ライカンスロープ 第3話

  07部隊を乗せたヘリが出発する10分前。

  「風丸」

  「何?」

  「緊張するな」

  「そーだな」

  「ついに、この時が来たっつうか、なぁ」

  「おー」

  「やばいよ、マジで実戦か・・・・・・」

  「瀞、お前、緊張しすぎだろ。最初は同情してたけど、今は軽くウザいとさえ思うんだけど」

  「うるせえな!しょうがねえだろ!マジでキメラと戦うんだぞ!不安になるだろ、誰だって!」

  「そーだけどよー。緊張しすぎてもしょーがねーだろ」

  「まぁ、そうだけどさ。お前は緊張してるようには見えねえな」

  「いや、してるから」

  「本当かよ。真剣さがいつでも足りない、お気楽呑気なお前がすっげえ羨ましいわ」

  「あのなー!俺だって真剣だし!本気で任務について考えてるからな!」

  「そうかい」

  「ただ、緊張もあるけど、なんつーか、ほら、早く戦いてーな、みたいな気持ちもあるわけじゃん」

  「お、お前、そんなサイコな一面があったなんて・・・・・・」

  「違うって!いい意味で!」

  「いい意味って、無理があるだろ!!」

  「そーじゃなくて!ほら、あれだ。獣人の力がどんだけすげーのか、試してみたい的な、そーゆーのが、少しはあるだろ」

  「ん・・・・・・そりゃ、な。すげえ力だしな」

  「だろだろ!訓練だけじゃダメなんだよ。ガチで知るには、本番じゃないとな」

  実戦に身を投じる直前、瀞と風丸は、そんな会話を交わしていた。

  緊張と不安が大半を占める瀞の心。一方の風丸には、そこに期待が混ざっていた。

  自分の力を知ることが出来る、と。

  [newpage]

  広大な森林の一角に、草木が生えておらず赤茶色の地面が露出した平地がある。そこを絶好の戦場と見定めた兵士が一人、無数のキメラを相手に一人戦い続けていた。

  「ハアアアアアア!!!」

  そしてまた一つ、甲高く不気味な断末魔を発しながら、絶命したキメラが崩れ落ちた。すでに平地にはキメラの死体が無数に転がっており、血が大地に染み込んでいた。しかし、尚もキメラは闇から現れる。

  銃撃を仕掛けてきたキメラよりも、醜い容姿だった。さび色の鱗で全身を覆われ、頭部は盾に長く伸びており、口も相応に大きい。それに反し鼻と耳は無いに等しく、小さな穴があるだけだ。

  楕円型の目は真っ黒で、獲物が見えているのか分からない。猫背で、しかも膝を大きく曲げているため頭部の位置は低いが、背伸びをしたら2メートルに達するほどもある巨体だ。

  脚は太く、脚力は強いため突進は早い。それでも、孤軍奮闘する兵士には余裕があった。

  「おら、どうした。来いよ」

  平地の中心に立ち、挑発を口に出して相手を誘うのは、07部隊に所属する新米兵士だ。

  クロムイエローに黒の斑点模様、そして黒い涙の様な筋が特徴的な体毛のチーター獣人、知多風丸である。武器は右手のコンバットナイフのみ。幼さがまだ残る獣の顔には、キメラの返り血が数滴付着している。それを意に介さず、風丸は笑って怪物たちを見回した。

  初陣でありながら敵の群れへと恐れることなく進撃し、その結果見方とはぐれてしまった。しかし風丸は引き返そうとせずさらに前へと進み続け、平地を発見しそこに留まった。自身が最も力を発揮できるフィールドでの戦闘を選んだのだ。

  移動しながら、そして平地に到着してから。風丸は常にキメラを仕留め続けた。その数は、既に10体を超えている。

  「アッ!!フアッ!!サッ!!」

  奇声を発し、キメラが風丸へと跳躍する。しかし、風丸が立っていた場所に到達するころには、風丸はすでに別の場所にいた。キメラの、側面だ。

  あとは、喉に深々とナイフを突き立てるだけでよかった。力を失い、キメラの体が崩れ落ちる。

  (意外と楽勝だな。訓練通りやりゃ問題ねえ。銃弾も同じだ)

  チーターの肉体は走ることに特化しており、最高速度は時速100キロにも到達する。その能力を身体に宿した風丸は、当然ながらそのスピードを活かした戦いを得意とする。

  疾走のみならず、軽快なフットワーク。さらに風丸自身の空間把握能力と先読みに速さが加われば、並みの兵士では触れることさえ出来なくなる。

  「ガアアアア!!!」

  キメラが風丸に突っ込むが、結果は同じだ。風丸は、苦も無く右へと一歩踏み出す。すると、別のキメラが背後から駆けてきた。

  慌てずにその場から離れようとするが、周囲のキメラがそれに合わせて一斉に突撃してきた。

  (お、考えてやがる!)

  それでも、風丸は冷静だった。姿勢を低くして前へと走り、突進してくるキメラとキメラの間をすり抜ける。すれ違い様、しっかりと喉を切って。

  (なんだよ、和虎隊長に比べりゃ、ザコすぎるじゃん。突っ込んでくるだけで、こっちの動きを予測とかもしねえし)

  風丸はナイフを振るって血のりを刃から落とした。

  (やっぱ俺は、刀よりナイフだな)

  風丸は日本刀を使わず、ナイフを愛用している。刃渡りは日本刀より遥かに短いが、その欠点は自分のスピードが帳消しにしてくれる。むしろ、日本刀の重さが自分のスピードを阻害してしまうことを嫌った。

  「フウウウウウウウウ!」

  キメラが矢継ぎ早に迫ってくる。しかし風丸は、前後左右へ跳び、すり抜け、搔い潜り、キメラの突進を躱し続けた。

  そして同時に、ナイフを振るった。薙ぎ払い、突き出し、回転しながら急所を切り裂く。舞い踊るように、軽やかに。

  風丸の体が赤く染まるたびに、キメラの死体は増えていった。

  

  

  闘牛を翻弄するマタドールと化した風丸に、初陣の緊張は既に無かった。胸中を占める思いは、自信のみだ。

  これほどの能力が自分の中に眠っていた。それを発揮できることが嬉しくてたまらない。

  期待通り、いやそれ以上、に自分は強いと実感できた。

  歓喜することで、動きにキレが増していく。醜いキメラはひたすら、無謀な突進を繰り返すしかなかった。

  

  

  「ヌウウウウウウウウ!!アアッ!!」

  甲高い悲鳴と共に、新たなキメラが闇から飛び出してきた。形態は同じだが、やや鱗の色が濃いようだ。

  (まだいんのかよ。ま、いーけどな。瀞に自慢してやろーっと)

  悔しがる友達の姿を思い浮かべ、風丸は左へのサイドステップでキメラの突進を躱した。

  すかさず反撃に移ろうとしたが、キメラは急停止して風丸へと顔を向けた。

  「ハッ」

  するとキメラは、大きく口を開けて風丸に顔を突き出してきた。不意打ちの噛みつきだ。

  どろどろの唾液まみれの、人のそれに似た形状の歯が風丸に迫る。

  「ういいっ!!」

  風丸は急停止して、上半身を右側に倒して辛うじて噛みつきから逃れた。

  頭上でガチンとキメラが顎を閉じる。

  同時に、不安定な体勢ながらも風丸は回転しながら器用にナイフを振るった。

  首筋に赤い線が走り、血が滲む。

  キメラが怯んだすきに、風丸はすぐに距離を取った。

  (あっぶねー!予想外だった!)

  キメラは苦しみながらも、風丸をギロリと睨んでくる。仕留め切れていないようだ。

  (あんにゃろ、ブッサイクなくせに。おどかしやがって!)

  風丸は、自らキメラへと仕掛けた。目にも留まらぬ速さでキメラの右を通り抜ける。

  キメラの右脇腹から、鮮血がほとばしった。

  (とどめだ!)

  風丸は急停止し、背後からキメラに接近し、首の裏、脊髄と脳を結ぶポイントにナイフを突き立てた。

  生命力が強いキメラでも、この箇所を破壊すれば一瞬で行動不能となる。

  キメラが倒れるのを見届けた風丸は、大きく息を吐き、周囲を見渡した。

  (もうさすがに・・・・・・いっ!?)

  全滅させたかと思いきや、周囲には同じ型のキメラの姿が。

  (どんだけ!?でも、まぁ、まだ余裕あるし。大丈夫だろ。いざとなったら全力で逃げるし)

  風丸は身構えた。

  (あれ?)

  その時、風丸は胸と脚に違和感を覚えた。ずしんと重く、何かが圧し掛かるような感覚だった。

  (え、何? ・・・・・・って気にしてる余裕ねー!攻撃は食らってねーだろ!ちょっと疲れただけだ!)

  キメラが三体、前方から接近してくる。

  風丸の脳裏に、大きく口を開いたキメラの顔が浮かんだ。

  (一瞬で離れねーと危ねーな)

  風丸は先ほどと同様、キメラの間をすり抜けながら喉を切った。

  すぐに停止し、残る2体のキメラに接近し、こちらに向き直るまえにすばやく切りつける。

  (おっし!)

  確かな手ごたえを感じて離れる。しかし、予想と違うことが起こった。

  3体は、まだ生きていた。首を切られ苦しんでいるものの、絶命には至っていない。

  (あれ!?ちょっと、ミスったか!?)

  チーターの筋肉は速度に特化している分、軽量であるために相手を一撃で仕留める攻撃に欠ける。武器も軽量のナイフであれば尚更だ。

  最もその弱点は、ナイフの切れ味、洗練されたモーションと高速のスイングスピード、さらにがら空きの急所の狙うことで解消される。現に風丸はその戦法によって、多数のキメラの一撃で仕留めてきた。

  (なんか、変だぞ・・・・・・まだ1時間も動き回ってねーじゃん)

  原因がつかめず困惑する風丸に、3体が迫る。不安により、行動がワンテンポ遅れてしまう。

  (くっそー!)

  大きく後退して距離を取る。しかし、3体は勢いを弱めず追撃してくる。

  (弱ってねーし!)

  右へと走り出す。しかし、相手が先ほどより速い。

  全力で走り、なんとか振り切ったが、別のキメラが草陰から現れた。

  (近いし!やるしかねー!)

  走る勢いをそのままに、一気に切り込もうとするが、キメラと目が合った途端、何故か急ブレーキを掛けて減速してしまう。

  (あれ、なんか、こわっ)

  すると、キメラの方から仕掛けてきた。背後からは、先ほど仕留め損ねたキメラが。

  (やばいやばいやばい!)

  目の前のキメラが、跳び蹴りを繰り出してきた。

  辛うじて、左に跳んで躱す。

  背後から、首から出血しながら3体が突進してくる。

  速度に差がある。

  まずは、先頭の1体をサイドステップで避ける。

  2体目も、同じように・・・・・・。

  「いっ!!」

  同じように避けようとした。しかし、僅かに避け損ねた。避けられるはずなのに。

  キメラの頭部が、右肩をかすめる。自身の速度、相手の巨体故に、かすっただけでも骨が軋み、激痛が走り、体勢が崩れる。

  地面を転がる。視界も回る。思考は止まる。

  (何!?何!?なんで急に!?相手が強くなった!!??)

  唐突に風丸を襲った不調の正体は、スタミナ切れである。チーターは高速移動が可能だが、運動の継続可能時間は短く、長時間走り続けることは出来ない。優勢により精神が高揚していたため気づかなかったが、既に風丸のスタミナは底を付きかけていた。キメラが速くなったと感じたのは、自分の速度が落ちたためである。

  とは言え、風丸とてチーターの弱点は理解している。どれほどの運動量で限界が訪れるかは、繰り返し行ってきた実戦形式の訓練で把握している。獣人の体力は、当然動物のチーターよりも豊富であり、1時間ほど全力で戦い続けることが可能だった。

  だが、今回風丸が置かれた状況は、訓練とは違う。実戦だ。敵は常に明確な殺意を持ち、風丸を殺害しようと攻撃を仕掛けてくる。向けられた銃も、当然ながらゴム弾でなく実弾を放つ。故に、精神的な重圧は訓練時よりも比較できないほど大きく、体力までも影響を受けるほどだった。

  また、風丸は無駄な動きを多用してしまった。訓練の際はスタミナの消費を抑えるべく、相手とは近い間合いを維持し、攻撃を紙一重で躱していた。だが死の恐怖が付きまとう実戦では、必要以上に敵から離れるため攻撃の際はより大きく踏み込まねばならず、躱すときも半歩以上敵から離れていた。運動量は増え、スタミナの消費もそれに比例してしまった。

  加えて、キメラの噛みつきを紙一重で躱した時、風丸の心理に強大な恐怖の感情が刷り込まれてしまった。その後はキメラに接近する度に、恐怖が無意識のうちに心身を蝕み動きが鈍ってしまった。

  疲労と恐怖が組み合わることで狂ったリズム。それを立て直すことは容易ではない。

  しかも、風丸の精神状態はぐちゃぐちゃだった。原因不明の不調、激痛と負傷、周囲を取り囲むキメラ、そして孤立無援。窮地に陥った経験などなく、ここからどうすればいいのか分からない。

  数分前までは複数のキメラを手玉に取っていたが、一瞬で形勢は逆転してしまった。

  (いて・・・・・・きっつ・・・・・・)

  上半身を起こすと、目の前にキメラの顔が迫った。禍々しい、悪魔の様な顔だ。

  「ひっ」

  風丸は転がってその場から逃れようとするが、別のキメラに踏みつけられてしまった。

  「ぐえっ!!」

  仰向けの状態で、腹部を踏みつけられる。成人男性よりはるかに重いキメラの体重が、内蔵を圧迫した。

  全身を蝕む疲労に加え、激痛と呼吸困難が風丸を襲った。

  (ちょ、シャレにならねー・・・・・・)

  視界を、3体のキメラの顔が覆いつくした。先ほどまでは醜いだけだったその顔が、とてつもなく恐ろしく見えてしまう。ホラー映画の比ではない。まさに自分を冥府へと送りに参上した、死神のようだ。

  「ひっ」

  

  それは、初めて味わう死の恐怖。激痛の果てにくる、自身の終焉。

  

  肉体と精神に強大なダメージを受け、風丸の心は完全に折れた。戦意は消え去り、ナイフは手から離れ、ただただ死の恐怖に震えることしかできない。

  キメラの顔が迫ってくる。怒っているようにも、喜んでいるようにも見える。ひょっとすると、ざまあみろとでも言っているのかもしれない。

  

  死ぬ!怖い!こんな!嘘だ!助けて!

  

  様々な感情が脳内で渦巻く。

  3体のキメラが、ゆっくりと顔を近づけてくる。

  吐息がかかる。唾液が垂れる。

  そして、牙が触れた。左腕と、右脚に。

  野太い牙が衣服と体毛、表皮を突き破って筋肉に食い込んでゆく。

  生じた痛みは徐々に増していき、全身へと伝わってゆく。

  痛みと恐怖のあまり、両眼から涙が溢れ出た。

  肉体を食いちぎられる光景が浮かぶ。

  そして眼前に、風丸を踏みつけているのキメラの牙が迫った。

  

  嫌だ!!!

  

  次の瞬間、風丸は右手を鼻先のキメラへと叩きつけた。

  「ガアア!!」

  キメラは大きくのけ反り後退した。左目には、ナイフが深々と突き刺さっていた。

  腕と脚に噛みついていたキメラも、仲間の異常を察して口を放す。

  風丸はすかさず身体を半回転させ、うつ伏せになってその場から這って逃げた。

  頂点に上り詰めた恐怖が、死を拒み底力を発揮した。手負いの獣ほど、その力は強い。

  しかし、それだけでは如何ともしがたい現状だ。3体のキメラはまだ十分すぎる力を残しており、一方の風丸は尽き果てているのだから。

  不意打ちを食らったキメラは、刺したナイフをそのままに、風丸へと再び歩み寄ってゆく。その顔には、明らかな怒りがあった。残るキメラも、それに続く。

  風丸は仰向けになり、残ったナイフをキメラに向けた。あくまで無意識の行動であり、戦意はない。目には涙を浮かべ、唇は震えている。

  残り少ない余力を振り絞っても、状況がひっくり返ることはなかった。残された時間が少しだけ伸びただけに過ぎない。

  風丸は、そう思った。

  「ギッ!」

  タン!

  風丸が諦めたその時、ナイフが顔に刺さったキメラの頭部が揺らぎ、鮮血が花火のように飛び散った。そして、一瞬遅れて、銃声が聞こえてきた。

  銃撃だ。しかもその銃弾は、上空からキメラの額を捕らえた。

  そのキメラが倒れると、後ろのキメラも同様に頭部に被弾し倒れた。

  残ったキメラが上空を睨む。視線の先には、獣人が一人空中に停滞していた。縹色の羽毛と、標的を射殺すような双眸が特徴的な鷹だ。翼を広げた鷹は、満月を背に89式小銃を構え、その銃口と視線を標的へと向けていた。

  距離は300メートル、十分射程内だ。スコープはないが、鷹にとって問題ではない。

  鷹の視力は人の8倍以上、夜間でも問題なく標的を捕らえることが出来る。

  邪魔なヘルメットを脱いでいれば、月光だけで十分だ。

  キメラが、右へと飛び退く。

  しかし鷹の目は、それを見逃さない。

  銃口と視線は標的を追尾した。

  そして、鷹は引き金を絞る。

  一瞬の閃光、響く銃声。

  そして、天から一直線に銃弾が飛来する。

  その一発は、鷹を見上げたキメラの右目に吸い込まれた。

  硬い骨に阻まれず、眼球を貫いた弾は脳に達した。

  1発で絶命したキメラは、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

  残った2体は、頭蓋骨で弾丸を防げたものの、衝撃により脳震盪を起こしている。

  それを見た鷹は、水中に潜る様に上半身を倒し下半身を上げ、すかさず降下を開始した。

  自身が放った弾丸と同じ軌道で、キメラへと高速で飛来するする。

  「グッ!」

  回復した片方のキメラが顔を上げる。

  鷹は飛来しつつ発砲した。

  弾は上顎に命中した。

  多量の血とともに、前歯が飛び散る。

  声にならない叫びを上げ悶えるキメラに、降下の勢いを利用した鷹の蹴りが突き刺さった。

  吹き飛び、地面を転がるキメラ。

  鷹は、容赦なくトドメの一発を撃ち込んだ。

  「ハアアアアアアア」

  ナイフが左目に刺さったままのキメラが、ようやく顔を上げ鷹の背後へと近寄ってくる。

  鷹は素早く銃口をキメラに向けた。

  キメラはサイドステップで射線から脱出する。

  唐突な動きだが、鷹の目と銃口空は逃れられない。

  キメラを追いかけた銃口が火を噴き、キメラの頭部に再び銃弾が叩き込まれた。

  「ガッ!」

  またも脳が揺れキメラが崩れ落ちる。すると、鷹は跪いたキメラに一歩近づき、左目に刺さったナイフの柄を握りしめると、回転させつつ引き抜いた。

  「ンガアアア!!!」

  大きくのけ反り叫ぶキメラ。その喉へ、鷹はトドメを撃ち込んだ。

  突如天から飛来し、手際よくキメラを仕留めた援軍を、風丸は黙って見ていることしか出来なかった。助太刀の体力など残っていない。

  (たす、かっ、た・・・・・・)

  危機が去り、風丸の胸には安堵が込み上げてきた。過去最大の恐怖を味わった分、その反動も大きい。唯々安心し、体力と共に気力までもが抜ける。

  だが、気を抜くことなど戦場が許さない。

  「えっ」

  鷹が風丸に銃口を向け、引き金を引いた。

  銃弾が、頭部をすぐ上を通過する。

  「ちょっ!」

  「ギッ!!」

  不意に向けられた仲間の銃口。恐怖のあまり目を閉じた風丸の耳に、銃声とキメラの断末魔が飛び込んできた。

  風丸が振り返ると、崩れ落ちたキメラの死体が1メートルほどの場所にあった。

  さらにその奥には、こちらに向かってくる無数のキメラが。

  (い、いつの間に!?てか、まだいるのかよ!!)

  鷹は、立て続けに引き金を引いた。

  キメラは軽快なステップを繰り返しながら前進してくるが、鷹は決して外さない。

  それどころか、必ず目を撃ち抜き、1発で脳を破壊している。

  (うわ、すっげ、さっすが副隊長)

  鷹の目と動体視力、それに07部隊副隊長、日鷹賢士の射撃能力が組み合わされば、鬼に金棒と言っても過言ではないだろう。

  風丸は、射撃の腕前が高いことは知っていた。だが、これほどとは思わなかった。賢士は普段、訓練以外の時間は仲間と行動を共にしないからだ。

  (やっぱ、頼りになるんだな)

  寝転がったまま、風丸は上官の技量の高さをただただ感心し、安心した。

  だが、身の安全を実感できた途端に、別の感情も込み上げてきた。

  (でも・・・・・・今はこんなんだけど、さっきまでは、たくさん倒せてたんだぜ? そこら辺の死体見てみろよ。俺一人でやったんだからな。すげーだろ?今は、動けねーけどさ・・・・・・俺だって)

  仲間が戦い続けているというのに、自分は疲労と重症で動くことさえままならない。惨めだと、思わずにはいられなかった。

  (ちくしょう・・・・・・ちくしょう!ちくしょう!!)

  先程までは、戦っていたのに。圧倒していたのに。

  いつの間にか安堵は消え、悔しさだけが心に残った。

  とめどなく流れる涙も、恐怖や痛みではなく、悔しさが生み出している。

  そんな風丸の心情を知ってか知らずか、賢士は黙々とキメラを撃ち倒し続けた。

  銃声と断末魔は、止むことがなかった。

  [newpage]

  激痛と疲労。そして、孤独。

  三重の苦しみに襲われながらも瀞は刀を握りしめ、周囲に広がる敵を睨みつけていた。自身を取り囲む、ハイエナの頭部にカモシカの脚が付いたキメラに向け、威嚇のように視線を向けている。

  (いってえ・・・・・・)

  頭部、太腿、脇腹、肩、腕。浅いものの、肉を切り裂かれたため血が滴り落ちている。キメラの脚の爪にやられたものだ。

  まるで兎のように、軽快に飛び交いながら接近し、蹴りを繰り出してくる。小型であるためそれほどでもないと思っていたが、威力は凄まじくかった。防御しようししたが、刀は弾かれてしまい、体勢が崩れた瞬間に攻撃を受けてしまった。

  「ヘアッ」

  気の抜けるような声を上げ、キメラが一体、跳びかかってきた。口を大きく開き、噛みつこうとしてくる。

  反撃の一太刀を振り下ろせば仕留められるだろう。しかし、同時に体勢は大きく崩れ、両断できず刃がキメラの死体に食い込んだままになるだろう。その隙を、他のキメラが見逃すはずがない。

  瀞は右に跳んで躱した。

  キメラの牙は、瀞の背後にあった大木に食い込んだ。

  そして、まるで豆腐でも食べるように、キメラは易々と木の幹を噛みちぎった。

  ハイエナと頭部をしているだけあって、顎の力は驚異的だ。骨ごと持っていかれてしまうだろう。

  回避後の瀞に、他のキメラが寄ってくる。

  瀞はその場から、再び走り出した。

  (くそっ!1対1ならなんとかなるのに!)

  最も瀞にとってやっかいなことは、キメラが10体もいることだ。単体ならば仕留める自信はあるが、1体を倒すことに専念することが出来ない。

  (即効で1体を倒してえんだけど、小さくてすばしっこいからな。どうしても時間がかかっちまう。その隙を、他の奴らが見逃してくれねえ)

  キメラたちの連携は、見事と言わざるを得ないと瀞は思った。相手に休む間をほとんど与えず、波状攻撃を仕掛けてくる。瀞が反撃に出ると、狙われたキメラを庇うように他のキメラが動く。

  逃げても防戦一方。焦って反撃に出ても空振りしてしまい、逆に反撃をくらってしまう。

  正に、肉食獣の狩りだ。もはや自分は、狩られるだけの存在なのか。

  (んなわけねえだろ!!やってやる!!)

  瀞の心は、萎えていなかった。連戦で疲労は重なり、体からは血が流れ出ているが、闘争心は対照的に燃え上がってゆく。

  先程と同じだった。やられるほど、怒りとともに闘争心が高まってゆく。

  三重苦を味わわされても、絶望はしていなかった。

  (和虎隊長を思い出すんだ!!あの動きでいけばいい!!)

  咄嗟に瀞の頭に浮かんだのは、己の師である獣人、和虎の姿だった。

  (そういや、必死すぎて訓練のこと忘れてたぜ。落ち着いて、1つ1つを丁寧に、集中して振るんだ!!)

  周囲には、追いかけて来るキメラの姿が。速さは相手が上。逃げられない。

  (行くぞ・・・・・・行くぞ!!)

  瀞は立ち止まり、振り返った。キメラが1体、左右に飛び交いながら接近してくる。先程仕留めた犬とは違い、一直線ではない。

  だが、少しずつその動きにも慣れてきた。

  (ここだ!!)

  キメラが跳び、着地する。着地後に、こちらに向かって跳ぼうと両脚に力を込める。

  その瞬間を見切り、瀞は前に出た。

  動きを読めていたから、何より覚悟を決め集中していたために、動きは速くキメラは対応できなかった。

  姿勢を低くし、下段に構えた刀を振り上げる。

  その一刀は、頭部を切り裂いた。

  (ほら、いける!!)

  瀞が右を向くと、同時に3体のキメラが接近してくる。

  囲まれていることを理解している瀞は、その内の1体へと跳び込んだ。

  突進前なら、力負けしない。

  ステップの途中で宙に浮いているキメラを、1体目と同じように切り上げて仕留めつつ、前に出て囲いを突破する。

  だが、それを予期していたかのように、2体のキメラが左右から仕掛けてきた。

  (ここだ!!)

  

  

  以前、和虎相手に、自分と風丸で左右から仕掛けたことがある。

  その時の、和虎と同じ動きをすればいい。

  

  

  瀞は迷わず前に出た。

  最も速く動ける方向へと、負傷してない左脚で地を蹴り、キメラから逃れる。

  攻略はいたってシンプル。早く動くのみだ。

  そして、重要なのはその後。

  即座に踏みとどまって背後を向き、蹴りを外して着地するキメラへ接近し、刀を振り下ろす。

  すると、別のキメラがすでに蹴りのモーションに入っていた。

  しかし瀞は、その動きも予測していた。

  (いける!!)

  心の準備は出来ている。あとは体の準備だけだ。

  全身の力を抜き、キメラの方へ体を向ける。

  そして、キメラが間合いに入った瞬間、指先から足先まで全身の筋肉を余すところなく稼働させ、素振りの通りに刀を振り上げた。

  手ごたえは、ほとんど無かった。

  しかし眼前のキメラは左右に両断され、爪は瀞にかすりもせず落下した。

  極限まで集中力を高め、相手の動きを予測し、一振りに全身全霊を注ぐ。そして何より、それらを成功させるためを覚悟を決める。意識を攻撃へと向けただけで、瀞は戦局を一変させた。

  先手を取る様に動き、反撃されても素早く逃れ、力強い一刀でねじ伏せる。キメラに追い立てられていたはずの瀞が、戦局を支配し、キメラが瀞に動かされていく。

  狩るものと狩られるものの立場が、完全に真逆となった。

  

  

  「しっ!!」

  「クア」

  左に回り込んでいいたキメラへ接近し、切り上げで仕留めた瀞は、すぐに視線を周囲に向けて不意打ちに備える。

  木々の奥に、キメラが2体。周囲を見渡しても、他にはいない。

  (あれ、もう?8体も倒したっけ?)

  確かに、キメラを何体も切り捨てた記憶はある。どのように動いたか、はっきりと覚えている。だが、倒したキメラを数えてはいなかった。

  (まぁ、いいか。さっさとあの2体も倒して、皆と合流だ)

  瀞がキメラへと仕掛けようとした途端、キメラは瀞に背を向けた。

  「え?」

  そして、そのまま茂みの奥に駆け出してしまった。

  (おいおい、逃げるのかよ)

  瀞は迷わず、その後を追った。味方との合流を後回しにして、瀞は追跡を選んだ。それ以外、考えられなかった。

  倒すべきキメラを逃がすわけにはいかない。否、獲物を逃がしたくないという気持ちだった。

  その欲求に則り追いかける瀞。しかし、すぐに足を止めた。

  (新しい臭い!?)

  キメラが逃げる先に、新たな臭いを感知した。

  それだけではない。かすかだが重い足音と、ベキベキと何かをへし折る音が聞こえる。そしてその音は、徐々に大きくなっていく。こちらに近づいてくる。

  (なんか、やばいぞ、これ!)

  闘争心が警戒心に切り替わる。本能が警鐘を鳴らしたのだ。

  「アウ」

  「オフッ」

  足音ではなく地響きが、そして木々をへし折る音が、間近に迫る。そして、キメラの叫び声と同時に、それが木々の奥から姿を現した。

  四足歩行の獣、いや、怪獣と呼ぶべきだろう。サイを一回り大きくした胴体に、馬に似た長く太い脚。同様に野太い首は1メートル以上もあり、先端には人に似た、しかし決して同じではない、異形の顔がついていた。

  (でっか!!話には聞いていたけど、カバやサイ以上だろこれ!!)

  その顔は、一瞬で距離を消した。

  「ぐっ!!」

  瀞は右前方へと跳び込んだ。

  間一髪で、立っていた場所を怪獣が通り過ぎた。

  怪獣はブレーキを掛けるが、なかなか止まらず地面に溝を作りつつ減速していく。

  地面を転がった瀞は起き上がり、怪獣の背後へと向かった。

  だが。

  (どこを斬ればいいんだ!?)

  攻撃部位に悩み、瀞は足を止めた。

  頑丈な骨格、硬い皮膚と筋肉。中途半端に刀を振っても、大したダメージを与えることは出来ないだろう。

  (ケツを斬っても意味ないだろ。内蔵?横っ腹に回り込んで、骨の隙間を狙うか?首はちょっと斬りにくそうだな。脚もありか?止まっている状態なら、いけそうだけど)

  しっかしと考えをまとめて行くべきと判断し、身構えて思考する瀞。

  怪獣が、足を止める。

  (よし、まずは横っ腹を・・・・・・)

  狙い箇所を瀞が定めた瞬間だった。

  

  ドッ!

  

  鈍い音と共に無数の礫が瀞に放たれた。

  怪獣が後ろ足で、地面を蹴ったのだ。

  「いっ!!?」

  土や石が、全身を叩いた。

  目にも土が僅かに入り、目を閉じてしまう。

  (やばい!!目が!!見えねえ!!)

  視力を失い、混乱と恐怖で体が硬直する。

  動けない。しかし。

  「フッ!」

  怪獣の声が聞こえた瞬間、脳の命令を待たず肉体が動いた。

  後方に跳ぶ。

  直後に、全身を突風が叩いた。

  薄っすらと目を開けると、首を左に大きく曲げた怪獣の姿があった。

  突風の正体を察した瀞は、再び後方に跳んだ。

  少し遅れて、怪獣が一歩踏み込みながら長い首を薙ぎ払った。

  鈍器と化した頭部が、瀞の目の前を通過した。

  怪獣の首は、瀞の隣に立っていた樹木に激突した。

  太い幹は、ベキッという音と共に折れ、バキバキと小枝を震わしながら地面に落下した。

  一方の怪獣は、頭部を強打したにも関わらず、再び首を振るってきた。

  瀞は再び後方に跳び、ぎりぎりで躱した。

  野太いこん棒を振り回されているようだ。下がり続けることしか出来ない。

  (調子に乗りやがって!)

  暴風雨のような攻撃に晒されながらも、瀞の闘争心はまだ消えていない。一方的に攻撃されていることが、腹立たしいとさえ思っていた。

  怪獣の頭部が、再び空を切る。

  (今だ!!)

  瀞は覚悟を決め、空振りの隙に怪獣の懐へ飛び込んだ。

  得意とする、下段からの切り上げ。これで、首の根元を狙う。首を切り落とし、一振りで仕留める。

  「だっ!!」

  気合の一声とともに、刀を振り上げた。

  (えっ)

  手応えはない。当然だった。一撃必殺を狙った瀞の一振りは、空振りに終わった。

  怪獣は、バックステップで後方に跳んでいた。短い距離だが、刃渡り60センチの刃から逃れるには十分な距離だった。

  (あの巨体で?)

  躱されることを想定していなかった。仕留め損ねたとしても、重症を与えられると思っていた。

  心身ともに隙だらけ。そこを怪獣が見落とすはずがなかった。

  がら空きとなった右の脇腹に、怪獣の首が激突した。

  距離が近かったために、威力が最大となる頭部の直撃には至らなかったが、それでも強烈な一撃であることに変わりはない。

  瀞の体は、軽々と吹き飛んだ。

  そして、樹木に叩きつけられた。

  「ぐえっ!」

  情けない声を上げ、地に落ちる。

  全身に満遍なく痛みが走り、視界が定まらない。

  特に、怪獣の首が直撃した右脇の痛みが凄まじい。キメラの爪が頭部を掠めたときよりも、遥かに強い。体内を直接圧迫されているかのような感覚だ。七転八倒して痛みを表現したいが、それさえも出来ない。

  瀞は力を振り絞って顔を上げた。視界の隅には、こちらを向き突進の姿勢を取った怪獣の姿があった。

  (やばい、動かないと)

  動きたくない欲求に駆られるが、それをねじ伏せて立ち上がろうとする。

  (和虎隊長の攻撃が直撃した時並みだな・・・・・・痛かったけど、味わっておいてよかった。経験してなきゃ、こんなの耐えられねえ)

  過去の苦い思い出を噛みしめながら、右手を地面について力を込めた瞬間、右脇腹にさらなる激痛が走った。

  「いぎっ!!」

  痛みのあまり、また倒れてしまう。発生した痛みは、消えることなく瀞を苦しめた。

  (これ、肋骨、折れてるだろ、絶対)

  初めてだが、間違いない。自身の重症を悟ったが、それでも何とか起き上がる。黙って殺されるわけにはいかない。

  (刀は!?)

  木に寄りかかって何とか立つと、落とした刀を探す。素手では文字通り歯が立たない。

  (あった!!)

  運よく、すぐに見つかった。怪獣と自分との間で、地面に突き刺さっている。吹き飛んでいる時に、手から離れてしまったようだ。

  すぐにでも取りに行きたいが、させまいと言わんばかりに怪獣が突進してきた。

  瀞は痛みを精神力と危機感で抑え込み、身構えた。

  走っても追いつかれる。その場で待ち、怪獣が急に方向転換できない距離まで接近した瞬間に、左に跳んで躱した。

  動きは鈍っているが、全力を注げば辛うじて避けられる。だが、出血や疲労もあるため、いつまでも避け続けるわけにはいかない。

  (拳銃じゃ無理だろ。ナイフも無理だ。風丸みたいに速く動けねえし。ただでさえ怪我で遅くなってるのに)

  瀞は刀の元へ走り出した。

  (やっぱり刀がいる!!)

  その背中へと、すぐに方向転換を終えた怪獣が迫った。

  (はええよ!!)

  右へと転がり、紙一重で回避する。

  急停止した怪獣は、瀞の方へ向き直りつつ首を薙ぎ払ってきた。

  後方に跳んで避けるが、刀から離れてしまう。

  「うわっ!」

  すると、踵が木の根に引っかかってしまい、後ろに倒れてしまった。倒れた場所は半ば崖と化している傾斜になっており、瀞は転がり落ちてしまった。

  その最中、石や木の根を身体に打ち付けてしまい、さらなる痛みが体を襲った。

  「ぐっ!!」

  一番下まで落ちた時には、体中土まみれだ。

  あおむけの状態で目を開けると、視界いっぱいに怪獣の腹が見えた。

  「うわあっ!!」

  瀞は後転しつつ起き上がり、飛び降りて踏みつぶそうとしてきた怪獣の太い脚から間一髪で逃れた。

  怪獣が着地すると、地震の様な地響きにより、バランスを崩して尻もちを付いてしまう。

  (何だよ、こいつ・・・・・・初めての戦闘で、こんなでかい化物と戦わないといけないなんて、冗談じゃねえぞ)

  舞い上がる土埃の中で、怪獣は堂々と立っていた。顔は醜いが、圧巻の一言に尽きる。

  小型のキメラの方が厄介だとさっきまでは思っていたが、ここまで大きいキメラもやはり脅威的だ。大型故に耐久力は高く、攻撃力も高い。大きさによる強さを、瀞は味わわされた。

  (そう言えば、前にテレビで見たな、こんな光景)

  瀞は、ふと思い出した。野生の動物たちの生態を特集したテレビ番組を偶然視聴した時のことを。

  

  

  確か、ライオンの狩りの様子が流れていた。大人のキリン相手に、四匹のライオンが立ち向かい、辛うじて仕留めていた。ライオンは皆、負傷していた。内一匹は、顎の骨を砕かれ口を閉じられなくなっていた。

  強いのは、ライオンではなかった。キリンにサイ、バッファロー。より大きな草食動物の方が強い。ただ、彼らは肉を食べないから、ライオンを襲わないだけなのだ。

  ライオンは彼らより弱い。狩るのは、決まって子供や負傷している者、つまりは弱者だ。強い大人は狙わない。

  大きさは、強さに比例する。ちっぽけな犬が、こんな大きな、サイと馬を掛け合わせたような怪獣に勝てる道理などない。

  

  

  (こんなでかいのには、勝てないのか?)

  短い攻防で力の差を味わわされた瀞は、呆然と怪獣を見ていた。

  痛みが、疲労が、倍増する。

  絶望が、少しだけ芽生えた。

  その怪獣が、瀞を見る。

  目と目が合った瞬間。

  「フッ」

  怪獣は、笑みを浮かべた。

  どんな意図かは不明だが、瀞にはそれが、嘲りに見えた。

  (野郎・・・・・・笑いやがった!!!!)

  直後、苦痛が消えた。そして、先程までと同じように、瀞の闘争心に火が付いた。

  一方的に攻撃される付けることで芽生える怒り。そこから生まれる闘争心。

  犬に似たキメラや、ハイエナの頭部を持つキメラを相対した時よりも強い戦闘意欲が沸き上がった。

  眉間とマズルに皺が出来、牙が剥き出しになり、体毛と尻尾が逆立つ。

  (あのニヤケ面に一発、ぶちかましてやるらぁ!!)

  ただ一点が、今までと異なっていた。

  (落ち着け。俺は獣人で、あいつはキメラだぞ。ただの動物じゃねえんだ。自然の道理がそのまま当てはまるわけじゃねえ!!)

  怒りに身を任せて太刀を振るっていた時とは違う。あくまで冷静に、現状を対処しようと知恵を振り絞っていた。

  ここで必要なものは、野性でなく理性であると、本能が教えてくれた。

  (動物じゃねえ、人なんだ。動物よりも知能は高いし・・・・・・道具があるだろ!!)

  怪獣が、近づいてくる。速足で、笑いながら。

  瀞は反身になって腰のバックパックに手を伸ばし、中にある武器を握りしめ、取り出した。

  安全ピンが付いた筒状の物体、スタングレネードだ。

  怪獣に見せないよう、片手でピンを抜いた瀞は、それを不気味な微笑みを浮かべた敵の顔に投げつけた。

  「ヌ!?」

  瀞が目を閉じ両耳を覆った瞬間、スタングレネードは炸裂し、強烈な閃光と騒音を周囲にまき散らした。

  「ノオオオオオオ!!」

  怪獣がたたらを踏んで後退し、目と耳の激痛に苦しんでいる隙に、瀞は急斜面を駆け上がり始めた。

  ほとんど崖だが、木の根や岩に手や足を掛け、一気に登ってゆく。

  そして、瀞が崖を登り切ると同時に、怪獣の視力は回復した。

  「グウウウウウウウ!!」

  今度は、怪獣が怒りで顔を歪めた。万策尽きた獲物を狩るだけと思っていたのに、思わず反撃を受けて完全に怒っている。

  怪獣も、急斜面をものともせず駆け上り始めた。

  そして、いとも簡単に上りあがった瞬間、怪獣の目の前には煙が充満していた。

  「フギイ!!」

  崖を登った瀞は、すぐにスモークグレネードを崖の上に落としていた。煙の正体は、催涙ガスだ。そうとは知らず、崖を駆け上って息切れしていた怪獣はそれを吸ってしまった。

  再び目が痛み、涙があふれてくる。鼻にも激痛が走り、鼻水や涎もとめどなく溢れてきた。

  「ウパアアアアアアアアアア!!!」

  怒り狂った怪獣は、瀞を探して森の中を駆け出した。邪魔な木々をなぎ倒しながら、走り続ける。

  (もう来やがったか!!)

  怪獣の雄たけびを聞いた瀞は、その回復の速さに驚きつつも、鼻を活かして既に刀を見つけていた。

  柄を握り、地面から引っこ抜く。

  怪獣に対抗し得る爪牙は戻ったことで、体に力が漲った。

  「オオオオオオ!!!」

  雄たけびの方向を見ると、怪獣の姿があった。

  首を曲げ、接近してくる。

  そして、間合いに入った瞬間、棍棒のような一振りが瀞を襲った。

  (ここだ!!)

  瀞は首による攻撃を、下がらずにしゃがみつつ前に出て躱し、怪獣の右側面に回り込んだ。

  「だっ!!」

  そして、怪獣が通り過ぎてしまう前に、広い脇腹へと突きを放った。

  切っ先は骨の隙間に入り、深々と怪獣の体内へ入り込んだ。

  「ガアアアア!!」

  突如襲った激痛により、怪獣は走りながら絶叫する。

  刀が手から離れそうになるが、瀞は決して手放さなかった。

  そして、柄を握りしめたまま跳び上がり、怪獣の背中に乗り、両手を広げて首の根元にしがみついた。このばしょなら、怪獣の反撃を受けない。

  (これで終わりだ!!)

  攻撃位置に付いた瀞は、右手で胸のホルスターにあるナイフを抜き、怪獣の首に突き立てた。

  「ナアアアアアアアアア!!」

  怪獣は暴れ馬のように飛び跳ねた。だが瀞は離れず、何度も首にナイフを突き立てた。

  傷口からは、多量の血液が溢れ出ている。

  「ギイイイイ!!」

  すると怪獣は、大木に向かって突進し、首を掴む瀞を太い幹に叩きつけた。

  「がっ!!」

  右腕と右肩が直撃し、痛みと共に力が抜けた。

  しかも、その衝撃でナイフを落としてしまった。

  それでも、瀞は怪獣の首から離れない。右腕はだらりと力無く離れてしまったが、左手はしっかりと巻き付けたままだ。

  (武器がねえ!!このままじゃ!!振り落とされたら終わりだ!!)

  怪獣は後退すると、再び大木へと走り出した。

  (これが残ってるだろうが!!)

  窮地に立たされた瀞の頭が、現時点で繰り出せる最高の攻撃方法を思いついた。

  瀞は口を大きく開けた。その口内には、鋭い牙が並んでいる。

  獣人となった今、身体能力と五感の発達だけでなく、鋭い爪牙も得ているのだ。

  瀞はその牙を、怪獣の首に突き立てた。

  噛みつきだ。

  「アアアアアアアアアアアアアア!!!」

  深々と、牙が表皮を突き破り筋肉にめり込む。

  その痛みにより、怪獣は停止してその場で暴れ始めた。

  衝撃で落ちそうになるが、瀞はしっかりと噛みつき、離さない。

  不快な血の味が口内に広がっても、絶対に離さなかった。

  すると、怪獣の動きが徐々に弱々しくなってゆく。

  再び大木へと走り出したが、非常に遅い。

  そして、大木の手前で倒れ込んでしまった。

  「くっ・・・・・・うげっ!げほっ!」

  ようやく怪獣から離れた瀞は、口内に溜まった怪獣の血を地面に吐き出し、呼吸を整えて怪獣を見た。

  どうやら、完全に力尽きているようだ。

  (勝った・・・・・・勝ったぞ!!)

  怪獣の師を確認すると、生存の、勝利の喜びが沸き上がってきた。

  「っしゃ、いって!!」

  拳を突き上げようとした瞬間、体の異常に気付いた。

  右腕がだらりと垂れ下がったまま、動かない。

  右の脇腹に耐えられないほどの激痛が走る。

  全身が血まみれで、身体が重く、強い眠気が襲う。

  (やっべ、これ、なんか、すっげえ、痛いし、苦しい)

  自分はどうやら、想像以上に重症だったようだ。戦闘による気が高まり、脳内麻薬が溢れ痛みを忘れていたが、怪獣を仕留めて気が抜け、何より限界に達してしまったことで、これ以上の運動は不可能という状況に陥ってしまった。

  瀞はその場に崩れ落ち、痛みにひたすら苦しんだ。

  (うっ・・・・・・今敵が来たら、終わりだ・・・・・・くるなよ・・・・・・)

  最早、気持ちだけではどうにもならない。敵が来ないことを、瀞は必死に祈った。しかし。

  (う、何か、臭いが、近づいてくる・・・・・・)

  血のせいで鮮明ではあるが、何者かの臭いがこちらに近づてくる。かなりの速度だ。

  (くっそお!!死ぬ!!やばい!!動いてくれ!!)

  何とか動くことは出来たが、うつ伏せから仰向けになっただけだ。

  そして、視界に野獣の顔が飛び込んできた。

  「ぅぎゃっ!!」

  何も考えられず、恐怖がそのまま口から飛び出る。そして、声を発したことで、折れた肋骨を激痛が襲う。

  「無事か、瀞」

  「え?」

  野獣がしゃべった。知っている声だ。

  よく見ると、その顔は、虎獣人の・・・・・・。

  「和虎隊長」

  紛れもなく、07部隊隊長、工藤和虎のものだ。

  途端に、恐怖が安堵に変わった。ようやく、当初の目的、仲間との合流を果たすことが出来た。

  「瀞!!」

  すると、視界にカモシカの顔も入ってきた。

  「空、無事だったのか」

  「それはこっちの台詞!!しかも、瀞は無事じゃないでしょ!?」

  冷静な和虎とは対照的に、空は動揺し、心配そうにのぞき込んでくる。

  「大丈夫だ、これくらい・・・・・・」

  強がりを言う途中、張り詰めていた瀞の気は完全に切れた。

  瞼が重く、開けていられない。

  空の声が、小さくなってゆく。

  眠気に勝てない。

  「空、ごめ、ちょ、無理・・・・・・」

  そして、瀞は目を閉じた。

  (皆には悪いけど、マジで無理だ。まだキメラいるのかな?でも、和虎隊長がいれば、大丈夫だよな)

  すぐに、意識も消えた。

  

  

  激戦で傷つき眠りにつく犬を見守る様に、満月は夜空で輝いていた。