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保健室にて

  目の前でネズミ獣人が倒れている。僕らと同じ中学生なのか、痩せ細った小さな体をしていた。

  否、今は悠長に分析している場合などではない。

  「おい!! しゃんとしろ、目を覚ませ!!」

  三八がネズミ獣人の半身を起こして肩を揺さぶり頬を軽くはたく。が、意識が戻る気配を一向に見せないでいる。息はしているみたいだけれど、このまま放置すると危ないのはたぶん確実だ。

  「イッサ、ボーッとしてんじゃねぇぞ。オレが頭と肩を持つから逆に足か腰を持ってくれ」

  「えっ……その子を持ち上げてどこに運ぶつもりなの?」

  「そりゃ保健室に決まってんだろ。オレたちじゃ対処できないなら、直接診てもらう必要がある」

  一人が先生を呼びに行ってもう一人はネズミ獣人を介抱することのほうがこの場ではより適した判断ではないかと一瞬考えたものの、ヤツは予断を許さんとばかりに早く来いと急かしてくるので仕方なく僕も手を貸すことにした。腰の下に腕を滑り込ませ、合図に従う。

  「いけるか? 持ち上げるぞ、せーの——」

  難なくネズミ獣人の体は宙に浮かんだ。予想していた通りとても軽く、かえって余った力のせいで一瞬バランスが危うくなる。

  「おっし。ここはグラウンドを突っ切って高校棟の昇降口まで向かうぜ」

  今の時間、幸いにも高校生はまだ午後の夏期講習が続いていたため校庭には誰一人いなかった。極力目立つことのないよう学校を取り囲む塀に沿って外縁をひたすら歩く。高校側の正門に来たらあとは真っ直ぐに昇降口へと進むだけだ。ローファーを脱ぎ散らかし靴下のまま上がり込み、すぐ左の保健室の前にどうにかたどり着いた。いくら軽いとはいっても蒸した中を移動したので、大汗をかかずにはいられない。

  コンコンコン

  「し……失礼します、急患です」

  「はーい」

  ゼーゼーと息切れするのもそこそこにドアをノックすると、常勤の養護教諭の[[rb:西宮 > にしのみや]]先生が保健室から顔を出してきた。はじめ小柄なネコと小柄なオオカミが同じく小柄な生徒を担ぎ込もうとしている構図に兎獣人の先生は困った表情を浮かべていたけれど、ネズミ獣人を一目見るなりすぐさま事情を察したのか慣れた様子で僕らにテキパキと指示を伝える。

  「わざわざ暑い中ご苦労さま、脈を測るからその子をここのベッドに寝かせてもらえないかしら」

  「はい、わかりました」

  僕と三八はそのまま上手いこと保健室へ入り、ネズミ獣人を備え付けのベッドに横たわらせる。スニーカーを脱がして西宮先生がネズミ獣人の呼吸と脈拍を確認し、ベッドをサーッとカーテンで囲い仕切った。

  「二人ともここまで運んでくるの、大変だったでしょ。名前と学年をそれぞれ教えてちょうだい」

  「ええと、自分は中学二年A組の[[rb:骨躙 > ほねにじり]]一朔です」

  「オレは[[rb:人行潟 > にんぎょうがた]]三八、イッサと同じA組の同級生です」

  先生は手持ちのメモにペンを走らせる。保健室の先生も記録をしなくてはならないのだろうか。

  「あなたたちはこの子、というより陸斗くんとは友達?」

  「いいえ。中学棟の自転車置き場の茂みでうずくまっているところをザッパ……三八が見かけて声をかけたのですが、なぜかこちらを見るなり突然気絶してしまって。面識はなく、初対面です」

  「コイツは何かに怯えていた様子でして見るに見かねて肩を揺するとオレじゃなくイッサのほうを向いたかと思えば、素っ頓狂な声を上げて倒れたんです。オレもコイツのことは知らないですね」

  現に今、ようやくネズミ獣人の名前が“[[rb:陸斗 > りくと]]”だとあきらかになったところだ。情報通のヤツさえ知らないということはよほど影が薄い人物なのか、もしくは別の学年の生徒なのかと思われた。

  西宮先生は額に手を当てハーと長いため息をしてから、椅子に深く腰かけ僕らにも席に座るよう促してくる。

  「関係者になった以上は仕方ないわね……一朔くんと三八くん、この子の事情をお話しするわ」

  「“事情”、というのは?」

  「一応知っておいてもらいたいものよ。もちろん、くれぐれも内密にすることを約束してね」

  先生が語った内容は以下のことだった。

  ネズミ獣人は[[rb:乎弥擅 > をみゆずり]]陸斗といい、僕と三八や余市とは異なるクラスに所属する同学年だという。そもそも今日はカウンセリングを兼ねた面談の予定だったみたいで、僕たちがわざわざ運ぶまでもなく自ら正午過ぎに保健室を訪れるはずだった。

  「形はどうあれ陸斗くんは来てくれるだけまだマシね。それに比べて余市くんときたら……」

  「あーヨイチはそういうヤツですから、仕方がないですよ」

  陸斗は現在大変な事件に巻き込まれていて詳細は教えられないものの父親が蒸発、母親が変死といったかなり大変な状況にあるらしい。特に母親の件に関しては陸斗自身も警察に疑われていて、昨日は実際に市の警察署にて取り調べを受けてきたとのことだ。

  「きっと精神的に参っていたところにあなたたちが現れて、びっくりしてしまったんでしょうね。陸斗くんはこの学校に入ってから通算四回も失神してその度に保健室へと連れてこられているわ」

  「ああだから対応に慣れてらっしゃったのですね、救急車は呼ばなくても問題はないのですか?」

  敬語が板につかないのか、三八はダンマリとしてはいるけれどやたらソワソワしていた。

  「最初は大事を取っていたけど大体三十分も待てば、目が覚めてくれるのよ。しかしあなたたちがあの登校拒否の悪名高い問題児と接点があるとはね……一体、どういった繋がりなのかしら?」

  「そ……それは色々あって言えないです」

  真面目な会話が雑談に移ってきた頃、ベッドがモゾモゾと音を立て始める。

  「あら、もうお目覚めのようね。一朔くんと三八くん。これから軽く面談をするから、一旦ここを離れてちょうだい。陸斗くんには後でお礼を伝えるように言っておくわ」

  「わかりました、廊下で待機しています」

  保健室を一歩出た途端、ヤツの尻尾が抑え込んでいたものを解放したみたいにブルブルと唐突に律動を開始した。……嫌な予感がする。

  「なあなあイッサ。リクトの事件、オレらで解決しちゃわねぇか?」

  「ちょっとザッパ、あまりにも不謹慎が過ぎるよ」

  ほら言わんこっちゃない。根っからのオカルトマニアには“蒸発”や“変死”といった単語は刺激が強すぎる気がしたけど、まさかこれほどとは。陸斗が戻ってきたらおそらく質問攻めする未来が目に見えているため、ここで一度三八には釘を刺しておかねばなるまい。いくら純粋な好奇心とはいえど、みだりに他人の身内の死を詮索しようとするのは言語道断だ。

  「リクトがいちばん事件の真相を知りたがっているだろ? そこにちょっと手を貸すだけだって」

  「いいやそうかもだけど最もこの件で傷を負っているのは陸斗なんだよ、部外者が首を突っ込んで要らぬお節介を焼くと——」

  ピシャーン!

  「「!!」」

  保健室の扉が突如としてやかましい音を放ち開いて、有無を言わさず僕たちの話を中断させた。入り口にはしょんぼりした陸斗と、仁王立ちしていかにも機嫌が悪そうな西宮先生が立っている。もしやヤツの話していたことが全て筒抜けになっていたのか。だとすれば、相当マズい。

  「面談は終わりよ。……早く帰りなさい」

  うん? 怒っていることは確からしいけれど、なにか違うような。

  「早く、帰りなさい!!」

  先生はその言葉を繰り返すと陸斗をつまみ出し、強引にドアを閉めて作業へと戻っていった。

  ……保健室で一体、何があったんだろう。

  「やーいお前怒られてやんの。というより大丈夫だったのか?」

  三八は馴れ馴れしく陸斗というネズミ獣人に話しかける。陸斗はモジモジしてどう返せばいいか迷っているみたいだったが、僕のことを目に映すとあからさまに顔をしかめた。けどそれは一瞬の出来事で、やはりどこかしょぼんとした表情をして話す動作をとる。

  「えっと……あの、一朔さんと三八さんで合ってますよね」

  「おう、黒いほうがイッサで白いほうがオレだな。確かリクトって名前だっけか?」

  「はいそうです。……今回はお二人にご迷惑をおかけてしてしまい、申し訳ありませんでした」

  露骨にしかめっ面をされた割には、やけに腰が低い印象を受けた。なんとなく僕に似ている気がするけれど、何故だかそれを認めたくない自分がいる。

  「おいリクト、同い年なんだから敬語なんて使うなよ。別になんのこれしき大したことじゃない。そう深く謝られるとむしろこっちが反応に困っちまうぜ」

  「すみません、普段から敬語を使っているのでタメ口にするのが難しくて……とりあえず保健室に運んで下さり本当にありがとうございました」

  陸斗は深々と僕らの前でお辞儀をした。あまりに丁寧な言動に、ヤツは逆にギョッとした素振りを見せる。三八にしては珍しい、日頃の行いも相まってなにかくるものがあるのだろうか。

  「……それで続けざまに失礼なのですが、一朔さんと三八さんにお願いしたいことがありまして」

  「な、なんだリクト。遠慮しないで言ってみろ」

  「実は知らない人から付きまとわれていて、もしよろしければ助けて頂けませんか……?」

  まさかのSOSに思わず僕の目は点になる。なんだろう、このパターンはどっかで経験したことがあった。まるで余市に弱みを握られてアオイさんの用心棒にスカウトされた、みたいな。

  「うーん、なんでオレたちなんだ? リクトには警察が味方しているんじゃないのか」

  「僕からしたら三八さんたちはすごい強そうに感じるからです。それと、訳あってしばらくは警察が動いてくれなさそうなので」

  「そりゃ一体どういう……まあいい。イッサはどう思う?」

  どうやら僕ら二人はなにかしら訳アリなものを抱える者にとって、謎めいたことにひどく心強い存在だと認識されるみたいだ。どう思ったもなにも、答えはもうすでに決まっている。

  「警察がダメなら探偵に依頼すればいいんじゃないの、少なくともプロに任せるべきだよ」

  もっともらしい方便を並べてはみたけれど本音としては、はばかりなく不愉快な顔をする相手にあえて肩を貸すほど優しくはないと暗に示したい気持ちが勝っていた。陸斗には申し訳ないけど、明確に厄介だとわかる物事にこれ以上関わるのは御免だ。ちょっとぐらい、平穏が欲しい。

  「だったらオレらがその探偵役をやるのはどうだ? 少なくともオレは協力したいかな、なにより面白そうだし」

  「え、三八さん本当に協力して下さるんですか?!!」

  陸斗のテンションがわかりやすく上がる。しまった、墓穴を掘ってしまったかもしれない。探偵なんて言葉をうかつに出せばヤツの興味を焚きつけるばかりじゃないか。このままだと例によって巻き添えを食らうことは必至だ、どうにか逸らさなければ。

  「でも下手に動くと犯罪に巻き込まれる可能性がある上、なにか起こってからだと危ないんじゃ」

  「なに言ってんだイッサ。その爪で廃病院のロボットを倒したことを忘れたのか? オレもいるしリクトも一緒なんだから、そう心配するなって」

  「ここでその話題は卑怯でしょ……」

  ロボットのくだりについて来れないのか陸斗は戸惑っている。廃病院での一件、あれはたまたま起こせた奇跡みたいなもので自分でもどうしてあの時ヘッドフォンに導かれるまま攻撃できたのかまったくわからなかった。制御できない不確定な力ほど頼りないものはないだろうに。しかしこの押し問答で僕に勝機がないことはもはや明白だ。実際、詰みが近いのを感じる。

  「ふむふむ。リクトが依頼人、オレが探偵、イッサが助手って具合だな。なにか異論はあるか?」

  「僕はそれで大丈夫です、本当に本当にありがとうございます!」

  「……わかった、何が待ち構えていても知らないけど」

  「おっしゃ! それじゃ早速やるぞー」

  こうして結局、僕は三八率いる探偵ごっこなるものに付き合わされることになったのだった。

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