5.過ぎた期間

  「…千秋さん、もう、秋だよ」

  病院に来る途中で摘んだ秋桜の花を小さい花瓶に入れて、窓際に置く。

  振り返った千秋さんは、入院した当初より痩せていた。

  その細い手をそっと握り、夕焼けを見つめる。

  千秋さんが入院してから3ヶ月が経ち、季節が変わった。

  思えばこの3ヶ月間、あっという間だった。

  最初の方は気持ちの整理もつかず、荒れていて、食事も睡眠もあまり取れなかったし、学校にも行かないで1日中千秋さんの側にいた。

  そんな俺を見かねて、愛斗先生が俺に言った。

  「神代さんは、黒木くんがそんな状態でいることを喜ぶかな」

  その一言で、普段の千秋さんを思い出したんだ。

  で、食事や睡眠を取らなかったり、学校に行かなかったり、無理してたりする俺を、元気な(って言うとおかしいかもだけど)千秋さんが見たら、平手のお仕置きじゃ済まないだろうなという結論にたどり着いた。

  それからなるべく食事は摂るようにしているし、寝れる時に寝ている。

  学校もサボらず行っているから、今の所成績は大丈夫そうだ。

  今でもきつい時はあるけど、この3ヶ月の間で、寝ている千秋さんに、起きている時と同じように接することが出来るようになった。

  中々いい点数のテストを見せてみたり、美味しかったケーキを買って来てみたり、花を飾ったり、その日1日の話をしたり…

  相槌さえないけど、それでもいいと思った。

  千秋さんはここにいる。

  いつかきっと目を覚ますと信じてるから。

  だから、今はただ、待っていよう。

  「……から、明後日くらいに…」

  「そうか…。黒木が納得してくれると良いけどな」

  「ぅん…難しいだろうけどね…」

  いつの間に眠っていたのか、小さな話し声で目が覚めた。

  ゆっくり頭を起こすと、千秋さんの顔を見つめる。

  「……おはよう」

  「おはよう。」

  「はよ」

  俺の言葉に答えたのは、病室の入口にいた月守先生ズだった。(2人だから“ズ”)

  「…おはようございます」

  立ち上がろうとした俺を制して、愛斗先生が俺にタブレットを見せてきた。

  「黒木くんが、嫌な気持ちはよく分かるんだけどね…」

  その言葉と愛斗先生の困った顔から、何を言われるのか察した俺は、唇を噛む。

  「…何度もごめんね

  でも、約束した3ヶ月は過ぎたし、そろそろ出せる薬もなくなってきたんだ。

  1度でもいいから、見学してみない?」

  そう言って先生が指し示したタブレットには、この院内にあるパートナー欠者用のプレイルームが映し出されている。

  「……」

  俺は、そっと千秋さんを振り返り、3ヶ月前、2人と約束したことを思い出していた。

  「…俺、やっぱり千秋さん以外とプレイするの、想像できないです…」

  パンフレットを弄びながら俯いてそう言った俺に、愛斗先生は困ったように微笑んだ。

  「…そっか

  一応、Sub用の薬出せ無くはないけど…そうしたい?」

  頷くと、愛斗先生は俺の手に薬を乗せて、そのまま包むように手を掴んだ。

  瞬時に身体が強ばり、肩が跳ねる。

  「ぁ、ごめんね、怖かった、?

  少しだけこのままで聞いて欲しい

  大事なお話だから」

  その言葉に、おずおずと頷く。

  「この薬は、普通の第2次性抑制薬よりも効果が少し強いんだ

  長期間使用するとその後の生活に支障が出てしまうことがあるの。

  だから、使用期間を決めて使って欲しい

  いつまでにするかは、黒木くんに任せるよ」

  「……3ヶ月」

  それまでに千秋さんの目が覚めることを願って。信じて。

  「……見学だけでも良いですか?」

  「…そうだね、まずは見て考えるのもありだと思う」

  愛斗先生がニコッと笑ったのを見て、俺はタブレットに視線を落とした。

  場所は東棟の一角。

  プレイルームは広い場所と個室があって、それらとは別にお仕置き部屋、みたいなのもあるらしい。

  タブレットには載ってなかったけど、見学した時に通るよと言われた。

  その後も少し話して、海斗先生からは千秋さんの新たな検査の結果を少しだけ教えてもらった。

  本当は家族以外に話してはいけないらしい。

  でも、千秋さんの家族に会ったことはない。

  ここに来ていない気がする。

  大体涼介さんが話を聞いている。

  「特に異常はねぇが、少し臓器の機能が下がってる。

  ずっと寝たきりだから仕方ねぇ事なんだが…そろそろ目ぇ覚まさねぇかな」

  海斗先生の言葉に、俺は千秋さんを見つめた。

  「……俺も、そう思ってる」

  そう呟いて諦めたように笑った俺に、海斗先生はそっと頭を撫でて病室を出ていった。

  続く