サニーレタス

  Introduction

  命の鼓動が鳴る。不器用にさえ聞こえて、でもそれは寸分の狂いもない。

  もう一度出逢えたなら、今度は楽に生きようか。拾ったような命なら、それもまたひとつの選択肢だ。

  恋には、賞味期限がある。切れる前に与え合えたなら。君よ、何処までも行こうーー。

  1

  空が流れる。足早に雲が過ぎ去る。君と出逢ってから、時の流れが早くなった。刻一刻と、思い出とともに恋の残り香が、アスファルトの上から匂い立つ。

  つい先日のこと、君が倒れた。予感ならあった。ともに暮らしているのだから、それは当然とも云えた。病院に付き添って、そこでステージ4の膵癌だと知って、己の無力さと愚かさとを、今更ながら叩き込まれたのだった。

  残された時間は少なかった。この日も僕は自宅で、リモートワークの傍(かたわ)ら、農作業に精を出す。今はちょうど、サニーレタスを作っていた。他にできることなどない。淡々とした心境。君が居なくなっても、僕の人生はまだ続きそうだから、ここで何もかもを投げ出すわけにもいかない。それは常に、世の理(ことわり)として、今生(こんじょう)を生き抜く僕らを捉えては離さないのだ。僕はそれを、修羅の如くに喩(たと)えてみたりもしている。

  夕方、サニーレタスの新たな苗を植える。夜に吸収させてやりたいので、植えたての折には、水はたっぷりと遣る。こんな時にどうしてか、胸がきゅうっと痛む。関係ない、頑張らなければならない。今時分はいつでも朝の三時に起きて、でき上がったレタスを収穫するのだ。

  寝る前にシャワーを浴びる。ついこの間まで、変わらぬ日常があった。ともに食べ、苗を育て、収穫の季節を慈しみ、絆し合い、愛し合った。でもいつかこんな日が来るのだろうと、覚悟ならしていた。ただそれにつけても、どうしてこんな時にでも、人は欲情する? 今日もあの人は苦しみと向き合い戦っているというのに。己のあまりの浅ましさに嫌気の差した僕は、躰を拭くのもそこそこに、早々と床に就くのだった。

  明くる朝、畑に出ると、立派に育ったサニーレタスが、収穫の時を待っていた。青々とした葉が、瑞々しい生命の息吹を感じさせてくれる。だから、頑張れる。広々とした畑に向かい合っていると、日頃のストレスが少しだけ、軽くなったような気もした。ここは家庭菜園に近い小さな農園で、専業農家ではないので、その点からも気は楽だ。夏場のサニーレタスの育成は、チップバーンの発生に注意が必要だ。陽射しで枯れることもあり、この季節のレタス栽培に、遮光シートは欠かせない。

  収穫と出荷を終えると、朝食の時間だ。鮭の塩焼きと玉子焼き、それに白飯とあおさの味噌汁という簡素なものだ。この家には僕の両親と妹一家が居り、リモートワーク中にも親や妹が畑を耕している。ひとつひとつのルーチンを確実にこなしたい、そんな日々の繰り返し。永遠にとは云わない。あと少しだけ、あの人と一緒に居させてください、そう心から願った。

  その日の昼、リモートワークの合間に、癌の治療法について、ざっくりと当たっていた。免疫療法というワードが目に留まったが、自由診療扱いになるとのことで、一旦は忘れることとした。

  切々と心奥が、苦しくなる。何かが、訴え掛けようとしていた。それを無理矢理に封じ込めて、その場は凌いだ。

  あの人の下の名は、蘭助。彼とは同性婚を済ませており、法的には義理の親子の関係だ。蘭助の実家の父親は京都の老舗旅館の当代であり、母親は女将だった。兄弟は妹がひとり居り、若女将となっている。これは婿を取って居るので、跡が途絶えることはない。

  ぐるぐると思考が巡る。誰かを頼りたい、そんな不束(ふつつか)で不埒(ふらち)な思いが次第に心の中央にどっかりと居座ろうとしているのを確認して、あぁ、僕は馬鹿なんだろうな、それだけを吐き捨てるのだった。

  ひと足早く虫の音が響くその夜、風呂場の窓を開け放して、僕は湯槽に浸かっていた。視界が曇る。それは湯気のせいではない。どうしたらいいかを考えあぐねていて、もう何もかも終わりなのだと、不意にそう思ってしまった。

  盛夏の折、こんなにも愛が傍に在るのに、まだひとりぼっちで、往生している情けない自分が居た。その間にも、最愛の蘭助は、病との戦いで弓折れ矢尽きようとしていたのだった。

  2

  それは、二十年に亘る旅路だった。出逢った頃は、互いにまだ中学生だった。蘭助は同じ学校に通うひとつ歳上の先輩という立場だったので、僕にはその背中は一際大きく見えたものだった。

  知り合った時、蘭助は柔道部の主将だった。その背中を追って僕も柔道の道に進みたかったが、生憎の運動音痴で、そうはならなかった。

  初めて掛けてもらった言葉は、“俺はお前になら膝をつくよ”というもので、それが胸に沁みたのを、よく記憶に残した。蘭助は一本気であり、それからのち、僕は蘭助にはよく愛された。

  通っていた中学は、京都市内に在った。僕は遠縁の家に寄宿し、そこから学校に通っていた。遠雷が響く夏、宵の口まで遊び歩いたのをよく憶えている。

  「ねぇ蘭ちゃん、僕たちちゃんとした大人になれんのかな?」

  「何だ、突然。ま、大丈夫なんじゃねぇか? 死なない限りは、大人は大人のままで居られるわけだしな」

  「そっかぁ。確かに、死んじゃったらそれでお終いだよね」

  「まぁな」

  古式床しい喫茶店のボックスシートで、揃ってメロンソーダを飲みながら、週末の午後、そんな会話をしていた。まだ平和で居られた、そんな折のことだった。

  蘭助は僕を自宅へは誘わなかった。頑なだった。振り返ってみると、それは確かに正しかった。僕は所詮は害虫のようなもの、歓迎されてはいなかったのだ。

  そういえば一度だけ、蘭助が中学三年時の父兄参観の日に、廊下でその母を見掛けたことがある。見ると蘭助と話をしている。

  「こんにちは」

  それだけのつもりだった。会釈でもされるのかと、うっかりそう思っていた。だが現実は違った。

  「まぁ、そんなすかたん。ほんまに、よう云わんわぁ」

  ぐさりと、突き刺さった。意味なら解ったからだ。そこから、僕たちの長い戦いが始まった。

  桜の蕾が視界を埋め尽くす嵐山で、中学卒業のその日に、蘭助から告白が為された。

  「三年、いや四年、待ってくれ! 付き合おう、ともに歩こう。約束な!」

  蘭助は東京の高校へと進学するので、離れ離れになるのだった。それでも何とかなると思えたのは、あどけないだけではない力強さが、その時の笑顔に、確かにこもっていたからだ。

  遠回りの現実、あどけない顔を見て、それでもまだ、ぐるぐると空回り。蘭助との暫しの別れ。一挙一動を目に焼き付けたい。僕は堪らずに叫んだ。

  「また逢えたら、お嫁に行くから、それまで待ってろなー!」

  蘭助は笑った。ケタケタと笑い飛ばしてから、今度ははにかむように。もう逢えないわけじゃないとそう云い聞かせて、その場から逃げ出すように、僕は走った。

  3

  高校で、新たな出会いがあった。モブ助にヤンちゃん。無二の親友となったふたりだ。モブ助は自称ノンバイナリーでくよくよしない性格が取り柄。もう一方のヤンちゃんはADHDで、常日頃よりそのことで悩んでいた。もちろんどちらの名前も、通り名だ。

  「うーす」

  教室に入ると、モブ助が声を掛けてきた。いつものことだ。ヤンちゃんも居る。彼はいつもソワソワと落ち着きがない。

  「ねぇヤンちゃん、宿題ちゃんと遣ってきた?」

  心配して僕が声を掛けると、何と家に鞄ごと忘れたという。ここへ何をしにきたのかも不明な有り様で、あまりのことに僕はズッコケてしまった。結局この日ヤンちゃんは、一限をフケて家に鞄を取りに帰った。一日に一回は、何かをやらかす。そんな個性の持ち主ではあった。

  「モブっち、今日は髪の色黒だね」

  「あー、先公が五月蝿くてなー」

  モブ助は普段髪を赤く染めている。目立つだけに、教員からの受けも宜しくない。それで黒にしたというのだが、いつまで持つやら、それは怪しいものだった。

  二限から、ヤンちゃんが戻ってきた。何と銀色のヅラを被っての登場である。これにはクラス中がどよめいた。彼にしては、珍しいことなのだ。

  「カツラなら、何かあれば外せばいいだけだもんね」

  なるほど、失礼な話ながら、彼にしては気が利いているなと、感心したのだ。

  「ね、来る途中でシュークリーム買ってきたから、ふたりとも一個ずつあげるね」

  ヤンちゃんはこういうところが優しくて、僕は友人として、本当に大好きだったのだ。照れると可愛くて、ドジでおっちょこちょいだけれども、何処か憎めない。少なくともあの頃の僕には、そう見えていた。

  この日、夏休みを利用しての、旅行の計画を立てようとしていた。東京ディズニーリゾートへと、繰り出そうというのだ。お昼休み、トークに花が咲く。

  「何につけても、まずは予算だよなー。お前ら、旅費ひとり十万、出す覚悟ある? 王様気取れるぞ」

  「んんー? そんなにするの?」

  「あー、それなら僕、貧乏旅行でいいや」

  最後のヤンちゃんのひと言が決め手となって、宿泊先は新浦安に決まったのだった。ヤンちゃんのことが心配だった僕は、前日からうちの遠縁の上野の家に泊まりでスタンバイしておこうと提案する。

  「ごめんね、いつも心配ばかり掛けて」

  ふっとはにかんだような笑みが覗いたので、僕はヤンちゃんの前髪を軽く梳(す)いてやった。こうしてこの日も、無事に僕らの穏やかな時間は、過ぎていった。

  サマー・バケイション、当日はよく晴れた。雲ひとつない青空、朝から陽射しは過酷だった。この日、三人で仲良く、開園前早朝からディズニー・シーへと繰り出す。きっかり二時間四十五分待っての入園。折り畳みクッションを持って行って正解だった。腰を痛めずに済んだのだ。そういえば昔、ディズニーランドへは家族で来たことがあった。あの頃とはやはり様相が異なる、そう思った。できてまだそんなには経たない時分のことだったろうか、シーはやはり何処も人でごった返していた。ギョウザドッグひとつ買うのにも、三十分も待たされたのだった。そんなこと、よくあることらしいが。

  「ね、のんびりしない? 長いこと待つの、僕苦手なんだよね」

  ヤンちゃんの申し出。尤もだと思った。ここで三人して、カフェでドリンクを飲みながら、一服。それから、空いているアトラクションに乗るというのを、繰り返した。二階建ての回転木馬にも、二度も乗ったっけ。子ども向けのコースターにも乗った。コースターは、意外と馬鹿にならない印象で、面食らったのを憶えている。

  夕方の十七時に早めに夕食を摂り終えると、散策をしながら、ナイトタイムエンターテイメントのショーの場所取りをする。ヤンちゃんはこの日は、体調が良かったようで、やはり運は持っていた。一日中晴れ渡っていたこともあって、頭痛もしなかったらしい。ヤンちゃん、気圧の変化にはデリケートなようなのだ。

  夜、閉園時間を待って退園、ホテルへと向かう。ヤンちゃんがソワソワと落ち着きがない。京葉線でひと駅というところで、ホームで走り出す。騒ぎになりそうだったので、ぎゅっとハグしてやった。えへへ、そう云ってペロンと舌を出すヤンちゃんに、何故だか僕はドキンとした。そんな筈はないと、そう思ってこの時は気持ちに、蓋をしたのだ。

  ホテルはエキストラベッドも使って、三人一室。誰がどのベッドを使うかは、じゃんけんで決めた。結局、僕がエキストラベッドを使うことになり、ちょいとばかり残念ではあった。

  夜明け前のこと、目が醒めてしまって、僕はベッドサイドの照明を点けて、持ち込んでいた文庫本を読んでいた。次に起きたのはヤンちゃんで、これが意外なことではあった。外は雨、頭痛がするのだという。それから二時間くらいだったか、僕はヤンちゃんのことをずっと、あやしていた。最後まで起きなかったのは、モブ助。図太いね、そう云ってヤンちゃんとふたりして笑った。

  思えば、遠くまで来た。あの日から幾星霜が過ぎゆき、僕は久し振りに、ふたりと逢うことになった。メッセージの遣り取りの折に昔のことを思い返していた旨告白して、その場のノリで、十八年振りにディズニーシーへと行くこととなった。

  朝七時、現地集合。こうして三人が揃うのは、二年振りだ。モブ助もヤンちゃんも、相変わらずだった。遠目からでも、直ぐに判った。ヤンちゃんはもうちょっと崩れているかとも勝手に思ってはいたが、寧ろこちらが気後れするくらいに、若々しいのだった。

  開園時間から少し遅れて、僕らも入園。早速スマホを片手にあくせく。慣れない。何もかもが変わってしまっていて、昔の記憶が通用しない。ここでヤンちゃん、のんびりしようよ、そう云って、はにかんだ。その笑顔に惹かれて、ひと呼吸置くことができた僕。相方の末期癌について、打ち明けることとした。

  僕の告白に、ヤンちゃんが固まってしまった。ここでモブ助がひと言。

  「もしもさ、順番が来たらさ。お前、ヤンと付き合ってみないか?」

  不思議と、嫌とは思わなかった。もう少し待ってて、そんな不埒なことを云ってのけて、僕はそれでも平気だった。

  振り返ると、ずっとそこにある恋だった。そんな気がする。だからこの話は、特別なのだ。まだ賞味期限切れではない、確かにそう思えて、僕は思わずヤンちゃんを抱き締めた。命の鼓動なら、今ここで鳴っている。約束しようか。君よ、何処までも行こうーー。

  4

  昔話。蘭助とは東京の大学で合流できた。それから、ふたりして色んな場所へと連れ立った。或る週末などは、ジャズミュージシャンのライブのブートレグを探しに、レコード屋を歩き回った。そして、二十歳になってからは、酒もよく飲んだ。

  蘭助は気が付くといつでも、笑っていた。好いてくれているのは、よく解った。だから、その手を握った。

  蘭助と逢えない週末は、モブ助やヤンちゃんと、飯を食うのだった。御茶ノ水のバルの片隅で、僕らは酒とともに、よく飯を貪っていた。彼らも東京に来ていた。後で知ったことだが、ヤンちゃんは僕を追い掛けてきたのだった。モブ助はそれを追い掛けようとしていた。ふたりして、横恋慕の片思い。そうとは知らずに、僕はふたりの優しさに、ただ甘えていた。

  「色々あるよね。でも何も気にしなくていいよ。全部僕が我儘なだけだから」

  悲しそうな目をしてそう云われて、僕はあの時、掛ける言葉さえ知らなかった。

  大学を出ると、僕は蘭助に続いて、リモートワーク主体の職に就いた。ひとつ歳が離れている故、僕は先輩としての蘭助の背中を追っていた。蘭助は実家には頼らなかった。それをしてしまうと、もうふたりでは逢えなくなる。そのことを知っていたから、敢えてそうはしなかった。

  声を掛けたのは、僕からだ。

  「うちでレタスでも作らない? 都会は忙(せわ)しいでしょ? 一緒に田舎にでも引っ込んでみない?」

  そのひと言がきっかけで養子縁組にまで漕ぎ着けた。このことに蘭助の母は、緘黙(かんもく)したという。

  うちの両親は、そうした事柄には頓着しない人たちだったから、僕らを温かく迎え入れてくれた。ハナからそうなると踏んでいたから、蘭助にも声を掛けることができたのだ。これは僕の狡いところだ。

  それから、ずっと二人三脚で歩んできた。当初こそご近所さんの目が気になったものだが、時が経つに連れて、緩やかな連帯の絆が生まれた。蘭助とは夫婦のようなものだったのだが、それを知っていてなお、誰もそのことを指弾しないでいてくれた。有り難かった。

  蘭助との思い出が走馬灯のように浮かび上がる。瞬間、僕には判った。ヤンちゃんと入れ替わりのようにして、蘭助が旅立ってゆく。バトンが引き継がれた、「君」の意味するところが変わった、まさにその時。それは病院でのこと。涙なら出し尽くしたと思っていた。でも骨上げで、思いも寄らずに、泣き崩れた。

  帰り掛けに、あの日以来のこと、蘭助の母と話をした。お気張りやす、それだけだったが、会釈をしてくれた。僕は深々とお辞儀をしたまま、その場を動けなかった。

  本当ならば、自費で免疫療法を受けさせようと思っていた。だが、その算段をしているうちに、見る間に蘭助の容態が悪化していった。それもお告げだったのだろうか。最後に見た蘭助の笑顔が、降り積もる心の澱(おり)を洗い流してくれたのだった。

  翌日から、僕はヤンちゃんとの交際をスタートさせた。まだ戸惑いはあった。だが必要だと思ったから、こちらに呼び寄せたのだった。ヤンちゃんはフリーランスのライターだったから、ちょうどいいとも思ったのだ。

  程無くして、僕らは相互に依存する間柄となった。ヤンちゃんは昔よりはだいぶ落ち着いたが、まだまだそそっかしい。だから、こちらとしても世話を焼きたい。

  「これからビデオ会議で打ち合わせだっけ? 書類は用意した?」

  「あぁ、そうだったねー。忘れてたや」

  例によって、はにかんだ笑顔というやつを繰り出すヤンちゃん。その顔が思いの外あどけなくて、僕はその頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

  季節はまたも移ろいゆく。そこかしこに、秋の気配が漂う雨の夕暮れ。僕はヤンちゃんと隣り合って、縁側で虫の音を聴いていた。これも、そこはかとない幸せ。

  「これから寒くなるねー。温(あった)かいもの、いっぱい食べて過ごそうねー」

  ヤンちゃんのひと言。不意に蘭助の顔が頭を過(よぎ)って、僕はほろほろと涙を溢す。そうだった、ヤンちゃんが居なければ、あの人無しでの生活など、凡(およ)そ考えられないことだった。ハグをされて、正気を取り戻す。ここにはまだ、生きる意味なら、あったーー。

  ヤンちゃんはずっと僕のことを、好いてくれていたらしい。友達として平然としていたかつての自分が、何だか違う生き物のようにも感じられた。

  「僕、いつかこんな日が来るといいなって、ずっと思ってたんだー」

  しみじみとした余白のあるひと言。この人は僕に対してずっと、こんなにも温(ぬく)い感情を抱いてくれていたのか。そう思うと、泣けてきた。不意に手が握られる。

  そういえば雨が止まない。頭痛は大丈夫か、訊いてみるのだが。

  「ひとりじゃないからさ。心配要らないんだー」

  ヤンちゃんは、実は二年前に事故に遭っていた。生死を彷徨う按配のこと、のちに辛うじて助かったのだった。リハビリは大変だったらしい。モブ助には幾度となく救われたのだという。痛みはあった。それでも、拾ったような命だからと、懸命に取り組んで今がある。まだ足の具合が些か覚束無いが、生きるのに支障はない。大丈夫だ。

  僕はヤンちゃんを抱き寄せると、耳元でこう囁いた。

  「君よ、何処までも行こう」

  その小さい掌でぎゅっと握られて、互いにそれを返事として、僕らはぼちぼち床に就いた。それは虫の音の止まない、或る秋のことだったーー。

  Conclusion

  モブ助が遊びにきた。こんな田舎まで、酔狂なことではある。お土産にと、ブルガリのショコラなるものを持ってきてくれた。銀座のブルガリタワーで買ってきたのだとか。あんな場所に、何を着て行ったのか。こいつは生物学的には女性の筈だったが、シャネルスーツでも着込んで行ったのか。ブルガリのショコラの中でも、ひと粒1,500円では買えないという、特にアダルトな値付けのそれを口に含みながらトークは弾む。

  「俺さ、実はヤンとは一度寝てんだよね」

  「それは云わないでいて欲しかったなー」

  それを云われても、悔しいとは思わなかった。途方もない年月を僕のために棒に振ってくれたヤンちゃんだもの、それくらいなら大目に見なくてはーー。

  不意に、キスをされた。挨拶代わり、それはモブ助からの今生最後となろうキス、今まさに行われたそれは、ほんの帰り掛けのことだった。

  「幸せにしてやれ」

  そう云って背中を見せるモブ助に、僕は心からのエールを送るのだった。

  またいつか