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第4問

  『皆をまとめきれない甲斐性なしの長男、嫁にせっつかれる次男、ただの引きこもりだったくせに実家のパパとママを介護してたと吹く妹、リーゼ叔母さんと姉さんのヒステリック合戦…1週間で終わるのかね、このアットホームな空間は。』

  豆電球の鈍くて黄色い、小さな光の下で俺はダイニングのテーブルに1人腰掛けている。

  午前2時を指している壁掛け時計が鳴らすコチコチと規則的な音は、昼間この部屋で行われた割れるような怒号の応酬など最初から存在しなかったかのように落ち着くリズムをもたらしてくれていた。

  いや、落ち着きや静寂というより誰もが死に絶えた惨劇の後と言った方が正しいのかもしれない。

  グラスの中で琥珀色の液体と氷を揺らし秒針とセッションをしていると、どこからともなく現れた愛嬌のない姪っ子が声をかけてくる。

  [ねえ、マリファナ持ってない?]

  どこからくすねたのか、15歳の娘が持つには相応しくないアンティーク調のライターを手の中で弄りながら彼女は俺に非常識な問いを投げかけた。

  思春期のガキ特有の青臭い馬鹿な厭世観を携えている目は俺が飲んでいたバーボンのグラスに向けられていて、お目当てのものがなければ今度はこいつを呷るのだろう。

  『持ってるからって吸わせるわけないだろう?お前といい子供の頃のお前のママといい___どうして女のガキはチャチな安心のためにリストカットやセックスに走るんだろうな?』

  戻りたくないと思っていたはずの実家。

  金だけはあった成金の実家。

  母が死に、追うようにして死んだ父親が遺した豪邸に5つ子の俺たちは遺産相続の取り分を決めるため再び集った。

  10年振りに会った叔父、叔母、兄姉達と久しぶり、なんて言いながらみんな肩を抱き合ったけれど俺以外の全員が自分の後ろに家族と弁護士を控えさせていて、これから始まるのが懐かしの家でする家族団欒とはまったく程遠いものであることが目に見えている。

  これから俺たちは頼りない、風が吹けば飛んでしまうような紙幣でできた家とおままごとたいな家族を自らの手で掴みあって壊し合っていくのだ。

  …というのが今度俺がほんの少しだけ出番を貰えた7日に及ぶ密室での汚い家族模様を客に見せつけるという、ドロドロとした刺激優先のC級劇だった。

  独身の末っ子である俺は相続レースから外れているため親族の揉め事に加わることはほとんどなく、日中の争いをダイジェストで語りながら本能を剥き出しにして争う自分の親を見た姪っ子の相手をしてやるという役回りだった。

  そのシーンは深夜に豆電球だけつけた薄暗いセットの中で行われるから毛が黒いのが目立って丁度いい、というそれだけの理由で配置されたが数回出れるだけマシか。

  『まだガキにゃ早いんだよ。大麻もバーボンもな。手首から血を流そうが股から血を流そうがガキはガキなんだから背伸びしてないでお外に行ってシャボン玉で遊んでろ。』

  [ねぇ!ちょっと何!]

  『こいつは没収だ。』

  そう言ってライターを姪っ子から奪い取り俺は煙草に火をつけて煙を吐き出し_____

  「あんま吸ったことないの?」

  「え」

  

  華奢な顔つきをして足を組む、透けるようなネグリジェ姿をしたウサギの男が紫煙をくゆらせながら俺に尋ねる。

  午前3時でも真白く光り、ごうんごうんと規則的な音が響くコインランドリーの中には俺と彼、たった2人だった。

  「煙草。いや、人の吸い方にとやかくは言いたくないんだけどなんか叔父さんってキャラに対して動きがちょっと軽いのかなって。吸い方とか、せっかく含蓄ありそうなこと言ってんだからもうちょっと重たく煙を吐き出すみたいなとかさ。」

  そう言って、ゆっくりとうねるような煙を彼は吐き出した。

  「あー、実はこれ、小道具《プロップ》のタバコって箱に入れてるけど中身はタバコじゃないんだよね、実はタバコの形した咳止めの薬でさ、煙草みたいに重くないから無意識に軽く吸ってたのかもしれないな。」

  「へぇ、そんなんあるんだ。いや、なんか悪いね。

  途中でチャチャ入れて。」

  「いや、助かってるよ。水商売の人にタダで演技指導とか見てもらえてるんだからさ。」

  「ハッ。俺が客に対してする振る舞いは全部演技だって?」

  そう言って、彼は白く細い脚を組みかえながら顎を突き出して意地悪な笑みを浮かべた。

  タバコの煙なんかよりも遥かに白くて、艷めき輝くその毛並みはたとえ灰を落としただけでもまるで鍾乳石から水滴が垂れるようにうっとりとさせる何かがある。

  「あぁ、違うくて、そうじゃない___いや、相手の心に入り込むのを習慣にして、手段を選んで本当のことで騙すってのが水商売のプロの振る舞いで、あっいや別に君が騙してるってわけじゃ___」

  「いーよ、別に怒ってるわけじゃないんだから続けて続けて。俺だって俳優の卵の演技をタダで、それもたった一人で拝めてるんだからイーブンだろ。」

  「じゃあ、続き。『ママの気を引きたいならな、傷跡のついた手首をポッケに突っ込んで隠すんじゃなく、尾を逆立ててママの身体を引っ掻いて、私を見てと叫びゃあいい。でも___あのうるさく言い争ってるママはお前のことが好きなママじゃない。だから、心にぐっと留めてさっさと一人で大人になるしかないんだよ。』」

  

  自分の脳を一瞬よぎる両親の顔を振り切るように強い力で手首を掴みあげ、傷跡をなぞりながら言うと、姪は泣きそうな顔で俺の目を見る。

  [でも、じゃあ、じゃあ私どこにいたらいいの?]

  『とりあえず、明日の“話し合い”が始まる前に車を出してやるからシャボン玉買って他のガキ共と遊んでな。外でハンモック吊るして寝てりゃ___』

  【独り立ちすれば立派な大人になれるってか?】

  【1人でも生きていけるさって?】

  【それをお前を存在を価値を誰が証明するんだよ】

  【独り立ちじゃない、孤独だろこれは】

  姪の顔ではない、ランドセルを背負った自分の顔。

  

  「…………」

  「…?セリフ飛んだ?」

  「『分かったんならもう寝ちまえ。いつかシッセンストリートの12番通りにある俺の部屋を訪ねな。

  “家出”なら突き返すが“近くに遊びに来たついで”

  なら、その時はマリファナ吸わせてやるよ。』

  ___そうだ、少なくても、少なくとも今は、1人いるんだったっけ。

  「終わり。…セーフ?」

  「ん~アウトでしょ。でも、良かったよ。俺は好きだな、アンタの演技。」

  ぱちぱちと彼だけが鳴らす小さな拍手。

  それでも、この小さな舞台の中ではよく響く。

  ##########

  「お待たせしました~!それでは、これから後半戦に移っていきたいと思います!皆さん、心の準備はよろしいですか~?」

  楽しみです、という笑顔を浮かべ手を叩くものの用意されたセットの広さと比べ実際のスタジオはかなり大きい部屋なので俺一人だけが放つ拍手はやや寂しげなものだ。

  まぁ、どうせ編集で合いの手のSEを入れれば同じことだろう。

  「実は僕もハナさんのファンの1人でして、朝なんかいつもニュース番組で拝見していますがハナさんってやはりエネルギーがものすごいですよね。今日初めて本物と話させていただきましたが途切れないといいますか。」

  「いやー、それもそのはず!なんとこの4問目からは私が『CLEAN ORDER』の大ファンなんですということでスタッフさんに無理を言って私が私の知りたいことを答えて欲しくて考えさせて頂きました!テレビの前の皆さんごめんなさーい!」

  「これは…僕としては非常に嬉しいのですが。果たして世間の方々が許すかどうか…もし視聴者に秘密のエージェントなんていたらそれこそ危ないですからね…!」

  「まぁ、もし今この場で何かあった時はここにいらっしゃる最強のエージェントのフリムさんが…!」

  「いやはい…その時は………ハイ。」

  「それでは、私がフリムさんに聞きたい究極クエスチョン!……だん!」

  フリップをめくる際にバタバタと揺れる尻尾、膨らんだ鼻からかなりの興奮が伝わってくる。

  『もし、自分が本当のハンスだったとして___

  ・クリーニング屋としてひっそり暮らす

  ・シリアスたっぷりのエージェント生活

  どちらの生活をしたいか?』

  「相変わらず〇と‪‪‪‬‪‪‪‪‪‪‪‪✕‬は関係ないですが…いや~…なぁるほどぉ~…これはちょっと難しいですねぇ…」

  「前作を見てて私思ったんですけど、ハンスってエージェントのプロでもありクリーニング屋としても一国一城を構えているプロじゃないですか。もしオーダーが来なかったら永久にクリーニング屋さんをしてるわけなんですよね!?」

  「一応そういうことになりますが…これ脚本さん通さずにやって大丈夫かな?」

  

  「作中でも『日常で汚れを落とす時義憤に駆られる者はいない』と独白しながら仕事に勤しむ姿もありますし、ハンスは特定の思想を持ってエージェントをやっているとかではなくただの日常のひとつとして在るだけのものという、で!そこに喜びや達成感などは存在しないというあくまで自分を商品として____」

  「ちょっとちょっとちょっと、ハナさん!愛が重たいです!」

  打ち合わせ通りではあるのだが、思ったより熱量があり顔を紅潮させて激しく捲したてる姿にスタッフも苦笑していた。

  

  「いや…でも凄く嬉しいです。」

  「…失礼しました。ということで、もしフィクションのキャラクターではなくフリムさんがハンスの立場だったとして危ない目にあうことなく平穏に暮らしたいか、それとも危険を顧みず困難なミッションにも立ち向かうような生活を送りたいか!平穏なら〇、逆なら‪‪‪‬‪‪‪‪‪‪‪‪✕‬でお答えください!」

  「え~~………………」

  ##########

  舞台の客はがらがらだった。

  まばらな拍手を受け、達成感も何も無く、誰に声かけられることもなくその日限りでチームは解散し、俺はそのままバイトへ向かっていつものようにグリストラップを掃除し終え、エリアマネージャーに日誌を送り帰ろうとしたところ、店長が俺を呼び止める。

  「フリム君さ、ここでバイトして2年くらい経つじゃない。どう?ここらで正式にうちの社員、やってみない?フリム君のいる日はお店安心して任せられるし、君と仕事できれば僕も嬉しいんだよ。」

  それは、突然の言葉だった。

  「でも確か、養成所とか通ってるんだよね?分かるよ!やっぱ若いうちは夢、追っかけたいもんね!別に店がすぐなくなるってこともないから、とりあえず頭の片隅にでも入れてて欲しいんだよ。フリム君、すごく真面目だし誰もやりたがらない仕事を進んでやる子って実はすごく少ないんだからね!」

  ツチブタの店長が店員を労う際にやるばんばんと硬い蹄で肩を叩く動作が今日は何故かとても響く。

  誰かに自分を認めてもらえる言葉が、あんなにもあっさりと出てきた。

  『フリム君に輝いて欲しいって意味だと思うよ。』

  そしてそれは、これまでの俺を支えてきた夢を全て捨て去るという意味でもあった。

  【色んな人に自分を見て欲しい?】

  【店長に認められて、嬉しがってんじゃん。】

  【認めて欲しい、それがお前の本質でしょ?】

  【叶ったじゃん。】

  【劇的なんかじゃなくてもいい______】

  『俺は好きだな、アンタの演技。』

  ##########

  「いや~、でもこれは‪‪‪‬‪‪‪‪‪‪‪‪✕‬ですね!やっぱり人生って色んな選択肢があって、それこそクリーニング屋でもいいかもしれないけど僕はやっぱり困難な状況に立ち向かってこそだと思います!」

  「あ~、でもちょっと意外かもしれないです!あんなに忙しいスケジュールをこなしているともう落ち着いてしまいたいみたいな欲があるものかと…」

  「そうですね、一応クリーニング師免許も持っていますので…」

  この場面ではおそらく、DVDのメイキング映像に収録されているハンスの格好で合格証を掲げて笑う俺の画像が映し出されるはずだ。

  「あっ、本当だ!やっぱりこれも取得されたんですね~、どうりで作中の手つきがいやに…」

  「はい。なので、ゆったりするのはまだまだ先にして引退した頃にクリーニング屋でもやろうかなと。今の僕って、夢を叶え続けてる状態なんです。本当に空を飛んでるような状態に近くて、もっともっと高く飛びたいっていう気持ちがあって、それをファンの皆さんにお届けするためにはやっぱりチャレンジする精神を無くしちゃいけないなと。」

  「その歳でその領域に至ってるのってすごくないですか?叶え続けるって、実行し続けるということですから!必ず実行する、そういう点ではフリムさんとハンスは繋がってる部分がやっぱりありますよ!」

  「まぁでも、実際のハンスのミッションは知られたらダメなわけですからそれでモチベーション下がって早々にクリーニング屋専業し始めたりして。」

  「あははは!いやぁでも、謎に包まれたフリムさんの姿がこれほどまでに見えてくるインタビューって、地上波初ですよね!?そんな場に入れて私ほんと光栄です!」

  「いえいえこちらこそ生ハナさんに会えて本当に嬉しいですから。」

  「は~!嬉しい!終わらせたくないっ!でも次でラスト、第5問目になります!その前にテレビの前の皆様、続編『蜃気楼の密林』当番組限定の公開映像を、どうぞ!」

  

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