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セメタリー

  皆様こんにちは。

  ワタクシ、ホシバナモグラのディッキーと申します。42歳です。

  ホシバナモグラって知らない、何それ。という方が大多数《だいたすう》だと思います。ええ。

  画像検索はオススメいたしません。グロテスクなのですよ。ワタクシの顔。見ましたか?ひどく醜《みにく》いでしょう。

  そもそも数が少ないのと、こんな顔にイソギンチャクが付いたまま生きているようなナリですから、普段は人目につかないように生活しています。

  一応、半水棲《はんすいせい》ですので街にもほぼ出ません。

  ワタクシ達獣人の世界にも、もちろん差別はございます。

  例えば、ブタ種の方々と食用に家畜として飼育されている豚はまったく違う生き物なのですが、やはり元ネタでありますので。あとはご想像ください。

  そして再度思い出して頂きたい。ワタクシの顔を。ゲジゲジの様な直接害を与えることは無いですが「不快害虫《ふかいがいちゅう》」。この場合は「不快害獣《ふかいがいじゅう》」ですね。

  そうなると我々は必然的に理不尽な暴力をどの層からも受けるハメになりました。

  他種族同士のコロニーに行った途端《とたん》追い払われるのは当然、通常のモグラ種にすら一緒にされたくないと邪険《じゃけん》にされるのです。

  上位層の種族から住処《すみか》である水辺にコインを投げられ、拾うのを競わせる悪趣味な遊びの的にもなったりもしたそうです。

  そんな差別的待遇《さべつてきたいぐう》に獣連《けもれん》が提案したのは、人里離れた保養地、避暑地《ひしょち》の様なインフラの悪い田舎の水場や花畑で景観を整える仕事を与えてやるから、そこでひっそりと暮らせという事実上のアパルトヘイトでした。

  もちろん納得しかねます。しかし、声を上げようにも数が少ない我々。

  殺されるよりはマシと何も無いペンション地域で個々に割り振られた池や水場で自給自足、ガーデニングをして利用者が来れば水中からは出ない、そんな生活をもう我々は何十年も過ごしているのです。

  

  

  ワタクシの担当する所は少し特殊でして、街中にある墓地です。

  しかし、この墓地というのが非常に豪奢《ごうしゃ》な作りでして、蓮《はす》の花が浮かぶ池に鑑賞魚《かんしょうぎょ》が泳ぐ水路に人工の滝といったいわゆる富裕層《ふゆうそう》向けの共同墓地なのであります。

  そんなVIPセメタリーになぜ私なんかが?理由は単純。ワタクシ、これでも結構資格を多く持っているのですよ。

  ガーデニング、庭師、左官《さかん》などなど。景観だけでなくロータリーの補修といった施設管理までできちゃうのです。

  ホシバナモグラは社会とあまり関わりませんが、その分暇ですので。自分磨きの時間だけはたっぷりとあるのです。

  上位層のところなんかで働いて酷い扱いを受けるのではないか、とお考えかもしれませんが時代も進んで価値観も変わりました。

  ここまでステージが上の人はもはや私のことなど気にもとめません。

  墓場なんてそうそう誰か来るところでもありませんしね。

  広い敷地《しきち》ですので目につかないところに移るのも容易です。その分1人で管理するのは少し大変でもありますが。

  先程、墓場には獣人はめったに来ないということを言いましたが、ワタクシの管轄《かんかつ》するところには奇数日に必ず参りに来る方がいらっしゃいます。

  50代ほどでしょうか。細身の、と言うよりは酷《ひど》く痩せたライオンです。背も小さくて、雄であることは間違いないのですがその体つきは遠目から見れば女性と変わりません。

  特殊なのは遠目に見てわかるほど真っ白な毛並みをしており、脱色とは思えないほど毛の質がやわらかくて、白髪の様な枯れた質でもない。生来《せいらい》のものなのでしょう。

  いつも光沢《こうたく》のある高級スーツに身を包み、首に締めた真っ赤なネクタイがいっそう白を映えさせていました。

  

  この方は1年前からよく来られます。なんだかわざとらしいほど大量の綺麗で、色とりどりの花束を飾り付けては手を合わせて、古い花を持ち帰るというのを繰り返しています。

  墓石の名前を見てみると、どうにも奥様が亡くなられた様子。

  実は、ワタクシはその方が手を合わせている時間をいつも楽しみに待っているのです。

  (なんとも不謹慎《ふきんしん》ですが。)

  

  そう誰かが毎日くるわけでもないのに無駄に豪奢に作られた上品な黒の墓地の中にその白いライオンががいることで最後のピースが埋まって1枚の絵になった、そのように見えます。

  祈りをやめて伏《ふ》し目がちに立ち上がり、墓前に一礼して萎《しな》びた花を持ち、美しくもどこか枯れた男が立ち去っていく。

  ライオンは、言うまでもなくこの世界の上位層に位置します。

  力も強く、鬣《たてがみ》は威厳《いげん》に溢《あふ》れ、同種の中でさえ競争を繰《く》り広げる徹底したトップ教育姿勢。

  ワタクシなどとは比べる程もない“なるべくしてなった”上位層と言えます。

  こんなにも美しい毛並みをお持ちの方なら、きっとどこかの界隈《かいわい》でトップに君臨《くんりん》していることでしょう。

  そんな彼が墓前《ぼぜん》でだけは素直な表情を見せる…といった勝手な想像をしてしまうのです。

  仕事を終えたその日の夜、今私はアダルトビデオサイトで彼のようなライオンが出演している動画を探しています。

  別にいいじゃないですか。ワタクシだって自慰くらいしますよ。

  まぁ、この癖《へき》があるのでワタクシは少ないホシバナモグラコミュニティの中ですら孤立しているのですが。

  ライオン、ミドルエイジ、肉食系、毛深い、色々ジャンルを搾《しぼ》ってはみるのですが、しっくり来ません。

  あの方のような、なんというか、儚《はかな》くて抱きしめたくなるような感傷的《かんしょうてき》に見える方はいないのです。

  (もっとも、アダルトビデオに出演されるような方は健康的でないといけないのでがっしりとしてたりして当然なのですが。)

  小一時間ほど自分のモノを握りしめながら探しはしたもののやはり諦め、素直に想像で致《いた》すことにしました。

  

  どのようなふうにあの方はするのでしょう。ワタクシと比べれば枝と幹《みき》ほどの差がありそうな腕で押さえつけ、牙を覗《のぞ》かせてワタクシに俺のものだと暗に主張して雄々《おお》しく責め立ててくれるのでしょうか。

  それとも、白い毛並みにワタクシを沈めるように優しく抱きしめ、触れ合う内に…

  失敬《しっけい》、想像だけで2回も致してしまいました。まあ、誰に聞かせる話でもないのでいいでしょう。

  

  私のような顔のケダモノがこんな想像をするとはバレてしまえばリンチにあっても不思議ではありません。

  

  それでもワタクシはやめません。街にもコミュニティにも身を寄せられない中で自由なのはワタクシの心の内だけなのですから。

  

  想像でくらい、愛されたっていいじゃないですか。

  _____

  転機は急に訪れました。

  

  いつも通りの奇数日、彼は墓前から離れたかと思うとワタクシが覗き見しているスポットに目を向け真っ直ぐ歩いてきたのです。

  あまりにも唐突すぎたのと、その毛並みがクローズアップしてくることに目を奪われ潜るのが遅れてしまいました。

  彼の死角に回っていたことで安心しきっていたのがまずかったです。そういえば、肉食の方は草食の方と比べて視界が狭い分、後ろの察知《さっち》に優れていると聞きます。

  こんなワタクシがただでさえ上位層なのに美しく白い特別なライオンをいやらしい目で見ていたと知れた日には…

  「もし…いつも私を気にかけてくれているようで。ここの墓地はいつも綺麗ですね、妻が喜びます。」

  こちらが驚くほど落ち着いた優しい声で、語りかけられました。ワタクシと言えば面食《めんく》らってしまいまして。

  「えっ、あの、き、恐縮《きょうしゅく》です…」

  何ともどもった間抜《まぬ》けな返事しかできません。

  罵倒《ばとう》どころか賛辞《さんじ》を頂いてしまいました。ここ20年でこれほど優しく話しかけられたのは初めてです。

  「これからも妻をよろしくお願いします。それでは。」

  頭を下げて、また歩いていってしまいます。

  ワタクシは何も言えずにその場でちゃぷちゃぷと浮かび続けました。

  あの白いライオンと話したのは1分にも満たない時間だったのに、なんでしょうかこの充足感《じゅうそくかん》は。

  胸から沸《わ》きあがる感情を抑《おさ》えられなくてガッツポーズを取り、拳を水面に叩きつけるとばちゃりという音が響き渡りました。

  その日の晩も致そうとしたのですが、何となく、彼のありがとうという声に背くようでなんだか気が引け、初めて真っ直ぐ床《とこ》につきました。

  

  早めに寝ることにしよう。早く次の次の日を待つために。

  それからというもの彼とワタクシは墓地を離れる前の少しだけ話をする仲となり、色々なことがわかりました。

  彼の名前はガレオンと言うそうです。歳は52歳。子のないまま妻に先立たれ、今はひとりで過ごしているのだと。

  ガレオンはこんなワタクシの顔を見てもバカにせずいいじゃないですか、ここにある綺麗な花たちの化身のようで。と奇っ怪《きっかい》な鼻も褒めてくれます。

  

  ガレオンはワタクシに興味を持っているようで、色々なことを聞いてくれます。ここにいる魚はどんな種類なのか、花の種類は、この仕事は何年続けているのか?

  誰にも見向きされてこなかった仕事を事細かに、詳しく話しているとワタクシの目を見て向き合って聞いてくれるガレオン。

  

  日陰と水辺で生きてきたワタクシの人生を肯定してくれているようで、それはとても、とても嬉しい時間でした。

  

  ひとつ気になるのは、ガレオンはワタクシに自分の仕事のことは何も話さないこと。

  

  どんな本を読んだ、あなたの言っていた花を見かけた。そんな他愛《たあい》もない話はしてくれますが彼のことはひとつも分からない。

  

  まぁ、ここの墓地は富裕層向けなのだからそれを考慮《こうりょ》すればおいそれと言えないこともあるのでしょう。不満はありません。

  ただ、ある日ワタクシはどうしても何か言葉で普段過ごす時間へのお返しをしたくて、彼のことを褒めようと思いました。

  

  なるべく、彼自身からは離れたところで。

  「ところでガレオンさん、いつも綺麗な同じスーツを着ていらっしゃいますね。とてもお似合いだと思います。どこで買われているのですか?」

  特にスーツを買おうというわけではないのですが、なんとなく聞いてみました。すると、

  「…ありがとうございます。…できればこんなもの着たくはないのですがね。」

  「…え?」

  いつも着ている物が嫌だとは、どういう意味なのでしょう?

  いや、それよりもガレオンの顔が明らかに曇《くも》ってしまった___どうしよう、なんて謝ったら…

  

  ワタクシが言葉を必死に探しているのを見たガレオンが、ハッとした顔をして、

  「いえ、申し訳ない!ディッキーさんは何も悪くないのです!これは私に問題があることでして…失礼、今日の所は帰らせていただきます。また、お話してくださいね。」

  

  優しく取り繕《つくろ》ってくれたかと思うと、ガレオンはさっさと歩き去ってしまった。どうやら、地雷を踏んでしまったみたいだ。

  ううう、よりにもよってどうしてワタクシは…

  

  いや、きっとバチが当たってしまったのだ。こんなワタクシに歩み寄ってくれたのは彼だったのに、あろう事か近づこうとしてしまった。

  

  モグラは、太陽の光を見てはいけないのに。

  

  ともかく、不愉快にさせてしまった非礼は詫《わ》びなければならない。

  

  大丈夫、きっとここにガレオンが奇数日に墓参りに来るのは習慣なのだから、明後日にもチャンスは来る。

  もう余計なことは聞かないで、本当に他愛《たあい》のない話だけをすればいいのです。

  

  …なに、仕事をしていればすぐにも明後日だ。ちゃんと迎えられるように、いっそう綺麗にしなければ!

  

  翌日ワタクシはくまなく水草を摘《つ》み、花には栄養剤。魚達も追い立てて水路の中で均等な距離に泳がせ、見栄えも良くしました。

  

  それでも何をやっても何をやっても満足がいかなくて、就業時間を過ぎてもワタクシは墓地を見回りました。

  終わりの見えない、果てしなく長い奇数日までの時間。それでも次の日はやって来ました。

  準備は完璧です。もはや今日は仕事をする必要もありません。ただガレオンを待つのみです。

  待ちました。

  朝、ガレオンは来ませんでした。

  待ちました。

  

  昼も、夕方もガレオンは姿を見せません。

  夜、墓地を閉めるギリギリになってもガレオンは来ません。

  時計がてっぺんを指した時、諦めて、帰りました。

  さすがにまだ来ないかもしれません。

  私はとかく待ちました。

  待ちました。

  翌日の偶数日も、その次の奇数日も、待ちました。

  その次も、次も、1週間、1ヶ月たっても、ガレオンは来ませんでした。

  

  ____

  3ヶ月経ちました。

  もう涙は涸れました。良いのです。ワタクシなんかにとって、あれほど満たされた時間はありませんでしたので。

  

  ワタクシ、太陽は直接見れませんがあの日々は確かに太陽よりも燦燦《さんさん》と輝いて胸の内にあります。

  1人ではありません。ガレオンが褒めてくれた花も、魚もあります。想い出に浸りながらあと20年…

  ぶっ。

  ポストを見て吹き出してしまいます。

  

  感傷気味に独りごちていたところ、信じられないものが来ていました。手紙です。ガレオンです。

  いかにも上等そうな、蜜蝋《みつろう》?でしょうか?封がしてあります。

  はやる気持ちを抑えて、万が一にも無様《ぶざま》な破き方をせぬようみりみりと丁寧に封を開きます。

  中には上等な紙にしたためられた彼からのメッセージがありました。

  ___

  《拝啓》 親愛なる友人ディッキー

  お元気でしょうか?ガレオンです。

  あの日はあんな風に別れてしまったのに、3ヶ月も姿を見せなかったことで胸を騒がせてしまったのでは無いでしょうか。

  だとしたら誠に申し訳ありません。直接謝るべきところも、手紙でこんなに時間の空いたあとになってしまったこと、ご容赦ください。

  実はあまり人には話せない私の抱えていたことが、諸々片付きました。全て、説明いたします。私のことを。

  30日、そちらへ伺います。私の都合ばかりで申し訳ないですが、どうか、あの日のこと謝らせてください。

  《ガレオン》

  ___

  ガレオン、ガレオン。良かった。

  涸れたと思った涙が、また零《こぼ》れて来ました。手紙を持つ手がぶるぶる震えて、あれだけ丁寧に扱おうと思っていた手紙も濡らしてしまいました。

  ワタクシのバカ。

  泣いている暇なんかない。30日は明後日じゃないですか。

  もう一度、あの日をやり直すためにまた準備をしないといけません。

  藻をさらい、花に栄養剤、魚を追い立て、多めに餌をやります。景観が綺麗になるほど、ワタクシの心も蘇《よみがえ》るのを感じます。

  墓地なのにこんなに綺麗でいいのでしょうか?

  いいんです。だって、墓地はまだ生きている人達のための物じゃないですか。

  ____

  奇数日、これまでとは打って変わって穏《おだ》やかな気持ちでガレオンを待っていると、遠くで車の停車する音が聞こえました。きっと、ガレオンです。

  ほら、足音が近づいて入口前階段を上がってくると徐々に白い鬣《たてがみ》、そしてスーツがぁぁ??

  ガレオンが着ているのは、なんといいますか、非常にサイケデリックな柄のアロハシャツ。短パンサンダル。

  

  あれは、ガレオンでしょうか?鬣は白いですが…痩せておりますが…

  近づいてくるにつれやはりあの赤い瞳がそう確信させるのですがワタクシ、正直困惑しております。

  

  「久しぶりですね。ディッキー。あの日は申し訳ありませんでした。心からお詫びします。………やはり似合いませんか?」

  

  「いえ…良くお似合いなのですが…その…なにが?」

  「はい、説明させてください。私のことを、全て。」

  

  ガレオンが話してくれたのは、自分が突然変異で色素《しきそ》の抜けた状態で生まれてしまったこと。

  両親は昔から不仲で、本当は俺の子ではないんじゃないかと言い争いも耐えず、少年時代は周囲から奇異《きい》の目で見られ、馴染《なじ》めなかったこと。

  

  ワタクシ、世間に疎《うと》くて分からなかったのですが、彼が12の頃、“アルビノブーム”が起こったそうです。

  

  白い肌、色素を持つ獣人はメディアの「美しい」、「希少」という形で喧伝《けんでん》され、程《ほど》なくして彼は親から子役として出されることになります。

  

  その中でもライオンであった彼は世間ウケもよく、

  モデル、CM、ドラマ、映画、舞台に駆《か》り出されて獅子《しし》のブランドを高めるにあたりました。

  醜い私からすればなんとも羨ましいと言いかけた時です。

  

  「私はね、名前で呼ばれたことがないのです。ガレオンなんて、どこか無骨《ぶこつ》な響きでしょう?名前は公表せず白に相応《ふさわ》しい美しい芸名を、ということで私はね、“シルリア”と呼ばれ続けていました。」

  

  ガレオンがネット端末を見せて、当時の写真を見せました。そこには、当時14歳の、明らかに同年代のライオンと比べれば小さな体つきをしたメイクを施《ほどこ》されている少女と呼んでも差し支えない“シルリア”がいました。

  

  「私は、そうですね、もてはやされていました。美しい、ライオンとは思えないと。」

  自慢話を話しているようなのに、ガレオンの口調が、怒る獅子のように遠慮のないものに変わっていきます。

  

  「ですが、その言葉になんの意味があるでしょうか?ライオンとして生まれた私が、ライオンとは“思えない”なんて。食事は制限を受け、自分よりはるかに大きな、雄々《おお》しく振る舞うライオンの同胞《どうほう》に礼儀正しく頭を下げる私。そこにどんな誇《ほこ》りがあるでしょうか。…自分より何十歳も上の女性に部屋に呼ばれて…私の小さい体じゃ…それで…」

  「ガレオン…」

  ワタクシは羨ましい、などと言いかけた自分の愚《おろ》かさを呪いました。

  ワタクシも、長く1人でした。気持ち悪いと迫害《はくがい》され、ゲイだと馬鹿にされて生きてました。

  ですが、少なくともワタクシは“ディッキー”でした。親も、役人も、私をそう呼びます。

  彼は、じきに親からもシルリアと呼ばれるようになり、ついにガレオンは消え、世間には偶像《ぐうぞう》だけが残ったのです。

  

  ガレオンは、いなかったのです。どこにも。

  

  「アルビノブームが終わって、遺伝子の病気だということが世に伝わり始めた時、私もメディアに出ることは減りました。やっと、普通に過ごせるのだと思っていました。…18の頃に、とある社長令嬢に見染められるまでは…」

  

  ガレオンが、墓石に目をやります。

  

  「同胞が経営するホールディングスの方でした。私と同じ歳で、彼女は私をガレオンとは呼んでくれましたが、本当に見ていたのはシルリアでした。そして、私が性行為ができなくなっていると知った途端《とたん》、醒《さ》めていくのもわかりました。」

  

  怒り疲れたのか、うなだれたまま、ポツリとまた話し始めます。

  

  「さすがに離婚は世間体《せけんてい》が悪かったのでしょう。彼女も、子を授《さず》かれない体でした。2人の家はあっても、彼女が帰る日はほとんどありませんでした。私も、家に帰らず会社の顔、“元”シルリアとしてまた頭を下げる日に戻ったのです。…そして、1年と半年ほど前に別の男と心中《しんじゅう》でこの世を去りました。」

  「…それが、ガレオンの今まで…」

  「はい。そして、ディッキー、貴方にもまだ謝らなければならない事があります。」

  

  「ワタクシに…?」

  「彼女が亡くなったことはスキャンダルになりました。だから、私はここに来たのです。墓前《ぼぜん》で騒ぐ者はいませんし、ここは関係者しか入れません。カメラも入口までしか来れませんので。…私は1人になれればどこでも良かった。」

  ガレオンが、隣に座る私の手を取る。

  「本当は、気づいていたのです。私を後ろで眺めるディッキーのこと。ただあの時の私は臆病《おくびょう》で、卑怯で、眠る人々のために真摯《しんし》に働く貴方を、あろうことか金を握らされたスパイだと。」

  ガレオンは、ワタクシに顔を見せません。ただ、震えていました。

  「あの1年間、私は妻に冥福《めいふく》を祈ったことなど1度もありません。ただ、背中越しの貴方に心中で“ざまあみろ、シルリアが見れて満足だろう。”と呟《つぶや》いていただけでした。」

  ワタクシの手にはいつの間にかガレオンの大きな雫がかかっていて、筋を作って落ちていきます。

  「ほんとうに、ごめんなさい。貴方だけが、私のことを心からガレオンと呼んでくれた唯一優しいモグラなのに。ともだちだったのに…。私にはそんな資格がなかった…。」

  手紙を読んだワタクシの比ではないくらいにガレオンは震えていて、啜《すす》り上げていました。

  ワタクシは、ガレオンの小さな体を抱きしめました。やわらかくて白い毛が、ワタクシの体に沈んでいきます。

  「ガレオン、ガレオン。辛かったでしょう。スーツをもう着なくていいんですね。あなたの事を愛しています。嫌いになんかなりません。」

  ううう、とガレオンが唸《うな》りを上げていました。少女のような美しさはそこになく、ただ一人の痩せた男が堪《こら》え切れずに涙を流す姿がありました。

  ガレオンは、ワタクシの名前を呼び続けます。

  ディッキー、ごめんなさい。ごめんなさい…。

  「あなたもまた、嫌われ者のヒゲハナモグラを、名前で、ディッキーと呼んだのです。ワタクシも、ガレオンも、孤独には疲れたではありませんか。よければ、改めてもう一度私と友達になってくれないでしょうか?」

  誰かと関わっていないと、大人になることは難しいのかもしれません。

  ガレオンはワタクシよりも10歳も離れているのに、私の胸の中で身を寄せて泣きじゃくっています。まるで、初めて泣いた子供のように。

  心の中で多弁《たべん》を振る舞うワタクシもこんな歳になってやっと、自分の口で友達になってくださいと言えました。

  頷くガレオンが泣き、ワタクシも泣いていました。

  墓地は依然《いぜん》として静かで、水の音と、花の香り。

  

  小さな、小さなワタクシたちだけの世界がそこにありました。

  ………

  …………

  …………………

  結論から言うと、ワタクシはクビになりました。

  解雇理由《かいこりゆう》は”顧客《こきゃく》に多大なる不快な思い”をさせたから。

  

  元々富裕層の墓地にホシハナモグラなんているのは誰もが反対でしたが、ワタクシが人より多くの資格を持っていたことと、ポリティカル・コレクトネスの観点で仕方なく雇《やと》っていただけとも言えますので今回は都合が良かったのでしょう。

  私の住処は豪奢な水場から避暑地の小さな荒れ果てたペンションに移りました。

  「…やはり小さいものですねえ。以前と比べると。」

  「そう言わないでくださいディッキー。ここが我々の終《つい》の住処です。都《みやこ》に作りかえてやりましょう。」

  元職場に“苦情”を入れ、ワタクシをクビにした張本人が楽しそうに呟きます。

  「とはいえガレオン、ノウハウを持っているのはワタクシだけですので、ほとんど手入れをするのはワタクシだけになるのでは?」

  「まあ、ディッキーは私に雇われた住み込みの社員ですからね。バリバリ働いてくださいね!」

  「しかし、あれだけ働かせたガレオンに対して手切れ金がこんな田舎の築50年ペンションだけとは…」

  「なるだけ、誰も通らないようなところが良かったのです。確かに少し古くはありますが、オジサンの我々にはちょうど良いでしょう?」

  「オジサンはガレオンだけです。」

  「なんですと!」

  ガレオンと笑って、43歳と53歳からの新生活が始まります。

  お前はゲイなのに友達のままなのかですって?

  いいじゃないですか。友達のまま、2人暮らししたって。

  

  付き合ってなくても、互いに愛してるんですから。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

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