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子供の頃、お盆に田舎のじいちゃんの家へ泊まりに行くと決まって夜は蚊帳の中で布団を敷いて寝ており、俺はそれを何よりの楽しみにしていた。
当時も携帯ゲーム機全盛期ではあったし俺だって持ってたけれど、現代の小学生だって秘密基地に憧れを抱いてダンボールハウスを作るくらいの活発さは持っているし“自分のためだけの空間”というのはいつだって男の子心をくすぐる。
蚊帳を張り小さな自分だけの世界を作ってお菓子や好きな物を持ち込みそれを弄り回しながら白い網目を介し別世界のような風景を見るというのがまた面白くて、昼時も布団は畳んでも蚊帳だけは頑として畳まずに俺が部屋の広い面積を占有するもんだから、『ジャマやがねぇ~』と家事で忙しいばあちゃんを困らせたもんだ。
たっぷり遊んで、たっぷり寝て。
朝には虫の音と野鳥避けの空砲が脳を呼び覚まし、瑞々しい空気が喉を通り抜ける感覚とともに目を覚ます。
青々とした夜露をたっぷり吸って湿った鼻を撫でると、いつもより冷たく感じるような気がした。
いつものように薄目のまま手探りでスマホを取らないあたりで、“あ、夢だこれ”と気付く。
じいちゃんは死んだもんな。
背の小さい当時の俺は布団から出て蚊帳を抜け、朝日に照らされた庭を見ながらテレビの音へ吸い寄せられるように食卓へと辿り着き、正座していただきますと手を合わせる。
「響、おはよぉ。」
「おはよ。」
新聞をいつも4つ折りにして読むクセがあったじいちゃんと挨拶を交わす。
蚊帳の中から見てる訳でもないのにじいちゃんの顔は白くぼやけていてハッキリせず、顔があるんだかないんだかよく分からない感じだ。
最初に見た時は引いたけど存外美味しかったスイカの漬物を小皿にたっぷりとよそっていると、ばあちゃんがドカドカと忙しそうに歩く割には目敏くそれを見つけて、
「響、スイカ食いすぎやがね。お腹下すがよ。」
などと注意してくる。
顔は見えないけど笑ってるのが分かるじいちゃんが俺を見ながら
「美味いもんなぁ?」
と悪ガキみたいな口調で庇ってくれた。
障子を開け放って外との壁を外し、朝の涼しい空気を全身で受けながら食べるじいちゃんちのご飯は米粒と米粒の間にまで瑞々しさが入り込んでるみたいで、いつもより何倍も美味しく感じたのだった。
じいちゃんが味噌汁を米にかけ、漬物を口に放り込みずるずるとかきこむ。
俺と2、3回言葉を交わすとさっさと自分の皿を片付けて畑を見に行くのがいつものじいちゃんの仕草だった。
すかさずばあちゃんが
「行儀悪い食べ方響に見せちゃあかんがね。」
と釘を刺してまたドカドカと歩きながらどこかへ消えていく。
じいちゃんは肩をすくめると俺の方を見て
「美味いもんなぁ?」
そう言った。
……………………………
………………………
……………
………
…汁かけ…知るかけ…?シリカゲル…シリ、シル、カゲル…オグル?
「オグルマ、小車。どうした。大丈夫か。小車。」
肩をとんとんと叩かれて目を覚ますと目の前にいたのは背の曲がったじいちゃんでもばあちゃんでもなく、俺より背の高い同居人だった。
心配のような、焦ったような顔で俺を見つめている。
「…仕事は?」
「終わって帰ってきたんだよ、そんで帰ってきたらいつもあるのに飯がねぇから…いやそれはいいんだけど一応起こそうと思ったらお前寝ながら泣いてっから。」
「…泣いてる?」
目元を拭うと確かに濡れていて、それどころか枕元には水溜まりみたいに涙の跡が広がっていた。
「…なんかあったん?」
…原因は分かりきっていたが夢の内容を事細かに話すのも恥ずかしいしこいつの心配に対してあまりにも肩透かしすぎるから話そうか一瞬悩み、やはりやめにした。
「んにゃ、ちょいとノスタルジックな夢を見たみたいだわ、寝坊して悪ぃ。」
「なんだそりゃ」
悲しいわけでもなく、涙は止まっていたしむしろ泣いたせいか妙にスッキリした気持ちになっていた。
エアコンが吐き出すひんやりした空気と窓の外から聞こえるセミのじいじい鳴く声が俺の胸の底を刺激したのかもしれない。
「夏だな。」
「は?…まぁ夏だろうよ。」
ひとり納得する俺を勦介がピンと来ない顔で見つめながらタバコを咥えてぴこぴこと動かした。
しばらく無言で見つめ合い、言葉は少ないけどやや真剣に心配の表情を見せる同居人の姿をなんとも可愛らしく思って少し笑いを漏らしてしまう。
「…悩みとかあんなら聞くけど。」
「んにゃんにゃ、ちょいと死んだじいちゃんの夢を見ただけだからホントに気にしなくていい、それよか飯作るわ。疲れてんのに悪ぃな。」
「まぁお前がなんともないならいいけど…」
部屋を出ようとしつつも後方確認で俺の顔を再度見つめ、釈然としない顔を浮かべる勦介。
俺もベッドから起き上がって彼の後へ続いた。
「それよか飯が出ねぇから起こしに来るってなんか亭主関白っぽいな。」
「俺の腹を膨らますのはお前の担当だろぉ?」
「わりわり。謹んで旦那様の朝餉を用意させていただきます。」
「3歩後ろ歩く女みたいなこと言ってないで早く飯作れ。」
「やっぱ亭主関白じゃねぇか。」
お湯を沸かして白だしに味の素、昆布出汁を入れて混ぜたあと、溶いた卵と水溶き片栗粉を手早く入れてネギも刻んで入れ、冷や飯にかけた。
たくあんにベビーチーズを乗せ韓国海苔を巻いたものも出す。
窓を開け放ち、日光と夏の熱気を部屋に招き入れながら2人で汁かけ飯をかき込んだ。
「漬物とチーズめっちゃ合うな。」
「な!この前居酒屋で食ったヤツ真似したんだけど正解だったわ。」
「…もうそろそろ窓閉めていい?」
日が照りつけ、ジリジリと肌を焼く感覚にセミの音が拍車をかける。
ただ、今日の俺はそれが心地よかった。
「飯食い終わるまではこのままにしといて。…勦介、スイカの漬物って食ったことある?」
「なんじゃそれ。スイカはスイカが美味いだろ」
「いやいやこれがうめぇのよ。今度作ってやっからさ…」
「いやいやいやスイカはスイカでいいって…」
「いやいやいやいや…」
朝日に照らされた食卓は白い湯気がよく目立つ。
スイカの漬物、美味いよなぁ?じいちゃん。
湯気が笑うように揺れた気がした。
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