第2話 イチとシーナのパンツはどうなってしまうのか? 執念鬼となってパンティを集めるカエル ワーコル・クロッチー スウィートバウム連続下着泥棒事件9

  履いているショーツを譲ってほしい。

  無論、そんな破廉恥な事を言われた事などないイチとシーナは目を丸くして言葉を失った。

  だがワーコルも伊達に好事家として生きていない。

  こういう時、相手に思考をさせたら負けである。

  イチとシーナが何かを言う前にワーコルは褒めて煽てて持ち上げる。

  「ワテ、ほんまにシーナちゃん、イチちゃんに惚れてまったわ。もうめんこい! べっぴん! ワテ、画家長い事やってますやろ? けどお二人みたいな子ら初めてや。ワテももう歳や。明日にでも死んでまうかもしれへんで。ほんならな、せめてめんこいおなごのパンティだけでも貰いたいんや。別にエッチな事あらへん。パンティはおなごの生きた証や。シーナちゃんイチちゃんの生きた証が欲しいんや」

  このワーコルという男は夜の街に繰り出してはこのように気に入った女性の履いている下着を集めており、今や自宅の桐箪笥には千を越える履き古しの下着が収められ、寝室の入り口には下着で作った縄のれんがあると言う。

  筆者は男性なので女性の気持ちはわからぬが、このワーコルという男に下着をねだられた女性達は不思議と嫌な気分にならなかったと言われている。

  故人であるワーコルという男に会う事は叶わないが、きっと妙な愛嬌のある男で所謂「憎めない奴」だったのだろう。

  「どや? 無論ノーパンで寒いなか帰らせるような事はさせへん! これ、これ見て。大したブランドちゃうけど、代わりも用意してるさかい、貰ってや」

  まるで弾幕を張るように喋るワーコルが風呂敷から新品のショーツを取り出すと、シーナとイチが言葉に困っているうちに無理矢理手渡してしまった。

  流石にイチは困惑していたが、シーナなどはそのワーコルの必死さに思わず吹き出してしまった。(渡された下着はなかなかの品質であった)

  「いや~ん! え~~~~、シーナ困ります! そんな私の下着が欲しいなんて…」

  「無理にとは言わへん! イチちゃんは嫌やろ?ワ テ、顔見ればわかりますわ。嫌がってるおなごから無理矢理貰おうとするのは泥棒と同じや。ワテ曲がった事はせえへん男や」

  ワーコルの見事さは押すときは押し、引く時は引く手際にも出ている。

  ワーコルの眼から見てイチは無理筋であったが、シーナは4割で行ける気がしていた。

  しかしこの時イチは別の事を考えていた。

  これほど女性の下着に執着する男だ。

  スウィートバウムで起きている連続下着泥棒事件のヒントを握っているのではないだろうか。

  「ワーコルさん。実はスウィートバウムで女性の下着が盗まれる事件が頻発しているんだが、何か知っている事はないか?」

  イチのあまりにも率直な物言いにシーナは内心で「下手だなあ」と思った。

  これでは相手の受け取り方によってはワーコルを疑っているようにも聞こえてしまうではないか。

  しかしワーコルは既に酔っているせいもあってか、臍を曲げる事無くイチの疑問に答えてくれた。(無論、機嫌を取って下着を貰おうという魂胆もあろうが…)

  「あんな奴ら最低や。干してあるパンティになんの魅力もあらへん。パンティは生が一番や! どうせ成金のブルーセラーノの手の者やろ」

  言ってからワーコルは「しまった」と言うような顔をした。

  ブルーセラーノは近年芸術界を騒がせている画商である。

  面白みのない人物ではあるが“今売れる美術品”を見極める才能に長けていた。

  どうやらワーコルはそのブルーセラーノについて何か知っているようだったが、彼らの世界にも仁義はある。ブルーセラーノは好事家の中じゃカスもカス、キリもキリだとワーコルは思っていたが、同士を売るのは気が引けるのだろう。

  黙ってしまったワーコルの様子を見てこれは不味いと思ったのか、シーナは慌てて減ったワーコルの酒を作ると急いで話題を変えようとしたが、イチは止まらない。

  「ブルーセラーノ? そいつが下着泥棒に関わっているのか?」

  ワーコルは難しい顔をしたまま何も答えない。

  だがここでもシーナが機転を利かせて美味くワーコルの言葉を引き出した。

  「でもですよ。そのブルーセラーノさんが何者かシーナにはわかりませんが、もしブルーセラーノさんが下着泥棒に関わってたとしたら、なんで下着なんて盗むんでしょう?」

  ワーコルはシーナを気に入っている。

  どうしてもシーナ相手だと言葉も弾んでくるらしい。

  「ワテらの世界にもな、生に拘る生粋の趣味人と、いいおなごのパンティだったらなんでも欲しがる粋を解さない無粋がおりますわ。パンティは生や。生の臭いが染み込んだもんがええんや。素材なんかなんでもよろし。誰が履いとるかもそこまで重要やあらへん。おなごは皆ええ。めんこい子もべっぴんも勿論ええ。そこに蛙も人もハーフエルフもあらへん。爬虫人族の子だってええ。ワテ、おなごなら老いも若いも誰でも好きですわ。パンティにはおなごの生き方、身体や心の状態、大事な事の全てが詰まってますわ。無粋な人にはそれがわからんのですわ」

  熱っぽく語るワーコルの言葉にイチは奇妙を感じながらも「そんなものなのか」とも思った。

  思えばヘルメェスにも種類は別物だがワーコルが語るような下着への情熱があった。

  ヘルメェスとワーコルにどういう関わりがあったか知らないが、魂のどこかで通じる部分があるのだろう。

  シーナと言えば、実はワーコル相手に好感を持ち始めている。下着趣味は理解できないが、シーナにとっては面白いカエルのおじちゃんとして映っている。

  「ほんまならな、シーナちゃんイチちゃんに教えられる事は教えたいわ。けどなぁ…」

  そう言ってワーコルはゲコゲコと喉を鳴らした。

  「あの、すみません。ちょっと、お手洗いに…」

  さっきから我慢していたのか、シーナは席を立つとボーイに頼んで化粧室まで案内してもらった。

  残されたイチとワーコルであったが、シーナがいないとイチはどう話をしたらいいかわからない。

  ワーコルは何か思う事があるのだろう。水割りを一息に飲み干すと少しだけ湿った声でイチに語った。

  「イチちゃんは変わってまんな。ワテ、色んな女子見て来た。けどな、イチちゃんみたいな子、あんま見た事ないわ」

  「ヘルメェスさんも言ってたな。正直、私にはわからない」

  「なんやろな? ワテ、おなごの事ならよう解ってるつもりやさかい、表情や声色聞けばワテをどう思ってるかわかります。。シーナちゃんなんか、今日で大分仲良うなれたわ。ワテもあの子、大好きになってまった。けどイチちゃんみたいなタイプは普通だったらワテの事、それこそゴキブリでも見るような目で見てきよるはずなんや。けどイチちゃんはそうやない。否定も肯定もせん。それが不思議や」

  「難しい事はよくわからんが、趣味は人それぞれじゃないか。勿論、人に迷惑かけたらいかんが…」

  「言うは易し、けど心は嘘をつけへん、皆そう言ってくれんのやけどな、心の中では別の事思ってますわ。イチちゃんには、それがない。なかなかそういう子、おりまへんわ」

  「そうなのかな…」

  「ま、ええわ。今日は十分楽しんださかい、そろそろ他のおなごの相手もしてやらんといかん。そろそろお開きにしよか」

  イチにはそれ以上話を盛り上げるような話術がない。

  出来ればもっとワーコルから情報を聞き出したかったのだろうが、これ以上何かを言ってワーコルの気分を下げるのも憚られた。

  僅かに気まずい沈黙が流れていた所に、用を済ませたシーナが戻ってきた。

  「お待たせしました」

  そう言ってシーナはワーコルの隣に腰を下ろすと、外から見えないようにしてテーブルの下でワーコルに何かを密かに手渡した。

  「シーナちゃん…!」

  少女の温もりが残った、柔らかく、それでいて生々しい湿り気を帯びた白い布を手に受け取るとワーコルは形容しがたい喜びに包まれたのか元々丸い目を更に丸く見開いた。

  「内緒ですよ……」

  ほのかに頬を赤らめ、唇に人差し指を当てて片目を閉じるシーナ。それは下心なく、この小気味の良い粋な蛙人を喜ばせたいという一心でしかなかった。

  無論、もし現代であればシーナの気持ちも多少違ったかも知れないが、この時代を生きるシーナとしては自分の下着でワーコルが喜んでくれるのなら易い物だと思ったのだろう。

  「シーナちゃん!! おおきに!お おきに! ほんま、ありがとう。ありがとうやでえ。果報や、ほんに果報や」

  そう言いながらシーナの手を取るととワーコルは子供のように無邪気な笑顔を浮かべ、丸い瞳に涙を溜めて「ケロケロ」と鳴いた。