしパーカスはただ息を荒くして銃を捨てる事も引き金を引く事も出来なかった。

  そもそも今まで誰かと正面から生命を奪い合った事などない男であり、何もせずとも周りの者が彼の為に動いてきたので、自分で何か大切な状況を動かした事もなく、その勇気もない。

  「いち!」

  パーカスは貴族の末裔だった。

  かつてバルティゴ都市国家連邦以前、バルティゴ王国最後の国王オカピ名誉失国王がバルティゴ王国の解体を宣言するまで、領地を持ち絶大な力を誇っていた貴族と言われる権力者たちの末裔である。

  貴族たちは先の魔王大戦で領地を守るために戦い死んでいったか、聡い者は身分と国を捨て海を渡り新たな人生を切り開いていった。

  フィクションでは彼ら貴族は無能で惰弱に描かれがちであるが、彼らは腐敗した者が多くはあったが文武共に平民のそれを凌駕している物と思っていただいた方が良いだろう。

  しかし、貴族という階級はバルティゴ都市国家連邦樹立と同時に存在しない事になった。

  そしてその末裔でしかないパーカスは何の武芸も帝王学も会得する事なく財産だけを受け継いでしまった。

  その歴史がパーカスを終わりに導いた。

  「馬鹿たれが!」

  エルビアニカのカーペイトが火を吹き、パーカスの胸を貫き片肺に風穴を開けた。

  パーカスは情けなく崩れ落ち、床に血溜まりを作って苦しみ喘いだ。

  苦しむパーカスを見て、ミュルガルデは側にしゃがみ込み彼に止血と治癒の魔法をかけようと試みた。

  「しっかりして! もっと酷い傷を負って死ななかった人だって見てます!」

  ミュルガルデがカバンから出した止血帯などで応急処置をされながらパーカスは言葉にならないうめき声を上げていた。

  「死ぬに任せちまえ、そんな屑」

  「聞きたい事が少なからずあります。それに……」

  ミュルガルデは治癒魔術の道を志している。

  助かる生命があれば助けたいというのが彼女の信念ではあるが、それはエゴの押し付けにしかならないと思いミュルガルデは口を閉ざし救命行為に専念した。

  エルビアニカもミュルガルデの性格を知っているので、それ以上何も言わずにミュルガルデの好きにさせてやった。

  ちょうど同じ頃、バジリールが絶命したと思われる。

  服従の姿勢を強いられて石化していたイチの身体が魔法の抵抗に成功し、ほどよく赤みのある健康的な肉体が戻った。

  こうして、パーカス邸で起きた事件は終わりを告げるのであった。

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  (※1)変形式メイス

  頭部と柄の部分を分割できるメイスで持ち運びに便利。

  強度に難があるのだが、暴力を好まないミュルガルデには護身用として丁度良かったのだろう。