ビブリア

  

  四福音書は、教會の傳統では、マルコ・マタイ・ルカ・ヨハネによつて書かれた。

  このうちマタイとヨハネは、イエスの直弟子、すなはち「使徒」である。

  

  また有名な「主の祈り」に就ては、マタイ及びルカ福音において、イエス自身の口によつて語られてゐる。

  まさに主の祈りである。

  

  或いは自由主義神學だとか、聖書學の髙等批評を援用すれば、先の福音書は無名の著者によつて書かれたとされる。

  そうであれば、少なくともパウロが書いた事が確實な、七つの書簡の方が福音文學に勝るのではないか。

  さういふ論理も理解はできる。

  

  ・ローマの信徒への手紙

  ・コリントの信徒への手紙一

  ・コリントの信徒への手紙二

  ・ガラテヤの信徒への手紙

  ・フィリピの信徒への手紙

  ・テサロニケの信徒への手紙一

  ・フィレモンへの手紙

  

  

  黙示録は、ヨハネ福音と異なる作者によつて書かれたと考へられてゐる。

  

  その性質から、最後まで聖書のうちの一書に含めるか、意見が割れたといふ。

  曰く「聖書全てを理解できると思ひ上がるな」てふメッセージのごとき、摩訶不思議、複雑怪奇な内容だとか。

  

  エチオピア語エノク書、或いは(第一)エノク書について。

  かれは創世記に「死ぬ前に天に挙げられた」と書かれてゐる、特別な人物である。

  何故なら、アダムもノアもモーセも、その樣な特別扱ひを受けず、ちやんと地上で息を引き取つてゐるからである。

  三種類ある『エノク書』の類ひは、そのエノクが天で見た光景を地上の人間に傳へたものであるとか何とか。

  由緒あるエチオピア正教(これはローマ帝国の国教化より古い)のみが旧約聖書として認める文書である。

  カソリック、オーソドックス、プロテスタントはこれを、外典として扱ふ。

  

  福音文学や、黙示文学の類ひは他にも存在したが、外典とされた。

  それらには、イエスの幼時福音や、聖母マリアの福音等もある。

  

  27書が新約聖書として確定したのは、397年の事である。

  

  

  モーセ五書、或いは律法(トーラー)に就て。

  

  四つの文書の複合といはれる。

  

  J: ヤハウィスト

  E: エロヒスト

  D: 申命記史家

  P: 祭司資料

  

  特に、創世記の天地創造に関はる部分は、二通りの内容が記されてゐる。

  

  

  ヨシュア記は、モーセの後継者のヨシュアの時代が主題である。

  モーセは遂に、乳と蜜が流れる地へ足を踏み入れる事が許されなかつた。

  その役目はヨシュアに任された。

  戰爭だ。聖戰だ。

  イスラエルの地を取り戻せ。

  王國を建つるのだ!

  

  エリコ(イェリコ)、または「ジェリコの壁」の説話は、ヨシュア記のエピソードである。

  

  士師記てふのもある。

  士師てふのも、モーセの後継者であり、ノアやアブラハム、イスラエル(ヤコブ)といつた、族長の伝統に連なる者たちかも知れない。

  或いは将軍的な。

  

  列王記は、テキストの関係からか、四つの書物に分かれてしまつた。

  前半部が、サムエル記一、二。

  後半部が、列王記一、二である。

  

  ヨシュア記、士師記、列王記は、申命記史家(D)によつて書かれたと推定されてゐる。

  

  因みに列王記とは異なる視点で書かれた『歴代誌』は、バビロン捕囚後に成立したと考へられてゐる。

  

  ニカイア信条(325年)及びコンスタンティノポリスでの改訂(381年)に就て。

  

  これはローマ皇帝コンスタンティヌスが公会議に関わつてゐたので、「コンスタンティヌス体制」とも呼ばれる。