命の恩人は触手でした

  肺が潰れたかのような息苦しさと激痛で、少年は目覚めた。

  遅れて手の平がじんじんと痛みはじめ、地面と接している部分が熱を持ったように痛み始

  めた。木の葉の擦れる音がくぐもって聞こえ、遠くで人の声のような音が微かに聞こえた気

  がした。

  「そうか、ぼく・・・・・・」

  登山学習中、自分は足を滑らせて谷底まで転がり落ちてしまったのだ。

  「・・・・・・・・・・・・い、たぃ・・・・・・」

  痛さのあまり、泣くことすらままならなかった。息を吸うのも苦しかった。痛みに気取られ

  ないよう、ゆっくり呼吸を始めた。早くここから帰りたい。家に帰りたい。痛い。お風呂に

  入りたい。痛い。怖い。彼の頭の中はそれだけでいっぱいになっていた。

  「だれ、か・・・・・・た、すけ・・・・・・て」

  誰に言うでもなく、そう願った。どこからともなく、何か重い物を引きずるような、うねる音が聞こえた。蛇だと思った。けれども、死ぬかもしれない恐怖と眠気に、抵抗はできなかった。ぬらぬらと粘り気を纏った滑らかな群れが迫ってきていた。

  「────ぁ」

  半開きになっていた口に、群れの一匹が口元に滑り込んできた。

  「んぅ・・・・・・」

  口の中に、1匹入り込んで行った。かすかに残っていた息が漏れた。苦しさはとうに感じられず、喉を滑りおり、胃の中に蛇が入っていくのを感じたところで、少年は意識を手放した。

  「────丈──か?」

  瞼の裏が明るい。喉がちりちり痛む。誰だろうか。

  「──丈夫──ですか?」

  「大丈夫ですか!?」

  大人の声が聞こえた。あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。体の痛みがほとんど感じられない。森の木々の匂いがさっきよりも鮮明に感じる。

  「あれ、僕・・・・・・」

  「怪我人、麦川伊吹くん、発見しました!意識もあります!」

  「よかった・・・・・・麦川君が無事で・・・・・・!」

  登山学習についてきていたおじさんも、担任の先生も、目に涙を浮かべていた。伊吹は、救助隊のお兄さんに抱き抱えられ、短歌に乗せられた。助かった安堵感に、救急車に載せられる頃にはすっかり眠ってしまった。

  病院で目覚めた頃には、両親が抱きしめてくれた。眠っていた間に経過観察されていたらしく、山中で足を滑らせてかなりの距離を滑り落ちたものの、擦り傷程度で命に別状はないらしかった。アニメやニュースでよく聞いた「命に別条はない」と言う言葉を、まさか自分言われるなんて思いもしなかった。

  「無事で何よりよ・・・・・・本当に運が良かったわね」

  「あのね、お母さん・・・・・・」

  意識を失う前に何かを見た気がしたが、あまりに朧げで、伊吹は言葉に詰まった。

  「どうしたの、伊吹?」

  「どこか、痛むのか?」

  「ううん、なんでもないよ。お腹空いちゃった」

  「・・・・・・そうか。そうか。腹減ったよな」

  「お弁当食べる前だったものね。早く美味しいもの食べたいわよね」

  伊吹は転げ落ちてから何も食べていなかったことを思い出した。

  転落事故から数年、伊吹の体は小学校高学年を境に変化を始めた。食べる量は増えてないものの、体に丸みを帯び始めた。女性さながらに。心配になった両親が病院に連れて行ったものの、レントゲンや血液検査を通しても原因は分からずじまいだった。

  中学に上がる頃になると、胸の膨らみは顕著になり、ブラジャーをつけ始めた。原因不明の成長に、初めは戸惑っていたものの、おっぱいの触り心地に、思わずドキドキしてしまっている自分がいた。同性の生徒たちから向けられる視線も、数週間で気にならなくなってしまった。

  多感な思春期に、「同性に胸の大きい人がいる。それも同じクラス、学年に」と気にならずにはいられない男子は後を絶たなかった。

  放課後、伊吹は空き教室の片隅で「ジュース3本奢るからちょっと揉ませてくれないか・・・・・・?」見ず知らずの生徒に頼まれた。上履きの色で同い年だと察した。

  「ジュース3本ですか・・・・・・じゃあ、初めてですし、300円でどうでしょう?ジュース2本でも構いませんが」

  お願いに対してジュース一本という不文律の交換レートにおいて、ジュース2本、3本の世界はかなり大きな取引にように感じられた。伊吹も、無理矢理でも無く、初めてのことに内心ドキドキを隠せなかった。伊吹も思春期真っ盛りの男の子なのだ。

  伊吹は制服を脱ぎ、中の体操服を露わにした。やや厚みのある体操服越しにも分かる胸の膨らみに、少年の心臓ははち切れんばかりだった。

  「見てるだけでいいの?僕は全然いいけれど」

  伊吹の、男とは思えない柔らかく中性的な声に、少年の鼓膜は鼓動と秒針の音をやけに大きく拾っていた。幼い頃に「危ないから触ってはいけないよ」と刷り込まれていたものを触るかのように、恐る恐る伊吹の胸に手を伸ばした。さふっ、と体操服とブラ越しに感じる丸みに、少年の興奮は一気に頂点に達した。とうとう触った。触ってしまった。触れた。その達成感と柔らかさに、少年の心は満たされていた。少年は興奮の息を気取られないよう、ゆっくりと吐きながら伊吹の胸を堪能した。その手つきは辿々しかったが、伊吹が初めて味わう興奮を刺激するには十分だった。

  「ねぇ・・・・・・初めて触った感想はどうかな?」

  「すごく・・・・・・柔らかい」

  「体操服とブラつけてて分かりにくいんじゃない?」

  「そっ、そんなこと、ないよ・・・・・・思った以上にすっごく大きいね」

  「思った以上に、なんだ・・・・・・もしかして、体育の時間とかにこっそり見てた?」

  「・・・・・・っ」どうやら図星だったらしい。

  「別に怒ってないし、気にしなくていいよ。大きなおっぱいだったから見ちゃったんだもんね?」

  伊吹が胸を持ち上げながら呟く。実際、数名の男子からの視線を感じてはいた。見慣れないものが近くにあれば自然と視線が向いてしまうのは本能だろう。立場が逆なだけで、自分もそういう目をしてしまうかもしれないのだから。

  「ごっ、ごめん・・・・・・」

  「だから気にしなくていいよ。立場が逆だったら、絶対見ないって断言はできないし」

  「じゃあ、今度はブラ外して体操服越しに触ってみる?」

  「いっ、いいいいやいやいや・・・・・・い、いい。そ、そこまでしなくて」

  初めて同性の胸を触るという大きすぎる刺激に対して、更にもう一段大きな刺激は彼にとってキャパオーバーだったらしい。

  「ごめんごめん。刺激が強すぎたよね」

  帰宅を促す校内放送が聞こえた。もうじき、戸締り確認のために先生が来るかもしれない。伊吹は自分の机の上に腰掛けると、両手を大きく広げて、彼を抱きしめた。

  少し汗っぽい匂いに、独特な男の子の匂い。誰かを胸の内に沈めるのも、これが初めてだった。鼻息と思しき息遣いが谷間に染み込んでいくのを感じる。伊吹は何分か経ったところで彼の肩を叩いて、離してもらった。

  「それじゃあ、これでおしまい。さ、一緒に帰ろ?ジュースも奢ってもらわなきゃね」

  伊吹はそそくさと制服を着直して、鞄を担いだ。少年もはっとした顔で鞄を取ってきて教室を後にした。

  その日の夜、お風呂場で自分の裸体をふと眺めた。例の事故がきっかけなのか、胸を中心に体つきに丸みを帯びるようになってきた。単なる運動不足なのかもしれないが、この胸の形は女性のそれに近い。

  「初めて触られたな・・・・・・なんだか呆気なかったな」

  伊吹は胸元の匂いを嗅ぎ始めた。あの子の匂いがする。今日、学校でジュース2本を対価に胸を触らせてあげただけの関係だ。それなのに、うなじがぞわぞわと逆立つのを感じた。悪い気はしないが、どうも落ち着かない。まるで、修学旅行を前日に控えた夜のようだった。

  「どうしてこんなにも落ち着かないんだろう・・・・・・まぁ、気にしても仕方ないか」

  伊吹は体の匂いを洗い流すようにいつもより入念に体を洗い、湯船に深く浸かった。

  鈍いお腹の痛みで伊吹は目覚めた。夜中に便意で目が覚めるのは今まで無かったが、我慢できそうに無かったのでトイレに駆け込み、扉に鍵をかけた。寝ぼけた意識でいつもの容量で力むと、背筋がゾクゾクと逆立つ。今まで感じたことのないような気持ちよさが競り上がってくる。いつもの出てくる形とは違う気がする。滑らかな、卵のようなものが、自分の中から滑り落ちてくる。ムクムクと血流が伊吹の逸物に集まってくる。切先からとぷとぷと透き通った蜜が溢れてくる。全身が未知の感覚に震え、何かが溢れてくる。滑り落ちてくるものが穴から顔を覗かせている。

  「はぁっ、んあぁぁっ・・・・・・・・・・・・っ!!」

  ぐぐっ・・・・・・ボチャッ!ボチョッ!

  「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

  ビュッ!ブビュッ!!ビュグウウウウウウッ!!!

  何かが、自分から産み落とされた。ただそれだけが伊吹の頭の中を埋め尽くしていた。伊吹は体をのけぞらせながら、逸物からは黄ばんでゲル状になった精液と思しきものが扉にまでべったり吐き出した。

  「これ、が・・・・・・しゃ、せひ・・・・・・・・・・・・?」

  保健体育の授業で聞いたことのある、子孫を残すための、雄がする生殖行為。けれども伊吹は、一度も逸物に手を伸ばしていなかったし、扱いてもいなかった。それなのに、お腹から何かを排泄しただけで、イッてしまったのだ。こういうのも、生殖行為なのだろうか。

  トイレットペーパーでお尻を拭いて、逸物やお腹、扉や床にべったりと散乱した匂いたつ精液を拭き取り、便器に視線を落とした。それはいつも見ていたそれとは形を大きく異にしていた。卵のような、小さな蛇のような塊が蠢いていた。

  「なに、これ・・・・・・?」

  『お前様の中で育っていたものだよ』

  どこからか声が聞こえた。お父さんとも、お母さんとも違う。聞いたことのない声だった。

  『ここだよここ。お前様の体の中に住まわせてもらっている者だよ』

  「体の、中に・・・・・・?」

  『そう、お前様の体に住まわせてもらって、成長するのを待ってたんだよ』

  数年前、登山学習中に起きた転落事故を思い出した。薄れゆく意識の中で、自分は、蛇のようなものが体の中に入っていくのを最後に意識を失ってしまったのだ。

  「もしかして僕のことを、乗っ取るつもりなの・・・・・・?」

  恐る恐る下腹部に手を当てる。吐き出せない毒のようなものを飲み込んでしまったような恐怖が背中に走った。ものすごく気持ちいことを味わった瞬間、死刑宣告を受けたかのような落差を感じた。

  『乗っ取ろうなんて考えてないさ。ただ、君には手伝ってもらいたいだけさ。あの時落ちて来た時の怪我を治してもらった代わりにね』

  「怪我を、治してもらった・・・・・・」

  『そう。あんな高さから転げ落ちて無事で済むなんて思ってないでしょう?元の身体は乾燥や温度の変化に弱くってねぇ・・・・・・だから乾燥や温度の変化にも対応できる身体を持ったお前様が転げ落ちてきた時、チャンスだと思ったのさ』

  「目的は、何なの・・・・・・?」

  『声にしなくても分かるよ。だって一心同体なんだから。目的は・・・・・・より遠くまで自分の子孫を残していきたいってところかな』

  「遠くまで・・・・・・じゃあ、胸が大きくなって、女の子みたいな体つきになったのはどういうことなの?」

  『お前様の体を介して自分の幼体、子孫を産んでもらうから、そのために・・・・・・な』

  命の恩人は、人ですらなく、自分と一心同体になった触手だなんて思いもしなかった。しかも遠慮なくこんな体にしてしまった。文句の一つでも言いたかったが、助けてくれた恩人(恩蛇?)だ。乗っ取られなかっただけでもマシだろう。

  『それに、気持ちよかっただろ?あんなに気持ち良さそうにビュービューと初物ザーメン吐き出してたろう?』

  「────っ!」

  伊吹は赤面した。初めての吐精もあって、とてつもなく気持ちよかった。

  『定期的にお前様の精子を受精させたのを何匹か産み落としてもらうからな』

  「また・・・・・・」

  またあの快感が味わえると思うと、萎えかけていた伊吹の逸物に再び血流が集まり始めた。

  『お前様と私は一心同体。気持ち良さそうに射精してたのが筒抜けだったぞ?』

  「うぅ・・・・・・」

  自分が初めてイッたところを見られたことに、伊吹は赤面した。

  『そう恥じることはない。繁殖は気持ちいからな。まぁ、今日は挨拶がてらに話しかけただけだから、こっちから話しかけることはしないから安心せい』

  「そ、そっか・・・・・・分かった。助けてくれて、ありがとう。これから、よろしくね」

  こうして、触手との奇妙な共同生活が幕を開けることになった。やがて自分の孔から何本もの触手が飛び出してきて、より自由自在な交尾をすることになるのは、また別の話。