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8/25

  よそ行きのジャケット…かなり暑いな。

  いやでもエリモは今まで俺の制服しか見てないし、出かけるのは多分今日が最初で最後だし、一番上等な服はこれ…

  でもこれじゃあ革靴と合わせなきゃだし…暑い。

  ショッピングモールなら冷房効いてるし平気か?

  ………なんでこんな初デートの時みたいに気合いの入った格好模索してんだ、俺。

  …やめやめ!デニムに白シャツで十分!

  「あんた、もう8時半でしょ。そろそろ海の子迎えに行く時間じゃないの…なぁによ、パンツ一丁で服脱ぎ散らかしてぇ」

  無遠慮に部屋の扉を開けた母が、俺を見て訝しむ。

  「人の部屋の扉、勝手に開けんなって言ってんじゃんかよ!」

  「そういうことは家賃払うかあたしのお腹の中に住んでた時の賃料払ってからいいな。あんた難産だったんだからね。ほら、着替えた着替えた。」

  

  「なに、お兄デート?」

  「うっせ!今行くって!」

  シャツのシワもろくに伸ばさず着替え、財布とスマホを無造作に掴み1階へ降りて玄関を飛び出る。

  9月が近いのに日差しは相変わらずぎらぎらと容赦なかったけど、今日この日だけは少し許す気になれた。

  エリモはどんな服で来るだろう?

  _________

  待ち合わせ先のコンビニに行くと、駐車場にかなり目を引くサイズの明らかにデカいマイクロバスが停まっていて存在感を放っていた。

  日差し避けのカーテンが付いていて中は伺いしれないけど多分あれだよな、と近づいたら勢いよく運転手席の扉が開き、背骨が鉄骨でできてるんじゃないかと思うくらい背筋のしっかりしたタキシードを着たフンボルトペンギンの中年男性が降りてくる。

  歩幅も腕の振りも寸分狂わず規則正しく、曲がる時すら90度の角度で整っている。

  男性は目の前に立ち俺の顔をじい、と見て

  「ルークさんですね?おはようございます。私、陸上都市の海洋都市大使館に勤めておりますというイグルーという者です。以後お見知り置きを。」

  イグルーと名乗ったペンギンは深々とお辞儀をしながら俺にやけに硬い名刺を渡してくる。

  質感からしてステンレスとかかな?

  名前と役職が彫り込まれていて、水中にも対応した濡れないデザインなんだろうけど服装も合わさってなんだかホストみたいだなと思った。

  「それでは車へどうぞ。エリモさんは車内で待機しておりますので。今日一日は私、イグルーが2人に付き添わせて頂きます。」

  2人っきりで買い物じゃないのか、と思ったけどそれも当然か。

  慣れない場所でエリモになんかあった時に、俺だけじゃ対応しきれない。

  ほんの少しだけ外を2人っきりで歩いて見たかったという気持ちを抑えつつ車内に入ると、

  「あ、ふーふふんおふぁお|《ルークくんおはよ》。」

  

  いつも通りもごもごとなにか口にしているエリモがなにか口に入れながら挨拶してくる。

  服装はアロハと短パンで、海から来たやつ感丸出しだ。

  正直なところ、イグルーさんの服装を見た時にチョイスを間違えたかと思って少しドキドキしていたから安心した。

  食ってるものは…匂いからしてフライドチキンだな。

  「朝からフライドチキンかよ…」

  見た感じコンビニ袋にはまだ色々入っている。

  俺の呆れを見たのか車を出発させたイグルーさんが頷きながら笑いだした。

  「生活環境が違います故、陸に上がった海洋の住人は大抵こうなってしまうのですよ。調味という行為が水中では難しいので、味付きのものや温かい食べ物がとにかく美味しく感じるのです。」

  「なるほど…」

  冷たい素パスタなんか嫌だもんな。

  「私をはじめ、陸上都市の大使館に勤める者のほとんどがこちらの味付けの虜になってしまった者ばかりなのですよ。ははは!」

  「味付きの加工食品とか海じゃすごく高くてなかなか買えないんだぁ、ほら~。」

  「!?!?」

  エリモが見せた海中マーケットの写真には、梱包の仕方がこちらとはかなり違うウインナーが、相場の20倍程の値段で売られている。

  「こちらの研究者や企業の開発者の方とで色々模索はしているのですが、運搬コスト、水圧に耐える専用の梱包の生産コスト、環境に配慮した処理方法、水に溶けにくい加工など考えるとまだまだ課題は山積みなのです。」

  「水上にレストランとか作ったりは…それもコストがかかるのか。」

  

  びりびりとチキンの袋を破きながらエリモが喋り出す。

  「あと海の長がねぇ、海はみんなのものだっていうから海を塞いじゃうものをあんまり作りたくないんだってさぁ。」

  「陸と海が交流を始めてから、発展は非常に目覚しいものになりました。陸の方々には我らの同胞の血液が感染症の薬に、殻が家の壁に。陸上で培われた文明は海の底も照らし、特殊な音波を用いずとも意思疎通できるようにしてくれました。」

  「陸の人ともSNSで仲良くできるしねぇ~。」

  「ルークさんも、陸上都市と海洋都市が持つ領海の間に、長い距離にわたって『公海』があって、これによって世界が区切られているのは知っていますね?」

  「確か、社会の授業で。」

  「おっしゃる通り、水上レストランや陸付近に海洋の住人向けの水中都市など作る構想は何度か出たことはあったのですが、やはりコストや生活排水など環境の問題、それに伴って陸側も海洋側も多大な整備と費用が必要になりますので難しいのが現状です。」

  「イグルーさんに連れてかれていろんな博士さんたちとお話したんだけどぉ、今も色々がんばってるみたいだよぉ。」

  「もっとも、無理に距離を縮めて軋轢を生むよりは、遠くから眺めてるくらいが綺麗で調度良いという意見が多く見られるのです。海は近くで見ると案外濁っておりますのでね。ははは!」

  「…考えたこともなかったな、そういうの。」

  

  というかエリモって今みたいな話を大人としてたのか。

  なんだか急に賢く見えてきたな…。

  

  「口の中で舐めても舐めてもなくならないキャンディー作ってくださいってお願いしたらむずかしいってさぁ~」

  「それは陸でもおんなじだよ。」

  やっぱエリモはエリモだな。

  「エリモさんは食品の時と比べて環境や交通面のレポートがあまりにも熱意が違うのをどうか…」

  「うふふふ。」

  「遠くから見る分には綺麗で近くに来てみると案外…かぁ。」

  「なぁに。ルークくん~」

  「ははは!」

  国道を流しながら走っていると、郊外特有の大型ショッピングモールが近づいてきていた。

  _______________________

  郊外にありがちな大型ショッピングモールこと、『ガラパゴス』は俺の地元のような田舎にとってはテーマパークみたいなもので、平日でも人がごった返している。

  普通のスーパーにスイーツ、ブティック、アパレル、書店にゲームセンターにフードコート、雑貨に映画となんでもござれだから休みにやることなければだいたいここに遊びに来るのが定番だ。

  何階層もあるこのショッピングモールは店に入らず端まで歩くだけでも時間がかかるのに歩くのが苦手なエリモは大丈夫なんだろうか?

  車をおりてから少し待つよう言われたので地下駐車場近くのベンチでエリモと座る。

  「人通りも多いのにエリモ、平気?」

  「うん~。なんか、イグルーさんが秘密兵器があるんだってさぁ~」

  「それはなんか、開発したやつ?」

  「お店の中にあるんだって~」

  はて、今までそんなバリアフリーなもんあったっけ?

  「いや、どうもお待たせしました。事前にオーナーに私の方で交渉しておけばよかったのですが、とりあえずご理解頂けたようで。」

  ガラガラという音を出しながらイグルーさんが地下に戻って来た。

  「イグルーさんそれって…」

  ______

  1階インフォメーション前。

  「とりあえずお土産から買い揃えることにしましょう。レイブンズのタンクトップは公式のショップが用意されてるそうですので大丈夫ですね。」

  「天然石は雑貨屋、ビー玉とかおはじきは駄菓子屋でどっちも近い場所にありますね。駄菓子屋はどうせたっぷり見るからこれは後回しにしましょう。な、エリモ“くん”。」

  「………ここからじゃマップ見えないもん~」

  「あぁ、確かに車の中からじゃ見えづらいわな。エリモ“くん”。」

  「うぅ~…ルークくんがいじわる…」

  エリモはそう、車内。

  歩くのが辛いなら歩かなくても移動できるものを用意すべくイグルーさんが持ってきたのは、なんとゾウの子ども向けの車型ベビーカーだった。

  「いやはや、車椅子だと手が塞がってしまいます故。買ったものを載せるスペースの確保も考えるとこれが一番ベストでしてな。」

  「気を使って一番かっこいいやつ選んでもらったんだし優しいじゃん、イグルーさん。」

  「ははは!いや、私も陸のマーケットに初めて来た時は成人していたというのにこの洗礼を受けたものです!誰しも通る道ですよエリモさん!」

  「じゃあ、開発しててよぅ…」

  手を目に当てて、影のある車内でも分かるくらい顔を赤くしている。

  正直可愛いな…

  「ままま、入りたいお店がありましたらその時は言ってくだされば停まりますので。その時は降りてくださって結構です。」

  「たくさん降りる~…」

  「その分何回も乗らなきゃな、ふふっ。」

  あ、そうだ。

  「エリモ、これとか持ってた方が落ち着くだろ。」

  手早く自販機で買ってきた冷たいペットボトルの水をエリモに渡す。

  いくら2ヶ月陸地で過ごしたとはいえ、ここまで人の多いところに来るのは初めてだろうから安心させるためにも水は多分あった方がいい。

  海洋に住む人間にとって水は命だし、エリモにも慌てたりした時水をとりあえず口に含む癖があった。

  「あぁ~ありがとぉ、ルークくん~。」

  しゃがみこんで渡したもんだから、エリモのいつも通りのふにゃりとした顔が間近に感じて、少しドキリとした。

  「………それでは、スポーツショップから参りましょうか!…それと、その…」

  「…?」

  何となく苦そうな顔をするイグルーさん。

  「一応買ったものは経費で落ちますがレシートは提出することになってますので…その、避妊具は私の方で個人的に買っておきますので…あまり他所では言わないようにお願いしますね…。」

  _______________________

  バスボム

  「あ~っそこのお店気になる~イグルーさん停まってぇ。」

  「はい。ごゆっくりどうぞ。」

  エリモがベビーカートから身を乗り出してテナントを指さす。

  ケミカルな香りをさせる店内のテーブルにはカラフルでいい形をした物体がそこかしこに置いてある。

  「…一応言っとくけどエリモ、あれ食い物じゃないんだよ。」

  「でも、バターとか書いてるよぉ?」

  「あれな、実は入浴剤なんだよ。食っても苦いだけでおまけにベロとよだれが変な色になる。」

  「ルークくん食べたのぉ?」

  「小さい頃ゆずの香りって書いてあるから粉ジュースかと思って舐めたら酷いことになったなぁ。」

  「ルーク君も食いしん坊なんだねぇ。」

  

  _______

  雑貨屋

  「ん~…」

  「エリモ、サイリウムあった?」

  「あったんだけど~…ルーク君、クラッカーってぇ、食べ物じゃなかった~?おもちゃにもなるのぉ?横にすごく大きいのもある…」

  パーティーグッズコーナーでエリモが手に取っていた袋には“パーティークラッカー”と書かれている。

  「エリモ君、これはこの紐を引っ張るととても大きい音が鳴るグッズなのです。」

  「どれくらい大きいのぉ?」

  「そうですねぇ…喧嘩しているマッコウクジラさんより少しだけうるさくないくらいです。」

  「それは…怖いねぇ。」

  俺が基準がよくわかんねぇ、という顔をしているとイグルーさんはそんな俺の方を向いて

  「普段海洋の深いところで暮らすマッコウクジラさんは、こっちでいうと飛行機よりはるかに大きな音が出せるのです。」

  「喧嘩が始まったら避難警報出るんだよぉ~。」

  「なにそれこっわ。」

  _______

  食品売り場

  「缶詰、沢山あるねぇ~」

  「イグルーさん、あの…」

  「どうしましたルークさん?」

  

  「缶詰って、水中マーケットでは普通に売られてるんですよね?」

  「そうですね。水圧に耐えうるために陸とは違う缶を使用しておりますが…」

  「いや、エリモの土産リストにわざわざ名指しで“鯨”の缶詰と書かれてたんでなんか…気になって。」

  「実はですね…陸上都市から海洋には現在鯨の缶詰が輸出されていないのです。」

  「え、そうなんですか?」

  「我々海洋都市の長を現在クジラが務めていますのと、クジラと鯨は身体的特徴の見分けがあまりつきませんのでその辺を加味して自重しているそうですが、長も含めて我々は特に気にしておりませんので輸出してもらいたいのですがねぇ…。」

  「逞しいんですね…。」

  「陸の方々が獣人と家畜を別に考えるのと同じようなことですね。所持も違法とかは特にありませんので向こうでは少々ワルの味、といった扱いです。」

  「なるほど…」

  「後はまぁ…陸産の食べ物の方が人気があるので最悪、あってもなくても構わないのです。」

  鯨…

  それにしても海洋の人達はおおらかなのかドライなのかたまに分からなくなるなぁ。

  ________

  通路

  「エリモ。」

  「っ!なぁに?ルーク君~。」

  「そのベビーカーのハンドルはな、曲げてもタイヤの向きは変わらないんだよ。」

  「…覗かないでよぉ~。」

  

  ________

  天然石ショップ

  「これ、重たい。ちょうどいい…硬くない…」

  「結構でかいけど、そんくらいの何個も買うの?ちっちゃいやつをたくさん飾った方が…」

  「ううん~?せっかくだからねぇ、貝殻割るマイ石をキレイでかっこいいやつにしたいなあって思ってぇ~」

  「マイ石とかあんだな。」

  「いっつも脇に挟んでるんだよぉ~ほら。」

  無骨な灰色の石を脇のたるみからそっと取り出して見せてくる。

  「おお…うん…いや、持たなくていい。」

  「そぉ~?」

  石を脇に戻すエリモ。

  「でもさ、石割りたいんなら便利な道具とかあんだろ?ハンマーとかさ。」

  「あるにはあるんだけどねぇ、やっぱり石に戻ってきちゃうんだぁ。多分、みんな生まれつきそうなんだと思うよぉ~。」

  「本能とか遺伝子でそういうのがあるのかもな。」

  「あっ、でもねぇ~、陸上から来た物で一時期学校の女の子のラッコの間ですごく流行った石以外の物があったんだぁ。」

  「なんだ…水晶玉とか?」

  「なんだったかなぁ、メリ、メル、メレンゲ?手に着けてたと思うんだけど…忘れちゃったぁ~。」

  

  「そうかぁ…」

  …もしかしてだけど………

  ………………メリケンサック?

  まさかな!

  

  ______

  フードコートは家族連れで賑やか和やかムード。

  普段ならつるんでるクラスの男子と集団で来て安いポテトでだらだらするけど、今日はなんとなく別の店で注文した。

  エリモは相変わらずたこ焼き、うどん、ペッパーライス、ケバブサンドと4品も机に並べている。

  「ルーク君、冷麺っておいしいの~?」

  「ハスキーは暑がりだからこんくらい冷たいのが俺にとって美味いんだよな。エリモは温いのがいいんだろ?」

  「うん~あと、お蕎麦よりはうどんが好きだなぁ」

  「俺と一緒じゃん。」

  「えへへ。ところで、イグルーさんは?」

  「あれだよ、薬局。」

  「あぁ~、ふふふ。ルーク君えっちだぁ~。」

  「別になんも言ってねぇだろぉ~?たこ焼きよこせ!チーズたくさんかかってるとこよこせ!」

  「だめぇ~。」

  「お二人とも仲睦まじいようで何よりです。」

  「イグルーさん~。」

  

  「あ、恐縮です。」

  「一応買ってきましたので…。変な顔はされましたが、我々にとっての需要を語ったら納得していただけました。」

  「ご苦労おかけしました。」

  「これでシャチの子たち喜ぶなぁ~。イグルーさんありがとぉ~。」

  「どうですか?ルークさん。」

  「はい?」

  「いえ、私も歳ですかね。少し疲れてしまったので食事がてら少しの間休憩させていただきたく。ルークさんがカートを私のかわりに押していただけるなら、どうぞ2人だけで回ってきてください。」

  「いいんですか?なら…」

  「ルーク君、大丈夫~?ぼく、重いよぉ?」

  「ルークさんなら私は大丈夫だと思います。もし何かありましたらこちらの番号へ。すぐに駆けつけますので。」

  「…ありがとうございます!じゃあ、行ってきます!」

  「15時には入口に戻ってきてくださいね。」

  「ほら早く食えエリモ、もう1時だ。」

  「たこ焼きもうひとつくらい…」

  「今日まだ甘いもんひとつも食べてないだろ。クレープとかパフェとか。」

  「行く~。」

  エリモを急かしてベビーカーに乗せ、少しだけ足早に推し進む。

  イグルーさんとから話を聞きながらする買い物も楽しかったけれど、どこか別の楽しさが、これからある気がしてならなかったから。

  「………青春ですねぇ。軽く食べたら私はマッサージでも受けに行きましょうか…。」

  ______

  ベビーカーを押して、エリモとモールを巡った。

  パンケーキを食べに行ったらフライパンがそのまま皿として出てくることにエリモが驚いて、

  ゲーセンに行ってドライブゲームをして、

  レモネードを飲みながら広場で催し物を見て、

  机に並んだパフェとプリンアラモードをうっとりと眺めて口に入れたら今までで1番ふやけた笑顔を見せて、

  ガチャガチャを回してお揃いのチャームを付けて、

  冷たい鉄板の上で作るロールアイスのパフォーマンスを食い入るように見て…

  …なんだか食ってばかりだったけどおかげでカートを押す足は浮いたように軽く思えた。

  

  通路にあるソファーに腰かけてシュークリームを二人で食べている時、エリモは自分が乗っているのと同じ車のベビーカーに乗って両親と回る3歳くらいのウサギの男の子の顔を眺めていた。

  「……自慢の愛車であの子とレースでもしようって?」

  「ちがうよぉ、もう。」

  「どしたんだよぉ、あんなちっちゃい子眺めて。」

  「う~ん、なんかねぇ~もしかしたら僕もお父さんとお母さんとあんなふうにお買い物してたりしたのかなぁって。」

  エリモは、まだ連れ添って歩く家族をじい、と眺めている。

  そういえば…

  『家族はねぇ~みんなどっか行っちゃって今施設の子たちと暮らしてるんだぁ~』

  「エリモ…」

  「あっ、でもねぇ~、ほんとにちっちゃい頃だったからもう顔もあんまり覚えてなくてぇ、いつのまにか保護施設で暮らしてたんだけど~タコのおばさんとかぁ、腕がいっぱいあってみんなとあそんでくれてぇ……タイマイのおじさんも…ものしりでぇ…」

  呂律の回らなくなってきたエリモが俺の左肩に頭を預けてくる。

  見ると、エリモの目はとろとろと細くなっていて、かなり眠たそうだ。

  体が寝る体勢に入っているのか体温も高くてぽかぽかしている。

  「んふふ…でもねぇ…それでねぇ……友達もねぇ…たくさん………ルーク君と会えてねぇ…だから……ふふふ………ふかふかぁ。」

  体重も完全に預けて、遊び疲れたのかエリモは完全に寝入ってしまった。

  寝顔を見ていると、初めて会った日の保健室を思い出す。

  今改めて見るエリモの寝顔があの時よりもやわらかく見えるのは、俺の思い込みなんだろうか?

  右手を、なんとなくエリモの無防備に開いている手に伸ばす。

  ふわふわとしてやわらかい毛が俺の毛に絡んで、くすぐったくて、あたたかい。

  エリモの手の甲を少し撫でていると、無意識なのかあの日のようにエリモが俺の手を握る。

  エリモは俺と出会えてよかったと言ってくれたんだろう。

  それがとても嬉しいと同時に、エリモの家族を見るあの目も俺の頭を離れなかった。

  なんだろ、この気持ち。

  あったかいような、切なくて、もっと近くにいてやりたいと思うのは。

  手を握って、エリモの顔を眺めているうちにいつの間にかまぶたが重くなっていた。

  

  ______

  ____

  __

  「ルークさん、エリモさん、お二方。15時ですよ。」

  肩を叩かれて起きると目の前には先程と比べてかなり毛のツヤツヤしたイグルーさんがいた。

  「いやぁ、マッサージを受けていたのですがね。そろそろ入口に行こうかと思ったら、お二人が完全にソファーでぐっすりしているものですから起こした次第ですはい。」

  10分くらいだけど熟睡してたみたいだ。

  エリモは俺の膝を枕にうつ伏せになって寝ているが、手は繋いだままだった。

  イグルーさんはそれを見ても何を言うでもなく、ただニコニコとしている。

  「おい、エリモ起きろ。もう車に戻る時間だ。」

  「うにゃ…うにゃ…あれぇ?ルーク君のズボン。」

  起きても手はがっちりホールドしたままだ。

  「いいからほら、手、放せ。車乗れ。」

  何を言うでもなくニコニコとこちらを見るイグルーさんの表情がなんだかいちばん恥ずかしく感じる。

  最終的に半ば無理やり体を起こしてベビーカーに担ぎこんだ。

  そのままカートを押し出すと同時に、Fineの通知が鳴る。

  _____

  「本当に送っていかなくて大丈夫ですか?」

  イグルーさんが運転手席から顔を覗かせる。

  エリモは駐車場の車に担ぎこんだらまた寝てしまった。

  「はい、なんか家族が今から晩飯食べにショッピングモール来るって言うんで、合流します。今日はありがとうございました。」

  

  「いえいえ礼など。私もいいものが見れましたのでね。」

  

  …さっきの手を繋いでる時のことだろうか?

  「いや別に俺とエリモはそういうのじゃあ…」

  「最初、エリモさんをカートに乗せた時、水を渡してくれていましたよね。環境の変化で水に触れていないと不安を感じる我々海洋で暮らす者たちのことを考えてのことですね?」

  「…はい、そのまぁ、エリモとは、最初色々あったんで。」

  「文化や、隔たりの話をルークさんには今日色々したと思います。エリモさんと過ごす中で戸惑うこともあったでしょう。その上で学び、考えての行動を取った。我々にとってこれより嬉しいことはありません。」

  

  イグルーさんが優しい笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる。その姿に胸が熱くなって、不覚にも視界がぼやけそうになる。

  「いや、俺なんて全然…」

  「謙遜する必要はありませんとも。水よりもあなたの手を握り、あなたに体を預けるエリモさんの信頼が、何よりの証明ですので。」

  イグルーさんがスマホをいじると、俺のスマホから通知音。

  「私の電話番号から勝手ながらFine友達追加しておきましたので。もし相談事ありましたらいつでもメッセージお待ちしております。…私に言わせてみれば、ルークさんは大使館や外交官として働くのに向いてると思いますよ~?それでは!」

  イグルーさんが窓を閉め、車が発信させてクラクションを俺に鳴らして駐車場から消えていった。

  地下駐車場は静まり返り、俺とエリモの乗っていたベビーカーが残されている。

  だいぶ軽くなったベビーカーを押して俺はモールの中へ戻っていく。

  大使館、外交官。イグルーさんみたいな仕事かぁ…。

  ショッピングモールに入ると冷気が俺の体を撫でたけど、胸の中に熱さがまだ残っていた。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

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