第2話 イチのブラジャー試着の着替えシーン スウィートバウム連続下着泥棒事件5

  ヘルメェスはイチを店内の試着室に押し込むと、どういう心得があるのかコートと上着をはぎ取ってしまった。

  「何をする!」

  咄嗟の事に怒りと焦りを感じてヘルメェスに殴りかかろうとするイチであったが、それよりも先にヘルメェスに指を目前に突き付けられ抵抗の鼻先を挫かれてしまう。

  どうやらヘルメェスには格闘術の心得があるようで、イチも多少の訓練は積んだがヘルメェスのそれはイチよりも数段先にいるようだ。

  「あんた、時折お乳が痒くなってるでしょう?」

  「な、なんでわかる?」

  「ブラが合ってないのよ。そのせいでお肌に負担がかかってるの。あんたそんな雪みたいな白い肌してるのに、羨ましいやら勿体ないやらだわ」

  この時代、まだ衣類のせいで肌にかぶれが出来るという事はまだ科学的に解明されていない。

  だがヘルメェスは顧客から寄せられる乳房の悩みから、合わないブラジャーを着けている事で肌にも異常が現れる事を知っていた。

  「それに、お乳の周囲が痛くなってるでしょう? あんたお乳のサイズにブラが合ってないのよ」

  「下着なんてそんなものじゃないか?」

  「下着なんて言わないで頂戴! ランジェリーと言いなさい! だいたい何よそのちっとも可愛くないデザイン! 彼氏だってガッカリするわよ」

  「色恋沙汰に興味はない」

  この時イチは自分のランジェリーのセンスを否定されて少しだけショックだった。

  イチが着けているブラジャーは青く染められた飾り気のない木綿のものであった。

  イチがランジェリーを買う時に優先している事は安さであったが、その中でも自分では可愛いものを選んでいるつもりだったので少しだけ心が傷ついた。

  (補足:ヘルメェスブランドの始祖、ヘルメェス・サールートに敬意を表しこの節だけでも下着をランジェリーと表現することにする)

  「とにかく、ちょっと待ってなさい!」

  そう言ってヘルメェスは試着室のカーテンを閉めると店の中から適当なブラジャーを探しに行った。

  ____なんだか変な事になってきたな。

  イチとしては下着泥棒事件の情報が得られないのであればヘルメェスに用はないのだが、最早場の状況はヘルメェスが支配していた。

  腰にはいつも通りカーペイト15式をぶら下げているが、まさかそれを抜くわけにもいかないだろう。

  しばらくして再びヘルメェスが試着室のカーテンを開いた。

  数枚のブラジャーをいくつか手にして、イチの着けている青いブラジャーと見比べ、地味ではあるが程よく刺繍の入った瑠璃色のブラジャーを差し出した。

  「着けてみなさい」

  「着けてみなさいって、ここでか?」

  「ここ以外にどこがあるってのよ」

  ヘルメェスは女性の恰好こそしているものの、声も背格好も男のそれである。無理矢理作った乳房と厚化粧で無理矢理女らしさを作ってはいるが、隠しきれない筋骨と顔面の骨格は漢の中の漢と言わざるを得ない。

  それ以前にイチとて年頃だ。人前で裸体を晒すのに抵抗がないわけがない。

  「恥ずかしいのならカーテン閉めればいいじゃない。まったく嫌ね最近の若い子は」

  しかしヘルメェスに妙な気はなく、単にランジェリーを愛する者として己の矜持からイチに良いブラジャーを着けさせようというだけであった。

  余談ながらヘルメェスの性自認は女であるが、恋愛対象は女性である。イチは琴線に響かなかったらしいが、それは更に余談。

  ____いったいなんだと言うのだ。

  渋々イチはカーテンを閉めると、今着けているブラジャーのホックを外した。

  そしてこの時、イチにとって今まであったランジェリーに対する概念を一変させる出来事が起きる。

  ____な、なんだこのブラジャーは!

  それは感動であった。

  ____着けている感覚は勿論あるが、ノーブラの時とあまり変わりがない。それどころか守られている安心感さえある。それにこの色、か、カワイイじゃないか!

  イチはしばし更衣室の姿見に映った自分のランジェリー姿にときめきを感じた。

  着心地について不満など感じるはずもなく、むしろ開放感さえ感じている。それにイチの金白色の頭髪によく合う瑠璃色は、イチにもある女としての自尊心に勇気を与えさえしている。

  「そのまま腕を上げたり下げたりしてみなさい」

  ヘルメェスはカーテンを開けるとイチにそう言った。

  言われるままにイチは腕を上下させた。

  「擦れる感じがないでしょう?」

  「た、確かに」

  今まで特別意識していなかったが、確かにブラジャーの内側が肌に擦れる感覚をちっとも感じないのである。

  「あんた、まだお乳が大きくなってるのよ。だから今までブラジャーじゃお乳に負担がかかっちゃうの」

  「胸なんて大きくなっても良い事ないんだが…」

  「まぁ! 今の言葉はあたしと世の中の女の子を敵に回すわよ!」

  あまり余計な事を言って再びヘルメェスの怒りを買いたくはなかったのでイチは「すまん」と短く詫びた。

  しかしながらイチとしてはいくら良いブラジャーを紹介してもらったからと言って別にブラジャーを探しに来たわけではない。

  こういう良い物は値段が張るに決まっている。

  そう思っていたがヘルメェスは意外な事を言い出した。

  「そのブラジャーはあんたにあげる。ショーツもつけてあげるわ」

  「どうして? そんなわけにもいかないだろう。幾らだ?」

  「いいの!そ れはサンプルだから丁度いいのよ。その代わりふたつお願い、聞いてくれるかしら」

  タダより高い物はないというのはこの時代でも言われていた言葉なので本来であればイチはブラジャーを返して断っただろうが、この時イチはあまりにもヘルメェスブランドのブラジャーに心を奪われてついつい頷いてしまった。

  が、これが連続下着泥棒事件を解決する糸口になろうとはこの時イチも思っていなかったであろう。