9.有り得ない

  「ただいま」

  家に帰ったら、手洗いうがいをして、テスト勉強をする。

  集中が切れたら、アイスやお菓子を食べて少し休憩。

  気持ちを切り替えてまた集中。

  また切れたら映画を1本観る。

  そしてまた集中…。

  それを繰り返しながら、学年末テストに備えていた俺の所に、昼間電話が掛かってきた。

  「…──もしもし、」

  『黒木くん?』

  「はい、そうです」

  『……』

  「……あの、?」

  『涼介だ、千秋が……─』

  途中まで聞いて、リュックを持って車に飛び乗った。

  車の中で話を聞いて、涙が溢れて止まらなかった。

  “病院から電話があった。

  千秋の意識が、戻ったそうだ”

  抑えきれない感情を持て余した。

  1分1秒が永遠にも感じられる。

  早く着いてくれ。

  願うしかなかった。

  「着いたぞ、」

  涼介さんの言葉に、俺は急いで車から降りた。

  走って受付を通り過ぎようとしたら、呼び止められる。

  「面会するならここに名前を…─」

  焦れったい。

  なんならうるさい。

  早く、早く行かないと。

  「俺が書いとく

  黒木くんは行ってやって」

  涼介さんの言葉を背中に聞きながら、俺は千秋さんの病室まで全力で走った。

  エレベーターに乗りながら、その時間さえ惜しくて、足踏みする。

  階段にすればよかった。

  やっと開いたドアを半ばこじ開けるようにしながらすり抜けて、たどり着いた病室の前で息を整える。

  「はぁ…はぁ…はぁ……」

  深呼吸をして、震える手で病室の扉を開けた。

  ガラッ。

  思ったより勢いがついて、音が鳴る。

  その音に、中にいた人がこっちを向いた。

  愛斗先生と、海斗先生と看護師さんが2人。

  そして…上半身を起こした千秋さんが、そこにいた。

  「っ千秋さん、、!」

  俺は千秋さんに駆け寄った。

  その手を取る。

  暖かい。

  「千秋さん……千秋さ……よかった…よかったぁ……」

  しゃくり上げてそう言い、千秋さんの身体を抱き締めた俺に、少しだけ戸惑ったような、困ったような月守先生ズの声が聞こえた気がした。

  「…黒木…」

  「黒木くん…っ」

  でも分からなかった。

  ただ、今は、千秋さんの目が覚めた事実でいっぱいだったんだ。

  「千秋さんっぢあぎさ……ううぅっっ」

  嗚咽が止まらない。涙も。

  でも、幸せだ。

  貴方が目を覚ましてくれただけで。

  本当に、本当に…。

  そっと身体を離し、瞬きで涙を散らしながらその顔を見つめる。

  困ったように少し笑っている千秋さんは、ちゃんと起きていた。

  良かった。本当に良かった。

  痩せたその頬に手を伸ばし、触れたその時。

  千秋さんの口が動いた。

  そこから出た言葉を、俺は理解しただろうか。

  いや、したのだろう。

  それでも、脳が強く否定した。

  「……ごめんね……君は……誰かな…?」

  続く