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「……うん、忘れ物はないわね!じゃあそろそろ──」
「やぁ、ハンナ!」
ある日のプチ=モナ村。
その外れにある学校──と言っても、戦争で壊れた校舎の代わりに空き小屋を改築しただけの簡素なものだが──で授業を終え、帰り支度をしているハンナに、マルトが話し掛けた。
「あら、マルト!あなたも今から帰るの?」
「そうだよ。ハンナは?」
「わたしも今から帰るところなの。ねぇ、良かったら一緒に帰らない?」
「もちろんさ!」
そんな、いつもの会話を交わしながら、2人はそれぞれの荷物をまとめると、学校を出る。
外に出ると、日はまだ少し高かったが、つい少し前に秋分を迎えている以上──じきに日は沈むだろう。
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「──それにしても、タラニスに乗って戦ったあの日から、もう半年も経つなんて……あの時の事がまだ、昨日の事のように思い出せるわ……」
「長い様で短い様な、けれど凄まじい戦いだったもんね……僕もまだ、未だに思い出すよ」
マルトは自身の手を見つめ、ぎゅっと握りこぶしを作るとなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。
その様子を見て、ハンナはマルトの顔をのぞき込むようにしながら微笑んだ。
「でも、ガスコにもこの村にも、こうして平和が取り戻せて──本当に良かったわ。ありがとう、マルト」
「いや、僕だけじゃないさ。メイにカイル、ボロンやハック。他にも、タラニスのメンバーやガスコ軍の人達も。沢山の人が頑張ってくれたから、この平和があるんだ──もちろん君もね、ハンナ」
「ええ、そうね──でもわたしはやっぱり、あの日村の皆を助けようと前を走ってくれた、あなたにお礼が言いたいわ、マルト」
「そんな、照れ臭いよ」
そう言いながら笑う二人の間に、ふと秋の風が吹く。
一足先に冬の寒さをほんの少し連れてきたそれに、2人は軽く身震いする。
「ん……ちょっと冷えてきたね。もう少しで冬になるのか……」
「ええ……わたしもそろそろ、押し入れにしまってた冬物の服、洗濯しておこうかしら」
「あ、なら僕もマスカット中尉から貰ったあの軍用ジャケット、せっかくだし着てみようかな?」
「あら、あのジャケットね!マルトならきっと似合うと思うわ」
「あはは……でも、僕は何処にでもいる普通のヒツウシ飼いだから、あのジャケットは少し背伸びしすぎてるような気もするんだけどね……」
「大丈夫よ!それに、たまにはビシッとした格好をするのもお兄ちゃんらしくて、メイちゃんは喜ぶんじゃないかしら?」
半年前、ガスコを救った英雄──その代表として選ばれたマルトが、勲章などを断る代わりに、せめてもの形として授与された、軍用ジャケット。
そのジャケットを着ることにやや気後れするマルトを、ハンナはにこやかに励ました。
「まぁ、ハンナがそこまで言うならそうかもしれないね。じゃあ明日からはあれを着てこようかな」
「ええ!わたしも楽しみにしてるわね、マルト!」
そう言いながら談笑していると、それぞれの家路への分かれ道に差し掛かる。
そこには、マルトを待っていたのかどこかそわそわしながら佇むイヌヒトの少女──マルトの妹のメイが居た。
「あ!おにいちゃん!それにハンナおねえちゃん!」
メイは2人の姿を見つけると、ぱっと顔を明るくしながら駆け寄った。
「あらメイちゃん!こんにちは!」
「メイ!わざわざ待っていてくれたのか?」
「うんっ!」
「じいじとばあばは良いって?」
「うんっ!じいじもばあばも、ここまでならきていいって!」
「そうか。わざわざ迎えに来てくれてありがとうな、メイ」
マルトがそう言って、メイの前に片膝を着いて頭を撫でると、メイはえへへ、と笑いながらそれを受け入れる。
その2人の様子を、ハンナは微笑ましそうに見つめた。
「ふふ、2人は本当に仲が良くて素敵ね♪」
「ああ。……なんなら、ハンナの頭も撫でようか?」
「えっ!?」
「ハハ、冗談だよ」
そう言って、からかう様に笑うマルトにハンナはぷくーっと頬を膨らませる。
「もうっ……!一瞬本気なのかとびっくりしちゃったじゃない」
「そう怒らないでよ。な、メイ?」
そう聞かれたメイは、キョトンとしながら首を傾げる。
「ハンナおねえちゃん、おにいちゃんにあたまよしよししてほしいの?」
「え!?う、ううん!違うのよメイちゃん、そういうんじゃなくって……」
「ちがうの?ならメイ、おおきくなったら、おにいちゃんのかわりにいっぱいハンナおねえちゃんをよしよししてあげるね!」
メイに尋ねられ、やや慌てた様に答えるハンナ。
そんなハンナに、メイが無邪気に笑いそう伝えると、ハンナは一瞬ぽかんとした表情を見せた後、ふふっ、と笑った。
「えぇ、そうね。じゃあわたし、その時が来るのを楽しみに待ってるわね、メイちゃん」
「うんっ!」
天真爛漫な笑顔で答えるメイの頭を、ハンナは膝を着いて目線を合わせ、そっと撫でる。
メイは、撫でられる感触にえへへ、とハンナに笑いかけると、ハンナもその笑顔に釣られて、ふふ、と笑った。
「さぁ、そろそろ帰ろう、メイ?」
マルトがそう帰りを促すと、メイはうんっ!と元気よく返事をしながら、差し出されたマルトの手を握った。
「じゃあまたね、ハンナ。また明日」
「ばいばい!ハンナおねえちゃん!」
「えぇ、またね。2人とも」
そう言って、マルトとメイが仲睦まじそうに帰る背中を少しだけ見送ったあと、ハンナは踵を返し、家へと歩き出す。
ハンナの背後から夕日が地平を照らし、ガスコの大陸へとゆっくり沈みかけていく──そんな時だった。
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「こんにちは、お嬢さん」
「えっ?」
不意に背後から呼び止められたハンナが再び振り返ると、そこにはハンナはおろか、マルトよりもはるかに背の高い、フードを被った青年が、夕日の中でコートを靡かせながら立っていた。
「えっ?……あなたは──村の方?じゃないですよね……?」
突然現れた青年に、ハンナはやや警戒の色を見せる。
その様子を見て、青年はハッとしたようなリアクションを取ると、一瞬だけ顔を俯かせる。
「……そうだね。初めまして、だよね」
「え……?」
青年は小さくそう呟くと、両手で被っていたフードを、ゆっくりと取り払った。
「ふぅ──」
青年が息を吐くのと同時に、夕陽の中で陰になっていた青年の姿が徐々に露になっていく。
白く、艶やかな毛並みに、所々がやや浮く様に跳ねている、翠がかったショートヘア。
イヌヒトだと判断出来る、少し高い鼻と口元に、翡翠を湛えた翠色の瞳。
白い体毛に混じりそうで交わらず、旅人にしては清潔感のある白シャツと、その胸で一際輝く、水の雫のような形をした水色のペンダントに、それらを引き立たせる様な濃紺のジーパン。
その上から、それらを引き締めるかのように黒く、それでいてやや破けた裾が目を引くフード付きの袖無しコートに、自ら手を加えたのであろう、どんな地面でも踏破出来そうな、ガッチリとしつつもどこかスマートさを兼ね備えた長ブーツ。
そして何よりも──服の下から盛り上がり、今にもはち切れそうになっているシャツのボタンと、丸太のように太く、全てをなぎ倒せそうな程の両腕。
そして同じく丸太のように太く大腿筋からヒラメ筋にかけてパンパンに張った筋肉。
それ以外にも、どこか普通とは違う雰囲気を纏うその青年は、じっ、とハンナを見つめると、
「あのさ……」
と口を開く。
一体何なのだろう。そう思いハンナがいつでも逃げられるように構えると──
「えっと……今からどこか、この近くに泊まれる場所ってないかな……?」
と、それまで全ての印象を覆す程の、やや困った様な笑みを浮かべ、ハンナに問い掛けた。
「……え?」
突然の質問にハンナがキョトンとしていると、青年は身振り手振りを混じえながら話し出す。
「や、えっと……僕、今日ここにやっとの想いで辿り着いてさ?それで……あれ?その前に旅人だって言ったっけ?言ってないよね多分……えっと、あれ?何から伝えるんだったっけ……!?」
と青年は口元に手を当てながら言い淀みつつ、何故か翠色の体毛が混じったしっぽをぶんぶん振る。
「……っと、思い出した!えっと、僕は旅人で、今日この村に着いたんだけど、この村宿が見つからなくって──っていうかさっきからなんかフサフサした音が……ってわわ!?尻尾、僕振りすぎだって……!?」
「……ふっ、ふふっ」
「?」
「ふふふっ……なんだか、面白い方なんですね」
「えっ!?あっ、いや……その、僕は……あはは……」
青年が一人で自身につっこみ、中々治まらない自身の尻尾を抑えようと慌てる姿に、ハンナは思わず笑い声を漏らす。
その様子に、今度は青年がキョトンとすると、ハンナはその様子に再び笑い──青年も、それに釣られて照れくさそうにしながら、笑った。
そうして互いに少し笑いあった後、ハンナは少し息を整えると──柔和な笑みを浮かべ、その青年の顔を見上げるようにして言った。
「確か……泊まるところを、探してらっしゃるんでしたよね?」
「えっ?あ……はい」
「なら……わたしの家に来ませんか?丁度、わたしの父が出稼ぎにファラオへと出ていて、部屋が一つ余っていますし……家はもちろん、村の方でも男手が足りないみたいで」
「はい…………えッ!?良いのかい!?」
ハンナからの突然の受け入れに、青年は目を丸くして驚くと──ぱっと表情を輝かせる。
「ええ。もちろん、貴方が良ければですけれど……如何です?」
その問い掛けに、青年は力強く頷きながらハンナの両手を包む様に優しく握る。
「きゃ…っ!?」
「もっちろん!泊めてもらえる上に、タダ飯喰らいじゃなくて済むなら、こっちとしても願ったり叶ったりだよ!」
そう言って、青年は抑えていたはずの尻尾を先程以上にブンブンと振り──やがてハンナの両手に触れていた事に気付き、その手を離した。
「ご、ごめん!ちょっと感極まっちゃって……!」
「いえ、良いんですよ。でも……ふふふっ」
「?どうしたの?」
「いえ、なんだか……よくわからないですけど、安心しちゃって」
「安心?」
「ええ。あなたのこと、少し怖い人かと思っちゃってましたから……けど」
「……けど?」
そこまで言うと、ハンナは一瞬間を置いて口を開いた。
「あなたとわたしは、今日初めて会ったはずなのに、とても落ち着くって言うか……なんだか、随分昔から一緒に居たような気がするんです。不思議ですよね、お互い名前も知らないのに……」
「……そうだね。僕も同じ気持ちだ」
そう言って、二人はどこか懐かしむ様に見つめあったあと──ふと思い出した様に、ハンナは問い掛けた。
「って、そういえばまだわたし達、お互いにお名前を言ってませんでしたね。わたしの名前はハンナ。あなたのお名前は? 」
「ハンナさん、か。僕の名前は──」
そう尋ねられた青年は、一瞬だけ間を置いたあと──二人の間に風が吹くのに合わせて、どこか思い出す様ににこやかに答えた。
「──ウインド。僕の名前は、ウインド」
そう言って、青年──ウインドは、ハンナへと手を差し伸ばす。
「よろしくね、ハンナさん」
そうして差し伸ばされた大きな手を、ハンナは微笑みながら握り返した。
「ええ、よろしくね、ウインドさん!」
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