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この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などには、一切関係ありません。
[newpage]
「コラァーッ!!ジンッ!!危ねぇだろうがッ!!!」
「ーーッ…!!てぇなァ!?何すんだよオヤジ!!」
シェットランドに立ち並ぶ三つの工場。そのうちの一つである第一工場内で、周囲の装置の稼働音や作業音よりも一際大きな怒号と、負けじと張られる怒声が工場内に響き渡る。
怒号の主は、ダックスフンドという犬種故に小柄ではあるが、盛り上がった筋肉が一筋縄では行かない人物である事を物語る、大人のイヌヒト。
それに対して吠えているのは、ジン、と呼ばれた同じくダックスフンドの男の子であった。
ジンは拳骨を喰らったであろう頭頂部の痛みを涙目で堪えながら、拳骨の持ち主である男…自身の父親へと声を張る。
だが、それに負けじと─いや、それ以上の剣幕で、ジンの父は更に大きな声を張り上げる。
「何すんだもせんだもあるかァ!!お前!触った事無ぇ機械に触るんじゃねぇとあれほど言ってるだろうが!!!安全第一って毎日毎日、散々っぱら言ってるだろうが!!聞いてねぇのか!!?」
「もちろん聞いてるさ!だがな、こう見えてオレはこいつの動かし方なんざ、もう1000回は下らねぇ程見てんだよ!!俺だってここの工場の一員なんだ!少しは俺に手伝わせてくれよ!!」
「だったら10000回、いや10万回は見ろ!!その上で、身の程をきちんと弁えたら触らせてやる!!!」
「うるせぇ!手伝わせろ!!」
「ダメだ!!」
「手伝う!!!」
「ダメだ!!!」
「まーたやってるよジンの奴…こりねぇなぁ」
「気持ちは立派だが、まだ歳は11なんだろ?危ねぇ所の話じゃねぇよ」
「だな。まぁ機械修理なんかはちょっとは出来るようになったみてぇだが…まだまだだ」
ゴチンッ!!!
「あーあ、まーた喰らってるよ親方の拳骨…痛ぇんだよなぁアレ」
「まぁ、親方なりの愛のムチ、って奴だ。アレが無きゃ今頃、自分がどんな身体になってたか分かったもんじゃねぇ」
「"安全第一"って言葉は耳にタコが出来ちまうくれぇ聞いたが、いざ実践するとなると忘れちまいそうになるからな」
「まぁ、まだ随分ガキなんだ。色々分からなくて当然だよ」
「おい!お前らも駄弁ってねぇで働け!」
「やっべ!?すみません工場長っ!!」
[newpage]
「…ったく、親父の奴2回もゲンコ喰らわせやがって…!イツツ…」
工場外の物陰に座り、ジンは2つのたんこぶが出来た頭頂部を氷嚢で冷やしながら呟くと、腰に巻いていたベルト状の工具入れを外し、ジッと見つめる。
「…アダム、エドガー、ポール&エミール…早くお前達を活躍させてやりてぇのに…」
[newpage]
─1年前─
「おーい!ジン!今日誕生日だろ!大したもんじゃねぇが…ほら!プレゼントだ!」
そういうと、ジンの父は懐からベルト式の工具入れと、卸したてなのであろう、照明の光が反射して輝く工具をジンへと見せた。
「プレゼント!?うわぁ!ありがとう親父!!…ってこれ、工具一式に工具入れじゃねぇか!?良いのか、オレが持っても…!?」
「あぁ!お前もそろそろ10歳だろ?なら工具くらい扱える様にならねぇとな!?」
「うおぉ…!すげぇすげぇ!ピッカピカの新品…!俺だけの工具…!!」
「おっと、そいつはただの工具じゃねぇ、ちゃあんと名前があるんだ」
「名前?えっと…これがハンマーだろ?それでこっちが…」
「あぁ~そうじゃねぇ…!こいつは…このハンマーはな?"アダム"ってんだ」
「アダム?」
「そう、でこっちがレンチのエドガー、そして+-ドライバーのポール&エミールだ」
「エドガー、ポール、エミール…って、なんでみんな人の名前なんだよ?」
「フフフ…それはだな?」
「あぁ、それは?」
ジンの父はしたり顔で勿体つけながら、口を開く。
「工具はみんな、一生モンの相棒や親友になるからさ」
「相棒に、親友…?」
「あぁ。どんな物でも、どんな機械でも愛情を込めて大切に手入れしながら使ってやれば、何年も何十年も、ヘタすりゃ何百年だって使うことが出来る。それはこいつらにも言える事だ。」
「コイツらにも…でも、それがなんで、人の名前になんだよ?」
「馬鹿野郎おめェ、何年も何十年も苦楽を共にするんだぞ?大変な作業も難しい調整も、コイツらと一緒にな」
そう言うと、ジンの父はそっとジンに工具を手渡す。
「……。…コイツらと、一緒に…」
ジンは、父親から手渡された工具達を見つめながら呟く。
「あぁ。そしてそんだけ居たらもう、コイツらはお前の相棒であり親友だろ?そうなったら、コイツらはただのハンマーやレンチじゃねぇ。ジン、お前の大切な仲間になるんだ。例えば─」
ジンの父は、手渡した工具達を指差しながら言った後、ジンに工場の作業員たちを見る様に顎で指す。
「あそこで働いてる奴等を、お前、イヌヒトさんとかネコヒトさん、だなんて呼ぶか?」
「よ、呼ぶ訳ないだろ!?みんな仲間だし、名前もちゃんとあって─!」
「そういう事だ」
ジンの父はニッ、と微笑みながら続ける。
「アイツらに名前がある様に、コイツらにもそういう名前がある。仲間なんだから当然だ。
最初は名前を呼ぶ事を恥ずかしいと思うかもしれないが、仕事をしていく内にそれを失礼に感じてきて、名前で呼びたくなってくる。なんてったって、お前の努力も汗も、全部コイツらは傍で見て、支えてくれるんだからな」
「…俺の全部を、ずっと傍で…」
「あぁ─とはいえ工具だ。壊れる時もある。そん時は─」
「…いや」
ジンは、工具達をそれぞれの工具入れポケットに仕舞いながら、口を開く。
「オレは、コイツらを絶対に壊しはしねぇよ」
ジンは、工具達に強く頷く。
「大切に手入れしながら、真剣にコイツらと向き合う。何年も、何十年も、何百年も!だから…」
ジンは、工具入れに入れた工具たちを頭上に掲げながら言う。
「…よろしくな!アダム、エドガー、ポール&エミール!!」
その声に応えるように、工具達は天井の照明を受けて、キラキラと輝いた。
[newpage]
─現在─
「─そうだな、焦る事はねぇ。この先もお前らとは長い付き合いになるんだ。それに比べたら今なんて、短い時間だもんな」
ジンは工具入れにしまったままの工具達を胸に抱きしめた後、すっかり氷の解けた氷嚢を取り払い立ち上がる。
「─さて!行くかみんな!まずは100万回見てでも、絶対覚えてやるッ!」
ジンは工具入れを着けた後、腕をぐるぐると回しながら、父の居る工場内へと向かった。
[newpage]
「ん…なんだ?」
ジンが工場内の事務所横を通り過ぎようとすると、何やら話し声が聞こえてきていた。
ジンはいつもの商談の話かと思ったが、その声のトーンがいつもより重苦しいのを感じる。
「親父…?」
ジンはバレない様に身を屈めつつ、閉め切られておらずに少し開いた扉に身を寄せ、そっと中を覗く。
するとそこには、重い表情で机の書類に目を通すジンの父と…その向かいに小銃を携えたベルマン兵2人に挟まれるように座り、不遜な態度でジンの父を見つめる、女将校が居た。
『─という事だ。分かって貰えたか?』
『話は分かりました…ですがこのお話─お断りさせてもらいます』
その言葉に、女将校の眉がピクリ、と動く。
『…断るだと?』
その圧をさらりと受け流すように、ジンの父はトントン、と机で揃えまとめた書類を女将校へと差し返す。
『えぇ。いくら金を積まれようとも、これでも私らは技術屋の端くれ─培ってきた技術を戦争に─ましてや命を奪う物に使う事など、断じて出来ません』
その言葉に、女将校は更に眉を顰める。
『では、そちらは我々─ベルマン帝国に協力するつもりは毛頭無いと?』
『そういう事になりますな』
ジンの父はそんな態度にも怯まず、真正面から女将校を見据える。
絶対に譲らない─そんな強い意志を感じる目だった。
『…なるほど、そういう事なら我々にも考えがある』
女将校は苛立たしげに立ち上がると、部屋を出ようとする。
(やべッ…こっちに来るッ!)
ジンは事務所の扉から素早く離れると、入口横の角で様子を伺う。
『ほう、何をなさるおつもりで?軍人さん』
『さてな?これ以上話す義理はない』
兵士が、女将校が動くよりもいち早く事務所の扉を開くと、女将校は小さく鼻で嗤いながら扉を潜ろうとし─さも今思い出したかの様に振り返る。
『ところで貴様は先程、我が軍の機密情報に目を通したな?』
『なッ─それはあなた達が自ら─!?』
『どんな形であれ、軍部の情報は全て国家レベルの最重要機密事項だ…今後の処遇を楽しみにしておくんだな』
女将校は苛立たしげな態度を崩さぬままジンの父を鋭く睨み付けると、そのまま事務所を出ていった。
「…クソッ!ベルマンめ…!!」
「…親父?」
女将校達が見えなくなったのを確認し、ジンの父が机を力強く殴りつけながら憎々しげに呟くと、ジンは不安気な表情で声を掛けながら、事務所へと足を踏み入れた。
「…あぁ、ジン…見ていたのか?」
「あぁ…つっても、途中からだったから何が何だか…」
「そうか…なら良い」
ジンの父はこめかみを抑えて小さく溜息を吐くと、出入り口で立ったままのジンへと歩み寄り、力強く抱き締める。
「な…何すんだよ親父!?恥ずかしいって─」
「すまんな、ジン…」
「な、なんで謝るんだよ…いつもは謝らない癖に…ヘンだぞ親父…」
「…あぁ、確かにそうかもな」
「……親父……」
ジンは初めは父親を押しのけようとしたが、それに何やら不穏なものを感じ、父からの抱擁を黙って受け入れる。
「…なぁ、さっきのって軍人だろ?何があったんだ?」
「お前は知らなくていい…いや、知ってはダメだ」
「何でだよ…オレだって知る権利が─」
「ダメだ!!」
ジンが突然の大声にビクリ、と肩を跳ねさせると、ジンの父はより強く抱き締める。
「あぁ、あぁ…すまない…お前は何も…」
「…分かった。もうこれ以上は聞かねぇよ」
「あぁ…すまん…すまんな、ジン…」
ジンの父はそう言うと、ジンを抱擁から解放しながら背を向け、やや肩を震わせながら、いつもより更に大きな声で言い放つ。
「…さて、ジン!外の掃除をしてこい!」
「は!?なんでいきなり─」
そう言いかけて、ジンは父の肩がやや震えている事に気が付く。
「聞こえん!返事はハイだけだ!返事は!?」
「…」
「返事は!!?」
時々、鼻水を啜るような音が聞こえつつも、ジンは聞こえないふりをしながら、小さく頷く。
「…分かった、親父…」
「よし!じゃあとっとと行けッ!それと今日オレは泊まりだ!掃除が終わったら今日は上がれ!留守番は任せたぞ!!」
「…ああ」
ジンは、嗚咽と共に肩を震わせる父を背に、工場の外へと向かっていった。
「親父…」
ジンは裏口を使い工場から出ると、工場を振り返りながら呟いた。
「…大丈夫だよな?親父は…みんなは、強いもんな?」
誰に問いかけるでもなく、ジンは拳を強く握り締めると工場に背を向けて歩き出す。
(何があったかは知らない。けど…)
「オレは、オレに出来ることを─」
その目は、戸惑いや疑念を孕みながらも、懸命に意志を宿しながら輝いていた。
[newpage]
「─っと、大体こんなもんだろ」
自宅へと戻ったジンは、詰め込めるだけの食糧や着替えをバッグに詰め込むと額の汗を拭った。
「親父の分も詰め込んだし、これで大丈夫…なハズ」
正直どうすれば良いのか、これが本当に合っているかも分からなかったが、ジンはとりあえず自分を納得させる。
「あとは、これで何事も無けりゃ良いんだが…」
そう思いながらジンが時計に目をやると、既に21時を回っていた。
(いつもなら泊まりでも一度帰ってきて、飯をかっ喰らって行くのに─)
ふと、外が騒がしい事に気付いたジンは耳をそば立てる。
いくつもの機械の駆動音。そして時々、重く大地を揺らす轟音。
だが、工場から離れた場所で聞こえるにしては、あまりにも大きい。
(まさか─!!?)
ハッとしたジンが、外に飛び出して工場の方面を見ると。
「─ウソだろ、親父ッ!!!」
夜の闇夜を照らすように、赤い光が輝いていた。
[newpage]
闇夜の中、足を必死に動かしながらジンは走っていた。
息が切れ切れになりながらも、心の臓が破けて血が出そうになるような気持ちになりながらも、ジンは走る。
(間に合え、間に合え…!間に合ってくれ─!!)
「ハアッ…!!ハアッ…!!ッ…!クッ…!ハアッ…!!!」
足を進める度に、ガチャガチャと工具入れの中の工具が音を立て、ジンの身体を打つ。
まるでそれが急げ、まだ間に合う、と伝えてくれているか様な感覚を覚えながら、ジンは更に足の回転数を上げていく。
やがて、初めはなかったはずの戦車特有の履帯の跡が増え、木々も何もかもがなぎ倒されていく光景が広がっていくのと同時に、ツンと鼻を刺す煙や火薬の匂いが、辺り一面に拡がっていく。
それでも、ジンは足を止めずに走る。
「ハアッ!!ハアッ!!ハアッ…!!!」
─そして。
「ァッ…!!ハアッ…!!ハアッ…!!!お…親父…!!みんな─」
やっと工場のある場所に辿り着いたジンは、膝に手を付き、肩で息をしながら呟く。
そうして顔を上げた先には─
「あぁ…あぁああっ…!!!??」
そこは一面、火の海だった。
かつて工場があった場所は瓦礫が覆い被さる様に散乱し、更にそこかしこから炎と黒煙が立ち上り、空を照らす月を黒く、赤く染めていく。
その中をまるで我が物顔で蹂躙する戦車が炎を破り歩を進める度、瓦礫が踏み壊れる音と共に悲鳴の様な音と、バキバキ、とまるで骨が砕ける様な音が響き、悲鳴の様な音が止まる。
戦車が砲撃を繰り出す度、かつてそこで汗を流し過ごした工場の壁が崩落し、再び火の手が上がる。
ジンがかつて過ごした場所は、どこにも無かった。
「なんだよ、これ…なんだよこれッ!!!」
ジンはその場へ崩れ落ちながら、地面を殴り付ける。
「クソッ…!畜生ッ…!!畜生ッ…!!!」
死んだ。みんな死んでしまった。
親父も、みんなも。
そう思う度に、自分になにか出来たのでは無いかという無力感に苛まれ、ジンは再び地面を殴り付ける。
その度に、工具達がガチャリと音を立てて揺れ…
ふと、自分の見た光景に違和感を感じ、ジンは黒煙と炎の奥へと目を凝らす。
「…壊れてない…!?」
そこでジンは気付く。
壊されていたのは第一工場─ならば第二、第三工場にみんなは避難しているかもしれない。
(もしかしたら、親父もそこに─)
ジンはよろよろと立ち上がると、戦車に見つからないように再び走り出した。
(居る…居るはずだ!居てくれ!!頼む!!!)
「ハアッ…!!ハアッ…!ハアッ…!」
[newpage]
第一工場から第二、第三工場へはそう遠くは無い。
やはり破壊されているのは第一工場のみなのか、思いの外早く辿り着いたジンは辺りに戦車やベルマン兵がほとんど居ないのを確認すると、掠れた声で叫ぶ。
「親父…─!みん、な……─!」
しかしその声も、第一工場の崩落する轟音に掻き消されてしまい、届かない。
ジンが再び諦め掛け、膝を地面に付ける…と。
「俺の工場に…これ以上手出しするんじゃねぇッ!!」
「…ッ!親父…!!?」
「ん?なんだお前は!…うわあッ!?」
偵察の為に第一工場から分かれたのか、一台の戦車が観測手を伴いながら近づくのに合わせて、男性─ジンの父が側面から素早く戦車にかけ登ると、観測手との取っ組み合いを始め出し─観測手はおろか、内部の兵士まであっという間に引きずり出して投げ飛ばし、戦車を制圧する。
「す、すげぇ…おーい!親父ーッ!!」
「!?ジンッ!来るんじゃねぇ!!お前は逃げ─」
と言いかけたその時。
突如、遠くから大地を揺るがすような轟音と共に砲弾が発射され。
戦車が、丁度ジンの父が居た場所を抉るように着弾し、中破した。
「えっ…うわッ!?」
掠める様な爆風がジンの身体を吹き飛ばし、ジンは地面を転がる。
瞬間的に身体中が痛みを訴えるが、ジンは懸命に身を起こし─
目の前の、あまりにも突然の出来事に、ジンは言葉を失う。
「…親父?」
呼び掛けても、返事は無い。
先程までジンの父がいた場所は一瞬にして爆炎に包まれた後、ただもうもうと炎と黒煙が上がるのみであった。
「…親父、いるんだろ親父!?返事しろよ!!」
ジンは目尻に涙を溜め、叫び立ち上がりながら戦車に駆け寄る。
しかし、やはり駆け寄ってもそこに姿はなく、代わりにある匂いがジンの鼻を刺激した。
「……ッ!そんな…」
肉だった。肉が焼け焦げるような匂い。
そして、近付くにつれて強くなっていく、鉄錆のような匂い。
血の、匂いだった。
「……そんな……」
ジンは、まるで魂が抜けた様にへなへなとへたり込む。
「………」
ジンが、がくり、と力なく項垂れると同時に、拡声器の音が響き渡る。
『全部隊、攻撃止めーッ!』
(…この声)
声の方向へジンがゆっくりと顔を上げると、先程の戦車を挟んだ少し奥側に、黒煙から一際大きな戦車が姿を現す。
恐らく、アレが親玉なのだろう。
『先刻の我が砲撃により、ベルマンに仇なすゴミは全て焼却した!よって、只今の時刻をもって、本作戦を終了する!』
その戦車の艦橋。そこに拡声器の主はいた。
『この工場は本作戦終了と共に接収!我がベルマン帝国の、兵器開発の場として占領する!全軍ッ!行動開始ィ!!』
(…間違いねぇ…この声…!)
拡声器を下ろし、艦橋から眼下を見つめる女将校─フラムは、周囲を一瞥すると身を翻し艦内に戻っていく。
「ま…て…親父を…」
ジンは震える手を、必死にその戦車へと伸ばし─
「か、え…せ………」
糸が切れた人形の様に、フッと力が抜け─
─そのまま、意識を閉ざした。
[newpage]
「……!…ン…!」
(………?)
「…ン!…きろジン…!」
(…なんだ…?誰かに呼ばれてる…?)
白く閉ざされた意識の中、何者かに呼ばれた様な気がしたジンは、ゆっくりと目を開く。
「ジン─起きろジン─!」
(この声…おやじ…?)
ジンは、ゆっくりと目を開きながらその顔を見る。
そこには、吹き飛ばされたはずのジンの父が、必死な顔でジンの顔を覗き込みながら声を張り上げていた。
「ジン!よかった、無事だったか!!」
「お、やじ…いきて…?」
「当たり前だ!この俺がそう簡単に死ぬか!」
「ハ、ハハ…よかった…流石親父だ…」
「おいッ!寝るな!まだ終わってねぇんだよ!!立てジンッ!」
安堵からか、再び目を閉ざしそうになるジンの身体をジンの父は必死に揺すり起こして立ち上がらせる。
「ッ…」
「よし…!大丈夫か?まだ走れるか!?」
「あぁ…どうって事ねぇよ、これくらい…」
「そうか…ならジン、よく聞け」
ジンの父はジンの両肩を掴みながら、真っ直ぐな目でジンを見つめる。
「俺は今から、避難場所に居ない工員を探さねぇといけねぇ。だからジン、お前はここを離れるんだ」
「探すって…親父!でもまだ…!」
「ガタガタ抜かすな!それから…帰ったら説教だ!勝手に家から出た事のな!」
「親父…!」
「そしてもう1つ!…帰ったら、美味いもん腹一杯食うぞ!」
「なんだよそれ…遺言みてぇな事言ってんじゃ─!」
「馬鹿野郎!生きて帰る為の伝言だ!縁起でもねぇこと抜かすな!」
そう言うと、ジンの父はジンの額を軽く小突く。
「いッ!…てェ…?」
「約束のゲンコだ!ちゃんと覚えとけよ!」
いつも通りの力強さ─だったが、どこか当たった様な気がせず、ジンは反射的に声を上げながらも戸惑う。
「待て…!待てよ親父…!?」
ジンが小突かれた頭頂部を抑えると、いつの間にかジンの父は第一工場へと駆けて行く。
「待て…!待てよ親父!待ってくれ!!」
ジンは、前を走る父に手を伸ばしながら走る─が、その足は前に進むこと無く、どんどんと引き離されていく。
「親父!行くなよ親父!親父が居なかったら、オレは─!」
「ジン!お前は強い子だ!そして俺も強い!心配すんな!!」
「親父!親父ィーッ!!」
いくら走っても、いくら足掻いても。
その足が、父に届くことは無く─
[newpage]
「親父ッ!!」
「気が付いたか」
ジンが叫びながら身を起こすと─そこは森の中だった。
そしてジンの目覚めに合わせ、目深にフードを被った黒い外套の男が、焚き火に枯れ木をくべながらジンへと話し掛ける。
「!?誰だッ!」
その声に反応して、ジンが身を翻して距離を取る─と、
「っ!?グッ…!!」
身体中に痛みが奔り、ジンが自身の身体を見ると、身体中のあちこちに包帯が巻かれているのに気が付く。
「無理しない方がいい。直撃では無かったとはいえ、砲弾を間近で喰らったんだ。軽い火傷に加えて、そこかしこを怪我している…安静にする事だ」
「砲弾…」
そう言われ、ジンの頭の中に映像がフラッシュバックする。
工場や工員を守るべく、戦車に立ち向かった父親。
そして直撃を喰らい、爆炎の中へ消え─
「そうだ…親父!親父は!みんなは!?工場は!!?」
「いくつか生き残りがいるのは知っている。だが、その中にお前の父親は居なかった」
「…なんでそんなこと分かるんだよ」
「見ていたからだ。ずっとな」
「見てた、ってッ…!!?」
その言葉に、ジンは激昂し吠える。
「ふざけんなテメェ!!じゃあアレか!テメェはヒトが死ぬのを黙って見ながら嘲笑ってたってことか!!?」
「それはその通りだが、俺は嘲笑いなどはしてない」
「んなこたぁどうだっていいッ!!テメェが!見てたんなら、皆を…親父を逃がすことも出来たはずだ!!なのにテメェは!!」
痛みを堪えながら、ジンは男に飛びかかる。
だが痛みで足がもつれ、ジンはその場に倒れ伏してしまう。
「うっ、ぐッ…!!」
「…お前の気持ちは分かる。だが、アレはどうしても必要だった─お前の為に」
「ざけんな…ッ!ヒトが死ぬのを黙って見といて、どの口が…!!」
「…そうだな。すまない」
外套の男は、表情こそ伺い知れないものの、少し俯いて肩を落としている─様に見えた。
その様子に、ジンは更なる苛立ちを見せながらも、その場に座り込んだ。
「ッ…もういいッ!」
パチパチ、と焚き火が音を立てるのを聞きながら、2人は何も言わずにジッ…と座る。
すると、ジンの腹の虫が力無く鳴き─
それに合わせて、外套の男は横から何かを取りだし、ドサリ、とジンのそばに置いた。
「…こいつは」
「お前の家から持ってきた。お前のバッグなんだろう?中身には手をつけてない」
「…あんたは?喰わなくて平気なのか?」
「必要ない」
「…じゃあ」
そう言うと、ジンは懐から缶詰を2個取りだし、1つを外套の男に投げる。
「…これは?」
缶詰をキャッチした外套の男が不思議そうに尋ねると、ジンは焚き火を見つめながら口を開く。
「あんたの分だ。どんな形であれ、俺を助けてくれたのはあんたなんだろ?それと─」
そこまで言うとジンは、やや不貞腐れたようにそっぽを向きながら、
「─ケガの治療もしてくれた事への礼だ……ありがとう」
と言うと、缶詰を開けてそのまま食べ始めた。
その言葉に、外套の男は手に取ったままの缶詰をジッ、と眺めると、
「…ありがとう、か」
と小さく呟いた。
[newpage]
翌朝。
惨劇の夜から数時間が経ち、外套の男は火を処理すると、おもむろに立ち上がる。
「もうじき、俺はここを立ち去る。ここに残るかどうするかは、あとはお前が決めるといい」
その言葉に、ジンも立ち上がりながら答える。
「…もう決めてるよ。どうするかなんてな」
「ほう?」
外套の男が興味深げにジンの顔を見やる。
「…復讐だ」
そう呟くジンの目には、かつて父を奪い爆炎に佇んでいたフラムの姿を見据えるかのように、赤黒い意志で染まっていた。
「アイツを殺すんだ。でなきゃオレは親父に顔向け出来ねぇ…コイツらにも」
「…そうか。では…」
そう言いながら、ジンは工具入れに入った工具達を力強く握りしめる。
その様子に、外套の男は小さく溜息を吐くと、親指で後ろを指さす。
「?」
ジンが、外套の男が指差す方を見ると、そこにはジンの父が吹き飛ばされて中破したはずの戦車が佇んでいた。
「!?コイツは…!!」
「昨晩の内にこいつも回収しておいた。起動方法は車内にメモで残してある。…応急処置だが修理もしておいた」
「あんた…」
「それから─」
そう言うと、外套の男はジンへ何かを放り投げる。
それは、昨日ジンが渡した缶詰めだった。
「そいつは餞別代わりだ。俺の口には合わなかったんでな」
そういう割には、缶詰には一切開けた形跡も無く、未開封のままであった。
「合わなかったって…こいつ、食ってすら─」
「じゃあな。武運長久を祈る」
そう言うと、外套の男はズンズンと森の中へと歩みを進めていく。
「あっ…オイ!?」
ジンが思わず呼び止めた時にはもう遅く、その姿は既に森の中へと消えていた。
「…何だったんだあいつ…結局、なんで俺を助けたんだ…?」
ジンは、まるで風のように消えた男に対し首を捻りながら、投げ渡された缶詰を見詰め─
「まぁいい、なんだっていい」
それをバッグに仕舞いながら、戦車へと向き直る。
「…お前の力、貸してもらうぞ」
そう呟き、ジンは戦車へと乗り込むと、
車内に残されたメモ通りに起動手順を踏んでいく。
「…マジの応急処置だから、こいつもそんなに保つ気配はねぇな…」
そう呟きながら、ジンはコンソール周りにあるトグルスイッチを操作していく。
ブゥン、という音がすると共にモニターが表示されると、ジンはエンジン点火ボタンを押下し、戦車を起動する。
「動いた…よし!」
ジンは自身の拳をパンッ、と掌に打ち付けると、バッグから父親のタオルを取り出し、頭に巻き付ける。
(見ていてくれ、親父─)
そう願う様に意志を込め、ジンは操縦桿を強く握り締める。
「待ってろベルマンめ…親父の仇…ぜってぇ取ってやる…!!!」
これは、彼の過去のお話。
彼の始まりであり─そして、起きたかもしれない出来事の、お話。
完
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