学院のお昼は混んでいる。
時間をずらして食堂に姿を見せたシエル・セレスは窓際の席へと腰を掛けた。
本日のランチは野菜と蒸し鶏のサンドとコーヒー。
普段お昼を食べ損ねてしまうシエルにとっては久方ぶりのちゃんとした昼食である。
午後は授業もなく、今後の授業の進め方について思考を巡らせながらかじった。
暖かい陽と食事に気持ちがよくウトウトと船を漕いでいると、向かいの席に先程シエルが口にしたものと同じランチが置かれた。
他にも席が空いているのに誰だろうとシエルが視線を上げれば、不機嫌そうな顔がデフォルトのモリス・ディートリヒが無言で腰を下ろしこちらをジッと見ている。
『あー、モリスか』
そう思うとシエルも無言で食事に口をつける。
そしてまた、睡魔が襲ってくるのだ。
「食べながらよく眠れるね」
ようやく口を開いたモリスが、ウトウトとしているシエルの手で落ちかけたサンドを受け取るように皿を近づける。
ぽとりと皿に落ちて崩れたサンドに、はっと目を開くシエル。
「ありがとうございます」
「…寝てないの?」
「ええ。昨日は資料作成に時間を使い過ぎてしまいまして…」
「馬鹿みたい」
「ふふふ」
「目の下に隈をつけてさ…そんなに忙しいなら研究に顔を出さなくてもいいよ」
自分の目元に触れながら目を瞬かせて大きなため息を吐くシエル。
「研究は私が言い出したことですから。モリスだけに任せるわけには…」
「そんな状態で居られる方が邪魔だよ」
呆れ顔でパンを咀嚼するモリスにシエルがクスクスと笑う。
「何?」
「モリスは、優しくなりましたね」
何それ気持ち悪いと言いたげな目線でシエルを睨むモリス。
ニコニコふわふわと花が舞っていそうな雰囲気を纏うシエルは今にも夢の世界へ旅立って行きそうだった。
「食べるか、寝るのかどっちかにしなよ…行儀が悪いな…」
呆れながらも甲斐甲斐しく世話を焼くモリスは、最後の一口をもごもごとしながら前に倒れてきたシエルの頭を支えるように額に人差し指を突き立てた。
空の皿が乗ったトレーを自分の方へ引き寄せ、机をあけると人差し指を外す。
ゴンッ!
鈍い音が食堂内に響いた。
「いっ痛い…」
顔を押さえて唸る姿が面白くてお腹を抱えて笑うモリス。
「モリス、酷いです」
「これで少しは目も覚めたでしょ?感謝すると良い」
「そういうところほんと…嫌な人ですね……嫌い…」
ボソリと小さく普通なら届かないような声で呟かれた最後の言葉は、しっかりとモリスの耳に届いてしまった。
「俺も、嫌いだよ。大嫌いだ」
「でしたら、わざわざ私の前に座らなくてもいいでしょう?」
「嫌いだから放っておきたいんだけど」
口では嫌いだと、放っておきたいと言うモリスはそれでもシエルを見ながら食事を続ける。
一瞬覚めた目も空腹が満たされたお腹と陽気には敵わず、いつもと変わらぬモリスの言葉に変な人だなぁと思いながら再び船を漕ぐ。
そんなシエルに見かねたモリスは、自分のトレーをシエルの隣の席の前に移すと席を立った。
コーヒーの残ったカップだけを残し、食事の済んだトレーを片付けるとシエルの隣に腰をかける。
また机と衝突しそうなシエルを引き寄せ、揺れている頭を自分の肩に乗せた。
モリスにもたれかかる様に動きを落ち着けたシエルにそっと囁く。
「シエル…今日はエイプリルフールだよ」
夢と現実の世界の狭間を揺蕩っているシエルに届いているのか、いないのかわからないが、その口角が幸せそうにあがるのがモリスの目に付いた。
「私も…嘘ですよ…」
寝言のように聞こえた声に耳が熱くなるのを誤魔化す様にモリスは食事を口へ運ぶ。
どうしたものかと食堂の真ん中の席で腰を落ち着けてしまったオースタ・クロヴィス。
モリスに頼まれた資料を届けに来たら、シエルと話している師匠の楽し気な雰囲気に出鼻を挫かれてしまった。
時間が来れば部屋に戻るのだからそこで待てばよかったのに、何故かその場で空いている席に腰を下ろしてしまったのだ。
シエルとなにやら研究を始めてからというもの、自分をあれ程構ってくれていた師匠とは必要最低限以外で会話をすることすら叶わなくなっていた。
この食事の時間であれば少しは会話も出来るだろうと追いかけてきたのが間違いだった。
二人独特の雰囲気と会話。
クロヴィスの入る隙はなく微かに聞こえてくるいつもの棘のある師匠の言葉の奥に混じる甘い空気に、逃げ出すことも声もかけることも出来なくなった。
「一体俺は、何を見せられているのだ…」
ポツリと漏れた言葉は誰に届くことなく消えていく。
手元の資料を握りしめ気が付かれぬようにそっと席を立つ。
食堂の入り口の前で一瞬振り返ると、食事を終えたモリスが顔を背けながらもシエルの肩を抱き寄せているのが見えた。
『先生の休憩が終わるまでにあと30分はあるな』
ふと、頭に浮かんで食堂を出る。
『あれで、付き合っていないとは…
早く納まるところに納まってくれればいいのに』
廊下で弟子が大きく吐き出したため息をモリスは知らない。
普段の会話に込められた意味が正しく伝わる特別な1日。
この二人が正式にお付き合いに発展するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
Fin