それから、家から思い出がある物を持ってきて病室に置いてみたり、俺なりに工夫して千秋さんと接した。
その甲斐あってか、千秋さんは頭痛と共にだが断片的に俺と過ごしていた時のことを思い出すことが増えたと愛斗先生から聞き、少しほっとした。
結びつかなくてもいい。
ただ、貴方の生活に少しでも居たいという俺のわがままだから。
千秋さんが入院しているから、俺達の家はとても広く、寂しい。
その寂しさに、時々涼介さんの家に泊まるのも悪くないなと、考えたりするけれど、最初の方に自分が言った言葉が、寂しさに負けそうな心を押し止めていた。
『俺は…千秋さんと過ごしてた、あの家にいたい…』
ここにいれば、事故前の千秋さんを沢山思い出せる。
だからここにいようと決めた。
だけどここは………
学校に行って、病院に行って、家に帰る流れを、もう何ヶ月もこなしていた。
千秋さんが過去を時々思い出すのと同じような感じで、俺は時々原因不明の胸騒ぎに悩まされた。
突然強い不安に襲われ、震える自身を抱き締める夜が、ここ1週間続いていた。
意味が分からず、海斗先生に聞いたが、ストレスだろう、しっかり休めと言われただけ。
でも、何をしようが消えることはない気がして、その正体をずっと考えていた。
そんな、ある日のことだった。
学校帰り、いつものように病院に寄り、受付で名前を書くと千秋さんの病室へ向かう。
今日はなんでかエレベーターの動きがゆっくりに感じた。
僅かな違和感に首を傾げたが、気の所為だろうと忘れるように努めた。
そうして、千秋さんの病室の前まで歩いてきた時…病室の中から笑い声が聞こえた。
千秋さんと……女性の声が。
まぁ千秋さんも知り合いに連絡くらいしているだろう、もしかしたら看護師さんかもしれないし…と、そっと扉から中を覗いて。
「………は……」
口から意味もない言葉が漏れた。
心臓がドクリと跳ねる。
有り得ないだとか、可笑しいだとか、そんな言葉さえも浮かばなくて。
俺はふらつきながら病室から離れた。
「……き、おい黒木、!」
海斗先生に強く肩を掴まれるまで、俺は呼ばれている事にさえ気付かなかった。
「………」
「…どうした」
「……っ…」
海斗先生の声に、さっき見た光景がフラッシュバックする。
風に揺れるカーテンの隙間から見えたのは、看護師とキスをする、千秋さんだった。
「……っ……ぅ……ふ……」
ボロボロと泣き出した俺に、海斗先生は何も言わずに俺の肩を抱いて、近くの小部屋へ入った。
そこは予備の診察室らしかった。
簡易ベッドに並んで座り、ぼんやりと手を見つめる俺に海斗先生が気遣わしげに言う。
「……大丈夫か」
「……分からない」
「……何があった」
「……わから、ない」
覚えているけど、口に出してしまったら、何かが壊れてしまう気がして、俺は震える唇を閉ざした。
長い沈黙があった後、俺は小さな声で言った。
「……帰る」
「あぁ。気を付けろよ」
「……」
「黒木」
海斗先生の声に、俺は足を止めたが、振り返らなかった。
「……何かあったらすぐ電話しろ」
「…ありがとう」
その優しさを背中で受け止めて、俺は歩いて家に帰った。
夕飯を食べて、布団にくるまり考える。
今の千秋さんのことを。
今の千秋さんは、どんな人なのだろう。
女性と男性、どちらが好きなのだろうか。
もしも今の千秋さんの恋愛対象が女性だったら?
…その夜は、あまり眠れなかった。
続く