Ad
呉の陣営近く、戦の合間の静かな時間。
孫尚香は愛用の輪刃を肩に担ぎ、退屈そうに空を見上げていた。
「はぁ……兄様たちの会議、長すぎ」
その時だった。
背後の空間が、まるで炎が揺らぐように歪む。
「――ねぇ」
軽い、やけに馴れ馴れしい声。
「誰!?」
尚香が振り返ると、そこに立っていたのは――
紫のツインテールを揺らす、見覚えのある顔立ちの美女だった。
「……なによ。あんた」
「あたし? 孫尚香って言うの」
「は?」
思わず声が裏返る。
「ちょっと待ちなさいよ!なんであたしと同じ名前なの!?」
紫髪の尚香は肩をすくめ、楽しそうに笑った。
「あたしはね、あんたをモチーフにして作られたファーランスト。
ま、言ってみれば“別バージョンの尚香”ってやつ?」
「意味わかんないし!ていうか勝手に人の名前使わないで!」
無双の尚香が輪刃を構えた、その瞬間――
紫の尚香が、ぱちんと指を鳴らす。
「ま、口で説明するよりさ。能力、見せてあげる」
「え――?」
次の瞬間、尚香の身体を熱が包んだ。
「な、なにこれ!? 熱っ――!」
足元から炎が噴き上がり、下半身が紅蓮の羽毛に覆われていく。
地を踏みしめていた脚は形を変え、鋭い爪を持つ鳥の脚へと変貌していった。
「ちょっと! あたしの脚が――!」
羽毛は止まらない。
腰、背中、肩へと燃えるように広がり、腕は灰色がかった鳥の脚のような形に変わっていく。
力が――溢れる。
身体が軽い。重い。熱い。
蹴り出せば、地面ごと砕けそうな感覚。
「冗談じゃないわよ……!」
髪は白みを帯びながら伸び、顔に違和感が走る。
口元が前に突き出し、視界の端に短い触覚が揺れた。
変化が止まった時、そこに立っていたのは――
炎と闘志を宿す、ポケモン・バシャーモだった。
「……うわぁ、やっぱ映えるね」
紫の尚香は満足そうに頷き、鏡を差し出す。
「ほら、見てみなよ」
鏡に映ったのは、見知らぬ姿。
だが、立ち姿も、眼差しも――確かに自分だった。
「…………」
数秒の沈黙。
「ちょっとぉぉぉ!!!!!」
怒号が戦場に響き渡る。
「なによこれ!! ふざけてんじゃないわよ!!
今すぐ元に戻しなさい!!」
バシャーモとなった尚香が地面を蹴る。
爆ぜるような音と共に、一瞬で距離を詰める。
「わっ、こわ! さすが尚香!」
紫の尚香は笑いながら宙に跳び、軽やかに距離を取った。
「でもさ――その力、嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いに決まってるでしょ!!」
叫びながらも、尚香は気づいていた。
この身体は、戦うために出来ている。
迷いがあれば、炎が揺らぐ。
――選べ、と言われている気がした。
「覚悟、決まったらまた呼んでよ」
紫の尚香はそう言い残し、炎の揺らぎと共に姿を消す。
「待ちなさい!!」
尚香の叫びは空を切った。
残されたのは、燃える闘志と、制御しきれない力。
「……絶対、元に戻してやるから」
そう呟き、尚香は拳を握りしめた。
Ad